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第七話「あの人とあの人達」

ついに最終話。ゆっくり読んでいってね!!

 錆だらけの自動車が草原に停まっている。その隣には『アイスクリーム』と書かれた旗と、パラソルが地面に刺さっており、ロッキングチェアーに座ったおじさんが空を眺めていた。外見はおじさんと言うにはもうおじいちゃんだろう。痩せた腕には先ほどまで点滴を付けていた跡があり、顔は昔の面影を少し残すくらいで全体的にやつれている。

 空には大きな入道雲が青い空間にどっしりと構えており、夏の到来を告げる蝉の声が響きわたっている。

「もうこんな歳になっちまったなー」

 まるで今までの人生を振り返るかのようにおじさんはつぶやいた。

 テーブルの上には焼きたてのクッキーの入った古びた籠があり、グラスにはおじさんが『一人の祝杯』と称してよく飲んでいるオレンジジュースが置かれている。籠からクッキーを一枚取り出したおじさんはそれを太陽へかざした。

「皮肉なもんだな。最後のおやつがクッキーとは」

 おじさんは手に取ったクッキーを口にはこんだ。カリッと香ばしい音が鳴る。


「あめーな」


 ふと思い出す旅立ちの日の記憶。あのおじさんがくれたクッキーはこの人生の中で一番甘くておいしかった。一瞬、このクッキーがあの時と同じ味がした気がした。

 甘い物とは何か。今までずっとそればかりを考えてきた。あの時くれたクッキーはまさにその答えそのものとも言えるような味だった。

「そうだよ、この味だよ。うめーな。本当にうまい」

 ちょっとだけ間をおいて、おじさんはニヤリと笑った。

「なんだ、そんなことか。ようやく甘い物の意味が分かったってのにそんな事だったのか。甘い物ってのは――」

それは――。




 今日私はとある貿易会社の社長の密着取材と言う形で、小さな村の外れにあるクッキー工房にやってきた。チョコレートを中心に貿易を行っている会社なので、こういう所と縁があるのは分かるが、わざわざ社長自らが出向くこともない気がする。

 だが、そんな疑問は店内に入った瞬間消え去った。

煉瓦造りのその建物は古ぼけた感じはあるのだが、中はリフォームでもしてあるのか綺麗な店内となっている。そしてその店内ではお葬式のように黒い服を着た人々がパーティ―で模しているかのように楽しんでいる。

テーブルには様々なお菓子やデザートが置かれている。外の庭にもそれは続いており、家のような飴細工や、ウエディングケーキのような豪勢なケーキが会場を飾っている。

よく見ると有名な飴職人や貴族の御嬢様など、多彩な人々が見て取れる。

「これはどういった集まりなんですか?」

「うーん。強いて言うなら被害者の会かな?」

 私が聞くと、社長は困った顔で言った。被害者の会。その響きとは裏腹に楽しいひと時がこの場には流れている。

「何せここにいる人たちはわしも今日会うのが初めてだ。だが、わしと同じ理由で呼ばれたなら、被害者たちのはず」

 密勅取材を続けて一週間になるが、この社長がこんなにあいまいなことを言うなんて初めてだ。いつもははっきりと物事を決めて行動する人なのだが。

「お聞きしていませんでしたが、社長がここに来た理由とは何ですか?」

「招待状が届いたんだ」

 社長はそう言って手紙を見せてきた。

『甘い物をこよなく愛する人々へ

 ○○国××村にて葬儀を行います。各自めいいっぱいの甘い物を用意して持ち込んでください。

                               アイスクリームのおじさんより』

手紙の内容は単純にそう書いているだけだった。

「アイスクリームのおじさん?」

 葬式を行うという内容にしてはあまりにも変わっている。こんな手紙を出した彼に私は興味がわいた。いったいどのような人物なのか。どうやってこれほどの人々を集めたのか。

「彼はもう死んだよ」

 おじさんについて考えていると、社長が隣から付け足すように言ってきた。

「わしもここに来て驚いた。まさかおじさんの葬式だったなんてな。自分の葬式に招待するために手紙を送るなんて、あの人も相変わらずだ」

「ハハハ」と笑った社長の顔は切なさがにじみ出ていた。

「もし彼のことが知りたいのなら他の人たちからも話を聞いてくるといい」

 社長は私の背中を軽く押した。押された先に見えた会場内はお葬式と言うよりも、まるで同窓会のように見えた。会ったことのない人同士なのに、どこか懐かしむようなそんな感じに話している。

「ああ、あったあった」「そんな感じだったよねー」「俺なんかこんなことが」「まったく、あの人にはかなわないよ」「私はぎゃふんと言わせたわよ」

 この空間は何なんだろう?とても暖かい。

「あの、おじさんについて話を聞きたいのですが」

「ん?おじさんについてかい?じゃあ俺から話をしよう。初めて見たのは暑い夏の日だった。俺はアイスクリームを食べようと――」

「次は私ね。私はとある町で飴細工の仕事をしていたの――」

「僕はケーキ職人をしていてね。まだ見習いだった時におじさんに会ったんだ――」

「私は七夕の時におじさんと会ったわ――」

 私は何人もの人の話を聞いた。その全員が楽しそうに嫌みを込めておじさんと会った時の話をしてくれた。

 町の少年だった人、飴職人、御嬢様、村の団子屋、貿易商の社長、ケーキ職人、軍人などなど、その全てがまるでまとまりのない話で、会った時代も時期もおじさんの姿も口調もまるで統一していなかった。しかし、おじさんは全員に同じようなことを言っていた。

「甘い物は素晴らしい」

 ここに集まっているほとんどの人が今を生きるお菓子に携わっている人々だ。その人々に甘い物の存在意味を教えたのは紛れもなくおじさんだ。嫌みったらしく、横暴で、でもなんだか説得力のあるそんな人。

「でも、どうしてこのクッキー工房なんでしょうか?」

 誰の話の中にいもこのクッキー工房は登場しなかった。ここはいったいおじさんとなんの所縁があるのか全く分からない。

「わしはこのクッキー工房の中で一つだけ見たことのあるものがある」

「えっ、社長は見覚えがあるんですか?」

「見覚えがあるのはこの籠だけだけだがな」

 それは古ぼけた籠だった。さっき社長が話してくれたおじさんが別れ際に約束を守ってくると言った籠なのだろう。籠の中にはクッキーが盛られている。

「つまり、ここがおじさんの故郷?」

 そう結論づいた。

「ここがあのおじさんの故郷か」

 全員が会場内を見渡す。

 ここから全てが始まった。籠一つに何も知らない私でも理解ができるほどの思い出が詰まっている。

 ふと、私の視界に庭にある自動車が映った。

「これは……」

 気になって出てみると、庭にさびれた変わった形の自動車が停まっている。ボロボロの旗は長旅を連想させ、おじさんが使っていた自動車だと一目で分かった。

「凄いだろ。これが私たちの思い出だ」

 後ろから声がして振り返ると、さっきまで店内にいた人たちが庭に出てきていた。

「そして、おじさんのお墓だ」

「これが……」

『甘い物を求めし者、ここに眠る』

これが墓?と疑問に思うような奇怪な文が自動車のボディーに刻み込まれていた。

「この自動車こそ彼の生きた証。そして私たちのお菓子の象徴」

「おじさんと出会ったあの日のことを俺たちは忘れない。何でだろうな。そんなに大した出会いじゃなかったのに」

「それでもわしらの心には残っているのは、彼が特別な存在だったからじゃよ」

「まるで物語の主人公のような」

「悪役だった」

 この人たちはおじさんのことを快く思っているのかいないのか私には分からない。だけど、彼らはおじさんと同じくお菓子が好きでひねくれている。だからこそ、おじさんはこの人たちの心に残っているのではないだろうか。

「皆さんにお聞きしたいのですが、あなたたちは甘い物をどう思いますか?」

 私がそう聞くと、皆顔を合わせて笑い始め、こう答えた。


「「素晴らしいものだよ」」


 

 私は今回出会えた人たち、そしておじさんについてちょっとした物語を書こうと思う。おじさんが出てくるだけのまとまりのない物語たち。そんなあやふやな短編集のような物語。

 でもそれでいいと思言う。これでこそおじさんの人生。


最後までお付き合いいただきありがとうございます。

この物語はここで終わりです。おじさんの人生はおそらく百話あっても足りないでしょう。

最後まで登場人物の名前を入れるのを忘れていたのは察してください。


では、また別の物語で会いましょう。ノシ

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