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勇者派遣会社「ゆぐどらしる」

作者: ituki

勇者派遣会社「ゆぐどらしる」


※皆様もご存じの通り、世の中は無数の「世界」で構成されています。無数にある世界の中には、他者の世界の力を借りなくてはどうにもできない問題を抱えている世界もあることでしょう。それは決して悪いことではありませんが、トラブルにトラブルがかさなり、異世界戦争へと発展する場合も多々見受けられます。

そこで、我々勇者派遣会社「ゆぐどらしる」にお任せいただきますと、貴方の世界が抱えている問題をスパッと解決いたします。報酬さえ払えば、ノーリスクハイリターンをお約束いたします。報酬は依頼内容とご相談により、決定させていただきます。無茶な要求、取り立てはございませんのでご安心ください。

代表…マリエッタ・エイギス

連絡先………





※※※※※※




「……なに、これ」


天利暁は、首をかしげて渡されたチラシと目の前の少女を交互にみる。


「ん?分かりやすくてよくないか?」


「分かりやすいか?ってか何でこんなの作ったんだ」


「何を言っている。会社を作ったからには仕事を取ってこないとダメだろう」


言われて思わず頷きかけたところで、ちょっとまてと我にかえる。


数多ある「世界」は、基本的には「協会」所属の「神」が創り、管理している。「世界」を創る理由はいくつもあるが、長くなるので今は割愛しよう。ともあれ、たくさんある「世界」は本来交わることはない。だが、神々が創る「世界」では、様々な問題がおこる。当然、大抵の問題はそこに住む住人が解決するが、稀にどうにもならないことがおきる。しかしながら、管理者たる神は、よほどのことがない限り手出しはできない。力が大きすぎて逆に世界を崩壊させかねないのだ。


そこで、神は神託というかたちで助言して、住人たちが神託に従い異世界に助けを求め、問題の解決をはかることになる。しかし、これがまたいらぬトラブルを呼び込むこととなるのだ。そもそも「世界」ごとに設定(魔法の有無や文明度など)が違うし、住人の価値観も違う。そのため、問題の解決に召喚した勇者が新たなるトラブルの芽になることもしばしばなのだ。


そこで、近年急速に増えてきた世界同士のトラブルを防ぐため、先程の少女マリエッタと、天利暁、他六名でこの勇者派遣会社「ゆぐどらしる」を設立したのである。


ちなみに設立資金は「協会」から出ている。内緒だが。


まあ、長くなったが何が言いたいのかというと、チラシ作ったり、声高に宣伝などしなくてもお客は「協会」が連れてきてくれるのではないかと。


「ダメだよ。「協会」はあくまでも設立協力だけ。お客は自分たちで捕まえないと。このまま仕事入らなかったら暁の給料なしだよ」


「え……マジで」


そんなの聞いてない、と暁が頭を抱えたとき、大きな音を立てて扉が開いた……いや、扉が壊れた。


「ターニャ、出入りするたびに扉壊すのやめなよ」


修理費だってバカにならないんだよ、と呆れたようにいうマリエッタに、小さく謝った筋肉。もといターニャ。


筋肉もりもりの鍛え上げられたマッチョな肉体。整ってはいるが、眼光鋭い美中年。彼女はターニャ。こう見えて少女である。大事なことなのでもう一度言おう。彼女は暁よりも年下のれっきとした少女なのである。


たとえ、体格が派遣勇者の暁の二倍あろうとも、眼光だけで暁を瞬殺できそうだとしてもだ。あと、彼女は派遣勇者ではない。この会社唯一の経理、事務要員である。


ターニャはどすどすと室内に入ってくると、肩に担いでいた荷物をソファの上に放り出した。何事かと見ると、男性だった。顔に死相が出ているように見えるのは気のせいだろうか。うん、きっと照明のせいだな!決して目の前の少女ターニャのせいではないに違いない。たぶん、きっと。


「マリエッタ社長お仕事とって参りましたわ」


腹に響く重低音でターニャがつげる。


「おや、依頼人だったのかい。ありがとうターニャ。だが、もう少し扱いには気を付けてほしいな」


「申し訳ございません。次からは気を付けますわ」


お茶を淹れてきますと、奥に引っ込むターニャ。


残されたのはマリエッタと、暁、なんだか死相がでている気の弱そうな男。どうやら入ろうかどうしようかと、うろうろしていたところをターニャに捕獲されたらしい。


問題を抱えているのは間違いないらしく、気の弱そうないかにも中間管理職といったこぶとりの男神は、真っ白なハンカチで額の汗をふきつつ依頼内容を話始めたのだった。





※※※※※※





その日、メルーリンク全土に衝撃が走った。


大国マナリで、巫女姫たるアーシア姫が勇者召喚の儀をやりとげたためだ。勇者が召喚されると、空に「印」が現れるため、すぐに知れわたるのである。それに、誰もが知ってる。召喚された勇者の持つ特別な能力のことを。勇者が何をなすのかを。


召喚の間では、勇者召喚の儀式は滞りなく行われ、アーシア姫は召喚が成功した手応えを感じてほっと息をついた。


勇者といいながら、その実世界の生け贄のような存在。とはいえ、勿論歴代の勇者のなかには幸せな晩年を迎えた者もいるから、一概には言えまい。だが、アーシアとしては異界の、戦闘経験もないような者を無理やり召喚し、言いくるめて血なまぐさい戦場に送り、なおかつ......


「アーシア様」


「分かっています、宰相。わたくしはマナリの巫女姫にして神託を受けしもの。すべての罪も勇者様の嘆きも憎しみもわたくしが引き受けましょう。世界のために」


異界の勇者がいなくては、早晩世界は崩壊してしまう。それだけはなんとしても防がねばならないのだ。アーシアが宰相にうなずいたとき、魔法陣の光が弱まり、消えた。


「なっ」


魔法陣に現れた勇者を見て、見守っていたすべての者から驚愕の声が漏れる。


「なぜここに勇者様がお二人......」


確かに召喚されるのは対の勇者。二人いるのは間違いないが、この魔法陣に現れるのは一人のはずだ。しかも、対の勇者は同じ性別ではあり得ない。だというのに、魔法陣に現れたのは二人。しかも、二人とも少年である。


どちらも、勇者のあかしたるこの世界にはない、黒い髪に黒い瞳。不思議な素材の服。


「おいおい、何だよここ。学食は?」


短い髪に、やんちゃそうな眼をした少年は、両手に抱えきれないくらいの何かを持ってキョロキョロしている。


「.......」


もう一人の、肩まである黒髪を一まとめにして、眼鏡をかけた少年は、一言も発することなく不機嫌にじっとアーシアを睨んでいた。


「なあなあ、なんなの、これ。俺さあ早くパン持って先輩たちのとこいかなきゃなんないんだけど」


短い髪の少年がじれたようにいう。アーシアははっと我にかえる。どちらにせよ、二人とも召喚陣から現れた、選ばれし勇者には間違いないのだ。まず、事情を説明し、なんとかこの世界を助けてもらわなくてはならない。すでに崩壊へのカウントダウンは始まっている。時間がないのだ。


アーシアは自己紹介をし、少年たちを城の王族専用の応接間へと案内したのだった。


「.......まさかのダブルブッキング?初仕事なのになんか面倒なことになりそうだな」


歩き出したアーシアに続きながら、片方の少年が呟いた言葉は、誰にも届くことなく風にのって消えた。




※※※※※※





メルーリンクというこの世界に召喚されて三年。当時十七歳になったばかりだった栗原秋は、事情を知るにつれ、狂喜した。


秋はいわゆるオタクだった。ゲームにラノベ、マンガと学校にいくのも出席日数ギリギリにしてバイトをしては稼いだ金をすべて趣味につぎ込んだ。学校では大人しいというより暗いと言われ、特別仲のいい友人もいない。両親は病弱だが優秀で素直な弟にかかりきりで、秋のことなど見向きもしない。唯一秋を心配し、何くれとなく構ってくれるのは三歳年上の姉だけだ。なかなか素直にはなれないが遠くの大学にいっても、休みのたびに秋の様子を見に帰ってきてくれる姉には感謝している。


そんな彼が、剣と魔法の世界にこれて喜ばないはずがないだろう。


しかも勇者である。チートつきだ。美人の巫女姫様にもうるうるした眼で頼み込まれたし、これで断るなんて男じゃない。いや、オタクじゃない。地球に未練なんて姉くらいしかない。姉もいつまでも秋にばかりかまって彼氏を放っておいたら、いずれ振られてしまうんじゃないかと危惧していたところだっただけに、あえて帰りたいかと聞かれれば、ノーだろう。むしろ、巫女姫様を嫁にもらって左うちわで暮らしたい。いや、勇者として活躍してハーレムもいけるかも?男の夢ですな!


とにかく、秋は異世界にゲームやラノベを投影し、夢と希望を抱いていたのだ。


問題は一緒に召喚されたもう一人の勇者である。話を聞く限り、彼も日本出身のようだが。帰りたいかと聞かれて首を振ったらなんとも言えない微妙な顔をされてしまった。


ともあれ、秋と、もう一人の少年、それに巫女姫と姫の護衛だという騎士と魔法使いの五人で颯爽と旅立った。秋はゲーム感覚で魔物を狩り、レベルアップを繰り返し、様々なスキルや魔法を覚え、現地の人と仲良くなり、なにげに巫女姫と仲を深め。はじめは血の臭いに何度もくじけかけたが、優しく美しい巫女姫や途中仲良くなった獣人のミレイの猫耳のお陰でなんとか進んでこれた。そして、三年後の今、ここ魔王城の奥にやって来たのである。


「とうとう魔王を倒すときが来たな」


感慨深く呟いた秋に、いつの間にか勇者パーティーの雑用係になっていた天利暁という名の、もう一人の勇者がものすごく妙な顔をしてうなずいた。


「ああほんと、参るよねえ」


なんだかよくわからないが、暁は疲れているらしい。ともあれ、魔王の間に意気揚々と乗り込んだ秋は、眼が落ちるのではないかというほどに見開き、唖然とした。


「.......どういうことだ?」





※※※※※※





この、メルーリンクという世界の時間に換算して、およそ三年前。天利暁は困惑していた。


契約では勇者召喚の儀式に例の中間管理職的な男神が干渉し、それと気づかれないように本来召喚されるはずだった勇者の代わりに暁が召喚される手はずだった。事情を聞いてから細かく準備をし、バッチリ召喚までこぎつけ、「召喚勇者の手引き」を参考に、初めてで何もわからず、困惑している一般人を演出するという徹底ぶり。


ここまで完璧に下準備をして、念入りに細部まで確認、演技指導(マリエッタ監修)までつけられながらも、なぜ、こんな初歩的なミスが。


そう、召喚された勇者は二人いたのである。つまり、元々召喚されるはずだった、今回は神によって召喚されることはないはずだった勇者が、召喚されてしまっていたのだ。ということは、この世界の勇者召喚における、最大のトラブル原因である対の勇者も召喚されてしまっているということだ。


「ないなあ。初仕事なのに依頼者のミスで早速問題発生とか、本当勘弁してほしいよ」


夜、一人になった隙にマリエッタに報告する。


「ふむ、まあ起こってしまったことは仕方がなかろう。何とかしてくれ。対の勇者の方にはティティを送り込んでおく」


「え、マジで」


「マジで。というわけでそっちの勇者は暁の力で対処するように。依頼者からは契約違反金をふんだくっておくからな」


まかせろ、と胸を張るマリエッタ。いやいや、むしろ契約違反ってことで引き上げないか、という暁の意見はアッサリ無視された。まあ、かなり切羽詰まってたからな。


仕方がないので、暁は勇者パーティーの雑用として同行し、勇者である少年から三年をかけてじわじわ気づかれないように特殊能力を奪ってきた。あとは最後の仕上げだけである。魔王の間に入る前に仕上げをしてしまいたかったが思うようにならず、あと一歩というところで秋は魔王の間に踏み込んでしまった。


「......姉さん?何で?」


呆然とした呟きが秋の口から漏れる。彼の視線の先にはなかなかにきれいな顔立ちの、黒髪黒瞳のグラマラスな女性が立っていた。だが、女性の眼は焦点があっていない。


「姉か」


「あ、ああ。本当、何で姉さんがこんなとこに」


秋の呟きに、巫女姫を筆頭としたこの世界の住人たちは床に視線を落としたまま答えられないでいる。


「それはな、本来召喚される勇者は二人だからだよ」


「?ああ、だから俺とお前だろ」


「違う」


説明しながら暁は周囲を探る。勇者派遣会社の仲間であるティティウス・メリクトルは技術屋だ。まあ、はっきりいってターニャと同じく内勤であり、派遣勇者ではないが今回は適任だっただろう。


「いいか、対の勇者は必ず性別が違う。人間側に召喚された勇者の、もっとも大切な異性が魔物側に魔王として現れるんだ」


「なんだって!」


「異界の人間だけが持つ特別なスキル「調律」は、やはり異界の人間だけが持つスキル「葬送」で殺さなくては発動しない。そして「調律」持ちは異界の壁を越える際大きすぎる力に意識が押し潰されてしまう」


「.......何だよ、どういうことだ。わかんねえよ」


混乱しているのが手に取るようにわかるが、ここで説明をしないわけにはいかない。巫女姫たちがなぜ、暁がこんなに詳しいのかと驚いたように見ているが、無視である。説明しながらもティティを見つけた暁は、最後の仕上げをする前に秋を見据え、とう。


「姉と共に地球へ帰るか?それとも姉を殺してここに残るか」


選択とは本人が選ばねばならないのだ。だから暁は、秋に意思を確認する。


「俺は......でも、姉さんはもとに戻るのか」


「無理ですわ。魔王となったからにはもう.......」


悲痛な声をあげたのは巫女姫だ。暁は知っている。彼らには勇者を送還する手段すらないことを。けれど、暁にはすべてをもとに戻すことが可能だ。


「問題ない。お前も姉も召喚される前にバッチリ戻してやる。違約金もがっつり......」


「違約金?」


「いや、気にするな。こっちの話だ。それよりどうするんだ?」


「あ、ああ。帰れるなら帰る。一人で異世界にきて悠々自適に暮らせるならともかく、姉さんを殺すなんて」


できるわけない、ときっぱりと首を振る。


「まあ、そりゃそうだわな」


これこそが今回の異世界間トラブルの最大の原因にして、戦争にまで発展しそうになっていた事項だ。


暁はぱちんと指を鳴らして、秋のスキル「葬送」を奪い取ると、魔王の後ろからひょっこり顔を出した髭もじゃらの小人、ティティに合図して魔王と共に地球へ送還する。魔王の方はもちろんティティが準備万端に整えている。


姿を消した魔王と勇者に、アーシアたちの表情が驚愕から絶望へと変わる。


「ああ、なんということ。これではもう、世界の崩壊は止められません」


「変なこというな。ここにも勇者がいるだろう」


嘆き悲しむアーシアを放っておいて、暁は手に入れたばかりの「葬送」でティティが無言で差し出してきた「調律」を閉じ込めた特別な宝玉を割る。もとはもっと小細工をして、現地の人にはばれないようにするつもりだったのだが、もうどうでもいいだろう。


というわけで、初仕事はなかなかに上手くいったと、ガッツポーズをする暁なのだった。




※※※※※※※



「ふむふむ、ご苦労様。で、次の仕事だけどね」


「は?」


「ふふふ、早速たくさん仕事が舞い込んできているからね!頑張ってね!」


笑顔のマリエッタに殺意を覚えたのは暁だけではないはずだ。


こうして勇者派遣会社「ゆぐどらしる」は順調にスタートしたのであった。











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