007 ウィンドウショッピング
未だにダガーで戦っていると言うのはどうだろうと考えなくも無いわけで、地図を開いて武器屋を探す。
思ったより近くに武器屋がある。
他にも見える範囲で数件武器屋や防具屋があり、改めて街が広いことに実感する。
とりあえず一番近くの武器屋へ入ると、いかにも素手で熊を殺しそうなタンクトップの、髭面強面の主人が、その風貌には似合わないような、丁寧にかつ、よく聞き取れるような声で説明してくれていた。
所謂イケボってやつだ。
「お兄さん…そんな力が無いんじゃ、うちもダガーやナイフくらいしか扱ってませんよ…」
「んーやはりそうかー…」
自慢の武器の説明を、こちらの都合も考えずに話初めていたため、要望を伝えると、申し訳なさそうに応えるのだった。
こういうところは、リアルでの「何をお探しでしょうか?」に繋がるものがある。
ふと何かを思い出したかのように店主はショーケースの下に手を入れると、俺の前に「こいつはどうですか?」と置いた。
それは親指の爪ぐらいのサイコロが三つ。
「いやぁ、最近は博打くらいにしか使われないでしょうが、これもれっきとした武器なんですよ」
手に取ると、さすがにこれで重量があったら問題だろうと思うほどで、しかし、どのような武器なのか疑問だ。
触ってもいいようなので手の中で転がしてみる。
「使い方ですか?それは、モンスターに向かって、投げると出た目によってダメージが違うっていう武器ですよ」
店主のニカッと音が鳴りそうな笑顔で閉められてもそれだけじゃわからない。
とりあえず使ってみようかと思い、金額を聞いた。
「毎度あり!1000ゴールドです!」
安っ!と思ってしまったのは俺の懐事情のせいだろうか?
もしかして投てき武器で、一度使うと無くなるのか?と思うと、
「とんでもない!武器としての使い方は、魔力を使いますが、投げるときに"リリース"と言い、戻すときは"キャッチ"と言えばいいんですよ。
まぁ、慣れてきたら何も言わずに投げつけても自動的に返ってくるようになりますが、お兄さんは初心者でしょう?」
魔力ということは、INTが必要なのかと思うと、そうではないらしい。
MPつまり、魔素は魔力を入れる器のようなものであり、力を使うと魔力が発生するということらしいのだ。
確かに以前、別のゲームで防具を装備した効果でMPが増えたことがあったが、戦士だから魔法が使えないのに意味がないと思ったことがあった。
とにかく、ファイターでも使えるということを店主から力説されたので問題ないだろう。
一応MPは…ある。
なんでもMaxMPの1%を消費して攻撃することになるらしい。
俺の場合は1%も100%も変わらないのだが。
一通り話を聞いたところで、店主がまた話を切り出した。
「お兄さん、博打のほうは興味ないかい?」
店には俺一人だけなのだが、俺にだけ聞こえるような小さな声で話しかけてきた。
「どうやるんですか?」
口の端を吊り上げて、店主の顔を見る。
たぶんニヤニヤしている。自分でもわかる。
「単純なんだが、"ビッグ"と言ってだな、ダイスを振って、合計の目が、大きい方が勝ちってゲームだ」
なるほどと頷く。
頷いたのは意味を理解したというのではなく、そのような博打があるということだ。
さすがにそこまで馬鹿ではない。
「ためしに何か賭けるかい?」
店主は顎に手をあてながら口の端を吊り上げると、店主は「好きな武器を選ぶがいい」と、店の品物を指差すように言うので、じゃあこれ…と、一番高い奴を選ぶ。
「お兄さん大きく出たな!」
と高笑いした。
「もちろんお兄さんが負けたら同額を支払ってもらうよ!
品物もなしだ!
たが、負けたら只で持っていきな!
店主が髭を弄りながらニカリと笑う。
ダイスはそれぞれ自分のものを使うようだ。
俺は今購入したダイス、店主もショーケースの下からダイスを出すと、力を込めるようにダイスを握りしめる。
負ければ500000ゴールドを支払い、勝てばギガスラッシュという自分が絶対に使える筈もない両手剣を手に入れることができる…
どうせなら装備できるものを選べばよかった…
金額を見て判断してしまったことを少し後悔した。
だいたい店主も装備できないのわかってるのに違うやつになどと言わないんだな。
だが今更後悔しても遅かった。
店主は、「俺からいくぜぇ」と言うと、ダイスをテーブルに転がしたのだ。
しかも、3・5・6という、かなりいい目である。
「なかなかツイてるぜ!」
店主はすでに勝った気でいる。
確かにいい目だ、14は強い。
だが、勝負はこれからだ。
「まだ、俺が振ってないぜ!」
拳に力を込めてから、ダイスを転がした。
店主は目を丸くした。
6・6・6の最高値が出てしまう。
何となく予感はあったんだ。
俺の勝ちだと店主を見た。
「お兄さん!ちょっと待ってくれ!こういうときに三角を描いたらダメだぜ?!」
思わず「三角?」と指でトライアングルを描いてしまった。
「おいっ!」
慌てた店主に怒鳴られたが、何も起きない。
店主は、ふぅ…と溜息をついてから、
「666はな、悪魔の数字と呼ばれていることは聞いたことがないか?
三角を描いてしまうと、その中から悪魔を喚んでしまうという話があってな…
大声を出してすまなかった…
説明が足りなかったな、戦闘中なんかは特に気を付けてくれ。
喚んじまったやつが仲間になってくれりゃいいが、時には牙を向くこともあるらしいからな。」
なんだよ早くいってくれよと言おうとすると、また目を見開いた店主が、俺の肩のあたりを指差して口をパクパクさせていた。
「なんだ?そりゃあ…?」
店主は驚愕というより、珍しいものを見るように俺よりも左側にあるものを見ている。
店主の目線の先、ちょうど右肩の位置に視線を移す。
「誰よ!寝てたのに起こした奴!もしかしてあんた?!」
背の高さはリンゴ三つ分と言っても元ネタはわからないだろうが、そこにはまさしく虫の羽音が聞けそうなほど小刻みに動かして宙に浮いている"人形の姿"があった。
俺はこの生き物を知っている。
あらゆるゲームで見かけるし、映画などにも登場する、とてもオーソドックスで、ポピュラーなキャラクターだった。
"妖精"である。
「まったく、呼んだのはどこのどいつよ!」
店主は私じゃないと首を振っている。
悪魔じゃないんだしそこまで拒否反応出さなくてもいいんじゃないかな?
ブンブンと首を振る音まで聞こえる。
妖精に向かって片腕を挙げた。
「やっぱりね!冴えない顔してるわ!よく見たらMP無いじゃないの!使えないわね!もしかして頭のできも悪いのかしら?それならどうやって呼び出されたのかしら、こんな冴えないのに…」
言いたいことを言って小首を傾げている。
…確かにこいつは悪魔かもしれない。
握りつぶしてやろうか。
無視して、店主に、「勝ったから約束のものを…」と伝え、「あ、あぁ…」と少し困惑気味の様子で、商品であり賞品のギガスラッシュを手渡してくれれる。
それを魔法鞄に仕舞おうとしたとき、
「こらぁ!無視すんなー!」
妖精はキラキラと眩い粉をギガスラッシュに振りかけて小さな短刀にしてしまった。
「きゃははは!大きい剣を小さくしてやったわ!ざまあみろっ!」
却って扱いやすくなったそれを魔法鞄に入れる。
重量を見ると俺も装備ができるものになっていた。
ギガが取れて"スラッシュ"と言う名前に変わっていたのだった。
妖精は、あれ?とした顔をして、さらに無視を続ける俺の前を飛び回る。
「店主!いろいろありがとう!またな!」
そう伝えて店を出る。
勝ち逃げだ。
どさくさに紛れて店を出よう。
そして、また来よう。
ここの店はいい店だった。
背中に、「ま…毎度ありぃ…」と、間の抜けた声がかけられた。
武器屋を出てからも俺の回りを飛び回り罵声を浴びせてくる"鬱陶しいもの"が、もはやサブリミナル効果を産み出すのではないかと視界を彷徨く。
高速反復横飛びを続けている。
そして到頭、「もー…無視しないでよぉ…」
と、妖精は涙を浮かべていた。
そこで初めて「なんだよ?」と声をかけることになった。
ふるふるとカワイコちゃんが泣くんだ、意地悪してるようだ。
実際に面倒だと思ったからだし、高飛車を相手にするのは骨が折れるのだ。
最初からそうすればかまってあげるのに。
ため息をつくと、その場で羽ばたきながら、声を掛けられたことが余程嬉しかったのか、口を赤ん坊のように開けながら笑顔になり、いきなり自分はどれだけ優れているのかを力説始めた。
「私は凄いのであります!!」から始まった、アピールタイムは長々と続くので省略するが、その時の気分は、まるで就職採用の面接官である。
御社への貢献などとは言いやしないが、アピールする姿にそんな事を思ってしまった。
「というわけで、私は凄いのであります!」
結局、天狗の鼻は伸びきったまま、高飛車は締めくくった。
要約すると、つまりは名前は"ソフィー"と言い、俺の魔素が低いから私が居れば便利だ…とそんな感じである。
ソフィーは俺の次の言葉を待っているようで、期待に胸を踊らせながらも、素直になれないと言った様子でソワソワしている。
「そうか…元気でな…」
頷くと、その場を離れようとした。
「違うでしょーぉ!」
ソフィーは服の袖を引っ張り、
「仲間になってくださいでしょうがー!」と目をくの字にして喚く。
服の袖なんかも伸びるんだな…
もう技術云々の凄さは驚かない方がいいかもしれない。
まさにセカンドライフと割りきらなければならないようだ。
「妖精は天の邪鬼なの!ちゃんと察しなさいよねっ!」
袖を離すと、もう一度チャンスをあげるとばかりに腕を組んだ。
「はぁ…仲間になってください」
もうヤケクソで答える。
勝負のときに666を出して三角をなぞるとこう言うことになるんだと、俺は溜息を吐く。
本当なら使役できる魔物は喜ばしいのだろうが、やはり、選んで強力な魔物を使役したいものだな。
実力も自称ではどうも頼りない。
だって、妖精さんだし。
「まぁ、世話になってあげるわ!」
ソフィーはフフンと鼻を鳴らすと、
「それじゃそれじゃ、さっき食べてたエビのやつ食べに行くわよ!」
服の袖を引っ張る。
エビのやつ?こいつ、いつから居たんだ?!
縁日ではしゃぐ子どものような姿に、しょうがないかと鞄からあとから食べるつもりの串焼きを渡した。
すると満足そうに受け取り、
「じゃあ、何かあったら呼んでねー!私も来たくなったら来るからー」と告げて、自分の丈ほどある串焼きを両手剣のように構え、すぅーっと透けて、見えなくなってしまった。
ソフィーを召喚できるようになりました。
名前を変更できます!
ステータスの上げかたを設定してみよう!
召喚獣とは?
などのウィンドウが目の前に開いた。
名前はそのままで、ステータスは自動を選んでおく。
マルのときは無かったのだが、装備品から召喚する場合と、契約した者を召喚する場合とでは違うのだろうか?
召喚獣とは?を開くと説明文が現れる。
長い…あとで読もう。
ただ、街中やフィールドでは何体でも出せるが、自分が戦闘に出せるのは2体までらしい。
ざっと斜め読みするとそんなことが書いてある。
なので、ソフィーを召喚と念じてみた。
「なに?」
口をモキュモキュさせながらソフィーが現れる。
「うん。わかってると思うけど、確認のため呼んだだけ。」
「わからないわよ!」
そう言うとまた隠れてしまった。
フィレッドをもう少し回ってからログアウトしようと彷徨いていたとき、噴水広場で自分と同じような冒険者がバザーを行っている。
絨毯のような布の上に品物を並べているものや、テーブルを用意し品物を飾っているところもあり、大変賑やかである。
物色しながらウィンドウショッピングを楽しむ。
中には、自作した武器や重鎧、ポーション類や魔法スクロールとさまざまな物が売られている。
値段は様々。
+がついてる商品も見かける。
しかし、露店のキャラクターはサブキャラクターなのだろうか?
NPCのようだが、売ってる商品はどう見てもプレイヤーのものである。
もしかしたら代行のようなものや、メイドみたいなものを雇えるのかもしれない。
噴水広場から階段を降りていくと、橋の下の薄暗い場所でもバザーをしているのが見えたのでそちらへ向かった。
噴水広場から少し離れたところで、一人ポツンと店を開いている。
それもそのはずだ。
品物の一つ一つが、一桁どころか二桁も違う。
指輪一つで100万ゴールド、その中でも特に目を引いたアイテムがある。
それは人間の頭蓋骨に羊の角のようなものが縦に伸び、目の部分が鮮やかな緑色の焔が宿る、不気味なものだ。
金額も桁違い、300万ゴールド。
売り主を見ると、古いが確りした薄手の革のコートを着こんでフードを被り、口元しか出していない。
俺は暫く商品を眺めていた。
「どうだい?いいものだろう?」
フードをずらして笑顔を見せてくれる。
MMOには珍しい、壮年の男だった。
名前をジキル(Jekyll)と言うプレイヤーである。
「これらは高いと思うだろう?実は俺は職業が闇商人でね、値段をボッタクルことができるんだよ」
と、ぶっちゃけて説明してくれる。
闇商人なんて職業があるのか。
裏家業という職種に興味があったので、闇商人についてどうやればなれるのか聞いてみた。
「まぁ、最初は普通に商人見習いとかやってくんだけどね、市場に出回ってない素材とか扱い初めると手に入れれる職業ってやつさ。
まぁ、いつなったとかは覚えちゃいないけどねぇ」
かなり、情報をもらってしまった。
なんだか悪い気がする、情報と言うものは価値がある。
もちろんその価値は普遍的なものかも知れないが、職業についてなどはなかなか聞いてもなれるものではなかった。
なれたとしても、活躍できることに意味があるからという理由もあるのだが…
ジキルの商品をもう一度吟味する。
そして、あることを思いつき買うことに決めた。
「じゃあ、この"ワイトイリュージョンの頭蓋骨"と、属性石でできてる指輪を三つずつ貰おうかな?」
この商品すべてで2100万ゴールド。
これだけの金額をすぐに用意できる者は一部の人間だけだろうなんて思っていた。
ジキルも少し驚いた顔をした。
「初心者に見えたがただもんじゃないな。
なんに使うかわからないが、何か企んでるなぁ…」
ジキルは呟く。
そして、こういうのもあるんだがと、もう一つ頭蓋骨を取り出した。
これは、目に赤紫色の焔がやどる、黒色の頭蓋骨。
角はもっと大きくなっており、禍々しい。
名前は"ワイトサタンの頭蓋骨"と表記された。
「こいつも買わないか?買ったら俺のお得意様にしてやってもいいぜぇ」
ジキルは口の端を吊り上げた。
ようはフレンド登録だろ?
こういうプレイヤーをロールプレイヤーとか言ったかな?
もちろん嫌いじゃない。
「もちろん購入だ。で、いくらなんだい?」
前に身を乗り出して尋ねた。
「フフフ…なかなか言うじゃないか。
気に入ったよ。さっきのやつも含めて2500万ゴールドにしてやる。
ちなみに、この黒いやつは1000万ゴールドで売るはずだったんだぜ?」
このジキルと言う男のお得意様となった。
というか、フレンドが飛んできた。
出品情報を受けとるというメッセージもあるのでチェックする。
フリーメールみたいなものか。
商品を出品すると、情報を知ることができるようになったと言うわけだ。
強制で値切ったりはできないんだな。残念。
商談成立。
2500万ゴールドを支払う。
商品を受け取り魔法鞄に片付ける。
「へっへへっ!毎度ありぃー」
ジキルは内心ホクホクなのだろうか。
バザーは本来適正価格を大幅に変更することはできなくなっている。
これはRMT対策だと言われている。
あまりに値段に釣り合わない素材を高額で購入して、その金額を相手に受け渡すことなどを取り締まっているわけである。
ゲーム内の通貨を現実のお金と交換することを禁じていると聞いた。
まぁβ版の頃の情報ではあるが。
アルゴになってからはそのような対策はされてないように思える。
バザーやトレード、レンタルなどが個人の意思によって選択なされるし、盗みなどもあるが、警察へ通報っていう、運営へ連絡のようなものが変更されているようだ。
当然のようにPKをするのもそれなりのリスクが発生しているようだし、お尋ね者という張り紙や、監獄や牢獄などのシステムもあるようだが。
その為に闇商人と言う職業は非合法に見えて合法。
ボッタクリも認められた上での収入と言うわけだ。
少し、いや、かなり羨ましいかもしれない。
またいいのを揃えてくれと頼み、その場を後にする。
背中に、「お任せあれ」と小さな声が聞こえた。
もしかすると俺もロールプレイヤーかな。
ジキルと別れた俺は、この手に入れたばかりの素材を使って、ある武器を作れないかと考えていた。
早速、骨を加工してもらおうと骨工ギルドを地図で探す。
骨工ギルドの隣が裁縫ギルドで、その隣が鍛冶ギルドだった。
生産ギルドは一つ一つは大きいが、近くに集まっているようだ。
全部を集めるとそれなりに巨大な工場である。
ついでとばかりに鍛冶ギルドを覗く。
扉を開き辺りを見渡す、鍛冶ギルドの素材屋のカウンターの前に、探していた人の名前を見つけた。
この広さで会えたことは、見つけたことは奇跡に感じられた。
トール(Thor)、俺が会いたかった人物で、β版の頃に武器作成を依頼した気前のいいおっちゃんだ。
人だかりに文字が浮かんでいるのが見える。
「トールさん!」
と呼び掛けたが、そのトールと呼ばれた人物は、全くの別人だった。
名前を見間違えたわけではない。
しかし、どうして気づかなかったのか、等身が違う。
そもそも性別が違っていた。
トールと呼ばれた人物は振り返り俺を見た。
髪はショートカットを荒くクシャクシャにしていて、大粒の琥珀のようなダークブラウンの瞳、唇はぷっくり膨れて艶があり、何よりも発達した女性の象徴が、上から羽織った衣服を押し広げるようでボタンが悲鳴をあげているようだ。
筋骨粒々というわけではないが、引き締まった腕を覗かせ肌は薄褐色で健康的だ。
整った顔立ちでスタイルがよいのは前述したが、何よりも振り返ったあとの立ち姿が、雑誌のモデルかと思うほど決まっていて、探していた人物とは正反対に思えるほどの、"超"がつくほどの美少女である。
そんな美少女は俺を見ると、驚いた表情を見せる。
「もしかしてフリードさんか?!」
「え、本当にトールさんなんですか?」
名前を知られている?
覚えてもらっていたという嬉しさと、本当に有名だった職人さんなのかという疑いと、データなはずなのに緊張してしまいそうな美少女との会話に、複雑な気持ちになる。
「へぇーっ…」
と、俺の全身を隈無く確認すると、「β版以来だねーっ!」と笑顔を作ってくれた。
覚えていてくれたみたいである。
本当に、あのおっさんのようだ。
数ヶ月前のことで、しかも一度しか会ったことが無かったのに、覚えてくれてたことが嬉しかった。
そのためか、俺も笑顔になる。
しかし、トールさんを探していたのには理由がある。
デスクイーンが無くなってしまったことだ。
いくらアイテム初期化があったとしても、無くなってしまったのは言い訳しようがない。
早く切り出さないとと思うと、もしかしたら表情で伝わってしまったのかもしれない。
「デスクイーン、残念やったねぇ…」
トールさんは少し悲しげな顔をした。
「いや、でも、ま、しょうがないですよ…」
申し訳ない気持ちになり、「せっかく作ってもらったのにすみません…」と頭を下げた。
トールさんは「いやいや、そんなんしょーがないじゃん!みんなのも消えとるしな」と慌てた後、
「そうだ!今から少し時間ある?」
と、トールさんの方から聞いてきた。
「はい…時間なら大丈夫ですが…」
顔をあげて答える。
「よっしゃ!じゃあ出合いを祝していっちょ作りますか!」
トールは大きなハンマーを取り出して肩に担いだ。
「えっ!申し訳ないですよ!」
さすがに申し訳ないので断ろうとすると、
「何言ってるん!私が作りたいの!」
トールは白い歯を見せて笑うのだ。
「じゃあ、お願いします!それなら…」
俺はトールさんに、手に入れた素材と、自分が作りたい武器、そしてその構想を伝える。
「あはは!それめっちゃおもしろいじゃん!
それなら少し持ち帰らせてもらっていいかな?
出来たらウィスするから!
あ、フレンド登録せぇへん?
こっち来て3ヶ月にもなるのに、まだ昔のお世話になってる人くらいしか友だちおらんのよ、フリードさんは信用おけそうやし、誠実そうやしな!
こうやって覚えてくれてるのも嬉しいやん!
なんや、ちょっと有名やったからってバンバンウィスくれるのはいいんやけど、一時期武器作り直せ!とかいうのもあったんよーほんまに嫌になったわー
でも、ウィスも送らんと、こうやって会いに来てくれる人は初めてやったな!
こういう人ばっかりなら私も誠意ある対応をできるんやけど、やっぱ一方的に言われるっておかしない?
愚痴になってしもーた。
じゃあ、フレンド送るね?」
かなり捲し立てられている感じがしたが、嬉しい誘いだ。
「もちろんです!」
俺はフレンド要請を受けて登録する。
それから、さっきジキルから購入した素材を全て預けた。
もし持ち逃げされた場合は失ってしまう。
しかし、鍛冶や骨工で合成を行い、失敗しても失ってしまうのだ。
失敗してしまったと言われて素材を売られる可能性も否定できない。
しかし、こういうのは信用の問題である。
「なんだか凄い素材やね。
えっ?!この指輪!!属性石なだけちゃうで!
効果が大変なことになっとる!
売ったら相当するよ?
本当に使っていいの?!」
首を縦に振る。
「トールさんにお願いします」
さっきほどではないが、また頭を下げた。
「トールでいいよ!私もフリードって呼ぶね!
よっし!これから工房駆け回ってガンガン作るからね!」
「足りない素材やお金が必要ならウィスお願いします!」
「もう、敬語はやめてやーなんかむず痒くなるわぁ」
トールはニヤニヤしだした。
「じゃあ、明日か明後日くらいにログインしてたらウィスするねー」
トールはカウンターで自分の用を済ませると、鍛冶ギルドの工房へと入っていく。
俺は慌てて、
「忙しかったら後に回してー!」
と入っていくトールに声をかけると、入り口のとこから右手が生えると、その親指は上を向いて立っていた。
サムズアップか。
それを見届け、達成感と、新しいフレンドができた喜びで充実していた。
美少女と知り合いになれたってのも嬉しいことだ。
ゲームだけど…
中身はおっさんかもしれないけど。
元はおっさんだったけど。
ムキムキが転職してボインになったのかとくだらないことを考えながらギルドを出た。
競売所の売り上げを受け取ってから、更にコットンラビットの素材と、ゴーストの素材を出品してから、トールには悪いが先にログアウトすることにした。