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アルバイト輝夜 ~秋穣子~

すっかり秋めいてしまった空に、僕は自然とため息を吐いた。

まだまだ息は白くなる気配をみせない。

だが、早朝や暗くなってしまった時にふとランプに照らされた息などは時折、白くに濁った。

冬にはまだ早いというのに、冬の妖精が急いで仕度してしまったかの様なそんな錯覚に、僕は笑みを零しそうになる。

妖精というのは自然そのものだ。

基本的には陽気で暢気、そして気まぐれでイタズラ好き。

隙あれば何かよからぬ(しょうもない)事を企み、それを躊躇なく実行する。

それこそ、恐れを知らず、恐れを抱かず、恐れを恐れず。

ともすれば、幻想郷で一番アグレッシブな存在なのかもしれない。

現在の幻想郷に住む大妖怪達はお互いを牽制し合い、お互いに譲り合い、ガチガチに成っていて動けなくなってしまっている。

まぁ、それは何か仕出かす場合のみの話だ。

何もしなければどうという事はない。

人間の里に行けば、お嬢様がカフェで紅茶をたしなんでいるし、豆腐屋さんに行けば八雲の式が油揚げを買っている。


「もっとも、人間にすっかりと慣れられてしまっているが……」


それはそれで、妖怪らしくもなく、何かブザマな雰囲気が漂ってくるなぁ。

まったく、妖怪達は何を考えているのか分からない。

分からない事は考えないに限る。

まぁ、すっかりと話はそれてしまったけれど、季節は秋だ。

夏と冬に挟まれた秋だ。

秋といえば、何を想像するだろうか?

普通に考えれば、食欲や読書、運動という言葉が無難に上げられるだろう。

しかし、そこに一石を投じてみてはどうだろうか。

僕は、こう幻想郷に提案してみたい。


「秋……転じて、『飽き』だ」


飽きる、という言葉は悪い意味で使われている。

いや、実際に、もう飽きてしまった、などといったマイナス面で使われる事がほとんどである。

だが待って欲しい。

『飽きる』の意味は本来マイナスではなくプラスに働くべきなのだ。

飽きる……すなわち、悪切る、だ。

物事を、例えばトランプとしよう、そのトランプを飽きる程遊びつくしてしまった。

これは、トランプという遊びの全てをやり付くし、もう悪い所など何もなく改善の余地すら無くしてしまう程に遊んで遊んで遊びきった、と言える。

つまりは、悪切る、だ。

悪い箇所を切除した状態。

それが、飽きた状態、と言える。

まぁ、トランプの場合、そうなってしまっても対処は簡単だ。

他のゲームをやればいい。

ババ抜きでもジジ抜きでもページワンでも大富豪でも七並べでも肉屋の婆でも一休さんでも神経衰弱でも。

何なら新しいルールを自分達で作ってしまえばいい。

それでも、やがては限界がくるだろう。

それでも、やがて飽きるだろう。

それでも、やがて悪切てしまうだろう。

そんな時は一緒にプレイしている友人にこう言ってやればいい。


「お前なんだか、トランプを武器にして戦いそうな顔だよな(笑)」

「なんっ…でそこまで! 的確に人を傷つける台詞が言えるんだよお前はあああああっ!」


という具合に、お互いに正直になって話し合い傷つけ合い、そして最後に生死の境で新たなスキルを手に入れられるかもしれない。

うんうん。

うん……ん?


「……はっ!?」


僕はとっさに身を起こす。

気づいたら、そこは勘定台で、足元に一冊の漫画本が落ちていた。

外の世界から拾った本だが、どうやらこれを読みながら眠ってしまったらしい。


「はてさて、荒唐無稽だったせいか、思考が引っ張られ、嗜好が偏ってしまったらしい」


ふと、窓の外を見る。

どうやら太陽は完全に山に隠れてしまって、今日の仕事を終わりにしたらしい。

長い永い秋の夜がやってきたという事だ。


「仕方がない」


僕は立ち上がり、うん、と伸びをした。


「今から夕飯を作るのも億劫だ。屋台にでも行くとしよう」


僕は誰かに言い訳する様に呟くと、ランプの明かりを消し、店を閉める用意に取りかかった。



~☆~



残念ながら中秋の名月はすでに過ぎてしまっている。

今年は曇る事なく、あの明るい月はその美しい姿を魅せ付けてくれた。

もっとも、僕は一人で月見を楽しみたかったのだが……残念ながら宴会がそれを邪魔してくれた。

僕としては、静かに月見酒を呑みたかったのだが、巻き込まれてしまったものは仕方がない。


「賑やかな月見酒というのも、たまには悪くない」


はてさて、本日の月は少しばかり欠けてしまっている。

まぁ、いつまでも満月でいられたら他の星達が不平不満を漏らすだろう。

夜空の主役を奪われっぱなしでは、輝き甲斐が無いというものだ。

そんな事を思いながら、秋の夜道を僕は歩く。

夏の夜道は涼しいが、秋の夜道は油断すると寒い。

まだまだ防寒着を用意するというレベルではないが、気を抜くとタチの悪い風に障られてしまうだろう。

まぁ、僕には人間の病気は関係ないし、妖怪に襲われる事もない。

だからといって、油断するというのはマヌケな話だ。

大丈夫だからこそ、気を緩めはしない。

一つの怠惰から、全ての怠惰に繋がってしまう。

ゆめゆめ努力を怠らない事、だな。

人間の里への交差する道を過ぎ、そろそろと迷いの竹林が見えてきた頃、ふと気配を感じた。

道の先に何者かがいて、空を眺めている様だった。

こんな時間にこんな場所にいるという事は、人間ではないだろう。

少しばかり近づいてみると、それは少女だと分かる。

恐らく妖怪か、それとも……


「……神様だったか」

 

もう少しだけ近づくと、少女が神様だという事が分かった。

秋穣子。

姉妹の神様で、二人で秋を司っている。

確か妹の穣子の方は『豊穣を司る程度の能力』だったか。

姉の静葉が『紅葉を司る程度の能力』を持っているらしい。

神様の中では彼女達ほど人間達に密接に関わっている神様はいないだろう。

守矢神社の神様も人間と関わってきているが、極端に言ってしまえば、生活に困っていなければ守矢は必要ない。

神頼みは、困った事にならないとする必要がないからだ。

だが、秋姉妹は違う。

もし実りの秋が来ないとなると、人間達の食事情にダイレクトにダメージがくる。

だからこそ、人間達は極当たり前に秋姉妹を信仰している。

ただ、それが当たり前すぎて、秋姉妹も信仰される事が当たり前すぎて、彼女達の力とはなっていない。

もしそれを知覚したとなると、彼女達が幻想郷最強になる日もやがて来てしまうだろう。


「んお、何者だ……て、え~っと、確か香霖堂の何とかさん」

「森近霖之助だ」


穣子は警戒する様にこちらを見たが、僕の顔をみて不思議な構えを解いた。

まぁ、ほとんど接点のない彼女に顔と屋号だけでも覚えられていただけマシか。


「あぁ、そうそう、そんな名前。こんばんは、霖之助」

「こんばんは、秋穣子。それで、神様がこんな所で何をしてるんだい? 竹は実をつけないよ」


竹に何か得体の知れない果実がついては大変だ。

それこそ異変で霊夢が動きかねない。

いや、動くのはずいぶん先の話になるか。


「それぐらい知ってるよ。ちょっと姉とケンカして……頭を冷やしているところ」

「姉妹喧嘩か。原因はなんだい?」


聞いてしまってから、しまった、と思った。

こういう事はそっとしておいた方がいい。

野次馬根性というか、下世話な話題というか、こういう話題で盛り上がるのはよろしくない。


「能力よ能力。私は豊穣を司っていて、秋の実りの豊かさを与える事が出来るわ」

「うむ」

「姉はそんなの美しく無いっていうのよ。それで、私の紅葉の能力の方が凄いわ。山が紅に染まるなんて素敵でしょ、とか言うのよ、信じられる? 美しさでお腹がいっぱいになるのかっていうのよ、まったく」

「……あ~、なんだ、それ毎年やってないかい、もしかして?」

「そう、いい加減に勝負を付けたいところ!」


恐らく、一生勝負がつく事がないだろうなぁ……

僕が少しばかり呆れている間にも、穣子の姉に対する文句が溢れでてくる。

う~む、このままでは、僕は屋台に辿り着けないのではないだろうか。

そんな予感がヒシヒシと感じられた。

という訳で、仕方がない、最終手段を使おう。


「それは大変だ。ふむ、どうだい、僕と一杯つきあってくれないかな? たまにはお酒で気分を入れ替えてみるのもいいかもしれないよ?」

「おごり?」

「神様に割り勘を頼むというのも失礼だとは思わないかい?」


嘘だけどね。

神様といえど、平等に対価を払うべきだと僕は思っている。

いま口には出さないけど。


「そうね。たまにはいいかも」


どうやら穣子はご機嫌になったようだ。

ま、これで彼女の機嫌を買える……、否、変える事ができるなら、安い……いやいや、易いものだ。



~☆~



いつもの竹林沿いのいつもの道。

そろそろと竹の葉の奏でる音が大きくなってきた頃に、いつもの赤提灯の赤い光が見えてきた。

それと共に、店主のいつもの歌声も聞こえてくる。


「ピーマンにんじんた~ま~ねぎ、予襲に復讐~♪ 白玉楼など行ってられるか、ストレスい~っぱい~♪」


今日の歌はなんだか、宇宙からやってきたヒーローが気合いだけで悪者と戦う、そんなイメージを抱かせる。

それと共になんだかあげだまが食べたくなった。

ん?

あげだまって何だっけ?

天カスと同じものだったか……?


「ほれほれ、呑みなさいはたて! あなたの呑み具合で焼き鳥撲滅の度合いが変わってくるわ!」

「呑んでるわ、呑んでるわよ! それより文も呑みなさいよ、焼き鳥撲滅はまだまだ遠いわ!」


そんな店主の歌声と共に、なにやら二人の少女の声。

どうやら先客らしく、かなり盛り上がっているみたいだ。

誰だろう、と屋台を見てみれば鴉天狗の二人組み。

射命丸文と姫海棠はたて。

鳥類仲間として、店主であるミスティアとすでに、かなり出来上がっているらしい。

ここは、幻想郷の常識に則るとしよう。

僕と穣子はお互いに顔を合わせて、屋台をスルーした。

鬼と天狗とは酒を呑んではいけない。

これが幻想郷での常識だ。

もっとも、自暴自棄になりたかったり、二日酔い、いや三日酔いがしたいというのなら、その常識から外れる。

まぁ、そんな人間も妖怪もいないと思うけど。

屋台の隣には、丸太を半分にして作った簡易的な長いテーブルがある。

そこには赤い大きな和傘がさしてあり、赤提灯がぶら下がっていた。

テーブルが丸太なら、椅子もまた丸太。

切り株を利用したかの様な椅子に座ると、さっそくとばかりにこちら側担当のアルバイト店員がやってきた。


「いらっしゃい、香霖堂。それから、秋の女神様。珍しい組み合わせね」


アルバイト店員、蓬莱山輝夜はにこやかに僕と穣子に挨拶をする。

本日はいつもの着物のままで、髪型もいじっていない、スタンダートな服装だ。

ときどき彼女はポニーテールにしていたりと、違う姿で働いている事もある。

まぁ、だからどうという事もないのだが、里の男性陣には殊更ポニーテールが密かに人気だったりする。


「そこで出会ったんだ。酒に付き合ってもらおうと思ってね」

「おぉ、永遠亭のお姫様だ。へぇ、ちゃんと働いてるんだ」


どうやら穣子は輝夜がここでアルバイトをしている事を知らなかったらしい。


「えぇ、アルバイトだけどね。がんばって働くから食べたり呑んだり吐いたりしていってね」

「あははは! そうさせてもらう~」

「そこまで呑みたくないよ……まったく」


店員が潰れろと言ってくるのはどうかと思う。

店側としては迷惑な話だと思うんだがなぁ。


「はいはい、何呑む? 何食べる?」

「僕は竹酒と筍ご飯を」

「はい、喜んで♪ 穣子は?」

「う~ん、私は日本酒と野菜料理がいいかな」

「はい喜んで。ちょっと待っててね~」


そう言って輝夜は屋台側へと準備に取り掛かる。

と、思ったらもう戻ってきた。

相変わらず脅威の料理スピードだ。

もっとも、『永遠と須臾を操る程度の能力』を持っているのなら、容易い事なんだろうな。


「はい、お待たせ。香霖堂の筍ご飯に、穣子は蒸し野菜ね」


僕の前には筍ご飯が置かれた。

漂う湯気に、少しだけ僕の眼鏡が曇ってしまう。

穣子の蒸し野菜を覗きみれば、どうやら数種類の野菜を蒸したシンプルな料理のようで、これはこれで美味しそうだ。


「ポン酢をつけて食べてね」

「おぉ、美味しそう」


そして、輝夜は竹で作った器を三つ用意する。

それと共に一際太い竹に氷を敷き詰め、その中に通常サイズの竹をいれ、中に永遠亭特性の日本酒で満たされている『竹酒』を用意した。


「……どうして器が三つなんだい?」

「あら、久しぶりに来たんだから、私にも呑ませてくれたっていいじゃない。あなたのお酒が一番美味しいの」


うふっ、と怪しげな笑みとウィンクを輝夜が僕に送ってきた。

出来る事なら弾幕みたいに避けたいのだが、残念ながら視線を避けるテクニックを僕は持っていない。


「えっ、二人ってそういう関係なの?」


穣子がニヤニヤ笑いながら僕に聞く。

まったく、これだから少女という生き物は困る。


「違う。輝夜の冗談だ、本気にしないでくれ。ただ酒が呑みたいだけで、僕を利用しているんだろうさ」


輝夜の容姿でこんなにも素敵な言葉と視線を贈られては、最早それは呪いの領域だ。

よっぽど精神を鍛えていない限り、コロリと騙され、彼女に好き放題おごってしまうだろう。

まったくもって恐ろしい。


「よよよ。私の想いは香霖堂には届かないのね」

「そんなオモイは文字通り沈んでしまえばいい」

「あら酷い。穣子の知り合いに縁結びの神様とかいないかしら?」

「あはは、今度連れてくるよ」


輝夜は、お願いね、と言いながら僕と穣子の器に竹酒を注ぐ。

そして、自分の器にも注ごうとしたところで、僕は竹酒を奪い取った。


「あら、本当にダメなの?」

「別に構わないよ。だが、手酌はダメだね」


僕の言葉に、輝夜が驚いた様な表情を見せ、頬を少しだけ赤く染めた。

だが、これも罠だ。

気をつけたまえよ、男子諸君。

女性は表情を自由に操る。

その気になれば瞳孔を開き、瞳を綺麗に魅せる事すら出来るらしい。

まったく、恐ろしいよ。

僕は嬉しそうに差し出した輝夜の器に竹酒を注いでやる。


「さて、何に乾杯するんだい?」

「そんなの決まってるじゃない」


僕の質問に穣子が器を上げる。


「秋の夜長と豊穣に、かんぱい!」


それなら一切として文句はない。

僕と輝夜も、かんぱい、と器を上げてから喉を潤す。

口の中に広がるちょっとした冷たさと辛さ。

それが過ぎ去り喉を通る頃には甘さへと変化し、口の中をサッパリと癒してくれる。

やはり竹酒は美味い。

次いで、筍ご飯にも手を出す。

こちらもコリコリとした食感が良く、添えられた紅しょうがの酸味と相まって食が進んでいく。


「そういえば香霖堂、久しぶりじゃない。最近はなにやってたのよ?」

「いや、別にいいじゃないか。ほとぼりは冷ますべきだろう」

「なになに、ケンカでもしてたの?」


穣子が興味ありげに聞いてくる。

余り聞いて欲しくないのだが……


「天狗の新聞で熱愛報道されたのよ、私達」


輝夜はクイクイと親指だけで隣の屋台を指した。

あぁ、うん、そう、こいつらが原因だったな、そういえば。


「人の噂も七十五日というだろ? だから、空けるしかないじゃないか」

「うふ。私は気にしないから大丈夫よ」

「僕は気にするんだ」

「ふ~ん、やっぱり仲がいいんだね」


穣子は蒸した白菜をムグムグと食べながら僕達をにこやかに見た。

なんだか、冷やかすのを通り越しているかの様な雰囲気を感じる。

これが神様の対応という事か?


「そういえばお姉さんはどうしたの?」

「む。いいのよ、あんな紅葉にしか興味のないのは。秋はやっぱり収穫の喜びでしょう。この豊かさが理解できないなんて、秋を司る神様として情けないよ」


と、言いながら蒸したさつまいもをムグムグと食べて、おいし~、と笑った。

どうやら、ここで輝夜は秋姉妹の姉妹喧嘩を察したらしい。

しょうがない、という感じで苦笑した。


「でも、もみじの天ぷらも美味しいじゃない」

「うぐ」


輝夜の言葉に、穣子はギクリと止まる。

紅葉したもみじの葉を天ぷらにしたシンプルな料理だ。

そう、あの料理は穣子ではなく、静葉のお陰でできる料理といえるかもしれない。


「で、でも、それだけじゃない。私だったら栗だって芋だって松茸だってあるわよ」

「まぁ、そうかもしれないな。しかし、紅葉は美しいよ。君も女の子なら、好きなんじゃないのかい、綺麗なものが」


少女という存在は、いつだって綺麗で可愛いものを求める。

神様といえど、例外は無いはずだ。

なにせ、あの白黒魔法使いだってそうなんだから。


「むぅ。霖之助はいったいどっちの味方なのよ!」

「僕かい? 僕は綺麗で美味しい物の味方だよ」

「むぅ~……」


まぁ、この程度で納得できるのなら姉妹喧嘩なんてしていないだろう。

それでも、穣子は静葉の良いところを知っているはず。

だからこそ、言い返してこないのかもしれない。

そんな穣子をみて、僕と輝夜は苦笑するしかなかった。



~☆~



秋の夜長というように、秋の夜はまだまだ長い。

だからといって、ダラダラと過ごす訳にもいかないのだが、酒を呑むペース配分は考えなければならない。


「ひっく」


どうやら穣子はすっかりと酔っ払ってしまったらしい。


「秋とは私、秋穣子だー! 1面ボスがなんだー! アイデンティティを確立しろー!」


意味不明な事を叫びながら、恐ろしい事に隣の屋台で天狗と肩を組んで酒を呑んでいる。

恐らく、秋の在り方として、理解はしても納得は出来ないらしい。

それでも、天狗と酒を呑む事で発散させるのは非情に危ない気がしてならないのだが……


「綺麗で美味しいもの、ね。視覚と味覚かぁ。香霖堂はどっちが大事?」


うわぁ、と若干ながら秋穣子に引いてしまった僕に対してフォローする様に、輝夜が聞いてきた。


「僕は……視覚かな。風景が綺麗だと、おのずと酒も美味く呑めるだろ」

「そう。それじゃ私はもっと美人にならないとね」


輝夜がこれでもかとばかりに、僕の目の前で髪の毛をかきあげて魅せる。

まぁ、確かに、美人に注がれた酒は美味いとは思う。

それでも大自然の情緒には敵わないんじゃないだろうか。

もっとも、花より団子という言葉もあるし、人によると思うけど。


「僕が味覚と答えたらどうするつもりだい?」

「そっちの方が簡単よ。一度私を味わってもらえばやみつきになるわ」

「文字通り『病み付き』だな。病気に掛かり始め、という意味がある」

「えぇ、恋の病、っていうしね」


……しまった。

彼女の方が一枚上手だったらしい。

ニヤリと笑って差し出された竹の器に、僕は黙って竹酒を注いだ。


「なになに~? 何の話~?」


と、ここで穣子が戻ってきた。

手には一升瓶。ほとんど残ってないが、どうやら天狗から奪い取ってきたらしい。

恐ろしいな、この神様。

いや、さすがは神様、というべきか。


「恋よ、恋。恋は盲目っていう話」

「へぇ~、だから口をパクパクさせてるんだね」


やっぱりダメだ、この神様。

池の鯉と勘違いしてらっしゃる。


「そうそう。相手の事を思うと胸が詰まっちゃって苦しいものね。穣子は恋した事あるの?」

「あるに決まってるじゃない。伊達に秋の神様やってないよ。秋といえば恋の季節。イベントが多いこの季節は男女の出会いがたくさんあるわ。そんなお祭気分で盛り上がった人間の心は揺れやすいから、恋に落ちやすいのよ。ん? どうして恋に『落ち』るんだろう。天にも昇る様な気持ちなのに」

「そういえば、そうね。恋愛は喜びなのに、下げる表現が多いわよね。それこそ、恋は盲目」

「言葉といえば、名前といえば、ここに専門家がいるじゃない、ねぇ、霖之助」

「あぁ、ダメダメ。香霖堂は朴念仁よ。恋と鯉の区別もつかない、故意にダメな男」


むぅ……


「はぁ~……どうせ、僕はそっちには疎い半人半妖だからね」

「許しを請いなさい」

「やれやれ、容赦がないな、まったく」


僕はおつまみである八目鰻を箸で切り分けると、輝夜の口に運んでやった。

まぁ、これで満足してくれる良心的なお姫様だ。

ありがたいありがたい。


「それにしても、穣子が恋をした事があるなんて驚いたよ。神様も恋愛するとはね」


僕のイメージでは、神様はそういう人間臭い感情を持っておらず、悠々自適に存在していると思っていた。

しかし、やはり、神様という存在も感情があるから、恋愛感情があって当たり前、という事か。

まぁ、国産みの話も、恋愛物語といえば、恋愛物語だ。

むしろ、神様が恋をするからこそ、人間も恋をするという訳か。

卵が先がにわとりが先か。

神様が先か人間が先か。


「ふっふっふ。実は私、秋の神様であると共に恋愛の神様でもあるのです!」


穣子が高らかに叫ぶ。

そんな話は聞いた事がないのだが……何か新しい能力でも身につけたのだろうか?

縁結びとか。


「『豊穣を司る程度の能力』改め! 『芳情を司る程度の能力』! みんな、私を見て敬い尊敬し、ときめくが良い!」


はーっはっはっはー! と秋穣子は高笑い。

豊穣と芳情ねぇ。

芳情とは他人を敬っている、その思いやりの心という意味だ。

それを司るといのなら、なるほど恋愛の神様とも言えなくはない。

言えなくもないのだが……所詮は駄洒落だ。

酔っ払いの戯言にしても酷いもんだ。


「霖之助も恋に落としたあげようか?」

「落ちないと思うわよ。その朴念仁に芳情があるとは思えないわ」


ケラケラと輝夜が笑う。


「でも、脱いだら一撃かもしれないわ。それこそ簡単に落ちるかも」


ニヤリと輝夜が余計な事を言う。

そんな訳あるか。

というか、このままじゃオチにもならない。


「よし、脱ぐか」


穣子が脱ぎだしたのを僕は慌てて止めた。

はぁ~……どうしてこうも色気のない話になってしまうのか。


「じゃぁ、あとで色気のある事してあげるわよ」

「遠慮しておくよ」


まったくもって。

秋の夜長に、楽しい酒は続いていくものだ。

できれば、このお祭が長く長く感じられる事を。

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