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アルバイト輝夜 ~アリス・マーガトロイド編~ 

運命というモノがある。

運命という言葉がある。

例えば、運命は初めから決められている、という言葉がある。

例えば、運命は自分で切り開くもの、という言葉がある。

例えば、運命は99%決まっている、という言葉がある。

それは全て神が決めている、と人間はよく嘆いている。

そうだとするならば。

そうだとするならば、と僕は思う。

そうだとするならば、神とはどういう存在なのだろう。


「あるいは、それは偶像なのか」


幻想郷には神がいる。

厄神に豊穣の神……一番身近で言えば八坂神奈子だろう。

彼女達が幻想郷にいるという事は、外の世界では忘れられた存在という事を表している。

誰も彼女達を恐れる事なく、拝む事なく、信仰する事がない。

つまり、神に頼る事がない世界という訳だ。


「そとの世界の人間は自己で完結する事が出来るのだろうか、いや、しかし……」


それなのに。

それなのに、と僕は思う。

それなのに、人間は神に助けを乞う。

そして、諦める様に呟くのだ。

これは運命なのだ、と。

だが、そこに神などは介入していない。

神は、たった一人の運命に介入する様な能力など持ってはいない。

幻想郷での唯一、運命を操る吸血鬼を除いて、その様な能力をもった者など存在しない。

だが、それでも世界は決まった通りに動いていく。

まるで物語の様に。

そう、物語だ。


「物語ならば、登場人物はストーリーに逆らえない」


僕こと森近霖之助は呟く。

もし、この世界が物語だというならば、僕は運命というストーリーには逆らう事は出来ないはずだ。

例えば、と僕は立ち上がる。

店内に置いてあるカップを手に取った。

そしてそれを、躊躇う事なく地面へと落とした。

ガシャン、と小気味良い音をたてて、カップは割れてしまう。


「という、僕の無意味な行動もストーリー上では必要な描写となるのだが……」


そこで僕は腕を組んだ。

物語というならば、そこには作者と読者が必要だ。

つまり、『神以上の存在』が、存在している事になる。

物語を紡ぐ存在と物語を楽しむ存在。


「もしかしたら、それが龍神様なのだろうか」


僕は外に出た。

空を仰いでみても夜空が広がっているだけで、星ひとつ見えない。

ぽっかり浮かんだ月が明るすぎて、星達が見えないのだ。

ましてや龍など見える訳もなく、簡単に出会える訳ではない。

雨上がりの虹が龍が通った後とされているが。


「一度、彼等と話してみたいものだ」


その時は極上の酒を用意して、目一杯の知識と経験を聞いてみたい。

例えそれが叶わない夢だとしても、夢物語だとしても。

想い描くのは、僕の自由だ。


「まぁ、酷く滑稽だけれども」


僕は苦笑して、割ってしまったカップを片付けはじめた。

さて、物思いに耽っている間にも、また夕飯のタイミングを見失ってしまった。


「しょうがない、またお姫様の筍ご飯でも食べるとしよう」


なかなかどうして、僕はあの屋台が気に入っている様だ。



~☆~



月明かりの下は歩きやすい。

日光浴とは逆に、月光浴もなかなかに良いものだ。

春も近づいているせいか、息もそんなに白くない。

僕は魔理沙から貰ったマフラーから口を出して、息を吐いた。

白い靄はそろそろと漂い、やがては霧散していく。

もう一度、息を吐き出した時、その霧をかき消す様に、何かが通り過ぎた。

それと共に一陣の風。

そしてニヤニヤとした笑い声。


「あはははははは! あ~、忙しい忙しい、なんちゃって!」


竹林の白兎、因幡てゐだった。

ご丁寧にあっかんべーをして、走り去っていく。

恐らく、また何か悪戯でもしていたのだろう。

まったく……妖精の存在意義を奪いかねない勢いだ。


「こらぁー! 待てー!」


そして少し遅れて声がした。

どうやら悪戯された本人らしい。

弾幕が幾つかてゐを追いかけていくが、彼女の足を捕らえられそうにもなかった。

僕の少し先で、どうやら諦めたらしい、少女は静かに足を地につけた。


「まったく、もう……あら」

「こんばんは」


僕は彼女……アリス・マーガトロイドに追いつくと挨拶をした。


「こんばんは、霖之助さん。はぁ……」

「何か悪戯されたのかい?」


アリスは、情けない話だけど、と眉根を寄せた。


「うたたねしている間に、家の時計を戻されていたのよ。すっかり時間間隔が狂っちゃって」


なるほど、大した悪戯だ。

うたたねしている時間は、あまりコントロールできる訳ではない。

さぞかし、彼女は奇妙な感覚に襲われていただろう。


「はぁ……夕飯も作れなかったわよ……あら、その手袋とマフラー」

「あぁ、魔理沙に貰ったんだ。君が作ったらしいね」

「2つ作れってこういう事だったのね。珍しいわね魔理沙が他人にプレゼントなんて」


その言葉に僕は苦笑する。


「重宝させてもらっているよ。ふむ、夕飯がまだの様だし、お礼がてらにミスティアの店で奢るよ」

「その手袋とマフラーは魔理沙にお礼としてプレゼントした物よ。それだと、お礼にならないわ」


なるほど、そういえばそうだったか。


「それでも、奢ってもらえるなら文句はないけど」


そう言ってアリスは笑った。

まったくしっかりしている。

僕は、しょうがない、と肩をすくめて歩き始めた。


「そうだ、アリス。穴に気をつけた方がいい」

「穴?」

「『時計』『シロウサギ』『アリス』といえば、次は『穴』だろうからね」

「あぁ、地下の国……いえ、不思議の国ね。大丈夫よ」


アリスはクスリと笑う。


「幻想郷はすでに、不思議の国だもの」



~☆~



アリスと一緒に歩くこと数分。

いつもの竹林沿いにいつもの赤提灯が見えてきた。

おぼろげにいつもの歌も聞こえてくる。


「まいしゅうーまいしゅうー、ぼくらは網のー、上で焼かれてー嫌んなっちゃうの~ん♪」


ミスティアは今日もご機嫌で歌を紡いでいた。

さてさて、あの奇妙な歌は誰の視点なのだろうか。

そして、屋台に近づくにつれ、4人の先客がいる事が分かった。


「おぉ、香霖堂のお兄さんじゃないか」

「霖之助か、ゆっくりしていけ~」


初めに僕に気づいた火焔猫燐と霊烏路空が声をかけてきた。


「霖之助? あぁ、あの変人ね」

「およ、変人なんだ、霖之助」


その声に気づいたのだろう、古明地さとりと古明地こいしの姉妹が僕を変人呼ばわりした。

そして4人とミスティアは爆笑する。

どうやらそうとう酔っているらしい。

僕は苦笑するしかなく、スゴスゴと長机の方に向かった。

アリスもそれに習ってか、僕の隣に腰を降ろす。

そろそろ暖かいのか、薪ストーブも今日はそれなりに火力を緩めてあるらしい。

それでも、月明かりと紅い光が僕のお気に入りだ。


「いらっしゃい、香霖堂、アリス」


そして、いつもの様に長机のお姫様が現れた。


「あれ、輝夜ってこんなとこで働いてるの?」

「えぇ。それなりに頑張っているわ」


アリスの言葉に、輝夜はニコリと笑って答える。

そして、何食べる?、と伝票を取り出した。


「筍ご飯と八目鰻の蒲焼、それから焼酎かな」

「はい、喜んで♪ アリスは何にする?」

「筍ご飯あるんだ。美味しい?」

「どう、香霖堂?」


アリスの質問を、輝夜はそのまま僕に受け流した。


「なかなかに美味いよ。僕がここに来る目的の半分が筍ご飯なくらいさ」


温かいご飯と、歯ごたえのある筍が絶妙なのだ。

お世辞でも何でもなく、僕は筍ご飯が気に入っている。


「もう半分は私?」


いつもの輝夜の冗談だろう。

お姫様が自分を指差して笑っている。


「いや、この長机と丸太の椅子。薪ストーブの明かり、かな」


僕の言葉に、輝夜は大きくため息をついた。


「だめよ、霖之助さん。そこは嘘でも頷いておかないと」

「そうよ、香霖堂。そうしたら、サービスで一品つけるのに」


アリスと輝夜が、眼を細めて僕を睨む。

しょうがない、やり直そう。


「優雅で美しいお姫様が目的なんだ」


僕はワザとらしい、物語の様な台詞を口から漏れ出させた。


「ふふ、合格よ香霖堂。リップサービスは接客では必要になってくるわ」

「僕は客なんだが……」

「じゃぁ私は筍ご飯と……サラダってあるかしら?」

「はい喜んで♪ アリスはなに呑む?」

「はじめはお茶がいいわ」

「喜んで♪」


僕の台詞は見事にスルーされ、アリスと輝夜がやり取りをする。

まぁ、彼女達が僕の話を聞かないのはいつも通りだ。

気にする必要はない。


「さぁさ、お兄さんも呑んで呑んで」

「ほらほらアリスもアリスも呑め呑め~」


注文が終わったところで、お燐とお空が乱入してきた。


「うわ、おいおい二人とも酔いすぎじゃないのか」

「ちょっとちょっと、私はまだ呑まないわよ」


僕とアリスの首に腕をまわし、お燐はにゃははと笑う。


「良い杉? それじゃまるで、丸太じゃないか」


どういう意味だ?


「あぁ、こいし様は丸太だけど」


お燐の言葉にお空が続くが、意味が分からない。

そして、こいしが丸太とはどういう意味だろうか。


「あぁ、お空ひどーい。これでも発展途上国。お姉ちゃんとは違うのです」


なるほど、膨らみも引っ込みもしていない体を丸太と比喩した訳か。


「こいし、それは聞き捨てならないわね。古明地家に伝わる伝説のバストアップ体操を教えてあげないわ」

「な、なんですか、その魅力的な体操!」


さとりの一言に、お燐とお空は飼い主の元に戻った。


「はぁ……まったく」


僕がため息を吐くと同時に、料理が運ばれてきた。


「まるでマッド・ティパーティーね」


クスリと笑って輝夜が僕に焼酎を注いでくれる。


「また、不思議の国?」

「あら、もう香霖堂に例えられちゃった?」


アリスの言葉に輝夜はすぐに察した。

『また』の一言だけなのに、頭の回転がなかなかに早いものだ。


「あなたの所の悪戯兎を追いかけていたのよ。時計に悪戯されちゃって」

「あぁ、それで不思議の国ね」


輝夜とアリスは苦笑する。


「マッド・ティパーティーね……それじゃ僕が帽子屋かな?」

「それじゃ、私は眠りネズミかしら」


輝夜は自分の事をネズミに例えた。

あれ? と僕は思う。

マッド・ティパーティーの登場キャラクターはアリスと帽子屋と眠りネズミ、そして三月ウサギがいる。

永遠亭のお姫様だったら、三月ウサギがピッタリだというのに。

その事を言うと、お姫様は顔を赤らめながら抗議した。


「だって、三月ウサギって発情して気が狂った様なウサギって意味でしょ。私、そんなに発情してないもん」


僕は苦笑しながらも、素直に謝る事にした。



~☆~



「もう一杯ちょうだい、メアリー・アン」

「少し呑みすぎよアリス。それから私はメアリー・アンじゃないわ」


アリスは机にもたれかかる様にして、グラスを差し出した。

ペースが早すぎたのだろうか、アリスはかなり酔っているらしい。

輝夜によってペースが乱されたのだろう、都会派の彼女らしくもない。


「霖之助さん、魔理沙はどうしてプレゼントしたのかしら」

「手袋とマフラーかい?」

「そうよ」


輝夜はアリスのグラスを受け取ると、かわりに水を入れたグラスをアリスに手渡した。


「どうしてか……それは難しい質問だね」

「どうして難しいの?」

「僕は魔理沙じゃないからさ」


なるほど、とアリスは頷いた。


「輝夜、男の人にプレゼントをあげる場合ってどういう気分?」

「状況によるわよ。何も感じる事がなかったり、ドキドキしたり」


もっとも私は貰う方が専門だけど、と輝夜は付け足した。

かぐや姫の難題、という事か。

彼女が受け取ったのは偽者ばかりだけど。

ふむ、と僕は喉を潤し、腕を組む。

かぐや姫と不思議の国のアリスとでは、まるで物語性が違う。

物語。

そう、物語だ。

かぐや姫は、簡単にいえば輝夜が竹取の翁に発見され、月に戻るまでのお話だ。

ストーリーは一本筋が通っている。

だが、不思議の国のアリスはどうだろうか。

あれには、ストーリーなんか、ない。

まるでアリス以外の存在が誰にも操られていない様な、支離滅裂なお話だ。

さっきまで存在していた鍵が無くなったり、いつのまにか移動していたり、首が伸びたり縮んだり。

更には幻想種さえ出てくる。

もしかすると、物語に縛られてこそ、存在は存在として維持できるのだろうか。


「そう……霖之助さんはプレゼントもらって嬉しかった?」

「いや、別に」


僕の感想にアリスは眉をひそめた。


「ひどいのね、霖之助さん」

「そうかい?」

「ひどいわよ、香霖堂」

「そうかい?」


二人の少女は、同時に頷いた。


「僕としては、勝手に商品を持っていく魔理沙の方が酷いと思うんだが?」

「思春期症候群よ。人間にはよくある事だわ」

「未熟ゆえの八つ当たり病ね。若い少女にはよくある事だわ」


アリスと輝夜は笑いあった。

何か思い当たる事でもあるのだろうか。


「それでもプレゼントされたならば、何か感想くらい持つものよ」


そういうものだろうか。


「次からはそうしよう」


と、そこで何やら屋台側が一層と騒がしくなる。


「誰だ~、私のおつまみ食べたの、お燐だな、お燐だろ」

「あたいじゃないよ、さとり様じゃないの」

「私じゃないわ。こいしよ」

「私でもないよ、お空が自分で食べたんじゃない」


どうやら揉め事らしい。

それでも、怒っているのはお空一人で他は焦る様子も慌てる様子もない。


「あら、いよいよ裁判ね。誰がタルトを盗んだのか」


不思議の国のアリスもいよいよ佳境らしい。


「それじゃ、アリス。あなたがあの騒ぎを終わらすのよ」

「えぇ~」


アリスは文句を言いながらも、フラフラと立ち上がった。

さてさて、物語のアリスならばここでトランプの女王に対して冷静に立ち回るはずだが。


「う~」


酩酊状態のアリスには期待できそうにもない。


「どうして、アリスをけしかけたんだい?」


僕は輝夜に聞いた。


「面白そうだったから」


至極真面目に答えるお姫様に、僕はため息を吐くしかなかった。

アリスはそろそろとお空の後ろに廻ると、両腕を振り上げながら叫んだ。


「うるさーーーーーーーい!!!」


なんとも『冷静』な一言だ。

それにびっくりしたお空は後ろに引っ繰り返りそうになる。

慌ててお燐とさとりの肩を掴むが、後の祭りだった。

重力に引かれて三人は倒れ始める。

そしてさとりの反射神経が働いてしまったのだろう。

妹の肩をも掴んでしまった。

哀れ、倒れるのは見事に4人となった訳だ。


『ひあ~!』


地霊殿一家の奇しくも同じ叫び声。

軽い音と共に4人は地面へと引っ繰り返る。

と、同時に4人ともスカートが捲れ上がってしまった。

慌てて目を逸らすと、輝夜と目が合う。


「香霖堂のすけべ」


ニヤリと笑うお姫様。

まったく……酔っ払い少女の生足なんかじゃ色気があったもんじゃないっていうのに。


「それじゃ、私の見る?」

「見ないよ」


輝夜に対して即答する僕。

本当に、なんとも色気のない話だ。

まぁ、これはこれで、森近霖之助らしいといえばらしいのだが。

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