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アルバイト輝夜 ~八雲一家編~

ホウホウという鳴き声は、ここ最近よく耳にする。

恐らく、近くに住み着いたフクロウだろうか。

魔法の森に住み着くとは度胸があるのか、それともただのマヌケなのか。

いや、僕はフクロウの生態に詳しい訳じゃない。

ブッポウソウという鳥は「ブッポウソウ」と鳴くのではなく、「ゲッゲッゲッ」と鳴く。

早まった人間達から付けられた名は体を表さない鳥も存在する。

勝手に物事を決め付けるのは良くない事だ。

たとえば……胡散臭い事で有名な八雲紫がいる。

彼女はスキマを利用して、僕の拾ってくる物を勝手に持ち出していくのだ。

理由を聞いてみれば、


「あなたには必要ない物よ」


と、僕の意思を無視して決め付ける。

それが必要か不必要なのかを決めるのは僕だ。

彼女ではない。

こうして僕は迷惑を被り、憤慨しているのだ。

あのフクロウも僕の意思を知るものなら、怒り心頭するかもしれない。


「それでも、彼等は臆病に首を廻すのだろうけど」


僕は適当に結論つける。

あまり生産的な思考ではないからだ。

フクロウがどう思うが関係はない。

しょせん、彼等と僕の生活が交わる事はない。


「しかし……予想よりも時間がかかってしまった」


呟きと同時にため息が零れた。


僕こと森近霖之助がため息を吐いてしまったのには理由がある。

簡潔に言ってしまうと、倉庫整理が予定より遅れてしまったから。

言い訳を含めつつ言うと、古い書物に夢中になってしまい、なかなか手がつかなかったのだ。

なんとも間が抜けている。

鳥は笑う筋合いも無い。


「昔を懐かしむ様な年になってしまったのかな……」


それもいいだろう、と一人苦笑した。



~☆~



こんな夜更けに料理を作るのも億劫なので、いつものミスティアの屋台に行く事にした。

あそこには、蓬莱山輝夜がアルバイトをしているという事で、それなりに人気がある。

人間の里の男達が足繁く通っているという熱心な話も聞く。

なんでも、お姫様の魅力にやられてしまっているらしい。

恋の病だろうか?

なかには妻を持つ者もいると聞く。

そのうち奥さんに刺されない事を祈るばかりだ。

輝夜の仕事もいつまで続くか、とも思っていたが、なかなかどうして、お姫様は長続きしているようだ。

それが喜ばしい事なのかどうかは、本人次第だが。


「おや、これはこれは香霖堂の店主殿」


そんな事を考えながら夜道を歩いていくと、ふと自分を呼ぶ声が聞こえた。

ちょうど、道が交差する……交差点とでも呼ぼうか、そこで僕から見れば右側から誰か来るようだ。

辺りは真っ暗で声の主が誰かは分からない。

だが、向こうは認識してきた。

つまり、相手は妖怪と言う事だ。

遥か昔ならいざ知らず、今の幻想郷では夜道で妖怪に会っても驚く必要はない。

大抵の妖怪は、こちらから何もしない限り、相手も何もしてこない。

中にはルーミアみたいな例外がいるが……

それに僕は半人半妖だ。

襲われる心配はない。

それに加えて、どうやら声をかけてきたのは、僕の知り合いらしい。

僕は目をこらす様に右側の道を見つめる。

やがて見えてきた人影達に、思わず僕は、


「げっ」


という言霊を何とか飲み込んだ。


「こんばんは、霖之助さん」

「こんばんは、店主殿」

「こんばんわ~♪」


優雅に挨拶したのは八雲紫だった。

真夜中だというのに日傘をさしている姿は胡散臭いを通り越して滑稽にも映る。

厳格に挨拶をしたのは八雲紫の式神、八雲藍だった。

いつもの結界管理の時に見せる鋭い表情ではなく、今日は穏やかにも見える。

元気に挨拶したのは八雲藍の式神、橙だった。

なにやらご機嫌な様で、主人である藍に肩車をしてもらっていた。


「こ、こんばんは」


僕の中で幻想郷に出来るだけ会いたくない妖怪ベスト1がある。

つまり、一人だけだ。

それが目の前の大妖……八雲紫である。

この境界を操る、幻想郷でも実力派の大妖に僕は何度も苦渋を飲まされ、苦虫を口に放り込まれた。

できれば会いたくない妖怪なのだが……


「霖之助さん、こんな夜更けにフラフラと歩いていては襲ってしまうわよ」

「……それはすまないね」


八雲紫の挑発する様ないつもの言動に、僕は苦笑する。


「あら、つれない返事ね。いいわ、今日は目出度い日だもの」


紫はニコリと、僕を見て笑った。


「そうですよ、紫様。今日は橙の記念日です。揉め事や企み事、謀は無しにしましょう」


藍が紫へと進言する。

紫は、そうね、と呟くと愛しそうに橙の頭を撫でた。


「記念日? 今日は誕生日か何かかい?」


僕の質問に紫と藍は怪しくもクククククククと笑った。

流石に妖怪らしく凄みがある。


「そうよ。あなたもこれからは橙に平伏すのよ」

「聞いて驚くがいい、店主殿。今日から橙はただの橙ではない!」


ばばん、と言った感じで橙は藍の肩から飛び降りた。


「今日から私は『八雲』橙だ!」


わ~、ぱちぱちぱち、と後ろの二人。

なるほど、橙が一人前に成ったという事か。

式神が正式に主の名前をもらう。

これは相当に大変な事だ。

実力もさながら、知識と経験も積まなければならない。

どうやら、橙は立派に式神を勤め上げているらしい。

しかし……なんだろうな、この親バカと祖母バカっぷりは。


「そうか、それならば橙には敬意を表さないとな。おめでとう、橙。君も立派な式神という訳か」

「えへへ~、ありがとうね霖之助」


僕は橙の頭を撫でてあげる。

橙は気持ち良さそうに目を細めた。

こうやって見る限りには、まだまだ子供のようだけど、恐らくもう、僕なんかでは到底敵わないのだろう。

次の刹那に、僕の長い半人半妖生活が終わっても不思議ではない。

なるほど、昔を懐かしむはずだ。


「『八雲立つ出雲八重垣妻籠に八重垣作るその八重垣を』……これでより幻想郷の結界が強固となる訳だ」


僕はスサノオノミコトが詠んだ歌に例える。

八重垣を結界に例えた訳だ。


「ふふ、ありがとう、霖之助さん」


藍と橙はハテナマークを浮かべるが、紫は分かったらしい。

さすがは『八雲』と言ったところだろうか。

こうしてみれば知的な存在なのだが……どうしてあぁも胡散臭くなるのか。


「それで、八雲一家はどちらに?」

「お祝いパーティの二次会にミスティアの屋台に行こうと思ってね。店主殿も一緒にどうだい?」


なるほど。

すでに盛り上がっている最中だったか。


「ふむ。僕もちょうど屋台へ向かっていたんだ。せっかくだ、八雲橙に一杯奢らせてもらえないか?」


僕の提案に、八雲一家は万歳した。

いやいやいや。

ちょっと待て、おかしいぞ、僕が奢ると言ったのは橙の一杯のはずだ。


「太っ腹じゃないか、店主殿」

「あなた意外に素敵じゃない」


右側から藍が、左側から紫が腕を組んでくる。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。誰が3人分を奢ると、って、む、胸を押し付けるな!!!」

「おごり~♪ おっごり~☆」


最後に橙が僕の肩に乗ってきた時点で、僕の負けは確定した様だ。



~☆~



やっとの思いで赤提灯が見えてきた。

両腕を組まれた状態で、しかも橙を肩車しているという状況は非常に歩きづらい事このうえない。


「あ~♪ 世界で一番、幻想郷でいちばん大切な人♪ 守る力使う日がきたよ~、いつか私もめいくゆーすまい~る♪」


いつもは支離滅裂な歌詞を奏でるミスティアも今夜は素敵に歌っているようだ。

なんだかときめいたメモリアルでも思い出しそうになるが、恐らく錯覚だろう。

今はミスティアの歌が、この両手と肩に八雲状態を解放してくれる呪文にも聞こえる。

今のままじゃ、呪いと変わらない。


「あはは! ミスティアミスティア! つぎ、つぎの歌って!」

「ちょっとチルノ、それわたしの! 取るな~!」

「いいじゃん、また注文しなよ。ほらほらほら~♪」


屋台には左からルーミア、リグル・ナイトバグ、チルノと座り、すっかり酔っ払った状態だった。

どうやらミスティアもそうとう酔っている様子だ。

僕は先客に挨拶しようとするが、八雲一家がそのまま長机の方に僕を座らせた。


「……ここは、いかがわしいお店じゃないんですけど」


僕の前に、ガタンとコップが乱暴に置かれる。

見ると、長机専属店員である蓬莱山輝夜がむす~っと睨みつけてきた。

どうやら、僕と八雲一家の関係をそういう風に見てるらしい。

というかこの状態が『いかがわしく』見えるのだろうか?

はなはだ疑問ではある。


「それは両サイドに言ってくれ。僕はこう見えても加害者側に廻る事は少ない。ほとんどは被害者側だ」

「気にしないで、輝夜。今日は霖之助さんの奢りなの。とりあえず一番高いお酒を橙に」

「気にしないで、輝夜殿。今日は店主殿の奢りなのだ。とりあえず一番高い料理を橙に」

「気にしないで、輝夜。今日は私の記念日なんだ。とりあえず皆で食べられる物ちょうだい」

「記念日?」


輝夜は僕の肩の上にいる橙に聞く。


「今日から私は八雲橙なの」

「あら、それは凄い事じゃない。いいわ、とっておきを出してあげる」


輝夜は屋台の奥から瓶を一本持ってきた。


「じゃ~ん♪ 泡波っていう焼酎よ」

「あら、それ外の世界の」


紫は少しびっくりした様に見る。

確かに、外の世界のお酒がそのまま幻想入りするのは珍しい。

見たところ、瓶はまだ新しく、栓も開いていない。

どうやら運良く幻想入りしたのだろう。


「濃い料理にも負けない位の味わいなのに、焼酎だから日本酒と違ってさっぱりと呑み易いのよ」

「じゃ、それは橙にだな」

「にゃ♪」


グラスに氷の塊をいれ、輝夜はゆっくりと注いでいく。

うむ、これだけで上手そうに見えるからお酒というのは怖い。

お酒は良く神に捧げられたりする。

それだけ人を魅了するし、魔力が強い物なのだ。

特に貴重なお酒ともなると、それだけで意味を持つ様に成ってくる。

外の世界には酒の神なる者も存在したそうだが、残念ながら幻想入りはしていない。

つまり、外の世界でも未だに信仰されており、必要とされている訳だ。

外からやってきた神、八坂神奈子と洩矢諏訪子の二人なら、何か知っているかもしれないな。


「じゃ、私達は普通の。霖之助さんには安いのでいいわ」

「おいおい、僕にも普通に呑ませてくれよ」

「はい、よろこんで♪」


僕の意見は果たして通ったのだろうか、輝夜はグラスを3つ持ってきた。

そのうち僕の前に置かれた物にはすでにお酒が満たされていた。

紫と藍の前には空っぽのグラスだったが、


「紫と藍には、これね」


輝夜は竹を切って作られた器を持ってきた。

太い竹に氷を満たし、そこに斜めに切った竹が刺してある。

その中には透明な液体、日本酒が煌いていた。


「あら、風流ね。なんていうお酒?」

「永遠亭特性の竹酒よ」


永遠亭で自作した日本酒、竹酒。

僕も幾度となく呑んでおり、かなり美味しいお酒だ。

月の技術が使われているらしく、地上にはない味である。

紫と藍が竹酒を注いでいる間に、僕は輝夜に注文する。


「筍ご飯はあるかい? それから何かもう一品」

「あら、また夕飯を食べてきてないの? ダメね、香霖堂」

「ダメね、霖之助さん」

「ダメだな、店主殿」

「ダメだね、霖之助」


……決めた。

僕は今日、一人で呑みにきたのだ。

そういう事にしよう。


「はぁ~」


夜空を見上げた。

綺麗な満月だったが、どうにもバカにされている気がしたので今日は褒めないと誓う事にした。



~☆~



それから数刻。

すっかり出来上がってしまった橙は、チルノ達と混ざりキャラキャラと笑っている。

藍はそんな橙が愛しいのか、頬杖をつきながら、眺めていた。

僕は食事が終わり、いよいよと呑みに入るところだった。


「それにしても橙が『八雲』の名前をもらった訳か」

「あら、いけないこと?」


僕の呟きに輝夜が答える。


「いい事じゃない。みんな成長してるって証明じゃない」

「えぇ。いくら幻想郷といえど、変わらずにいる事は無理よ」


紫はグラスの中の氷をカランと鳴らす。

そして愛しそうに、紫は夜空を仰いだ。

いわば、彼女は幻想郷の母になる。

自分の子供が大きく立派に育っていくのは、やはり嬉しいものだろう。

八雲橙を見つめるその瞳が、なによりの証明だ。


「私の身体は時間の流れを停止してしまっている。それでもず~っと変化しているわよ」

「確かに。いきなりアルバイトをはじめるし、君は楽しそうだ」


僕は輝夜を見ながら口の中を湿らせる。

少しばかり分けてもらった竹酒はやっぱり美味だった。


「どうしたの、香霖堂。今日はやけに湿っぽいわね」

「きっと生理ね」


紫の言葉に僕は霧状にお酒を吹き出してしまった。


「あぁ、今日はちょうど満月だしね。月よりの使者って感じかしら」


輝夜もそれに乗っかり嫌らしいとばかりに笑みを浮かべる。


「紫……君はもうちょっと情緒というものを覚えた方がいい。それから輝夜、君もだ。下品な会話に乗っかる事はない」

「あら、下品なかぐや姫は嫌い?」

「……嫌いだね。もっと女性は清楚であるべきだ」


少々言いすぎだろうか。

いや、僕は間違っていないぞ。

僕も男だ。

自分の意見を貫き通してみせる!


「古い考えねぇ。橙、ちぇ~ん。八雲紫の名において命じます」


ケンカでもしていたのだろうか、チルノの口から指を引っこ抜き、橙は素早く紫の傍まできた。

それに反応する様に、藍も立ち上がり紫の傍に立つ。


「はい、紫様。八雲橙、この名に恥じぬよう遂行してみせます」


答える橙の瞳は驚く程に真っ直ぐだ。

酔っ払ってふざけあっていたとは思えない澄んだ瞳。

僕には少し、羨ましくて、眩しい。


「橙、霖之助さんを誘惑なさい」


吹いた。

昼間だったら煌く太陽で虹が出来たくらいに吹いた。


「ゆ、誘惑ですか!?」


橙は腕を組んで考え始める。


「橙、誘惑っていったらこうやるんだよ」


と、チルノが乱入してきた。

そして、スカートの裾をゆっくりと持ち上げていく。

下着が見えるか見えないかのギリギリのラインだ。

うっふ~ん、という声が色気の何もかもをぶち壊す。


「霖之助、どお?」


頬が紅潮してるのは恥じらいではなく酔いだろう。

いったい誰に教わったのか、聞く必要もない。

魔理沙め、いつまでたっても迷惑を残してくれる。


「そうやるのかー☆」

「とぅとぅっぴどぅー♪」

「わたし、半パンだから脱げばいいのか?」


ルーミアとミスティアが同じ様にしスカートをめくり上げ、リグルが脱ごうとする。

ダメだこいつら、早く何とかしないと。


「何を命令されるのですか、紫様! 私の橙がこんな情けない男を誘惑する意味など皆無です! 命令の上書きだ、橙。誘惑するな!」

「え? え?」

「何を言ってるの、藍。この不能をも本気にする位でないと素敵な八雲レディには成れないのよ。さぁ、橙、行くのよ!」

「え? え? え?」

「ネガティブだ、橙!」

「ポジティブよ、橙!」

「え? え? え? え?」


二人の主人に囲まれて橙は右往左往。

輝夜はそんな橙がおかしいのだろうか、さっきから笑いを堪えるのに必死だ。


「あはは。まったく……香霖堂、あなた『霧雨の剣』なる物を持っていたわよね」


ギクリと僕は肩を上げてしまった。

なぜ、輝夜が草薙の剣の事を知っているのだ?

魔理沙か? やはり魔理沙なのか?


「『八雲立つ出雲八重垣妻籠に八重垣作るその八重垣を』よ」


数刻前に自分で言った歌が詠まれた事に僕は目を白黒させた。


「出雲、つまり神がいる場所、転じて幻想郷。そんな中でたくさんの女性に囲われている香霖堂は『妻籠に』……つまり妻込みにという意味よ」


『妻籠に』とは、新妻を籠もらせるために、と語訳される。

つまり、妻と共に、という意味だ。


「あなたがスサノオのミコトだと言うなら、さっさとウワバミ共を退治してちょうだい」


そう言って、輝夜はおかしそうに笑った。

まったく上品なお姫様だ。

僕以外に向けられた言葉だったら、彼女に一杯お酒を奢っているところだ。

チルノ達は誰が一番せくしーかを競う大会などを始めだした。


「はぁ~」


ため息が零れる。

霧雨の親父さんと酒を呑んでいた頃が懐かしい。

それにして何故だろうか。

女性ばかりに囲われているというのに、


「何とも色気のない話だ」


これはこれで、森近霖之助らしいと言えば、らしいのだが。

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