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第三話「森と籠でクッキー」

煎餅も捨てがたい。

一話と二話を読んでからの方が面白いと思うよ。

 村を外れて森に少し入ったところにおじさんが一人で住む小屋があった。

 その小屋には、いつも木の実のほのかな香りと、クッキーのこんがりとした甘い匂いが漂っているので、僕はその小屋に行くことが大好きだった。

 おじさんは嫌いだったが。

「ボウズ。甘いものってのは何だ?」

 このように僕が小屋に訪れると意味の分からない問いをしてくる。これがいちいち面倒で嫌いだ。

「それは一生どころか永遠に解けえない問題だね!」

 と、僕はいつものようにわけの分からない答え方をする。するとおじさんは満足そうに目を細めて笑う。

 この薄ら笑いが全てを見透かしているようで嫌になる。

「ちゃんと答えられたご褒美だ。クッキー食うか?」

 もう一つ嫌いな理由が、このように僕を子供扱いしてくることだ。僕はもう十七になる。そんな青年とも言われていい年に「クッキー食うか?」はないと思う。

「もらおう」

 僕は差し出された籠から上にチョコレートののったクッキーを手に取った。適当に取ってみたのはいいが、そのサイズが両手サイズなのは予想外だった。

 おじさんはこの小屋でクッキー屋を営んでいて、村ではそこそこ有名で、お美味しさは保証出来る。ここのクッキーの特徴は森で採れた木の実の他に、どこで手に入れてきたのか分からない外国の調味料を裏の畑で栽培している。

 クッキーを一齧りする。辛い。何でだよ。

「ボウズ、学校はどうした?」

「今日は村同士の集会があるので休校です」

 僕の住む村では月に一回近隣の村の代表同士集まって、ちょっと遠くにある町に対抗する観光スポットを造ろうと無駄とも言える話し合いをしている。

「村長たちはまた無駄な努力をしているのか。まったく、ここいらの名物って言ったら俺のクッキーしかねえだろ」

「それはない」

 どんだけ自信家なんだ、この人は。



 翌日。おじさんのクッキーがこの地域の名物として認定された。

 この村はそろそろ末期なんじゃないかと思う。

「おめでとう、おじさん。嬉しそうだね」

 社交辞令で言う。

「ありがとう。実は全く嬉しくない」

「だろうね」

 おじさんが嬉しくない理由は分かる。この地方の代表に選ばれたのに、全くと言っていいほど客入りが変わらないからだ。だれも村長たちの提案に興味も信頼も期待もないのだろう。僕も何も求めちゃいない。

「嬉しくもないし嫌でもない、このあいまいな気持ち、何で表現しよう」

 おじさんが白い髭を揺らす。

「クッキーで表してみたら?」

「そう言ってくると思って作ってみたんだが、食ってみてくれ」

 手の平の上で踊っていたようで「むっ」となる。だがクッキーは食べる。

「美味いか?」

 おじさんがニヤニヤしながら聞いてくる。このクッキーの味、おじさんは食べずとも分かってるのだろう。特別美味くもなく、まずくもなく、変わりないクッキー。なるほど、用意したと大げさなこと言って、実は普通のクッキーを渡したわけか。僕は二度掌で古風なダンスをおじさんに提供したことになったわけだ。

「普通のクッキーですね」

「それが今の俺の気持ちだ。ただ変わらないクッキーの味のように、平穏な日々を満喫している。この地域の名産となっても私は変わらない」

「本音を簡単に言うと?」

「がっかりだよ」

 まあそうだろうね。地域代表なんだから少しは客が増えてもいいと思うのが商売人だ。いや、普通の人でもそう思う。

「僕そろそろ町に出ようと思うんだ」

「ん?どうした唐突に」

 ふと、僕は今まで考えていたことを話そうと思った。最初にそれを言うその相手が親でもなく友人でもなく、嫌いなおじさんだったってことは自分でも驚きだった。なんだか納得はできるが。

「もうこの村に期待を抱いてもダメだ。僕は町に出て世界を目指す」

 最近入ってきた情報だと、なんでもアイスクリームという甘くて冷たい食べ物が流行っているらしい。それともう一つ、耳を疑う情報があった。

「町で馬を使わずとも車輪を動かすことができる『エンジン』と呼ばれるカラクリを発明しようとしているらしい。まだ開発段階で不確かだけど、僕はそれに一発かけてみようと思う」

 不安は一人前に膨らんでいるが、期待は二人前に持ち合わせている。

「それでボウズは大物になるのか?」

「なるさ!僕は大物になる!」

「なら前祝いだ。クッキー食っとけ」

 おじさんは籠を差し出す。僕はいつものように籠の中を見ずに一枚取り出す。

「お。当たりだ」

 おじさんがぼそりと言う。当たりってなんだよ。

「ところでおじさん。一つ頼みがあるんだけど」

「なんだ?言ってみろ。できることならやってやるよ」

 おじさんは「やれないことはない」とでも言うように胸を張る。

「湿気に強くてカリッとした薄いクッキーを作ってほしいんだ」

 これは話題のアイスクリームの話を聞いて思いついたことだ。アイスクリームというのは氷のように解けると水になるらしい。だからそれの器となる物がいる。どうせなら器も美味しく食べられた方がいいだろう。だからおじさんのクッキー。何故か辛かったり苦かったりすることがあるけど、おじさんの作るクッキーはどれも美味しい。悔しいが、最高だ。

「作ってもいいが、これを売るのか?」

 感がいいな。

「うん。アイスクリームという物をそれにのせて売る」

「そうか。なら旅に出る日に俺のとこによっていけ。どうせこの森を抜けなきゃ町にはいけないからな」

 僕はその後すぐ小屋を出た。おじさんがすぐに作業に取り掛かるらしかったったから、邪魔してはいけない。

 手にしたままのクッキーを思い出した。

一齧りすると、甘かった。美味しい。



 旅立ちの日

 親や友人に見送られて僕は村を出ることになる。村長たちが町の情報を集めてこい、と懲りずに言っていたが無視した。

「おじさん。来たよ」

「おう、来たか。ところで、甘いものは何だと思う?」

 普段と変わらない変てこな質問。

「言葉にすることすらおこがましい、素晴らしいものさ!」

「いい答えだ。ご褒美にこれをやろう」

 おじさんはそう言っていたるところにインクの跡のあるしわくちゃの紙を渡してきた。

「これは?」

「ボウズの望んでいたものだ」

 紙を広げると僕の依頼したクッキーのレシピがきめ細かに書いていた。

「大物になるならそれくらい作れるようにしておけ。それと餞別だ。受け取っておけ」

 おじさんは少し荷物になるくらいの大きさの薬箱と、クッキーの入った籠を渡してきた。いつも見ていた籠だ。

「大物になったら返しに戻ってこいよ」

 おじさんは手を振りながら小屋の中に戻って行った。

 僕はおじさんが小屋に入ったのを確認して、空を見る。今日は晴れ。ほんの少しの暑さが町で待つアイスクリームを楽しみにさせる。

「さて、大物になりに行くか」

 いつかここに戻ってくることを考え、手綱を握った。


この短編集全七話の出発点とも言えるお話。

ナノカナー?

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