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アルバイト輝夜 ~霧雨魔理沙編~

夜というのは、太陽が沈みきった暗い世界の事をいう。

月夜というのは、月が煌々と輝く夜をいう。

同じ夜でも、その両者は全く性質が違う。

当たり前の『暗い夜』と、矛盾している『明るい夜』。

その原因は月にある。

だから、月という存在は『陰』と『陽』を表しているのだ。

窓から覗く満月を見て、僕は陰陽太極図を思い出した。

陰陽魚とも呼ばれる勾玉だが、黒色は陰を表し下降する気を、白色は陽を表し上昇する気をそれぞれ描いている。

そして、魚の目の様な円は、陰中の陽と陽中の陰を表し、ぐるぐると繰り返す永遠を象徴としているのだ。


「どうやら、寝てしまったようだ……」


夕方から始めた読書だったが、僕とした事が途中で眠ってしまったらしい。

店の中は真っ暗なのだが、ストーブの明かりだけが紅く輝いていた。

薄暗く橙色に照らす店内には、僕以外の人物の存在を教えてくれる。


「魔理沙、起きるんだ。外はすっかり夜だぞ」


太極図の具現化、とは言い過ぎだが、言い得て妙だろう。

黒白魔法使いの霧雨魔理沙だ。

度々僕の店を訪れては無意味と有意義な時間を過ごしていく。

どうやら、今回は無意味だったらしい。

居眠りは有意義な時間とは言い難いからね。


「んぉ? お~……ん~、お腹すいた……」


そんな魔理沙の言葉に、僕こと森近霖之助はため息を吐いた。

まったく、少女という名が聞いて呆れる。

これじゃ食い意地が張った青年だ。


「君はもう少し、おしとやかに成ったらどうだ? そんなんじゃ、嫁に貰ってもらえないだろう」

「けほっ、けほっ。別にいいぜ、貰われなくっても。なんなら香霖、お前にやるぜ」

「遠慮する」

「だったらやらん。私のもんだ」


咳き込みながらも、魔理沙はニヤリと笑う。

そう言えばそうだった。

霧雨魔理沙という人間は、誰かに何かを与えたりする様な人物じゃない。

その対極をいく者だ。

流転する万物の対極とは、恐れ多い。

僕としては、甚だ困ったものだが。


「香霖、お腹すいた。何か作ってくれよ」

「もう夜も遅い。こんな時間に二人分の料理を作るのか……」


僕は思わず重たい空気を吐いてしまった。


「けほっ……ん~、だったら食いに行こうぜ。なんでもミスティアの店で輝夜がアルバイトを始めたそうじゃねーか。冷やかしに行こうぜ」

「冷やかしたらダメだろう。食べに行くんだから」


そうか、と魔理沙は笑った。


「それじゃ行くか」

「おう。けほっ」


どうやら魔理沙は喉をやられたらしい。

乾燥した空気に、更にストーブを焚いていたのだ。

そんな中で寝ていては、普通の人間は喉をやられてしまう。


「水でも飲むかい?」

「一杯だけ貰うぜ」


魔理沙が台所に引っ込んでいる間に、僕は魔理沙にもらったマフラーと手袋を装着し、出かける準備を整えた。



~☆~



「そう言えば、このマフラーと手袋はどうしたんだ?」

「あぁ、アリスに作ってもらったんだ」


月明かりの道中、僕は魔理沙と共に歩く。

思い返せば、魔理沙が空を行く様に成ってからは、彼女と歩く事は無くなった気がする。

魔理沙がまだ小さい頃から、僕は彼女の隣を歩いてきたが……どうやらこの身長差はもう一生埋まる事がないだろう。

僕が隣を見ても、彼女の特徴的な帽子しか見えない。

魔理沙が僕を見てくれない限り。


「人形使いか。彼女の人形劇は人間の里でも人気があるんだろ?」

「面白そうだったから、一回手伝ったんだ。そのお礼にって2つづつ作って貰ったんだよ」


ほう、と僕は返事をした。

魔理沙が他人を手伝うとは珍しい事もあったものだ。


「それで、どうして僕に?」

「いや、変な呪いでもかかってないかと思ってね。香霖だったら分かるだろ」

「な!?」


まさか、呪われているのか!?

僕は思わず手袋を能力を通して見た。

名称、手袋。

用途、手を保温する為の物。


「……大丈夫だ。マジックアイテムでも何でもない」


念の為にマフラーと魔理沙の分も確認する。

だが、防寒具以上の情報は出てこない。


「失礼な奴だな、香霖。疑ったらアリスに悪いだろ」

「……君が言えた台詞じゃない」


ポクン、と魔理沙の頭を叩く。

まったく……この白黒魔法使いと歩いていると、自分まで悪人になる様だ。

いつか盗賊一味と数えられるのだろうか。

香霖堂の商品が盗品と揶揄される日も遠くないのかもしれない。

まったく、ごめんだ。


「けほっ、けほっ」


咳き込んでいる姿は見た目通りの少女だというのに。

どうしてこの人間はこんなにも捻くれたのだろうか。


「陰の中にも陽があり、陽の中にも陰がある。陰陽太極図は白黒で表してあり、君も白黒で呼ばれるというのに、どうして陰ばかりが目立つんだい?」

「なんだ、そりゃ。私は魔法使いだから、陰に決まってるだろ」


僕はため息を吐くしかなかった。

まったく、どうして、こうなってしまったのだろうか。


「香霖、お前は物事をハッキリと見極め過ぎなんだ。たまには灰色も愛せよ。そんなんじゃ閻魔がスカウトにくるぜ。」

「冗談じゃない。僕が閻魔になったのなら、君は必ず地獄行きになってしまうよ」


僕の言葉に、魔理沙は怒るどころかキャラキャラと笑った。



~☆~



そろそろと竹林沿いの道を歩いていると、仄かな紅色の光が見えてきた。

ミスティアの屋台の証明兼照明の赤提灯だ。


「ふんぐるいむぐるうなふくするふるるいえうがふなぐるふたぐん♪」


いつものミスティアの謎の歌が聞こえてくる。

メロディラインは素敵だというのに、今日はまた不気味な歌詞で、その意味は把握できない。

それにしても今日は上機嫌で歌っており、今にも外なる神でも召喚しそうな勢いだ。


「はい、橙、あ~ん」

「あ~ん♪」

「藍、甘やかし過ぎよ。たまには私に構いなさい」


屋台には、珍しい事に八雲一家がいた。

すでに三人とも出来上がっている様で、三者三様ににこやかに笑顔を浮かべていた。

家族の間に割って入るのも野暮というものなので、僕と魔理沙は輝夜がメインとなっている長机の方に座った。

薪ストーブの仄かな明かりと赤提灯が何とも風情で、僕は中々にこの空間を気に入っている。


「あら、マフラーと手袋のペアルック。まるで恋人同士じゃない」


僕達が座ると、輝夜が筍の煮物を出してくれた。

付け出し、というやつだろう。

甘辛く煮てある様で、見るからに美味しそうだ。


「おぉ、本当に働いてるんだな、輝夜」

「えぇ。もう半月くらいになるわ」


そいつはいい事だ、と魔理沙が嘯く。

魔理沙が営んでいる霧雨魔法店。

そもそも何を取り扱っているのかも分からないが、開店していた例がない。

輝夜には是非、労働の喜びを魔理沙に教えて欲しいものだ。


「筍ご飯、あるかな。あと、何か一品つけてくれるかい?」


僕はため息の代わりに注文する。


「はい、喜んで♪ 魔理沙は?」

「けほっけほっ。私も同じ物でいいぜ。あとお酒じゃなくてお茶がいいかな」

「あら、風邪?」

「いや、さっき香霖の家でストーブ付けっ放しで寝ちまってて」


魔理沙の言葉に、ふ~ん、と輝夜がこちらを睨んでくる。

なんだ?

僕が何か悪い事でもしたのだろうか?


「駄目じゃない香霖堂。きちんと換気をするか、お湯を張った容器に蒸発を促す布でも入れておかないと」

「そうだな。人間がいる時にはそうする」


そうか。

僕は半人半妖だから、空気が乾燥していてもあまり支障はない。

ふむ、少しは湿度を保つとしよう。


「私も一応、人間ていう事を覚えておいてね」


輝夜はニヤリと笑って屋台の奥へと引っ込んだ。


「なんだ、香霖。輝夜と仲が良さそうだな」

「そうかい?」


僕の返答はどうだっていいのか、魔理沙は筍の漬物をポリポリと食べる。

僕もそれに習って一口食べる。

程よい甘味と共に少しの辛みが何とも言えない。

これは筍ご飯を待って、一緒に食べた方が良さそうだ。


「はい、お待たせ。魔理沙にはオマケでこれ」


筍ご飯と一緒に、魔理沙はオレンジ色の飲み物を持ってきた。


「みかんを氷砂糖と一緒に煮詰めたものよ。喉が痛い時に飲むといいわ」

「ほぅ、それはありがたい」


仄かに香る柑橘系の匂い。

魔理沙はふーふーと荒熱を取ると、一口その液体を飲んだ。


「あぁ、確かにスッキリとする感じだな。それに身体も温まりそうだ」

「へぇ~、美味しそうだな。ちょっと飲んでいいかい?」


僕の言葉に魔理沙はあっかんべーした。


「香霖堂にはこっち。魔理沙との間接キスなんか狙ってないで、健康な半人半妖は大人しくただのお酒を呑んでなさい」


輝夜は熱燗にした徳利をあちちち、と運んできた。


「はい、私が注いであげるんだから、感謝しなさいよ」

「ひゅーひゅー、羨ましいぜ、香霖」


こうも囃し立てられると気まずいものはあるが、僕は気にするまいとお猪口を輝夜に差し出した。


「はい、ごゆっくりとお呑みになって♪」


ワザとらしくシナをつくる輝夜を僕は半眼で睨みつける。

それを気にする事なく輝夜は演技を続けた。


「お客さぁ~ん、こういう店は初めてぇ~ん?」

「何度か来てるが、君のその演技は初めてだな」


途端にケラケラと笑って、輝夜は元に戻る。

相変わらず器用なお姫様だ。


「やっぱり、お前ら仲がいいのな」

「そうかい?」


ジッっと魔理沙がこちらを見てきた。

何か言いたい事でもあるのだろうか?

お姫様と僕が、仲の良い事に何か不満でもあるのだろうか?

お姫様の相手はいつだって王子様だというのに。

お姫様はいつだって王子様と仲良くなる運命だというのに。

お姫様はいつだって、王子様を待っているというのに。

だから、魔理沙の瞳に対して、僕は言葉を持たない。

答えも持っていないし、応えもない。


「はいよ~、八目鰻のすき焼き風鍋だよ~♪」


ミスティアが僕と魔理沙の間にトンと鍋を置いた。

クツクツと煮える鍋からは醤油風味の良い匂いがした。


「おぉ、こりゃ美味そうだ」


魔理沙は早速とばかりにお碗に掬い、筍ご飯のおかずにと口に放り込んだ。


「まったく。陰と陽が激しすぎる」

「魔理沙の事?」


僕の独り言が聞こえたのだろうか。

輝夜が聞いてきた。


「……マジメな顔をしていると思ったら、もう料理に飛びついている。僕には理解できないよ」

「あら、女の子はそんなものよ。少女はいつだって不思議な存在なのよ」


少女は不思議な存在、か。

確かに、生贄等では良く少女という条件が付けられたりする。

吸血鬼になる条件でも、処女でなくてはなれないという。

確かに、少女という存在は魔力を秘めている。

本人達が意識しなくても、周りの人間に対して魔力を持つのだ。

影響力と言ってもいい。

彼女達は、得てして大人をも凌駕する能力を持っている。

それは魅力だろうか。

目の前のお姫様もそんな少女の一人だが、永い時を生きている。

果たして、彼女は少女なのだろうか。

それとも女性なのだろうか。


「輝夜、君は少女かい?」


僕の質問に輝夜は笑って僕の目の前にまでやって来る。


「そう問われた少女はいつだってこう答えるわ」


輝夜は僕の額をピンと指で弾いた。


「私はもう大人よ、ってね♪」



~☆~



「んあ~、いい気分だぜ~」


すっかり紅くなった魔理沙は長机に突っ伏す。

喉の調子が元に戻ったと、文字通り調子にのってガバガバと呑み始めるからだ。


「まったく、酒に呑まれてどうするんだ」

「呑まれてない、呑んでやったんだ。まだまだいけるぜ~」


そういう台詞はしっかりと座ってから言ってもらいたい。


「あらあら、すっかり泥酔ね」

「すまないね」

「あら、香霖堂が謝ることないわよ」


輝夜は魔理沙に水を出してやる。

魔理沙はそれをチビチビと飲み始めた。


「はい、はい、はい、はい♪」

「にゃ、にゃ、にゃ、にゃ♪」


隣の屋台では紫と藍の手拍子でミスティアと橙が踊っていた。

4人共顔が赤く、どうやらかなりの量を呑んだようだ。


「ミスティアが酔っ払っているのは珍しいな」

「私が来てから、お客さんと呑むようになったのよ」


なるほど。

あの店主も部下が出来て少し楽になったという訳か。


「よし、香霖、踊るぞ」


魔理沙がフラフラと立ち上がった。


「残念ながら、僕は踊れないんだ。そういう呪いがかかっている。それに魔理沙、フラフラじゃないか」

「私はフラついてない。世界が揺れているんだ」

「そんな訳ないだろう……」

「輝夜、踊るぞ」

「私も無理よ。着物じゃ踊れないもの」


それだったら脱げ、と暴言を吐く魔理沙に手刀を叩き込んでおいた。


「まったく。すまないね、輝夜」

「酔っ払いの戯言ね。気にしてないわ。それにしても、香霖堂って魔理沙の保護者みたいね」

「まぁ、色々あってね。そこの八雲一家然り永遠亭一家然り、僕にもそんな家族みたいな時期があったのさ。これはその名残だ」


そろそろ失礼するよ、と僕は魔理沙をお姫様だっこする。

見た目以上に軽い彼女の身体は、昔とちっとも変わらない。

そんな錯覚を覚える。


「うおー、やめろ、香霖。お姫様は向こうだぁぁぁ……ぁぁ」


どうやら、眠りに落ちたらしい。

陰と陽の少女は、今は白と黒と紅色になっていた。

太極図の崩壊である。


「太極の崩壊、つまりは万物の崩壊。あなたの行為はいつだって少女の心を崩壊させてるんじゃなくって?」


輝夜が頬杖を付きながらこちらを見る。

輝夜の言う少女とは、いったい誰の事を指すのだろうか。

僕の腕でお姫様抱っこをされている少女か、それとも長机に頬杖を付くお姫様なのか。


「さてね。僕の腕の中のお姫様はご機嫌がいいのか悪いのかも分からない」


魔理沙から見れば、僕はただの兄貴分というところだろう。

輝夜は僕をからかっているだけなのは明白だ。

誰の心も揺れていないし、崩壊もしていない。


「ふふ、その様子だと、まるで眠り姫ね」


輝夜はお姫様だっこをされている魔理沙を指差して微笑む。


「糸車の針は刺さってないよ」

「だったら白雪姫ね。みかんよりリンゴが良かったかしら?」

「はは。ただし、眠っているのはお姫様じゃなくて魔女だが?」


毒リンゴを食べた魔女は、果たして誰が助けてくれるのだろう。


「だったら、私が眠りに付いたらキスで起こしてくれる?」


口元を隠して、月のお姫様は優雅に笑った。

リップサービスだろう。

ここで僕が良い返事をすれば、会話の完成となる。

それではちょっと癪なので、変化球を返す事にした。


「僕は王子様じゃないんでね、遠慮しておくよ。君こそ、僕が醜い蛙になってもキスで呪いを解いてくれるかい?」

「もちろん♪」


間髪入れない輝夜の返事。

どうやら、僕の負けの様だ。


「それじゃ香霖堂。魔理沙の分と合わせてお会計ね」

「はぁ……まったく。なんとも色気のない話だ」

「まったくだぜぃ……むにゃむにゃ」


これはこれで、森近霖之助らしいと言えばらしいのだが。


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