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赤靴を履いたシンデレラ  作者: saco
第一章
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許嫁

「許嫁?」

「一言でまとめるならそうよ。私たちはいつも一緒にいなきゃいけないのよ」

 数分後、捺がようやく落ち着きを取り戻した頃、走太たちは大いに流した汗を拭いながら事の顛末について話を始めた。

「まさか、本当に男だったとはな……どうりで話がしやすいわけだ」

 小さく頷く捺を見て、走太は未だに捺が男だという事実を半信半疑のままに受け止めていた。あのような〝モノ〟を見せられてしまっては何も言うことができないが。

「許嫁ってあれだよな? 将来の結婚を約束された者同士のことを言うっていう」

「そうね、無能な割によく知っているじゃないの」

「……無能はいいとして、なんで赤坂が女装をするのと許嫁が関係するんだ?」

「何言ってるのよ。許嫁は常に一緒にいるものでしょうが」

 そこまで当たり前のように言われると反論に困る。

「……私はやめようって言ったの。こんなのすぐバレて問題になっちゃうからって」

 少々の間の後、消えかかりそうな声で捺が口を開いた。

「でも、でもね、気がついたらバレずに、何事もなく一学期が終わっちゃって。ホッとしたのと一緒に……私の男としてのプライドもズタズタで……うわぁあああん!」

 そして再び机に突っ伏して泣きだしてしまった。なんというか、苦笑いを浮かべるしかなかった。

「ああそれと、誤解を生むようだから言っておくけど、捺の女装は学校公認だから」

 泣きじゃくる捺を無視して鞠井は平然と話を進める。

「公認? この学校は変態学校なのか?」

「変態!?」

 その言葉にまた捺が反応する。

「いや、別に赤坂が変態とかそういうんじゃなくてだな……」

 フォローになっていなかった。

「ここの理事長があたしんとこのパパと知り合いなのよ。パパがあたしたちはいつも一緒にいるべきだって言い出して、その時あたしはもうこの学校に行くって決めてたんだけど、捺がね。この子、男だったらサッカー選手として入学できたんだけど、ここってなんかそういう風潮あるじゃない? 男は頭が良くなきゃいけないみたいな。ああ、あんたは別か」

「……」

「どしたの? 顔が強ばってるけど」

「いや、いつものことだ」

「そう。それでね、捺って、別に頭が悪いわけじゃないんだけど、これといってずば抜けたものが無かったの。これじゃ入学出来ないじゃないって話になって」

「で、女装か」

「パパの言い出した作戦だったんだけど、あたしも最初は驚いたわよ。でも捺ならいけるんじゃないかって思ったわね……すごくカッコイイし……」

「何?」

「なっ……なんでもないわよ! 聞き逃しなさい!」

「聞き逃したから聞いたんだが……」

「で! 順風満帆に事が進んでいた矢先に、あんたみたいなモブキャラにバレちゃったってわけよ!」

「モブねぇ……」

 走太はなんて的を射た表現だと思わず苦笑する。

「いい!? この話はこの三人だけの秘密よ! ドント口外! いいわね!」

「分かったよ。ところで、俺ら意外にこの話を知ってる奴とかいるのか?」

「え? そうね……この学校だと理事長と保健室の笹子先生くらいかしら」

「サッカー部にもバレてないのか?」

「うん……」

「なんていうか……すげえな、お前……」

「憐れまないで! 憐れまないでったら!!」

 二学期が始まって、ここに来て更に強烈なキャラが現れてしまった。

 秘密の共有。不思議と背徳感の滲む言葉だが、これは状況が違う。別に好きな女の子の秘密を握って、この子の秘密を知っているのは俺だけだ! と優越感に浸っているわけでもなく、この場合はただ単に秘密を「掴まされた」に過ぎない。しかも鞠井が絡んでいるのだからタチが悪い。面倒なことにならなければいいのだが。

「許嫁ってことはあれか。もしかしてお前ら、付き合ってたりするのか?」

「付きっ!? ばっ……馬ッ鹿ねえ何を言うのかしらこの無能野郎は! そんなもの、い、いずれ結婚するんだから必要ないでしょうに! まあ捺が付き合いたいのなら? あたしもやぶさかではないのだけれど? ……ね、捺?」

「…………え? ごめん、よく聞いてなかった」

「……も、もういいわよ! もう昼休みも終わるし、話はこれでおしまい! 解散! あぁ早く冷房の効いた教室に戻りたいわ!」

 鞠井は大雑把にこの密会をお開きにさせると、一目散に廊下へと駆けていく。

「ほら捺! あんたも早くしなさいよ!」

「……」

 先程から妙に捺の反応が悪い。

「おい、ちんちくりんが呼んでるぞ。早く行ってやれよ」

「……許嫁、かぁ。許嫁なんて……」

「赤坂?」

「……え? あぁうん分かった! それじゃ走太くん、このことは〝僕〟たちだけの秘密だからね! それじゃあ!」

 捺は言うと慌てて頬を膨らませている鞠井の元へと向かっていった。

 

 灼熱の理科室で一人、走太は先ほどのことを振りながらパック烏龍茶を一気に飲み干した。

 捺ほどの人畜無害な人間に、まさかこれほどの秘密が隠されていようとは誰も思うまい。人には誰にも言えぬ秘密の一つや二つがあるものなのだなと物思いに耽りつつ、走太は紙パックをゴミ箱に放ったのだった。


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