第二話『都の商人たち』
街道は、いつもより活気づいていた。
この日は“商人の祭り”とでも言おうか、都から珍しい物を持ってきた人々がそれらを安値で売っているのだ。
レアノもシルダに頼まれ、羽織り布を買いに来ていた。
もうすぐ、息が白くなる位に冷え込んで来る。
質のいい都の布を、シルダは気に入っていて、毎年買い求めている。
羽織り布は 羊の刈った毛を丈夫に組み合わせ、袖の部分と首の部分の形をある程度整えるだけの作りだが、包み込むような暖かさは格別だ。
レアノが街路地を曲がり街道に入るまでにも、既に羽織っている人を見かけた。
彼は、シルダに言われた頼みを一語一語思い出した。
『私は仕事があるから、かわりに街道に行って、羽織り布を買ってきてほしい。用事が済んだら向かいの茶屋に行くから、そこで待っていてくれ』
そう言ってシルダが渡してくれた街道の地図と、僅かなお金を手の中に握りしめ、レアノは長く続く街道を見た。
ここをずっと進んで、赤と緑の幕の張ってある屋根が、布を売っている店らしい。
シルダの言ったとおり、向かいに茶屋があれば確かだ。
レアノは、澄んだ瞳を真っ直ぐ向け、歩き出した。
天使は人間より身分が低い。
裸足、翼と同じく、白く裾の広がった服。
その姿が天使とわかれば、自分の勝手で乱暴に扱う者も居た。
長い年月をかけて、人間は様々な文化を創り、少しずつ進歩してきたが、天使を見る目だけはずっとそのままだった。
奴隷のように扱われ、街では集中的に暴力を振るわれ、しかしヒトと自分達の違いを理由に、それを認めず生きてきた天使。
斬られようと、殴られようと、痛みを隠して人間に従っていくうちに、やがて彼等はそれに対する怒りを覚えた。
『いつか天罰が下されよう。神々は人類の愚かさを許しはしない』
その言葉を残し、怒りに浸食された彼等は殺された。
─誰に?
『ああ、それから、天使の狩人にも気をつけてくれ。最近はこの辺りを彷徨いているらしいからな。』
耳に残った主の言葉。
人混みに惑わされないよう、狩人に捕まらないよう、天使は一人、小さな心に誓った。
*
空は怪しい色になっていた。
いくらか浮かぶ雲も、沈もうと山へ向かう日の光を受けてオレンジに光っている。
レアノも主をずっと待っていたが、茶屋は遂に閉まってしまった。
街道に人通りは無く、ただ夕の赤が辺りに満ち溢れている。
どの店も扉を閉め、人の声一つしない。
シルダはどうしているのだろうか。
これだけ待っているのに、何故来ないのだろう。
近くにいるのか、それとも誰かに襲われたか。
レアノは心配で心配で仕方なかった。
ずっと行動を共にしてきた主だ。
何かあったなら、自分はもう生きていけないかもしれない。
彼は、孤独な身だった。
幼い頃に両親を殺され、親戚の家に引き取られたが、そこでの暮らしも苦しく重労働を強いられる毎日。
挙げ句の果てには家を追い出され、独りで生きていかねばならなくなった。
だが、彼は魔師になると天使と共に生きていくことを許され、レアノと出会った。
主となった魔師は、たった一人の天使を大切にし、今までの関係を築いて来たのだ。
レアノはいつだったか、セルヴァにしたのと同じ問いをシルダにしたことがあった。
何故人間は争い、殺し、死んで行くのか。
シルダは優しくレアノに微笑みかけると、静かな口調で言ったのだ。
『それはきっと、大切なものを守る為なのだろう。人は大切なものがあると、自分を捨ててでも宝を守ろうとするものだ。』
そのとき、彼が一瞬自分に暖かい眼差しを投げかけて笑ったのを、レアノは黙って見ていた。
─レアノ、私はいつか、自分を捨ててでもお前を守るときが来るのだろう─