担任は、信長先生!?
「面を上げい」
厳粛な声が響き、その場にいる全員が顔を上げる。
その顔のどれもが緊張の色を帯びており、物音一つ立てまいとしていた。
先ほど仰々しい命令を下した人物は、緊張で固まっている人々を一瞥してから、
「教科書の十頁を開けぃ」
と命ずる。
こうして、今日の授業が始まった。
「……どうしてこうなった……」
緊迫した授業が進められている中で、俺は一人頭を抱えていた。
とりあえず、何かいらぬ誤解を招いているかもしれないので、説明しておくと、ここは普通の公立高校だ。俺は、この学校の二年A組の生徒であり、ごく一般な男子高校生である。
今日は四月も半ばを過ぎた頃。新年度が始まり、少しずつ新しいクラスに慣れはじめる頃――のはずだった。
しかし、未だにまったく慣れない、どころか理解不能な、というよりは理解したくないことが一つあった。それは、担任の教師である。
我がクラスの担任は今年から入った新任の織田上総介という、DQNネームにもほどがあるだろう、という人物で、今、我がクラス、いや、我が学校中で大変問題になっている人物である。 なにしろ俺は、というよりは普通の男子高校生は、始業式の新任教師紹介の時に「余は、織田上総介である。跪けぃ」などと言って、ドすべりする人間を見たことがない。しかも、それがジョークでないなんて誰が思うのだろう。
始業式が終わった後のホームルームでも、「余が、これより一年間、汝等の担当をする織田上総介である」と自己紹介をしていた。その顔といったら本当に「覇王」という感じがして、誰も何も言えなかった。
こうして、波乱に満ちているであろう一年が始まった。
なんとも怖い織田先生は、学校中ですぐさま話題の人となった。「見かけは怖いけど、実は優しくて面白い先生」みたいな、ありがちなことではなく、「見かけどおり怖くて、冗談など言わない、ものすごく厳しい先生」としてだが。
普通、授業の始まりは「起立、礼」で始まるのが一般的だが、この先生の授業のときは違う。チャイムがなると同時に、生徒は着席して、先生が教室に来るまで、座ったまま頭を下げていなければならない。そして、先生が教室に来て、先生に「面を上げぃ」と言われて初めて、頭を上げられる。そして、授業がスタートする。
授業中も、もちろん私語厳禁である。その厳しさもこれまた異常で、誰かが消しゴムを落としたとき、「消しゴム拾って」と前の席に座っている生徒に話しかけただけで、問答無用で廊下に立たされた。その後、放課後先生に呼ばれ、何とも激しい説教を受けたそうだ。その子は、それから三日間、恐怖で学校に来れなかった。
「怖い」だけでも十分なのに、奇天烈なステータスを持っているのも話題の一つだ。名前はもちろん、誰が調べたのかは知らないが、出身地まで、かの歴史上著名な人と同じだった。誕生日は未だ不明らしいが、この調子でいくと、おそらく一致しているのだろう。
俺がつい一週間前のこととかを思い出している間にも、授業は黙々と進められていく。
織田先生最後の、そして一番よく分からないステータスは、この授業そのものにあった。それは……
「……であるからにして、この式を代入すれば、x=3となるのだ。分かったな」
何で織田信長が数学教えてるんだよ!?
ということである。
誰がどう考えても、彼には日本史教師がお似合いである。なのに、彼は数学の教師なのだ。そしてもう一つ、
黒板の使い方が妙に綺麗で、分かりやすい!
もっと傍若無人な教え方(どんな教え方かは分からない)を予想していたのに、ものすごく分かりやすい。別段丁寧というわけでもないのに何故か分かりやすいのだ。
かくして、我らが二年A組の担任は、
一、名前が、織田上総介
二、出身地は、愛知県
三、性格は、まさに「覇王」
四、何故か数学教師で、しかも教え方が妙に上手い
のだ。
……何これ? 本気でそう思う。
さてさて、一般の生徒諸君と違い、俺は、俺だけは、この先生の授業が特別だった(もちろん他の生徒たちにとっても異常なものだろうが、それ以上に異常という意味で) 。なぜなら……
「……ここまでの内容を理解したか、サル?」
俺の苗字が「木下」だからだ!
おかげで、一年が始まるなり、即刻級長に任命(命令)され、一年間永久日直、永久掃除当番という、完全にこき使われることとなった。今ほど、自分の苗字を恨んだこともない。何で俺は「木下」何だろうね?
などと考えていると、
『キーンコーンカーンコーン』
チャイムが鳴った。終わった……。やっと終わった……。
チャイムが鳴ると、先生は、「今日はここまでだ」と、どんな教師でも言いそうな言葉で締めくくる。その言葉を聞いた俺たちは、授業開始時と同じように頭を下げ、先生が教室を出て行くまで、そのままの状態を保つ。そして、先生が出て行くと、やっと平和が戻ってくるのだ。
あぁ……疲れた……。
しかし、前述したとおり、彼は我がクラスの担任でもある。つまり、一日の授業が終わると、
「では、軍議を始める」
と言いながら、教室に入ってくる。教室に入ってくるタイミングを計るのはほぼ不可能なので、最後の授業が終わるなり、俺たちは着席して、頭を下げていなければならない。
「本日は、汝等に伝えることは何もない。各自精進せよ」
と言い残し、先生は教室を出て行く。これで一日が終わりだ。やっと終わった……。
そして、クラスメートたちがみんな帰る中、俺は一人で黙々と掃除をして、部活に赴くのである。
……これから一年、果たしてどうなるんだろうか……?
そう思いながら、サッカー部の練習をするためにグラウンドに向かう。
部員が集まったグラウンドで、顧問の先生が集合をかけた。
「あ〜、今日より、新しい顧問の先生が加わることになった」
と言い、顧問が指差した先には……
織田上総介が、リフティングをしていた。
「何で織田信長がサッカーするんだよ!?」
そう叫んでしまった俺が、その後数時間たっぷりかけて説教を受けたことは言うまでもない……。
久しぶりの短編投稿です。「何か書かねば、何か書かねば……!」と思いつめ、無理やりアイデアを捻り出しました。まるで長編の第一話みたいになっていますが、短編です。でも、もし人気がでたら長編として続きを書くかも……!?
感想等、お待ちしています。