003 ラビットフロスト
コトラビ乱獲によるアイテム整理を行っている。
素材はそのまま店売りすると決められた価格で取引されるが、競売に出すと金額が変わる。
ただ競売の場合は出品費用もかかるので、なんでもかんでも競売を利用すればいいという訳でもなく、決められた個数を束にして出品したり、加工品なんかは途中まで加工すると手間賃分高くなるようだ。
俺は加工関係や調合関係はわからないから、相場を見ながら同価格か、それよりも低い価格で出品していた。
その方が早く買い取ってもらえるだろうしなと言う、期待も込めて出品するんだけどね。
コットンラビットの毛の競売価格は一個200ゴールドにした。
コットンラビットの毛の出品はあるが、買い取り希望者はまだいないらしく、売値がわからない。
とりあえず、β版の価格に寄せた感じだ。
これは1ダースで売るから1500ゴールドくらいでいいかな?
コットンラビットの柔毛に関しては出品すら無かった。
こういうものはなかなか取引されないものだろうか。
取り敢えず一個5000ゴールドで出品する。
β版のときはこのアイテムは無かった。
新アイテムだろうし、売れなくてもこういうものがあるという存在証明さえできればいいのだ。
コットンラビットの肉は、今日の鳥モモ肉ワンパックが320円だったので、一つ320ゴールドにした。1ダースでまとめて取引もできるのでお買い得品と思い3000ゴールドだ。
出品経費は惜しまない。
何しろ鞄がコトラビの素材だらけなので、売れなくてもいいから必要数以外のほぼ全てを出品した。
0に近かった取引数が一気に跳ね上がる。
売れますように。
神様にお願いして競売所を離れる。
次に、コットンラビットの骨とウサギの牙を持って鍛冶場に来てみた。
トールさんは見つからなかった。
VRヘッドセットのこともあるし、アルゴをやってるかどうかもわからなかったが、装備紛失は謝らなければならない案件のような気がして探しているのだった。
有名な方だったし、そのうちに名前が知れ渡ることだろう。
気長に待つことにしよう。
素材を持ってきたのは、コトラビで武器ができないかと思ったのもあるが、これを口実に近づけないかという浅ましい考えがあってのことだ。
鍛冶場を後にした俺は、またフィールドに出て、コトラビを倒しながら進んでいる。
称号に"ウサギハンター"というのが付いたことで、開き直ってコトラビ殺すマシーンとなっていた。
今日は昨日視線を感じた場所に行ってみようと丘を登っている。
目に入ったコトラビというコトラビを串刺しにしながら歩く。
しかし、こんな可愛いのに刃を突き立てるって、なかなかできないよなぁ…と考えつつも、無慈悲に刃を突き立てていくのであった。
この辺りかなと丘に立ちファスタストを見下ろした。
山の形がわかる、スッキリした青空の中に太陽が輝いて、草原を風が揺らしていた。
雲の平原というのも伊達じゃない。
青空の下に、コトラビが所々いるのが雲のようで、草原も光を反射しているのも相まって、上から見てみるとまるで雲海が広がっているかのようである。
ゴブリンはコトラビ殺すマシーンの俺を見ていたんじゃなくて、この景色を見ていたんじゃないかと思った。
写真を残して、この場を後にしようとした。
振り返った瞬間、少し奥の岩影にコットンラビットが入っていくのが見えた。
「俺じゃなかったら多分見逃していたぜ」
俺は悪役の小物のようなセリフを吐くと、そろそろと足音を殺しながら近づいた。
足音を消さなくても問題は無いが、あの景色を見た影響か、"ゲームにハマってしまった現象"が俺をそうさせている。
・・・気分の問題である。
完全に後ろに回り込んだところでダガーを一気に降り下ろす。
しかしこのコットンラビットは倒れなかった。
ダガーを抜くと殺気だったコットンラビットに返り討ちになる。
しかしその攻撃は空を切る。
神回避というやつだ。
俺は二回目の攻撃で横一文字に切りつける。
コットンラビットはよろよろと怯んでいる。
すかさず逆手にダガーを持ち替えて、これでもかとコットンラビットの首筋にダガーを突き立てたところでコットンラビットは息絶えた。
コトラビを倒すことには皮の剥ぎから完璧だと自負していただけにショックを隠せない。
ハァハァと息を切らしながら初めて襲いかかってきた敵に対しての恐怖を感じていた。
コットンラビットじゃないんじゃないか?
一撃で倒せなかった驚きが大きい。
食事をしたはずなのにスタミナがごっそり持って行かれたようだ。
よく見るとコットンラビットよりも図体が大きかった。
そう思って名前を表示するとシルクラビットと表示されていた。
「なんだよこれ…」
思わずため息を吐いた。
そして、落ち着くために深呼吸した。
回りにいる敵がシルクラビットになっていないか見回すが、他のウサギはコットンラビットと表示されている。
ここの主ってやつだろうか。
思いがけない戦果を上げたようだ。
倒せて良かった。
こういう敵は罠や投擲で倒してきたし、まだ罠などはアイテムを持ってないため使えない。
NMと戦うときはある程度の戦略が必要になるのだ。
β版から罠でNMを嵌めることはあったが正面から倒したのは初めてだ。
ふぅと一呼吸置き、まずはドロップアイテムの確認をする。
コットンラビットが落とすアイテムの他に、ラビットフロストという腕に巻く装備品・・・腕輪(?)を落としていた。
身に付けてみると、つけてるかつけてないかわからないくらい軽いが、装飾品として表示される。
結構レア装備なのかもしれないとウキウキで効果を確認して唖然となった。
装飾品:ラビットフロスト(EX/Rare)
戦闘での取得経験値10倍
戦闘での取得金額10倍
LUK+50
パッシブ:ファウスト
あきらかに悪ふざけである。
破格すぎて意味がわからなくなるぐらい壊れている装備品。
取得経験値増加程度なら理解できるが、10倍はおかしい。
増加は約1.2倍~1.35倍と言われていた。
それがいきなり10倍・・・?
更に意味がわからないパッシブスキルが付いた。
ファウストの効果は"幸運を呼び込む。"とある。
実際の説明文がこれだ。
ファウスト
幸運を呼び込む。
本当にスキルとしてどうなのかという説明文。
こんなアイテムを手に入れただけですでに幸運の絶頂にあるような気がしたが、最初のエリアであまりにもおかしなものを簡単には落とさないだろうし、後にも先にもこれで終わりだろうと受け入れることにした。
ラビットフロストを装備したことで、"マル"という使い魔を召喚できるようになっていた。
ファウストの効果だろうか?
さっそく召喚する。
「いでよ!マル!」
俺はラビットフロストに話しかけるように腕を自分の口元に近づけたが、別にそういうことをしなくても、召喚することを念じると来てくれるようだった。
腕輪にマイクがあるわけでもないですしね。
マルはボスのシルクラビットほど大きくは無いが、コットンラビットよりも毛並みがいいような気がする。
撫でるとフワフワというよりサラサラしていてあたたかい。
手を置くとウネウネと動き柔らかさが伝わってくる。
あ、これ幸せだわ。
癒しをこいつに求めることにしようと思った。
ペットの誕生だな。
ただマルには悪いが、俺はコトラビ乱獲をやめなかった。
というより倒せる敵がコトラビとスポスラしかこの辺りの敵ではいないのである。
マルも自動行動を行い、近くのコトラビに喧嘩を売っている。
攻撃の許可を与えているためだ。
一撃で倒せるのは単純にマルのステータスが高いのだろう。
二人で倒すと数が増えるね。
少し奥へと進んだところにゴブリンを見つけたので喧嘩を売ってみた。
結果は惨敗である。
一体だったら負けないと思う。
何しろ敵の攻撃は当たらないのだ。
これはシルクラビットとの戦いで学んだのだが、LUKはAGIとは別の回避行動があるように思える。
速さで交わすのでは無く、運で交わすようだ。
俺は神回避と名付けた。
ゴブリンだが、こっちの攻撃はクリティカルで入るので倒せそうな気がした。
ただ、一度で倒せなかったからかゴブリンは仲間を呼んでいた。
二体のファイタータイプのゴブリンの相手を、交わしながらダガーで傷つけていく。
三体目を呼ばれたときソーサラータイプだった。
ソーサラータイプのゴブリンは、攻撃魔法を唱え、それを直撃された。
魔法は回避できないのか。
神回避め役立たずめ。
俺は少し調子に乗っていたようだ。
一瞬で倒されたと思ったが奇跡的に生き残り、マルを召喚してゴブリンへぶつけて逃げてきたのだ。
必死に逃げて、丘の麓まで逃げて、マルを転送し呼び戻した。
ゴブリンが追いかけてくるが、俺を見失ってる。
息を殺しながらゴブリンが自分を見失うまで隠れてやり過ごす。
見失ったようで解散するのを見届けてから一息ついた。
「マルよ、ごめん!」
俺は再度召喚し、謝った。
マルは傷を受けていて、俺の変わりに戦ってくれた。
立派に殿軍を努めたマルの評価を改めた。
もしあの場でソーサラーゴブリンにマルが突撃しなければ、追撃をもらって死んでしまっただろう。
マルは大変ご立腹な様子だった。
俺が撤退したからか、置き去りにして逃げたと思ったかだな。
マルを回復しようと初心者ヒーリングポーションを飲ませてみようとしたが少ししか回復しなかった。
そこで、ウサギに餌をやるように、柔らかい葉は無いかと見渡したが、食べられそうにないので、渇いたパンを欠片にして与える。
しょうがないなぁという面もちで食べ出した。
なんだろう、ペットなのに怒ってるのがわかる気がするぞ?
エモーションなどが出ればわかりやすいのにな、なんて思ったら怒った顔の吹き出しが出てきた。
いろいろと自動で対処されていく・・・学習機能というのだろうか?VRMMOというのは面白いな。
マルが眉をつり上げながらも、もそもそ食事するのを見届けてから、俺も空腹度を上げるため渇いたパンを口に含むと、初心者ヒーリングポーションで流し込んだ。
旨いとは言えないが、今これしかないしなぁ…
道具屋は食べ物を売ってる場所ではないなと実感した。
もしかすると、このパンはデッサンをするときに使われるような消しゴムに用いられるパンではないかと、眉間にシワを寄せながら空腹を満たす。
街へ戻ったら、美味しい食事ができないかと考えながら、マルがパンの欠片をパクつく姿を眺めた。
食事が終わると、日課のごとくコトラビを倒しながら下山した。
もはや恨みでもあるのかと思われるかもしれないが、マルを呼べるようになって少しは抵抗がある。
だが、スーパーで切り売りされた生鮮食品をみて、可哀想だから食べないということはしないわけだ。
屁理屈と言われればそうかもしれないが、これが現実にいる小動物だったら話は別だし、もうゲームと割りきっている。
もしかすると自分の腕に巻かれたアイテムが、このフィールドにいる白いモフモフした生き物から入手したという情報を流したら、鵜呑みにした集団が虐殺行為を行いかねない。
ただ自分に言い聞かせるように倒さなければならないと考えるのは、自責の念なのだろうか。
ファスタストに着くと、食べ物を探しに行くことに決めた。
このゲームはすばらしいことに味覚まで再現されている。
そうなれば美味しいものをたらふく食べたいよね!
お金はあるし、贖罪のためにも、ご褒美のためにも、マルに美味しいものを食べさせたいと思った。
しかし、冒険者はせっかちなのか忙しないのかよくわからないけど、味わって食べるということができないものだろうか。
歩きながら食事をするなとは言わないが、街のど真中で人の目を気にせず食べているのはマナーとしてなってないと思うんだよな。
ゲームだから仕方ないか。
そこにテーブルとイスがあれば問題は無いと思うんだが…
こういうのは改善していってほしいものである。
そんな中、"ハンバーガー"という単語が目に入った。
早速、ハンバーガーを二人分注文しようとする。
その前に確認を・・・
「お姉さん!このハンバーガーの肉って何を使ってるの?」
目の前の鉄板の上はジュージュー焼ける旨そうな鶏肉のようだが、なんか嫌な気配するんだよな…
「うちのは柔らかジューシーなコットンラビットよ!」
笑顔で答えてくれたが、目線が俺の連れへと移動すると、笑顔が死んだ。
「マル、戻れ・・・」
召喚獣マルを転送する。
ハンバーガーを一つ購入し、店を後にした。
売り子さんには悪いことをした。
更に悪いことに、その売り子に食事スペースは無いのか聞いてしまったことだ。
「申し訳ありません!テーブルやイスなどの食事ができるようなところはございません!」
もはや、NPCの対応ではない。プレイヤーか?いや、NPCだ。
AI?人工知能の類いか?技術の発展は恐ろしいと思った。
店から離れ、別の店でコットンラビット以外の食材が使われているものを探す。
鳥の香草ハーブ焼きがあったので三つ購入し、ギルドホールの自分の部屋に戻ってきた。
マルを召喚して鳥の香草ハーブ焼きをマルに食べさせた。
ハフハフ言いながらうまそうに食べている。
よし、俺はこの光景を眺めながらハンバーガーを食べようとする。
「羊の丘に行ったあとに食べるジンギスカンってうまいよな」という名言を俺の友が残したが、まさにそれと同じである。
ハンバーガーを食べようとすると、それに気づいたのか、マルがこちらを睨んでいるのだ。
睨んでるとは俺が勝手に抱いた罪悪感かもしれない。
なんか察したのか?と思いながら様子を伺うと、睨んでいるのではなく、食べたそうに見ているのだ。
「えっ?!食うの?」
言葉を理解しているとしか思えないほど、コックンと頷いた。
俺はマルが食べやすいように皿を用意してそこに食べ物を置いていたのだ。
そこへ持っていたハンバーガー置く。
すると、ガツガツと皿を舐め回す勢いで食べ出した。
「ペットフードのコマーシャルで見たことあるよこれ・・・」
まさにマルまっしぐらだった。
そして、あ、これ関係ないな…と目の色を変えたように必死にパクつく姿を見て、ともぐ(自主規制)を俺のなかで容認した。
実に美味しそうに食べる。
よし、あとで俺もハンバーガー食おう。
マルの分もたくさん買ってあげるつもりである。
アイテムボックスに入れておけばいい。
食事を済ませ、ベッドの上でマルを持ち上げてグリグリして今後の計画を立てていた。
どの方角へ行くかである。
候補としてはフィレッドへ向かい、カジノをすること。
やはりカジノは外せない。
元遊び人、今はギャンブラーを目指そうと思っていたのだった。
ギャンブラーになるならどうすればいいか。
カジノで勝ったり、借金取りのイカサマを見破ったり、オペラ劇場に飛空挺で降り立って主演女優をかっ拐ったりすれば成れるのではないかと考えた。
あと、フィレッドは職人の街なので、もしかするとトールさんがいるかもしれない。
ウィンダースは魔法都市だからマルの装備が買えるかもしれないし…。
ウォタリルムは・・・・・・しばらくいかないでもいいかな?
という訳で、三本の柱を決めて行動に移すことにした。
「まずはフィレッドへ行こう。」
そのためには旅の準備が必要である。
さすがに初心者装備で山越えは難しいだろう。
フィレッドは山を越えなければならないと聞いている。
食事と水と…
一番重要なものは装備かもしれないな・・・
俺は未だに初心者装備に包まれている。
少しだけ強化しとくか。
できるだけ身軽な装備で、回避を主体に避けながら攻撃することを目的としたいいものはないだろうか?
そう思っていたところ、アルビノボアのコートという回避が3%上がる装備が競売で売られていた。
とりあえず100ゴールド精神で落札を試みるが叶わず。
次は1000ゴールドを入れてみる。
すると落札できてしまった。
ラビットレザーの装備一式を革工ギルドに行き、コットンラビットの皮から鎧ができないかと相談した。
すると少しお金を渡すと、皮を鞣し、その鞣し革から鎧一式を作成した。
材料は自分持ち、経費も自分持ちだ。
さすがに名前を入れるような手間はしていなかったが、俺は感謝して、少し色を付けてお金を再度渡した。
白いコットンラビットの毛皮装備に袖を通し、新しい装備に満足。
そして競売の収益を確認しておくと、コットンラビットの毛は2000ゴールドで落札だったが、柔毛は35000ゴールドで売れていた。
・・・何で?
たまに競売ではこういうことが起こる。
数が少ない場合希少価値を高めるためにわざと高値で購入するのだ。
ただやりすぎはよくないよね。
そう思いつつ、新たに取ってきていたコットンラビットの柔毛を10000ゴールドで大漁に出品した。
他にも素材を出品しておく。
前回出品したアイテムは全て売り切れており、いい売り上げになっている。
数も数だったが、いい収入源である。
次も売れて欲しいが、返却されても構わないや。
最後に鍛冶場を覗いたが、やはりトールのオッサンは見当たらなかった。
何度も除いてるうちに、鍛冶場をよく利用している人たちに声をかけられるようになっていた。
「ちょっとフィレッドに行ってくる」
とだけ伝えて、ファスタストをあとにしたのだった。