うさぎ達
ふと、草陰が揺れる。
同時に、風の音にまぎれそうな、小さな声が聞こえた。
「強いね」
「でも、あたし達の話なんか聞いてくれるかな」
「どうだろうね。プライド高そうだし」
トマト王子は、声のする方へ歩いた。
「どうかしましたか?」
草をどかすと、そこには二羽のうさぎがいた。うさぎ達は、ガタガタ震えながら、身を寄せ合っている。
「あ、あの……あたし達は怪しいものじゃありません」
「ちょっと話を聞いてほしいだけです」
トマト王子は微笑んだ。
「いいですよ。僕の心は海より広いのですから」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
うさぎ達は何度も礼をした。
「うさぎ王国が、ミチル大王に攻め込まれまして」
「うさぎ王国は、凶悪な変態達に支配されてしまいました」
涙ながらに語るうさぎ達。
トマト王子は頷きながら聞いていた。
「お気の毒に……」
「どうか私達を助けてください! うさぎ王国を、変態から助けだしてください!」
トマト王子は深々と頷いた。
「いいでしょう。罪のないうさぎ達が苦しむのを、放っておけません」
「ありがとうございます!」
うさぎ達は、両目を輝かせた。
「助けてくれる証として、この書類にサインをしてください」
インクと羽ペンを渡されて、トマト王子は不思議がった。
「なぜサインなんかを」
「そ、それは……ほら、ノリですよノリ。書類があった方が、気分が盛り上がるでしょ?」
うさぎ達の目線が泳いでいる。トマト王子は、眉をひそめた。
「気分など、関係ないでしょう。この書類は、本当はどんな意味があるのですか?」
「そ、それは……! ちょ、ちょっと待ってくださいね」
うさぎ達は、猛スピードで、草陰へと消えた。
「ど、どうする? 怪しまれたよ」
「でも、サインをもらわないと、あたし達がうさぎ鍋にされるよ」
会話は丸聞こえであった。
「なんでもいいから、書いてもらえばいいんだよね。力づくで書いてもらう?」
「無理でしょ!」
「じゃあ、思わずサインしたくなるような、お得な話をでっちあげよう」
「それだ!」
うさぎ達は、草陰から出てきた。
「サインをすれば、便利で安心な、カミソリをプレゼント!」
「いりません」
トマト王子が即答すると、うさぎ達は両目を見開いた。
「いらないなんて、そんな……こ、これが男の娘の特権? あたし達は毛皮の処理、大変なのに」
「もういいよ。あたし達、うさぎ鍋にされるんだから」
「そうだね。もう、毛皮の処理なんていらないんだね」
うさぎ達は、ため息を吐いている。
うさぎがどうやってカミソリを使うのかなど、ツッコミ所は満載であるが、トマト王子はあえて目をつぶった。
「うさぎ鍋にされるのですか。かわいそうに」
「うう、本当に……ミチル大王に、あたし達はいじめられています。逆らえばうさぎ鍋にされるのです」
「サインをしてあげたいのですが、字が下手すぎて何が書いてあるのか分かりません。内容が分からないのに、サインはできません」
うさぎ達はひそひそ話を始めた。
「やっぱり」
「ミチル大王の字は、ミミズがのたくったようなものだもんね。そりゃ読めないよ」
「だますチャンスだね」
「でも、カミソリはいらないと言うし。どうしよう」
「聞こえていますよ」
トマト王子が口を挟んだ。
「僕はサインをしたくないし、あなた達がうさぎ鍋になるのを黙って見ているつもりはありません」
うさぎ達が両目をパチクリさせた。
「どういう事ですか?」
「この書類を書いた当人を討伐すれば、すべて解決するでしょう」
「え……」
うさぎ達の口は、しばらく半開きになった。しかし、やがて悲鳴をあげた。
「まさか、あのミチル大王を倒すというのですか!」
「無謀すぎます! あいつにはとんでもない力があると言われています」
うさぎ達は全身を震わせて、恐怖をあらわにしている。
「大丈夫ですよ」
トマト王子は微笑む。
「僕は強く、優しく、勇敢ですから」
「強くて勇敢なのは否定しませんが……」
「何かおっしゃいましたか?」
「い、いえ。何も」
抜き身の剣を見ながら、うさぎ達は震えていた。
「魔剣ボルディアス……ミチル大王がいつも語っていました。いつかスリスリしたいとか」
「気持ち悪い趣味ですね」
トマト王子はため息を吐いた。
「ミチル大王は危険すぎます。討伐しなくては。どこにいるのか、教えていただけますか?」
「そ、それは……。勝手に教えたら、あたし達はうさぎ鍋にされてしまうかもしれません。トマト王子がサインをしてくれればいいのに」
うさぎ達がしぶる。トマト王子はゆっくりと首を横に振った。
「僕は決してサインをしません。あなた達は、このままでは、うさぎ鍋にされる運命です。しかし、僕にミチル大王の居場所を教えておけば、僕がミチル大王を退治します。そうすれば、あなた達をうさぎ鍋にする人間がいなくなるのです」
「で、でもミチル大王をどうやって倒すのですか? あんな凶悪な変態大王、誰も相手になりません」
「ただうさぎ鍋にされるのと、僕に命を託すのと、どちらがいいですか? 信用してくださいとは申し上げません。しかし、僕はあなた達を助けたいのです」
「……」
うさぎ達は互いに顔を見合わせたが、やがて深々とお辞儀をした。
「ミチル大王の居場所を教えます。あたし達にはそれしかありません。どうか私達を、できればうさぎ王国を助けてください」
「いいでしょう」
トマト王子は頷いた。その瞳からは、並々ならない決意が窺えた。
うさぎ達は口を開く。
「ミチル大王は、うさぎ王国に居座っています。凶悪な変態達を従えて、あたし達をいじめています」
「それだけ分かれば充分です」
「あと、もう一つ。キーゼルバッハ王も、うさぎ王国にいます。いつもクレーム処理の文面を書かされていました」
「キーゼルバッハ王が!? おいたわしい……貴重な情報をありがとうございます。あなた達も、できるだけ安全な場所に逃げていてください」
「何もできなくてすみません。どうか、ご無事で」
うさぎ達がぴょんぴょんして草陰に消える姿を、トマト王子はその目に焼き付けた。
「かわいらしいうさぎ達でした。彼らのためにも、平和なうさぎ王国、引いては住み心地のいいラケン大陸を取り戻しませんと」
トマト王子は決意を新たにして、歩く。
目指すのはうさぎ王国。ミチル大王の支配する、虐げられた王国へ。




