第五話「星空の村」
昔はウーロン茶とみたらし団子ばかり食べていました。
意外と合うよ!
平和な村。
畑では農業に励む人々が額に汗を浮かばせて泥だらけになりながらも、笑いながら仕事に励んでいる。山は青々しい葉っぱをたくさんつけた木々と茶畑に囲まれ、蝉の声がうるさいくらいに聞こえてくる。
ここにいると世界で物騒な争いが起きているとは思えないと、流れ着いた軍人は語ったと言う。
そんな場所。
そんな所に一台の自動車と呼ばれるからくりが止まっている。ほぼ畑と田んぼしか見渡せない風景に異様な機械が一台、その前には純和風の家が一軒建っていた。
家の玄関の前には「だんご」と書かれたのれんが風にあおられている。
「いつ来ても平和だなー」
その店の縁側に座る五十過ぎには見えるおじさんがつぶやく。手元にあるよく冷えた緑茶の入ったコップを傾けると、コップの中の氷がカランといい音を立てて鳴った。
「あなたがここに来るのはこれで二度目ですけどね」
それを見ながら私はおじさんに近づく。手には注文通りの串団子と冷たいお茶のおかわりの乗ったお盆を持って。
「一度目はいつ頃だったか。ちびっこで生意気なガキだったお前さんがまさかこんなになるとはねー。時間ってのは恐ろしいもんだ」
「そういうおじさんも老けましたね」
「うるせー」
おじさんは、大人っぽくなっても生意気だな、と付け足してため息をついた。
ふと、おじさんが停まっている自動車に目をやる。長年使い続けてきた自動車だ。車体は泥だらけになり、アイスと書かれた旗は張りぼてのようになっている。中の機械は何回か交換していると言っていたが、それでも外見は昔と変わらない。そして売っているアイスクリームも味が増えようとも作り方は変わらずらしい。
おじさんは串団子を一本つかみ、食べた。
「この団子の味は変わったな。口にみたらしの味が広がり、後になって団子本来の甘さが伝わってくる。美味くなった」
おじさんは満足げに団子を食べている。それを見て私は笑顔を崩さないが、少しピクリと眉間が動いた。おかしいな。昔は不味かったと言っているように聞こえる。
「おじさんは昔抹茶味の団子を出したら苦くて食べられませんでしたものね。どうですか?苦くないお団子は」
皮肉をたっぷり詰め込んだ言葉をおじさんにぶつける。
「美味い!」
それをおじさんは満足そうに一言ですませた。言葉のベースボールとでも例えておこう。こんちきしょう。
「抹茶の団子はあんまり甘くなかったからなー。やっぱり団子はみたらしかあんこだろ」
ふと感じる懐かしさ。昔と変わらないな。この皮肉めいた会話のやり取りも。
昔、このおじさんが来た時のことを思い出す。
数十年前
あれは今日と同じくらい暑く晴れた日だった。空には入道雲が浮かび、「だんご」の旗がゆらゆらと風に吹かれていた。
一応店は開けているのだが、客なんて来ない。来るとしたら野菜のや特産の茶葉の差し入れを持ってきてくれる村の人たちばかりだ。貰ってばかりだと悪いので、私も一応等価交換で団子を渡すのだが、これって何か違う気がする。
そもそもこの村に金銭感覚という物がないのだ。お店には一応世間で使われている通貨をいくらかはあるのだが、一度も使わないままコレクションのように放置している。
暇つぶしで作った風鈴を縁側に飾ろうとしていた時、店の前に奇妙なからくりがやってきた。当時は自動車なんて物を見たことともなく、噂として伝説じみたことを聞かされていた。
そのため私は最初新手の妖怪か何かが攻めてきたのかと思った。
「う、動くな!」
私はそのからくりに向かい猟銃を向ける。私は物騒なものは好きではないのだが、ちょっと前に熊が人里に下りてくる事件があったため、用心のために買っておいたのだ。
「そんなに動揺してどうした、少女」
からくりの一部が開き、人が降りてくる。ただそれだけのことなのに私は頭が真っ白になって何も考えられなくなった。
「うびゃあああ!」
恥ずかしながら私は無意識のうちに引き金を引いて発砲していた。そして、からくりから降りてきた人の頬に一本の赤い線ができた。
「「……」」
お互いに顔を見合わせる。
ようやく私はそこで出てきたのが人だと理解した。その人は私から見たらおじさんと言えるくらいの年に見えた。
「なんだ、人でしたか」
私が安堵して銃を下すと同時に、おじさんは気を失って倒れた。
おじさんが起きたのは日の暮れ始めたころだった。
「あ、間が覚めましたか」
私がおじさんに気づき声をかけると、おじさんは「ひっ!」と小さく悲鳴を上げて青ざめた。なんかかわいく思えてきたが、流石に銃を向けて発砲したのにはこちらに非があるのでこれ以上いじるのはやめておいた。
「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。先ほどはただの事故ですから」
その後いくらかなだめて、ようやくおじさんは落ち着いた。
「もうこんな時間か」
おじさんは日の暮れていく外を眺めた。今日の一番星が輝く空は雲が少なく、絶好の七夕日和だ。
「どうです?おじさんも短冊に何か願い事をしてみては」
私が笹を庭に飾りながらおじさんに紐のついた紙と筆を渡すと、おじさんはそれを眺めて険しい顔になった。
「どうせ織姫も彦星もいるわけないんですから適当に書けばいいんですよ」
「お前なー。こういうのは本気で考えて適当に忘れていくのが一番なんだよ。織姫だろうが彦星だろうが、叶えられるものなら叶えてみやがれってんだ。神だろうが仏だろうがおじさんは見下される気はないからな」
「捻くれてますねー」
「うっせい」
そんな会話をしているうちにお団子の準備もできた。お団子はお月見の時だけに食べるものではない。特別な日に、特別な気持の日に、団子が食べたい時に食べる。お団子は昔から特別で幸せの象徴として食べられてきた。
「さあどうぞ」
今日は七夕。そしてお客が初めて来た日。こんな良い日に団子を食べないでいつ食べるのか。
今回の団子は力を入れて普通の甘い白い団子とちょっと苦みのある抹茶味の団子を用意した。おじさんはその中から緑の団子を選び、口に入れる。
「苦い!」
おじさんが叫んだ。
「ひょっとして苦いのはお嫌いでしたか?」
おじさんは首を縦に大きく振り、お茶を一気に飲みほした。
「ふー。よしっ、今ので願い事思いついた!」
そう言って紙にサラサラと何かを書き、笹に短冊を吊るした。何が書いてあるのだろうと見ようとしたが暗くてよく見えない。その代わりに空に素晴らしいものを見た。
「見てくださいよ。近年稀に見る天の川ですよ」
気づくと空には一番星が分からないくらいの星が輝いていた。もともとこの地は空気が澄んでいて星がよく見えるのだが、今日は特に多く輝いている。
「ほー。こりゃすごい」
この捻くれたおじさんも満足そうに空を見上げている。世界には空に鮮やかに色を変えるカーテンが現れると言うが、私はここのこの景色はそれに負けないと思っている。
「これほどお星さまがいれば、願いの一つや二つは叶えてくれそうですよね」
「そうだな。後はこの団子がもう少し美味しくなれば最高だな」
おじさんは白い団子だけとって食べながら言う。さっきからこの人は嫌味しか言っていない気がするが、気のせいだろうか。
翌朝おじさんは村を出て行った。
こちらが銃を発砲したこともあり、宿泊費はタダだったが、最後におじさんは特産品の抹茶の茶葉を買っていった。これで私の願い事はあらかた叶ったことになる。
最後に気になったおじさんの願い事なのだが、笹を片付ける時に見てみたら「この少女のお団子が美味しくなりますように」と書かれていた。最後まで揺るぎのない人だった。
「そういえば私があげた茶葉はどうなりました?」
「プリンにした」
「アイスクリームに使えよ!」
今もなお皮肉めいた嫌味の往来は健在のようだ。
「今日は七夕ですね。どうです?何か願い事でも」
私が短冊を渡すと、おじさんはにっこりと笑って受け取った。
「世界が平和になりますように」
そう言いながらおじさんは短冊に『アイスクリームが全世界で食べられるように』と書いていた。何がしたいんだろ、この人。
「おや、もう一番星が出てますね」
気づくと夕焼け空に一つ星が輝いていた。
「今年はいい天の川が見れそうだ」
おじさんがつぶやく。
「そうですね」
「昔は今と変わらない空が映る。今も昔と変わらない空がある。世界なんてそんなもんだ」
おじさんが意味深そうなことを言ったが、私には何を言っているのか分からなかった。だが、なんとなく言いたいことは伝わってきた。
今日は特別な日だ。こんな日はお団子を食べてくなる。
そうだ、今日のお団子は抹茶味だけにしよう。
夜空を見ているだけで厨二病と言われる世界に誰がした!
私厨二病ですけどね。