表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/23

アルバイト輝夜 ~チルノ編~

うっすらと白く染まった魔法の森。

春、夏、秋と蟲の声がうるさい森も、今は静寂が支配している。

まるで空気が凍る様に、音もまた凍っている。

その静寂の中で唯一聞こえる音は、サクサクという僕の足音。

あとは、生き物を拒む様にときおり吹きつける冬の女王の吐息だけ。

身を切るような寒さに、僕は思わず体をふるわせた。


「今夜は特に寒いな……」


僕の口から零れた吐息は塵と結びつき白い靄と化して空中にとけていく。

空を見上げれば、太陽は遥か前に沈んでしまったらしく、ぽっかりと空を切り抜いたかの様な月が微笑んでいた。

寒い日には、星や月が良く見える。

これはあらゆる生物、物質、妖力や魔力といったものが活動を鈍らせるせいである。

寒くなれば、極一部を除き、あらゆる『モノ』の活動は衰える。

そうなれば自然と空気の揺らぎはなくなり、遠くの映像が揺らぐ事なくこちらまで届くのだ。

だから、寒い冬の夜は、星や月が綺麗に見える。

そんな丸い月は明るく煌いていた。

月の光のせいで、周りの星達は一切輝く事が出来なくなる。


「まるでどこかのお姫様だ」


呟いた口からは苦笑しか漏れ出してこなかった。


僕こと森近霖之助がこんな夜更けに外に出たのには訳がある。

非常に間が抜けた話になるのだが、読書に夢中だった為に時間の経過に気づかなかったのだ。

本を読み終わり、伸びをしに外に出たところで夜になったのだと気づいた。

今から夕飯を用意するには少し面倒だと思った僕は、ミスティアの屋台へ行こうと思い立った訳で。

どうにもあのぽっかり浮かんだ綺麗な月を見ていると、お酒が飲みたくて仕方がない。

そんな気分になったのだ。

魔理沙にもらったマフラーと手袋をして、夜道をフラフラと歩いている訳である。



~☆~



そして道中。

木々の間にある道で、珍しくも氷精に出会った。


「やぁ、チルノじゃないか」

「おぉ、霖之助」


道の真ん中で、ぼんやりと空を見上げるチルノに僕は声をかけた。

氷精はいつものワンピース姿だ。

露出の多いワンピースなのに寒さに平気なチルノを見ると、少しだけ羨ましくもある。

もっとも、彼女にマフラーや手袋は似合わないだろうけど。


「こんな所で月見かい?」

「うん、綺麗だからね。まぁ、あたいの美しさには敵わないけど」


チルノは胸を張ってふわりと浮かび上がった。


「月は魅了の魔力を持っているからね。果たして君にも勝ち目があるかどうか」

「あたいは最強だよ。ほら、せくしーぽーず」


氷精はチラリとスカートをめくってみせる。


「……それ、誰に教えてもらった?」

「ん? 魔理沙。妖夢と一緒に教えてもらった」


はぁ~、と僕は口から出ていくため息を堪える事が出来なかった。

よし、今度きつく注意しておこう。

しばらくミニ八卦炉を取り上げてもいいかもしれない。


「どう霖之助? メロメロ?」

「残念ながら僕には効かないね。それより冷気を抑える練習でもしたらどうだい?」


以前、チルノに冷気の抑え方を教えてみた事がある。

一応の理論は合致したらしく、見事、チルノは冷気を抑えられる様になった。


「出来るようになったけど、しんどいよ」


スっと辺りの冷気がすこし収まった気がする。

ふむ……チルノはチルノで、色々と成長しているようだ。


「やれば出来るじゃないか。この状態を保てるならミスティアの屋台で何か奢ってあげよう」


教育には飴と鞭が必要だ。

たまには褒美も必要だろう。

チルノとの仲を良きものにすれば、快適な夏が過ごせる様になる。

そして冷気を抑えられる様になると、冬に付きまとわれても平気になる。

ストーブの燃料の心配もあるので、できれば火の妖精にも出会いたいものだが……


「本当!? やったやった、やっぱり霖之助はあたいにメロメロだ!」

「ははは、かもしれないねぇ」


チルノはそう言うと僕の肩に乗ってきた。

以前ならヒヤリとした感覚が襲い掛かってくるのだが、今は普通にチルノの柔らかな体温を感じる事が出来た。



~☆~



「はらほろひれはれ~♪」


ミスティアの屋台に近づくにつれ、いつもの奇妙な歌が聞こえてきた。

慣れない内は奇妙だが、慣れてしまえばどうという事はない。

今歌っているのは、確か……どこかの人妻の歌だったか。

そういう話を聞いた事がある。


「おや?」


ミスティアの屋台は、基本的に屋台一軒だ。

だが、今日はその横に長机と椅子が並べられていた。

机は大きい丸太を半分にしただけのシンプルな作りで、椅子も切り株だ。

質素だが、これはこれで中々に風情があって雅さが出ていて、かなり僕好みの造りになっていた。

近くには薪ストーブもあり、一帯はほのかな暖かさに包まれている。


「いらっしゃ~うぃ~~~ん♪」


ミスティアが僕達に気づいた様で、歌いながら迎えてくれた。

その歌で先客が気づいた様で、屋台側に座っている紅美鈴と射命丸文が振り向いた。

二人はすでにできあがっているらしい。


「これはこれは店主さんとチルノさんではないですか。うははははは!」

「おぉ、真夜中の逢引ですね。これは記事にしなくては~ってカメラがないや。あははははは!」


どうやら、かなり酔いが廻っている様だ。

酔っ払いは適当にあしらうに限る。

僕とチルノは二人に適当な挨拶をし、せっかくだからと長机の方に座った。

すると、僕達を確認してか屋台の影から少女が現れた。


「あら。いらっしゃい、香霖堂。それから可愛い恋人さん。アルバイト初日に出会えるなんて、まるで運命みたいね」


月夜の主役、蓬莱山輝夜がそこにいた。



~☆~



「永琳も働いてるし、イナバ達もちゃんと働いてる。私だけ永遠亭でぼ~っとしてるのに飽きたのよ」


そう言って、輝夜は僕とチルノに日本酒を注いでくれた。

チルノはさっそくとばかりにその味を楽しむようだが……あいにく僕のお腹はすっからかんだ。

この状態でお酒を飲むのはちょっと控えたい。


「なにか、食べるものはあるかい?」

「えぇ。永遠亭と言えば竹。竹といえば筍。筍ご飯はいかがかしら?」

「ほぅ、いいね。一杯もらえるかい?」

「はい、よろこんで♪」


輝夜はミスティアにお碗をもらうと、自分で用意したのか、おひつから筍ご飯をよそってきた。

おまけよ、と山菜の天ぷらときゅうりの漬物も出してくれる。

なかなかにサービスが満点だ。

まぁ、初日のみのサービスな気がするけどね。


「これは美味しそうだ。いただきます」


僕は筍ご飯を一口放り込む。

筍のコリコリとした食感が何とも言えず、美味しい。

やはり長年生きているだけに輝夜の料理は達人レベルとなっている。


「チルノは何か食べる?」

「おつまみがいいな。八目鰻ちょうだい」

「はい、よろこんで♪」


チルノの注文を輝夜はミスティアに伝える。


「お、チルノ。珍しいね~。お金はちゃんとあるの~?」

「霖之助のおごりだよ~」


ニヤリとチルノは笑う。

妖精らしい無邪気な笑顔に僕は苦笑するしかなかった。


「それは何とも羨ましい。香霖堂のお兄さんもやるじゃない」


にゃはは、と笑うミスティアからチルノは八目鰻を受け取る。

チルノはお礼を言ってから受け取ると一口齧り、日本酒をくいと流し込んだ。


「ミスティ~、おかわり~。ウィスキーはないの~?」

「はいはい~。不評なウィスキーなら残ってるよ~」

「それでいいので、ロックで!」


よろこんで、とばかりにミスティアは屋台へと戻っていった。


「そう言えば、チルノがいるのに寒くないわね」

「あぁ、僕がアドバイスしてみたんだ。これならば冬に嫌われる事はないだろう」


戻って来た輝夜は新しく栓をあけた一升瓶を持ってきた。

そこでどうやらチルノの冷気がない事に気づいたらしい。

元々こんなにも寒い夜なのだ。

チルノがいてもいなくてもそんなに変わらないのかもしれない。


「へぇ~、香霖堂から直接アドバイスか~。頑張ったのね、チルノ」

「頑張ってるよ。あたい最強だもん。いつか吸血鬼もぶっ飛ばす」


ちょっと酔ってきたのだろうか。

少しだけ頬を染めながら、チルノは夜空を指差した。


「冷気を抑えられるようになったら、次は謙虚を教えないとな」

「けんきょって何?」


チルノは輝夜に聞く。

輝夜はう~んと首を捻ってから答えを出した。


「チルノが身につけたら、素敵なレディになれるものよ」

「おぉ、そうなったら最強だな!」


そんなチルノに僕はため息を零すしかない。

輝夜はおかしそうにくすくすと笑うだけだった。



~☆~



ご飯を食べ終わった後は、本格的に飲みに入る。

輝夜にお代わりを注いでもらうと、八目鰻と漬物を注文した。

漬物はそれなりに塩っけがあり、お酒のツマミにも合うのだ。

たまにキャベツに塩をかけただけでバリバリと食べる人間もいるが、あれじゃまるでウサギじゃないかと思う。


「イナバたちはよく団子でお酒を飲んでるわよ」

「僕はやっぱり甘い物より辛い物がいいな」


すっかり出来上がったチルノは美鈴と文の間に入ってゲラゲラと笑っている。

酩酊状態だからだろうか、少しづつ冷気が漏れている気がする。

まだまだ修行が足りない様だ。


「突撃しつもーん! チルノさんは霖之助さんの恋人ですか?」

「恋人~? そんなわけないじゃん! あたいにはもっと最強なヤツが似合うのよ!」

「あはは! 確かに彼は弱そうですね」


すぐ隣の長机に本人がいるのに何という言い草だ。

まったく。


「はぁ~、好き勝手言ってくれる」

「あら、チルノの恋人になれなくて悔しいの?」


顔をあげると、輝夜が口元を隠しながらニヤリと笑う。

どうやら、目の前の店員まで僕をからかうようだ。


「残念ながら僕は半人半妖であっても男なんでね。それなりに男らしくありたいと思う事もあるさ」

「ふ~ん、貴方にしては珍しい言動ね」

「……忘れてくれ。君こそどうなんだい? お姫様」


僕の質問に、うふふ、と輝夜は笑う。


「私の難題をクリアしたら教えてあげるわ」


それは無理だ。

僕は諦めた様に夜空を見上げる。

そこには相変わらず綺麗な月。

太陽の影に生きる夜空の主役。


「はぁ~……」

「あら、ため息なんて呑みが足りない証拠ね」


輝夜は一升瓶を持ち、僕に傾ける。

こうなると、グラスを空けない訳にはいかない。

僕はぐぐっと喉を湿らせると、タンと勢いよくグラスを置いた。

すかさず輝夜はそこに新しく日本酒を注ぐ。


「さぁ、香霖堂。一時だけでも幸せになりなさいな」

「……それもまぁ、いいだろう」


僕は注がれた分を一気に飲み干した。

こういう夜もまぁ、悪くはないだろう。

明日の事を考えると少し怖いが、今は輝夜の言うとおり、一時の幸せに身を委ねる事にしよう。



「うふふ。いい呑みっぷりよ、香霖堂」




~☆~



翌日、昼頃に目が覚めた僕は少しギョっとする。

僕の部屋にチルノと美鈴と文が寝ていたのだ。

ちなみに僕は勘定台で座りながら寝ていた。

いつの間にやら肩に掛けられていた羽織をたたみ、眠れる森の少女達の肩を揺する。


「おい、もう日も高く上ってるぞ。起きるんだ」


寒さに震えながら眠る二人と、幸せそうに寝息を立てる氷精。

どちらも年頃の娘だというのに……


「はぁ~……なんとも色気の無い話だ」


もっとも、それが森近霖之助らしいといえば、らしいのだが。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ