表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤靴を履いたシンデレラ  作者: saco
第一章
8/41

女と男は紙一重である

 走太は昼時の生徒たちで賑わう廊下を一人歩いていた。無論、理科室に向かうためである。

 凛太郎には今日の昼は別の場所で食べると言って置いてきてしまった。その時こそ何も言わずに承諾してくれたが、あいつのことだろう、あとで厄介なマスコミのごとく質問攻めをしてくるに違いない。

 右手に烏龍茶と何個かのパンが入ったビニール袋を提げながら、凛太郎には悪いことをしたかもな、と反省してみた。今頃凛太郎は走太のいない教室で一人、黙々とコーヒー牛乳を口に流し込んでいるのかもしれない。そう考えると不憫でならなかった。しかし今回はそれ以上に重要なことなのだ、許してくれ友よ。

 

 捺に指定された理科室は一年七組の教室から七棟離れた場所にある。理科室のあるその棟は別名特別棟と言われており、視聴覚室や家庭科室といった実習的な授業で使用する教室がこの棟に詰め込まれている。特別授業の時くらいにしか使用されないので、昼時に生徒が歩いていることほとんど無く、絶好の密会スポットになる。

 今日も今日とて暑苦しい陽気だ。廊下は教室とは違い冷房が効いていない。

ステンドグラスの如く日光を受けた窓が廊下を照らし、その光が当たっていない場所を意図的に歩く。これまたゾンビのように前かがみになりながらワイシャツの胸元をバサバサと煽いだ。

 理科室に着いた頃には走太は汗だくになっていた。早く、早く冷房の効いた部屋に入らせてくれ。そう懇願しながら理科室の扉を開ける。

 扉を開けると同時に心地よい冷風が汗にまみれた体を――って、あれ?

 走太を迎えたのは廊下と変わらぬ室内の籠った暑さだった。

「何してるのよ。ボーッとしてないでこっち来なさい、無能」

 困惑する走太の耳に聞き慣れた声が入る。この嫌悪感を覚えるキーの高い声は――

「……なんでお前がいるんだよ」

 理科室には鞠井の姿があった。部屋の中央の席に座り腕と足を組んでイライラと貧乏揺すりを決め込んでおり、その振動で彼女のトレードマークでもある縦ロールもバネのように揺れていた。その隣では捺がうつむき加減で座っていた。

「あたしがいた方が話がスムーズに進むからに決まってるでしょ!」

 こじれそうな気がしてならなかった。

「……しっかし暑いわね。なんで授業以外じゃ冷房使えないのよ!」

 鞠井は理科室を見回しながら更に悪態をつく。どうやら彼女もこの暑さに我慢ならない様子だ。

「なるほど、だから暑いまんまなのか……」

 言いながら走太は椅子に腰を下ろす。理科室特有の大きなテーブルの一辺に鞠井と捺、その対面に走太と、なんだかこれからタチの悪い尋問が始まりそうなシチュエーションだった。

「お前ら、飯は食ったのか? 俺はまだだからここで食うけど」

「あ、そういえばまだだったわね。この暑さでお腹空いてたのが吹っ飛んでたけど、あんたに言われて思い出したわ。ほら、捺」

 鞠井に呼ばれた捺は何を言うわけでもなくいそいそと机の下をまさぐり始める。

 そして机にピンクと青、二つの弁当箱が置かれた。

「はい、マリーちゃん」

 そしてピンクの弁当箱の方を鞠井の前に置く。

「ん、ありがとう。さて今日はどんなお弁当かしらね~」

 嬉々として両手を合わせる鞠井。それにはにかむ捺。

 チョココロネをかじりながら何気なく二人の光景を眺めていた走太だったが、ふと気がついたことがあった。

「……なぁ赤坂」

「はぇ?」

 唐揚げを口に運ぶ直前に走太が話しかけてしまい、捺はまぬけな返事をした。

「それ、お前が作ってきたのか?」

「え? そうだよ」

「毎日作ってるのか?」

「いや、私たちって基本学食で食べるからそういうことないんだけど、学食行けない時とか、学食の気分じゃないときはこうやって私が作ってるんだよ」

 言うと捺は箸に挟まれたままだった唐揚げを口に放り込んだ。

「うん、今回も上手く出来てるわね! 特にこの卵焼き! あんたは卵焼きを作ることに関してはホントにいい腕を持ってるわ! 強いて言うならもうちょっと甘いほうがあたしの口に合うわね! あ、それとミルクティーも出してくれる?」

「ミルクティーね、はい。じゃあ次はそうしてみるよ」

 ……なんだこれは。一見二人の女子が楽しそうにお弁当の会話をしているようにしか見えないのだが、これはじゃあまるで――

「お前、真性のパシリだったんだな……」

「「ぶっ!?」」

 二人とも盛大に吹き出した。

「ちょっ……走太くん、人聞きの悪いこと言うのやめてよ!」

「そうよ! 別にあたしは捺をパシリとしてこき使ってるなんて思ったこと……ないわよ!」

 目を逸らしながら反論する鞠井に説得力は無かった。

「そんなことよりよ! 今はこんなことを話すために集まったわけじゃないんだから!」

 強引に話を収束させると、鞠井はこほんと咳をして続けた。

「……昨日のことよ」

 急に真剣な面持ちになって走太を見据える鞠井に走太はたじろいだ。捺も箸を置き走太を見る。自分以外は女子しかいないという、ただでさえ居心地の悪い空間だというのに、余計に嫌な汗が体から流れるのが分かった。

「見たでしょあんた、捺の秘密を」

 秘密。走太は頭の中でその言葉を復唱する。

 昨日の帰り際、捺が着替えているところに誤って入ってしまった時に目に飛び込んだ縞々のトランクス。確かに見たが、そこまで秘密なのかというと走太の中では別にそんなものどうでもいいのではないかといった感想だった。それにその捺の秘密とやらに第三者である鞠井が介入してくることの意味が分からない。

「……分かったわよ。そうよ、確かに捺はこの通り――」

 走太が考え事に耽り何も言わないことに痺れを切らしたのか、鞠井は立ち上がり捺の後ろに回り込んだ。

「――男よ!」

「は?」

 そう言うと捺の後ろから両手を前に回し、ワイシャツどころかその下のスポーツブラまでを一気にまくりあげてしまった。

「ひえええ!? マリーちゃん! 何!? ちょっと!」

「う、うわああああ!? 隠せ! 早くそのワイシャツを下げ――」

 全くの突然のことに走太は椅子から転げ落ちて狼狽する。目を手で覆い隠してはいるものの、露わになった年頃の女子の上半身に興味が無いなどあるわけもなく、指の隙間からその姿を確認してしまう。

「え……」

 思わず息を飲んだ。

 走太の眼前にある女の子の上半身。ほどよく日に焼けた顔、腕、脚とは違いなめらかな白。美しい曲線を描くくびれと相まって、さながらヨーロッパの美術館に展示されている彫刻像のようだった。

 ……違う。

 息を飲んだのはそんなところではない。

 筋骨隆々なのだ。それは女という範疇をはるかに超えていた。

 女子にならば備わっているであろうふくよかな胸の場所にはなだらかな胸筋が。

 その下にはハッキリと部屋割りされたシックスパック――腹筋が。

「……ムキムキじゃねえか……」

 バキバキだった。

「いやああああああああああ!」

「どうよ! この完成された細マッチョなカラダは!」

 何故か鞠井の鼻息は荒かった。

 捺は服をまくり上げられたせいでバンザイの状態になりながらジタバタと身をよじらせる。端から見たらこの世の終わりのような光景だろう。

「ほー、女子ってそんなに鍛えられるものなのか……じゃなくて! 早く前を隠せ前を!」

「――――――――は?」

 顔を真っ赤にして視線をそらす走太に鞠井は唖然とした。

「いや今言ったでしょ。男って」

「そ、そんなムッキムキな男がこんな所にいるか! ここは泣く子も黙る光城高校だぞ!?」

 完全に気が動転していた。

「な……ならこれでどうよ!」

 そう叫ぶと鞠井は捺のスカートをとっ払う。そしてトランクスに手をかけた(ちなみに今日の捺は無地の水色を履いていた)。そこでムキになる鞠井も鞠井なのだが。

「え、ちょ、マリーちゃ――」

「これを見れば何も言えないでしょう!!」

 掴んだトランクスを思い切り下げる。

「……」

 ぶら下がっていた。

 確かに股に、走太についているものと同じそれが、ぶら下がっていた。

 

 ――直後、捺の断末魔のような叫びがこの特別棟全体に響いたことは言うまでもない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ