004 クルーン山脈
ファスタストを出発してコットンラビットを倒しながら歩いていたが、コットンラビットの姿もだんだん見えなくなってきた。
それだけ山に近づいたと言うことだろう。
実際の登山はこんな軽装で登ることはしないだろう。
敵に絡まれたとしても、倒せなくても逃げることはできそうだ。
腕輪から「キュー」という鳴き声が聞こえたような気がしたが気のせいだ。
今回はマルの召喚なしで登りたいと思っている。
"クルーン山脈"
新しいエリアに辿り着いた。
急に勾配が激しくなってきた。
多くの人が登り降りしているせいか、モンスターに一切出会わないで中腹まできてしまった。
このあたりは狼や熊が出没し、夜はゴーストが出ると聞いていたので一層されたのだろう…歩を早めた。
夜になる前に登りきらなくては。
そして悲しいかな、いや、よかったのはよかったのだが、本当にモンスターに出会わずに、山頂の休憩所に到達してしまった。
なんとも呆気なく登れたものである。
"称号:クルーン山脈に立つ者を取得。"
気持ちを切り替えて回りを眺める。
登ってきた方向を見下ろす。
山からの景色はいいものである。
雲海が広がるのを見てみたい気もしたが、今日は雲一つ無い天気で身体の温度もなんとなく熱い気がする。
積雪してるのに身体が暖かい。
コートを持ってきていて正解だった。
マルが雪と同化して場所が分かりにくくなっていて、少し可笑しかった。
身体を動かすとお腹が減る。
例え戦闘をしなくてもだ。
山頂でハンバーガーなど、普通は食べたりできないだろうなぁと、今は友だちはいないが、富士山の上でおにぎり感覚でマルと食事をすることにした。
「可愛い!欲しいこれぇ!」
俺は食道があったことに驚き、さらに雪山だというのにテラスがあることに驚いた。
少し離れた席に腰かけてハンバーガーを口一杯にしていたのだが、マルを指差しながら、ダークエルフの女性とスモールドワーフの男性が近寄ってきたのだった。
「これどうしたんですか?」
スモールドワーフはマルを指差す。
どこで手に入れたか聞いてきてるんだろうなぁ。
食事中に話しかけられた経験が無かったので、飲み込むまで時間を置き、マルに向かって
「いつ召喚できるようになったっけー?」
と呼び掛けた。
一心不乱に食事をしていたマルだったが、食べるのをやめてこちらを向いたかと思うと、首をひねって考え込むポーズを見せた。
かと思うと、ハンバーガーをもそもそと食べ出した。
「やだー!可愛いすぎ!」
ダークエルフはマルの食事を最後まで見届け、スモールドワーフには、モンスター狩ってたら仲間になった。
とだけ伝えた。
まぁ、嘘は言ってないはずだ。
こういうゲームはきっかけは教えてもいいが、答えは言ってはならないルールだと思う。
じゃなかったら、それ相応の対価を支払わないといけない。と思うし、マルを召喚できるようになったのも運だったので、同じことをしたとしても同じ結果が得られるとは限らないのだ。
まぁ、というのは建前で、秘密にしたい。
秘密にしていてもいずれは情報が出回るだろう。
それまで優越感に浸れればいい。
食事を終えたマルは、ダークエルフに撫でられマゴマゴしている。
嬉しいのだろうか?
俺との話を終えたスモールドワーフは、その様子を見ていた。
彼も撫でたいのかな?
最後の一口を放り込み、レモン風味ポーションで口をさっぱりとさせた。
露店を回ったときに得られる食に関しての情報は大変参考になる。
もしかしたら、近い将来ゲームの中でコーラが飲めるようになるかもしれない。
楽しみだ。
ダークエルフとスモールドワーフに手を振り別れる。
自分もこの施設を散歩しようかなと思考を巡らせる。
夜はゴーストが大漁発生して危険ということなので、休憩所で一休みする必要がありそうだ。
俺は施設に展望台があるのを発見した。
ぼーっとしながら展望台で星を眺めたり、街明かりを見ていた。
今までいたファスタスト。
そして今目指しているフィレッドの明かりが、煌々として揺らめいている。
あと、海の向こうにも島があり、そこでも明かりが見える。
が、建物まではわからなかった。
"スキル:遠見を取得。"
ファスタストの奥にも更に明かりがあるように見えるが、ファスタストの明かりで欠き消されてしまっている。
流れ星も見た。
この世界にも正座がありそうで、俺は北斗七星やオリオン座ぐらいしか知識は無いが、夜空を見ているのは落ち着いた。
夜になっても登山してくる猛者がいた。
猛者たちはランプを持ち、先頭の金髪ロンゲが、大声で「ついたー!」だの、茶髪ソーサラーの女の子と黒髪のファイターの女の子これは格闘家だろうか、二人で抱きついて喜びあい、額当てをしているビッグドワーフの男性と白髪の巨人族の男性に、息も絶え絶えな痩せ身のエルフの男性がビッグドワーフと巨人族の肩に掴まりながら登頂を果たしたようだ。
夜の登山は危険だという。
ゴーストの徘徊もそうだが、足元を確りしないと、崖から転落する恐れもある。
話を聞いてみたいと思い、俺は展望台から降りていく。
その一団に俺以外の人も気づいていたようで集まってきた人たちで話をしている。
「夜に登山ってできるんだな?」
一団に駆け寄った人たちの誰かが話しかけている。
「いやいや、私も二度とできる気がしませんよぉ」
茶髪のソーサラーは右手を高速で振りながら、首を振った。
「俺もこいつがいたから突破できたと思う」
ビッグドワーフが痩せ身のエルフを指差した。
「いやいや、みなさんが強いからですよ」
謙虚なのか引っ込み思案なのか、痩せ身のエルフは恐縮そうに肩を縮ませる。
「とにかくみんなここにホームポイントを置くぞ!
じゃないとまた死に戻りしちまう!」
パーティーのリーダーであろう金髪ロンゲはパーティーメンバーを立ち上がらせた。
ん?ホームポイント?
俺は何のことか首を捻った。
「そうよね。また登るだなんてとんでもない。」
黒髪格闘家は立ち上がり、他の座っているメンバーも立ち上がった。
ホームポイントが何かを確かめるべく、俺もその一団に着いていくことにした。
門から入って左手に進むと、足元に魔方陣が青白い光を放っていた。
昼間は雪に埋もれて見えてわからなかったが、ここにそのホームポイントと言うものがあるということなのだろうか?
一団は中に入ると、「はい。書き換え終了」と口々に言い合う。
話を聞いていると、この魔方陣はホームポイントといい、戦闘で倒れた場合、このホームポイントを設定した場所に帰ってくると言うことだった。
危なかった…
もしホームポイントを設定しなければまたこの山を登る必要があるのか…
一団はまだ傷を負っているようでまだ回復していない。
それだけの死線を潜ったのであろう。
それが自分に降りかからないとは限らない。
その一団がその場を去ったのを見届け、俺も同じようにホームポイントを書き換える。
"ホームポイントをクルーン山脈頂上に設定しました。"
夜明けはまだ遠いようだ。
俺は星の観察をしようと展望台に戻って、天体観測を再開したのだった。
"スキル:星の加護を取得。"
"称号:スターダストシーカーを取得。"