第3話 龍と追いかけっこと拷問現場
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閃光と風が収まった先には、1匹の獣がいた。
鋭い爪、口から見える牙、背中には鳥のような翼、細長い尾、全身が艶のある漆黒の毛並みに覆われ、目だけは赤い。
その姿は四足歩行の肉食獣と猛禽類を合わせたかのようだ。
一言で言い表すならば、漆黒の毛に覆われた竜。
何の話か? 目の前で起こっていることを詳しく解説しただけのことだ。
……尤も、俺の理解が及ばぬ話ではあるのだけれど。
つまり、あの黒くて丸い物体の正体が、謎の生命体の卵だったということだ。
俺の理解が及ばないのは、日本から持ってきた卵から謎の生物が生まれ、それが最低でも5年間は鎖に巻かれて卵の状態で生存していて、今生まれたという事実である。
なぜ、日本にそんな生物の卵が?
5年以上も卵でいたのに、なぜ、今生まれた?
全く分からない。
この世界は俺には理解できないように作られているのではないだろうか?
最早、そう思えるほどに理解できない。
「キュゥ?」
混乱する俺を前に、黒い幼獣はそんな鳴き声を上げながら首を傾げる。
なぜ、首を傾げているのか分からない俺は、おどおどと声を出した。
「な、何だよ……?」
赤い目がじっと俺の目を覗き込んでくる。
キラキラと輝く、炎のような目だ。或いは、太陽のような目とも言える。
そうやって、見つめ合っていると、その黒い幼獣は生まれてすぐとは思えない速度で、俺の腹に擦り寄ってきた。
「へ? 何、その機敏な動きっ!? ……な、撫でて大丈夫だよな?」
俺は、頭を擦り寄せてくる黒い幼獣の頭を恐る恐る撫でる。
しかし、黒い幼獣は怒らず、寧ろ、キュゥゥゥ、と喜んだような鳴き声を上げた。
撫で心地は素晴らしいものだ。毛は柔らかく、さらさら。……普通、生まれてすぐなら濡れているはずだと思うんだが。
「お前、生まれたてだよな……ってか、これって懐いたってことなのか……?」
親でもあるまいに、すぐに擦り寄ってくるとは。
あれ? 親? こいつにとっての親って……。
そこまで考えて、気付いた。
卵生の動物には、生まれて初めて見る、動いて声を出す生物を自らの親だと認識するものがいる。これを、刷り込み、またはインプリティングという。
「ま、まさか……! 俺のことを親だと認識したのか!?」
やらかした。
そんな一言が頭の中を駆け巡っていた。
これは、まずい。
俺に、この謎生物を育てろというのだろうか?
そもそも、父はなぜ、こいつを置いておいたのか。
まさか、この生物を育てさせようとしていたのか?
だとすると、辻褄は合うかもしれない。
父は、鳥居の向こうにこの世界があることを知っていた可能性が高い。そうでなければ、態々山の上の鳥居まで行けと言う意味が分からない。
また、この世界へ来させた理由がこの黒い幼獣を育てさせることが目的だとすれば、辻褄があう。
尤も、予想でしかないが、その可能性は高そうだ。というか、それ以外にどんな可能性があるというのだろうか。
それはそうとして、俺が持ってきて親認定されてしまった手前、育てなければならないだろうとは思うのだ。
そう思うのは、俺自身が親とあまり長くいられなかったことが要因だと思うが、
そうなると取り敢えずガルゼルドさんに相談すべきか。
「おいで。えーと……そっか、名前がないのか……」
「キュァ?」
名前か。
俺が育てようと考えているのだから、当然、俺が付けてあげるべきなのだろう。
黒くて……竜みたいな……できれば強くなって欲しい。
「どうすべきか……黒いから、クロってのは」
「キュァッ!!」
「えっ?」
言った瞬間、噛まれた。
無論、生まれたてだからかなとそこまで痛くはない。
ただ、『そこまで』というだけで、少しだけ赤い跡がつきそうなぐらいには痛い。
やはり訂正して、生まれたてなのに、というべきだな。
「適当に名前つけようとしたのが分かったのか……さいですか。ダメっすか。じゃあ、他に何か……」
もっといい名前にしろということだろう。
困ったことだ。俺は犬にはポチ、猫にはタマという名前を付けるぐらいに、ネーミングセンスがない。子供の頃に考えた必殺技の名前は筋肉ゴリラ拳法96番や、人参一本砲などの謎の名前をつけていた。
そんなレベルのネーミングセンスで、納得してもらえるものを考えろ、と。
それなんて無理ゲー? と言いたくなる話だが、やらねばなるまい。
男にはやらねばならない時が––
「キュッ!!」
––早く考えろと仰せのようだ。真面目に考えるとしよう。
さて、名前にすると、黒尾の後に付くわけで……強い竜の名前と同じような名前になる名前……竜で有名なものはいくつかある。バハムート……ニーズヘッグ……ヴリトラやテュポーンもありだろうか……そうだ。
「クルア、という名前はどうだ?」
「キュゥッ? キュァッ!!」
どうやら、その名前が気に入ったようだ。
名前はクロウ・クルワッハという神? 竜? から一部取らせてもらうことにした。
クロウ・クルワッハは太陽の神性を持つ竜だ。太陽のような目を持つ竜の名前には結構良いのではないだろうか。
自分のネーミングセンスの無さを補うために、色々な言語を調べたり、神話や童話、漫画、小説の名前を調べておいたのが功を奏したようだ。
ただのパクリ? ナンノコトダカワカラナイヤ。
幼獣もといクルアも嬉しそうな鳴き声を上げて跳ね回っている。
生まれたばかりなのに、元気なものだ。
しかし、このクルアは、一体何なのだろうか……爬虫類に毛は生えていなかったはず。だが、哺乳類は胎生。
「ってことは、カモノハシに近いのか? だが、翼があるということは鳥類? いや、それならなぜ、四足歩行なのかって話だよな。グリフォンなら、嘴と鳥の前足であるはずだ。そうなってくると、やっぱり一番近そうなのはドラゴンか……って、あれ? クルアはどこへ?」
俺が考えに耽りながらぶつぶつと呟いているうちに、俺の周りをぐるぐると跳ね回っていたはずのクルアがいつのまにか消えていた。
どこかへ消えたなんてことはないはずだ。
俺はベッドの下や枕の下などを探す。
「キュゥ、キュゥ!」
窓の方からそんな鳴き声が聞こえた。
嫌な予感を感じながら振り返ると、開いた窓から外を眺めるクルアの姿。
やばい。
嫌な予感が的中した。
この後どうなるかなんて、誰にでも分かるだろう。
「ク、クルア….…? いい子だから、こっちへおいで? ね? さぁ、ほら、おいで」
「キュゥゥ?」
俺は、刺激しないようにこっちへ来るように誘うが、クルアには分からないのか、首を傾げている。
クルアはもう一度外の方を見た。
そして––
「ちょ、待「キュァァッ!」おい!?」
––下に向かって、飛び降りた。
俺は目を疑った。
飛び降りたのだ。屋敷のが2階から、生まれたての獣が。しかも、楽しそうな声を上げながら。
俺はゆっくりと窓に近づき、下を確認する。
すると、そこには無傷で目をキラキラさせながら周囲を観察するクルアがいた。
これも、おかしいだろう。
なんで、無傷やねん。
おっと、関西弁に、って今はそんなことを考えている場合じゃない!!
「すぐそっち行くから、そこで待ってろよ!」
俺はそう言って、階段を駆け下りる。
屋敷から飛び出して、俺の部屋の窓の下へ向かう。
すると、クルアが見えた。屋敷の塀の上に。
しかも、塀の上をするすると駆けていく。
まるでイタチのような動きだ。
もう一度言うが、生まれたて、である。
なぜ、そんな動きができるのか。
「待てって言っただろ!! おい、待てって!」
俺が声をかけると、クルアは追いかけっこか、何かだと思ったのか?
楽しそうに、屋敷を囲んでいる柵の外へと逃げて言った。
俺は必死でそれを追いかける。
それぐらいに、クルアは機敏な動きをしているのだ。
走っている俺と同じぐらいの速度だ。
何度も言うが、生まれたてのはずだ。
いや、あの卵と思しき物が封印の道具で、単純にクルアを封印していただけで、クルアは成体だったという可能性もある。
〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜
屋敷から出たクルアは通行人を危なげなく回避しながら、進んでいく。
すると、クルアは突然進む方向を変え、路地裏に向かった。
「ちょっと、待て! そっちはダメだって!」
俺がそう言っても、聞いてない。
そのまま、路地裏に向かって進んで行くクルア。
俺もクルアを追いかけて、路地裏へ向かう。
走っていて気づいたことだが、クルアの走り方は爬虫類の移動方法ではない。爬虫類は足が対策にあるが、クルアは足が胸の前に向かって伸びている。つまり、体の構造は四足歩行の哺乳類に近いということだ。
これは良い発見だ。そのうち、クルアの生態研究をまとめてみるのも良いかもしれない。
って、今はそんな場合じゃなかった。
入り組んだ道を何度も曲がりながら進んで行く。
ってか、俺も帰り道分からないんじゃないか?
もう既に、何度目の角を曲がったか分からない。
クルアは楽しげに走っているが、正直な話、俺は怖くて仕方がない。
なんせ、ツノや尻尾を生やしている上に明らかに堅気には見えない奴等がちらほらと見えているのだ。
極道悪魔。そんな単語がさっきから頭をよぎっていく。
頼むから悪魔は地獄にいてください。
というか、実在しないでいただきたい。
暫く走っていると、目の前にレンガでできた壁が現れた。
上を見上げると、他の家の2階の窓くらいの高さはある。
「はぁはぁ……行き止まり、か。さぁ、帰るぞ」
俺は荒い息遣いでそう言う。
「キュゥ? キュァァ!」
一瞬こちらを振り返ったクルアは、そんな鳴き声を上げながら壁を登り始めた。
行き止まりだって? こうすればいいんだよ!
何となく、そう言われた気がする。
少なくとも確かなのは、まだ、追いかけっこは終わっていないということだ。
「やるしかないか……よしっ! こうなったら、どこまでもやってやろうじゃねぇの」
俺はレンガの壁に手をかけた。
別の道を通って向こう側へ行ったのでは遅い。だから、俺もレンガの壁を登ることにしたのだ。
幸い、幼少期を田舎で過ごしたため、木登りの経験はある。似たようなものだろう。
そう思い、壁をするすると登っていく。
レンガとは言っても、路地裏のガタガタにひび割れたレンガなら凹凸も多く、案外登りやすかった。
問題は、登ってすぐ横の壁を––つまり、隣の家の壁を––既に、クルアが登り始めていたことだ。
「くっ、待てっ!」
俺も考える暇なく、壁へと手をかけて登り始める。
どこまで行く気なんだろうか。
っていうか、住居侵入罪などに引っかかったりはしないだろうか。
それが、最も心配だ。
壁を登りきると、クルアが目の前にいた。
待っていたのだろうか?
つまり、
「ほぅ、ここで決着をつけると「キュァ!」って、違うんかい!!」
俺が格好をつけて最後の戦いみたいな雰囲気を出したというのに、クルアの奴は身を翻して、向こうの屋根に飛び移ってしまった。
クルアは、さらに向こうの家の屋根へ飛び移ろうとしている。
「……くっ、やってやるよ!」
そう思い、俺も飛び移る。
現在、2階建ての屋根の上。
落ちたら、痛いでは済まないだろう。
今更ながら、俺はなぜこんなことをしているのか、と不思議になる。
そんなことを、屋根の上を走って飛び移りながら考えているのだから、己のことながら肝の座った人間だと思う。
さながら、どこぞの蜘蛛のヒーローか、教団の暗殺者のようである。
暫く走り続けていると、突然クルアが突然足を止めた。
どうしたんだ?
そう思った瞬間、クルアの姿が消えた。いや、どうやら目の前の家のベランダに飛び込んだようだ。
突然、進行方向を変えて家に忍び込んだことに疑問を覚えながら、俺もベランダに向けて飛び降りた。
〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜
「おい、テメェ! オレの言ってることが分かんねぇのか!? あ゛ぁ!!? お前が、あれを持ち出したってことは分かってんだよ! は? 声がちっせぇ! 絞り出せや! 終いにゃ、指先焼き落とすぞ!? おら、泣いてねぇでさっさと吐けって––」
あかん。ワイ、えらいとこに来てしもた。
こちら、現場の黒尾幸人です。現在、極道らしき人の拷問及び恐喝現場に突入してしまった模様。
冗談、というか現実逃避はさておき、本当に拷問しているようだ。
先程から、バキィやボコッという音が何度も聞こえる。
先程、ベランダに降りた俺は、すぐにベランダから家に入った。
すると、大きな声が聞こえたので、そちら側の壁に背を向けて張り付いたのだ。
その声に耳を傾けてみると、あら不思議。極道らしき人が楽しそうにお話ししているじゃありませんか。
壁伝いに移動して隣の部屋を覗ける位置に行き、様子を伺う。
すると、そこには2人の男の姿があった。
1人は金髪の男で、身長は俺より少し高いぐらい。白いカッターシャツに黒いズボン。
一方、もう片方の男は兎耳に緑髪のリーゼントでアロハシャツを着ている。尤も、そのリーゼントは途中で折られているのだが。
そこまで確認して、顔を引っ込める。
なぜ、うさぎの耳なんだ。
シュールだ。シュールすぎる。危うく声を出して笑うところだった。恐らく、兎の獣人なんだろうが、似合わない。
あと、よく考えたら構図が予想の逆だ。なんでリーゼントさんがボコられてんだよ。
……何にしろ、分かったことがある。
やっぱりここはやばい場所だということだ。
「正にザ・エマージェンシーだな」
「……それを言うなら、ジ・エマージェンシーだ」
その声は隣の部屋、それも壁のすぐ向こうから聞こえる。
つまり、すぐ近くに金髪野郎がいて、俺に気づいている。
「Oops……」
俺の口は思わずそんな言葉を発していた。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
黒い龍、しかも名前がクルア。
なぜだろう、クロとかクルとかが増殖していく。
タイトルも、世界も、町も、主人公の名字も、家も、マスコットキャラもクロばっかりになっていく。
真面目な話、特に意図はしてないんだけどなぁ。
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ぜひ、読んでください。