第一話「冬ですね」
お題「アイスクリーム」
アイスクリームは何が好き?
私はガリガリ君が好きだよ。
俺の住んでいる町にはアイスクリーム屋がある。
そのアイスクリーム屋は自動車と呼ばれる機械で、馬や自転車よりも速くアイスクリームを販売している。
そんなアイスクリーム屋の話を少しだけしようと思う。
俺が初めてあのアイスクリーム屋でアイスを買ったのは十二月のとても寒い日だった。
「あ、アイス屋だ」
公園の入り口付近でその自動車は止まっていた。普段そのアイスクリーム屋は速く走りすぎるため、めったに買うことができない。こうして止まっていることもあるのだが、こういう機会にめぐり合うのはめったに無い。この町に三年住んでいる俺ですらこれが三度目の経験だ。
このアイスクリーム屋のアイスクリームは他に類を見ない美味さだと聞いたことがある。さらにここで買うと幸福になれると噂さえある。なんとも素晴らしい特典だ。
こうして買えるのは嬉しいのだが、何故この真冬の寒い時期なのだろうか。
空は日差しを遮る灰色の雲で覆われ、あまりの寒さで外に出ている人をほとんど見かけない。頑張って外に出ている人でも流石にアイスクリームを食べようとも思わないらしく、店の前は寂しい風が吹いている。
今回を除いて二度この店のアイスを買う機会があったわけだが、俺は二度とも買うことができなかった。
一度目はとてつもなく暑い日だった。暑ければ冷たいアイスクリームが売れるのは必然。アイスクリーム屋の前にはとんでもない行列ができていた。暑さを紛らわせるために冷たいアイスを買うのだが、冷たいアイスを買うために暑い思いをしなければならないのは何故か。
俺は並んでいる途中、あまりの暑さで倒れた。
二度目は一年空けることになる。アイスを買うために運動部に入り体力をつけた時期だ。
一度目と同じくとてつもなく暑い日だった。だが、体力に自信を持った俺はこんな壁打ち砕くくらいたやすい。俺は待ちに待ったと行列に並んだ。並んでいるうちに何度も担架が往復している。おそらく数年前の俺と同じ境遇の奴らだろう。「強くなって戻ってこいよ」と俺は心で呼びかけ、敗れ去った者たちを見送った。
そんなことを数十回行っている内に俺の番が回ってこようとしてきた。前の紫色のパーマ髪のえらくがたいのいいおばちゃんが大量に買い占めていたのを覚えている。そして店長らしきおじさんが「君はアンラッキーボーイだね。売り切れだよ」と言ったのも覚えている。
あれからすねて引きこもった。昔の体力は見る影もないが、今日はあんな暑い日ではない。その代わり、あの日の温度にマイナスを付けたような対極的に寒い日だが。そして雪が降っている。
三度目の正直。俺は店の前に立った。
「いらっしゃい。おや、君はいつぞやのアンラッキーボーイだね」
二度目に会ったおじさんが俺の顔をまじまじと見て言った。前から思っていたんだが、アンラッキーボーイって客に言う台詞か?
「リベンジかい?こんな日によくやるね。はい、メニュー表」
どうやらこの店はフレンドリーにやっているようだ。でなけりゃ客に「アンラッキーボーイ」なんて言わない。なら俺もフレンドリーにいこう。
「たまたま見かけたから買いに来たんですよ。そもそもこの店運がないと買えないでしょ。チョコレート味ください」
「うちの店で買うのに運なんて必要ないよ。必要なのはアイスクリームを買いたいという心さ。バニラがお勧めだよ」
ふむバニラが、人気メニューなのか。だが、俺はチョコが食べたい。
「非現実的ですね。チョコレートください」
「私は思うんだ。アイスクリームとはファンタジーの食べ物だと。だから現実なんて関係ない。アイスクリームと発音するだけで皆がハッピーになる。バニラ美味しいよ」
「あなたの頭がファンタジーですね。チョコくれ」
「面白いこと言うね。じゃあ君の頭の中は北極だ。冷たくて硬い氷しかはいってない。バニラ食え」
「頭のお花畑はさぞかし温かそうですね。少しは脳みそ詰めろ。チョコよこせ」
「お花畑なめんなよ。タンポポいっぱいだ。バニラでよろしいんですね?」
「しょベーですよ。せめてチューリップにしろ。チョコレートっていってんだろ」
「ほう、じゃあ向日葵でいっぱいにしよう。そんなことよりバニラだろ」
「季節考えろ。……もういいやバニラください」
俺が妥協してバニラを頼むとおじさんはいい笑顔で「まいど」と言って俺に白いアイスクリームを渡してきた。この寒い雪の日によく合う。見ているだけで寒くなる。おじさんが勧めてきたきたバニラはとても美味しかった。
だが、とても寒くなった。
「どうだい。アイスクリームは美味しいだろ。とくにバニラは格別だ」
俺が公園のベンチで一人さびしくアイスクリームを食べていると、おじさんがやってきた。この気温でいくら美味しくてもアイスクリームなんて買う人もなく、暇なのだろう。
「……美味しいけど、とてつもなく寒い」
「なさけねーな。美味いアイスクリームを食ってるときってのは、この寒ささえ美味しさに変えるんだよ」
このおじさん理屈が毎回六十五度ひん曲がっている。
「ところで、オジサン何食ってんだ?」
「何って、アイスクリームだよ」
隣にずうずうと座ったおじさんは確かにアイスクリームを食べている。だが、俺が言いたいのはそのアイスクリームの色だ。
「それってチョコレート味だよな」
「そのとおりだ。アンラッキーボーイ」
俺の頭に言ってやりたい言葉が急速で流れる。「俺にバニラ押し付けて何食ってんだ」「何当然のように俺の横に座ってんだ」「今からでもいい、チョコに変えろ」などなど。
だが、言うだけ無駄だと感じやめた。
「ひとつ言わせてくれ。チョコ美味しいか?」
「ああ美味しいね。ひょっとしたらバニラより美味しいかもな」
うざいな。
「ところでおじさん。こんな状況で商売大丈夫なのか?」
「夏に儲けたから別に問題はないさ。それにこの寒さももう少しの辛抱。あと少しで春が来るさ」
もう少しで春が来る。この寒さからは全く考えられないことだ。
「おじさんのちょっとした夢の話を聞いてくれるか?」
俺はコーンを齧りながら頷いた。このコーンサクサクで香ばしい。
「おじさんはそろそろこの町を離れようと思うんだ」
突然の告白で俺はコーンが気管に入りむせた。
「あの車も六年前に造った物でね。地道に長旅用にカスタマイズしてきたんだ。そして、あともう少しで完成するんだよ」
俺はアイスクリーム屋を見てみる。ほんのわずかだが、昔見たのより、ごつくなっているように見える。そんなことより、何故そんなことを俺に言う。
「この町を離れて、やっぱりアイスクリームを売るんですか?」
「よくわかったね。そう、私はこの素晴らしい食べ物を世界を巡って伝えていこうと思うんだ」
話がやけに壮大になってしまった。そんなこと無理だと普通の人は言うだろう。だが、このおじさんを見ていると、やり遂げてしまいそうな気がしてくる。
「おじさんにならできますよ。俺が保証します」
「バッキャロー。ガキにおだてられても何にもなんねーよ」
こいつ本当に捻くれてんな。
「まあ見てな。世界で名を通す有名人になって戻ってきてやるからよ」
そう言っておじさんは公園を去って行った。
俺はというと、次の日から数日間熱を出して寝込むことになった。まああんな寒さであんな物を食えば当たり前だよな。
寝込んでいる間、町がやけに騒がしかった。どうやら俺が寝込んでいる間にこの町からアイスクリーム屋がなくなってしまったらい。
ちょうど、厳しい寒さが過ぎて春の温かさがやってきた頃のことだった。
数十年後
産業革命と共に世界は変わっていった。昔は珍しかった自動車も今では当たり前のようにどこでも走っている。
その中に、あの自動車アイスクリーム屋もちょこまかと見かけるようになった。
俺は冬になるとそのアイスクリーム屋に行く。相変わらず寒くはなるが、美味しさが増しているように思えるのだ。
だが、相も変わらず寒い。
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