第七話『衝突と罪』
雨が降り出した。
小雨だ。
それは二人の上に冷たく降り注いだ。
気付けばシルダの足元に、男は転がっていた。
血だまりが雨によって薄くなり、広がって行く。
もう既に動かなくなった身体を見下ろし、シルダは立ち尽くした。
手にする剣からは血と雨が混じり合って滴り落ちる。
今犯した罪が、恐ろしく重いものだと理解した時、シルダは慌てて剣から手を離した。
自分は何をしたのだろう。
男と衝突した時の事が既に記憶から消えている。
頭が真っ白になって、ただひたすら男に向かっていったのだ。
そう、レアノが殺されるところだった。
あの時、男は気を失っているレアノの喉に剣を当てて微笑んだ。
その時、彼の中の何かが蠢きだした。
14の頃から押し殺してきた、貴族に対する憎悪。
それが次の瞬間には心の鎖を解いて暴れ出した。
抑える事ができなかった。
自分の理性を取り戻した頃には、自分は男を殺めていた。
しかし、それと同時にシルダは快感さえも覚えた。
十数年も前から心に閉じ込めてきた殺意が解き放たれ、自由になる感覚。
そんな自分の哀れな姿に恐怖が襲ってきて、鉄の鈍い音を立て剣は硬い地面に落ちた。
途端、彼の心を安堵が満たし 、シルダは衝動的に、辛うじて呼吸をしているレアノに駆け寄り、強く抱きしめる。
その頬を伝うのは、雨の雫なのか、涙なのかわからなかった。
シルダはそのままレアノを家に連れ帰った。
深い傷を負っているが、暫く体を休めていれば回復するだろう。
窓際のベッドに幼い少年を横たわらせ、上から布団をかけて、シルダは下に降りた。
書斎から紙を取り、レアノに、恐らく最後となるであろう手紙を残した。
レアノへの感謝を綴り、彼は手紙を書き終えた。
二階のレアノの眠っている枕元に手紙を添える。
その時、シルダはレアノの顔をそっと見た。
ずっと見てきた天使の少年であったが、その顔を見ている内に、今までのレアノとの思い出が記憶に蘇り、涙が込み上げる。
きっと、もう共にいられなくなる。
幸せだった日々を奪ったのはたった一夜の出来事だったが、二人で友として過ごしてきた記憶は永遠に残るのだと思う。
「レアノ…私は最後まで、お前を守り通す。それが私の運命なのだから──」
レアノにそう言い残し、部屋を出る。
柔らかな日向の匂いがする木の階段を降り、ほんの数秒だけ目を閉じる。
もう戻ることの無い家に別れを告げ、また暖かい時間に想いを馳せて、シルダは家を出た。