第八話『蝕まれる翼』
白、白、白──
どこを見ても白だ。
光や影が無く、床と壁の境すら分からない。
そんな空間を、レアノは歩いていた。
まるで、誰かに置き去りにされたかのような虚しさを感じる。
この白い部屋に置いて行かれ、永遠にそのままでいる悲しさも。
虚無の白は、少年に深い悲しみを与えるものだった。
行くあてもなく、ただ“前”へ歩いていたレアノは、心臓が締め付けられるように苦しくなるのを感じ膝をつく。
そして、彼の小さな胸の中で、鼓動は激しく打った。
その直後、背中に激しい痛みを覚え、レアノは叫んだ。
翼が──刃のように鋭い翼が、彼の背中から突き出ていた。
白銀に輝くはずの翼は、背中の肉と皮膚を突き破り、天使が流すはずのない紅い血を纏ってそこにあった。
血が滴り落ち、白い床を美しく染めて行く。
刺すように鋭い痛みと、身体の内側から翼が出て行く苦しさに、レアノは悲鳴をあげる。
救いなど来ない。
それでも、彼は我が主の名を叫び続けた──
目の前には光があった。
その光はオレンジ色をしていて、ベッドの側の窓から差し込んでいた。
ここは先程までいた場所ではない。
そう悟り、少年は安堵の表情を浮かべる。
しかしどこへ行ったのか、シルダの姿は部屋には無かった。
もう夕方になるというのに、シルダは帰ってこない。
レアノははっとした。
今まで何をしていて、なぜここにいるのか。
彼は夢から覚める前の記憶を辿っていく。
そして思い出した。
天使の狩人に捕まったのだ。
狭い路地裏で狩人たちに襲われ、気を失った。
まだ自由の身であるということは、レアノは救われたのだ。
他でもない、シルダに…。
シルダは何処にいるのだろう。
一体あれから何が起こったのだろう。
疑問が頭の中を巡ると同時に、レアノは横の小さなテーブルに置かれた白い紙に気付いた。
それは手紙だった。
封を開け、丁寧に折り畳まれた紙を開くと、シルダらしい文字が黒いインクで並べられている。
短いわけでも、長いわけでもない手紙だったが、レアノはそれによって全てを知った。
レアノを襲ったのは昔シルダの両親の命を奪った貴族の男だったこと、シルダが昨晩その男を殺してレアノを助け出したこと、自ら自首して罰を受けること。
レアノの胸に、重い石が落ちた。
複雑な気持ちになった。
シルダはレアノを救うために大罪を犯したのだ。
自分のせいでシルダは死んでしまう。
そう思うと、レアノは動けなくなった。
どうすれば良いかわからず、手紙の最後に目を通す。
『レアノ、私はお前といられて幸せだった。これしか伝えることが出来ないのは申し訳ない。私が死ねば、お前は〈彷徨える天使〉になるのだろう。だが私は罪の重さに耐えることができない。だがレアノならきっと、私より良い魔師を見つけられる。
生きて幸せになれ。』