試されるダンジョン 〜その空白、耐えられますか〜
彦坂直哉は、ダンジョンのマップを埋めるのが趣味である。
公式に攻略済であり、冒険者ギルドからマップが発売されていても、己のマップが空白なら埋める。
むしろ埋めるためにダンジョンに潜る、それが彦坂である。
21xx年、世界中にダンジョンが出現した。
当然探索されたが、内部に襲いかかってくる未知の生き物がいることが分かった。
そのため当初は封鎖されていたのだが、やがてその未知の生物がダンジョン外にまで溢れ出てくる、いわゆるスタンピードが起こった。
定期的にダンジョン内の生き物を減らす必要ができたのだ。
初期の冒険者と呼ばれる者たちが生まれ、後に各国政府協力のもと、彼らを管理する冒険者ギルドが作られた。
彦坂もまた、冒険者だった。
冒険者のランクはF〜Sまであり、彦坂のランクはD級。
既に10年を超える経験がありながらD級なのは、決して高いとは言えないが、世界のダンジョンの難易度はほぼC級まで。
D級ソロでもまあまあ行けるところは多いのだ。
それに、彼は本業が別にある兼業冒険者なので、趣味優先で問題ない、というのもあった。
そして今日、新しく挑むのは最近H市に出現した、通称H市ダンジョン。
最終階は攻略済で、ボスはD級パーティクラスと判定されている。
とりあえずボスまではソロで挑むつもりで潜行開始したのだが。
「なるほど、これが『試される』か」
ダンジョンに入ってすぐのところに、地下2階へ続く階段があった。
次階へすぐに行けるのに、わざわざこの階をうろつくかどうか。
一部で「試されるダンジョン」と呼ばれているのは、こういうことらしい。
「まあ、俺は探索一択だけどな」
ひとりごちて、階段に背を向けて奥へと続く道に進んだ。
歩き始めてすぐのところで、開けた場所があった。
すでに先客がいて、ちょうど戦闘中だった。
モンスターは基本的に、攻撃してきた者、近くにいる者をターゲットにする。
他人が戦っている最中に、横から手を出さないのが冒険者同士のマナーだ。
なので彦坂も、邪魔にならないよう距離をとって、壁際の石に腰掛けた。
戦闘しているのはまだ若い二人組。
タツヤ君とユウ君だったかな、と記憶から引っ張り出す。
確か大学生兼冒険者だと聞いた気がする。
前衛で鉄の棒を振り回しているのがタツヤ、後ろで杖を構えているのがユウ。
ユウは能力者とも呼ばれる魔法使いだ。
ダンジョンに入ると、誰でも多少の魔力が発現するが、そのなかでもずば抜けて魔力量の多いもの、攻撃や治癒といったいわゆる魔法を使える者がおり、彼らは魔法使いと呼ばれる。
魔法使いは強力な遠距離攻撃が使える分、接近戦には弱いところがある。
だから彼らも役割分担しているのだろうが、駆け出しの二人はまだ動きが悪い。
戦っているのはネズミ(ただし大きさは中型犬くらいある)一匹だが、なかなか致命傷を与えられないようだ。
ネズミのターゲットが、タツヤからユウに変わったようだった。
ユウ目掛けてネズミが跳ぶ。
とっさに固まったユウの目の前で、ネズミが横から撃たれ吹き飛んだ。
追いついたタツヤが鉄の棒を振り下ろし、とどめをさした。
「ありがとうございました!」
タツヤが駆け寄ってきて、彦坂に頭を下げる。
「いやこちらこそ、横から手を出してすまない」
咄嗟にネズミを撃ったのは、彦坂の魔法銃だった。
「いえ、助かりました!」
ユウも少し遅れて走ってきた。
「俺たち、実戦経験を積もうと思って、今日はここの一階をうろついてるんです」
「なるほどね。俺はいつものマップを埋めだよ」
彦坂の答えに、タツヤとユウは互いの顔を見てうなづいた。
「もしよければ、俺たちもご一緒させてもらえませんか」
戦闘は基本的に二人がやって、彦坂はサポート役に回る、という取り決めで即席パーティが出来上がった。
ギルドから支給される装備に、ステータスカウンターというものがある。
冒険者データの他に、マップもここに表示される。
実際に自分で歩いたデータがあり、彦坂はこれを埋めるのが趣味なのだ。
行き止まりが視認できても、壁の前まで歩いていく。
空白ができないように丁寧に埋めながら歩いていくのは、一般的な探索からすればとても効率が悪い。
うろうろすればそれだけ、モンスターとの遭遇率も上がるからだ。
だが今回は、タツヤとユウも真似をしながら一緒に埋めていくことにした。
「マップは買ってるので、自分で埋めていくのは初めてです」
突き当りの壁をペタペタと触りながらタツヤが言った。
「彦坂さんはどうして、マップを埋めたいんですか?」
他人からそう問われることはたまにある。
「空白があるのが気持ち悪い、からかな」
特別大層な理由があるわけではない。
ただ空白があるのが嫌で、それが埋まると達成感がある。それだけなのだ。
「達成感、ていうのはちょっとわかるかも」
ユウは自分のステータスカウンターを確認しながらつぶやいた。
「ゲームやると達成率気にする方なんですよね。探索率とか、収集率とか表示があると、100%目指したくなる」
「ああ、それだな」
彦坂は何でもないことのように笑った。
「でもリアルにダンジョンでそれ目指すのは、まだ危険が多すぎて無理です」
ユウの言葉にタツヤもうなずく。
「俺たちまだまだ連係も上手く取れてないもんな」
「駆け出しの頃はみんなそんなもんだ。焦らないことだよ」
「ですよねぇ…あ!スライムだ!」
タツヤが指差す方、半透明のゼリー状の生き物がうねうねしていた。
うっすらと体の中心部に見えるのが魔核。
その魔核に狙いを定めて、鉄の棒を振り下ろす。
「アイテム出ろー!おりゃ!」
願いが通じたのか、スライムが消えた跡に小さくほんのり発光する石が落ちていた。
「やった!魔石だ!」
タツヤとユウがハイタッチするのを、彦坂が微笑ましそうに見守る。
魔石はダンジョン装備品の原材料として、ギルドで買い取ってもらえる素材の一つだ。
スライムから出るものは小さいので、金額的には大したものではないが、何も出ないよりはやる気が違うのだ。
少し広さのあるエリアで、彦坂が立ち止まった。
「そろそろ一旦休憩を取ろうか」
「俺まだまだ行けるッスよ!」
「そう、余裕があるうちに休憩をとっておくんだ」
彦坂はマジックバッグから簡易コンロや細々とした道具を取り出して、コーヒーを淹れ始めた。
「人間は、何時間も緊張し続けられる生き物じゃないからな。疲れを自覚してからでは、回復の効率が落ちる」
辺りに香ばしい薫りが漂ってきて、タツヤもその場に座った。
「ダンジョンの中でこんな本格的なコーヒー飲めるとは思わなかった」
彦坂から渡されたカップに口をつけ、二人は笑った。
「ダンジョン産の豆だからね。多少の回復効果もある」
「ほんとだ!擦り傷あったのに治ってる」
彦坂が持ち込んだ豆は、別のダンジョンでドロップしたものだ。
ただ、わざわざ焙煎して挽いて、などするのが面倒なため、利用している冒険者は少ない。
「俺は本業が喫茶店だからね。焙煎も自分でしてるんだよ」
「彦坂さんマスターなんですか!」
「どうりでコーヒー美味いはずだ!」
二人が同時に声を上げた。
「元々親父が始めた店でまだ現役だからね。こうやって俺がダンジョンに潜る日は、親父が店に立ってる」
飲み終えたコーヒーを片付ける出際もよい。
「ダンジョン産の食べ物は、何らかの付与効果があるし面白いよ」
「あー、俺ダンジョングルメの配信見てる」
「ダンジョン配信者も結構いるよね」
実際にダンジョンに挑むとなると、命の危険と隣り合わせなため、安全な場所から娯楽として楽しむ人も多い。
「俺、有名にならなくていいから、専業で冒険者なるのが目標!」
「二人はE級だったっけ」
「そうなんですよ。でも彦坂さんがD級なら、俺が昇格できるのまだまだ先ッスね」
「筋はいいから、経験を積めばあっという間に俺を抜いていくさ」
「彦坂さんみたいに立ち回り上手くなれる気がしない」
タツヤのそれは、本心からの言葉だった。
彦坂が加わったことで、戦闘が格段に楽になった。
単に一人増えたからではない。
あくまでもメインは二人にさせつつ、合わせてサポートするのが上手いのだ。
前衛で鉄の棒を振るタツヤに巻き込まれないように、後衛のユウにモンスターのターゲットが向かないように、自然に動いているのだ。
「タツヤと二人で潜るときは、わちゃわちゃすることも多いのにな」
それを見越してポーションも多めに持ってきていたが、ほとんど使わずに済んでいるのが証明だ。
二人から見れば、彦坂は経験を積んだ大人の男性で、すぐに追いつけるようには思えなかった。
「やった!100%だ!」
「まだ一階だけどね」
長い一本道の突き当たりの壁の前で、タツヤが歓声を上げ、ユウがツッコミを入れる。
彦坂も自分のマップを開き確認する。
「うん、埋まったな。だがまだ帰りもあるからな」
「そうだったー!」
マップは埋まったが、帰り道も普通にモンスターは出る。
行きよりは時間は短縮されているが、三人はまた戦闘をこなしながら出口を目指した。
「今日はありがとうございました!こんなこと言うと変かもしれないけど、楽しかったです!」
「オレもたくさん勉強になりました」
ダンジョンを出て、タツヤとユウは彦坂に礼を言った。
「俺も久しぶりのパーティで楽しんだよ」
普段はほぼソロなので、若くて元気な二人と組んだのは、彦坂にとってもいい刺激になった。
「彦坂さんこのあとも探索しますよね。」
「ああ。最終階まで行ってみるつもりだ」
「一緒に行かせてください!」
タツヤが頭を下げた。
「オレもお願いします!」
ユウもそれに続く。
「マップ埋めだからずっとうろうろしながらだが、それでいいのかい?」
「はい!」
それで、今回のH市ダンジョン探索は三人パーティで最終階、様子を見てラスボスにも挑むことで話はまとまった。
翌日、地下2階を探索するため階段を下りる。
「あ、またすぐそばに下へ下りる階段ある」
ビルの階段のように、上り下りがつながっている。
「こういう造り、よくあるんですか?」
ユウが彦坂に尋ねる。
「いや、珍しいと思う。大抵のダンジョンは、ちょっと意地悪な造りになっているからな」
「初心者向けは分かりやすい造りですよね」
「そうそう、それでレジャー系F級冒険者も多くて、ダンジョンなのに混んでて、あれちょっと笑ったよな」
タツヤが思い出して笑い出す。
低難易度でさらにモンスターが少ない、セーフティエリアがある、などの危険度が低いダンジョンは、ギルドから初心者向けダンジョンとしてお墨付きになっている。
「採取がメインのお小遣い稼ぎにはちょうどいいからね」
そんな初心者ダンジョンに彦坂が潜ったのはずいぶん前だが、しかし当時も同じように賑わっていた。
「さあ、気を引き締めて行こうか」
雑談から切り替えて、三人は階段脇の道を奥へ進んだ。
この階は、スライムが複数出るようになっていた。
スライムは動きは遅いが、非常に粘度の高い体液を吐いてくるので、それに触れてしまうと面倒になる。
戦闘の基本は遠距離攻撃だ。
まず魔法銃や魔法で離れたところから攻撃し、そこで仕留めたり弱らせたりする。
いきなり接近戦で始める猛者は少ない。
ダンジョンでは誰でも微量の魔力が発現するが、魔法として使うには弱すぎるので、それを弾に変換して撃つ魔法銃が開発された。
彦坂も主な攻撃方法は、この魔法銃である。
自分の魔力に合わせて微調整してあるので、馴染んで使い勝手がいい。
スライムを、離れたところからユウの魔法と彦坂の魔法銃で攻撃して減らし、一体になったところでタツヤが攻撃する。
たまに余裕を持って、二体同時に相手する練習も挟む。
「おりゃ!」
鉄の棒をいつものように振り下ろしとどめを刺す。
「武器もそのうちカッコいい剣を使えるようになりたいなー」
とはいえこの棒も、ただの鉄の棒のようだが、これでもギルド公認武器屋製なのである。
「ほらS級でさ、ファンタジーの英雄みたいな人いるじゃん!あれカッコよくてさー憧れ!」
「ああ、いるね」
語るタツヤの顔は、戦隊ヒーローを語る子供と同じそれだ。
そのS級冒険者、たまにうちにコーヒー飲みに来るんだよな、と内心思ったが、お客様の個人情報なので黙っておく。
和やかに話しながら細い通路を彦坂を先頭に歩いていく。
突き当たりの壁に触れたとき、ふと、指先に違和感を感じた。
「彦坂さん、どうしたんですか?」
二人が後ろから覗き込むが、彦坂は壁を触り続けた。
「何か手応えが違う感じがしてね」
彦坂が答えながら、壁の一点を押したとき。
カチリ
何かがハマる小さな音のあと、ゴゴゴゴゴと目の前の壁が横にずれていった。
「隠し部屋か」
鋭く周囲に視線を走らせる彦坂の後ろで、タツヤが驚きの声を上げる。
「こんな仕掛け、マップには載ってないですよ彦坂さん!」
壁が横に移動したあと、前には小さなスペースが空いていた。
その中央に、小さな台座に乗せられた5センチほどの水晶玉のようなもの。
「罠はないようだな」
それでも警戒しつつ、彦坂がその水晶玉もどきをつかむ。
とりあえずステータスカウンターに写して、鑑定してみた。
名前:食べてもいいマンドラゴラ
状態:種
三人は無言で鑑定結果を見つめた。
微妙な空気が流れたのち、誰かが口を開こうとして、種がぐにゃりと動いたのに気がついた。
そのまま輪郭が溶け変形し、やがて小さな野菜になった。
「ラディッシュ?」
戸惑う彦坂の声。
名前:食べてもいいマンドラゴラ
状態:発芽
白い小さなカブのようなそれは、どう見てもハツカダイコン。
ただし、中央に顔らしきものがあることを除けば。
彦坂の手のひらの上で、マンドラゴラはその可愛げの欠片もない顔で見てきた。
無言でそっと台座に戻すと、驚きの素早さで彦坂に飛びついた。
「うわぁっ」
さすがの彦坂も声を上げる。
「ついてくる気ですかね…」
「顔こわぁ…」
その間にもマンドラゴラは彦坂の腕をよじ登り、背中のリュックの上に勝手に落ち着いた。
「ギルドに報告もあるし…連れて行くか…」
渋々彦坂も受け入れて、マップの残りもあとわずかなのでそれを埋めて出ることにした。
ギルドに報告すると、攻略済とされていたダンジョンの隠し部屋発見に慌ただしくなった。
別室に通され聞き取りをされた後、物証のマンドラゴラも、一旦ギルドが預かることになった。
テーブルにマンドラゴラを置いて三人がドアの方へ向かう。
「パ〜…」
背後で妙な声がした。
「パ〜パ〜アァァァァ」
マンドラゴラが叫び声を上げた。
「パ〜パ〜アァァァァ」
「パパァ?!」
戸惑い立ち止まった彦坂に、マンドラゴラはダッシュして飛びつき、大人しくなった。
どうやら彦坂を「パパ」と認識したらしい、とのことで、彦坂が引き取ることになった。
なにせ「マンドラゴラ」の叫びなので、どんな被害が起きるかわからないからだ。
彦坂のもとで経過観察として、定期的にギルドに様子を報告することになった。
そしてダンジョンの地下3階、最終階を攻略する日。
「ついてきたんですね」
ユウの視線の先、彦坂の肩の上にマンドラゴラはいた。
小さな手足も認識できる。
渋いシワシワの顔は相変わらず怖かった。
「家では大人しく器に入ってたんだが、ダンジョンに行こうとしたらついてきた」
すっかり諦めた顔の彦坂。
地下3階も、おおむね敵はスライムだった。
たまにネズミとスライムの編成が出てきて、スライムの体液吐きをかわしながらネズミを仕留めるという、いい練習もできた。
隠し部屋のような変わったこともなく、順調にマップを埋めて最後の空白地、ボスの間の手前に来た。
「ボスの強さはD級パーティ相当だから、今の我々でギリギリいけそうな気はするがどうする?」
事前情報では大サイズスライム、状態異常なし、になっている。
いかに体液を食らわずに叩くか勝負になりそうだった。
「行ってみたいです!でも、彦坂さんの判断に任せます」
「オレも」
二人から選択を委ねられ、彦坂は挑むことを選んだ。
「とにかく狙うのは魔核だ。タツヤ君は体液に気をつけて」
「「はいっ!」」
彦坂の進行管理のおかげで、歩き回ったあとだが三人に疲労はない。
ボスの間へ進み、対象を確認する。
牛ほどの大きさのスライムが一体。
泥のように濁って、魔核が少し見えづらい。
彦坂とユウがそれぞれ反対方向に位置取りしながら、離れた位置から攻撃した。
タツヤが距離を詰めようとした瞬間、スライムが大きく膨れ上がり震えた。
「タツヤ君待て!様子がおかしい!」
緊迫した空気の中、スライムはなおもブルブルと震え、その体の色が変わっていく。
「変化するというデータはなかったはずだが…」
泥のように濁った茶色だった身体が、金色の半透明に輝いた。
「金色のスライムなんて聞いたことない…」
呆然とタツヤがつぶやく。
「変異体?レア化か?」
さすがの彦坂も、ボスがレア化するのは初めてだ。
そしてだいたい、こういうものは通常版より強くなるのがお決まりだ。
確認のため、魔法銃を撃ち込んでみるが、まるで手応えがない。
ユウも一発撃ち込んでみたが、金色スライムはブルブルッと身体を震わせただけだ。
「これまずいッスよねぇ」
そう言いつつ、タツヤは恐怖より興奮が勝っているようだ。
スライムはその場で、ペッと小さく体液を吐いた。
それはその場で固まったではないか。
「瞬間接着剤のようだな。一発でも食らったらアウトだぞ」
ボスの間は広さはあったが、あれをあちこちに吐かれたら足場が悪くなる。
「撤退か」
そう彦坂が言いかけたとき、ガサゴソとリュックからマンドラゴラが飛び出した。
そのまま真っすぐ、金色スライムに向かって走っていく。
「おい、危ないぞ!」
思わず声をかけて手を伸ばした彦坂の前で、スライムは直ぐそばまで来たマンドラゴラに向かってグワッとせり上がり、そのままばくんと飲み込んだ。
「はぁ?」
何が起きたのか状況を把握しきれない三人にお構いなく、金色スライムは咀嚼するようにねちゃねちゃと揺れ動いた。
そして、ピタリと動きを止めた。
その変化の意味を理解するより先に、彦坂は本能的に銃を魔核に撃ち込んだ。
空気が震え、スライムの輪郭が小さくなった。
「ユウ君!撃ち込め!」
指示されてハッと我に返り、ユウも魔法を連続で撃つ。
魔核に攻撃を受けるたび、スライムの体が縮んでいく。
大きな牛程もあったスライムは、洗面器ほどのサイズになった。
「タツヤ君トドメだ!」
タツヤは素早く駆け寄り、まだ動かないスライムの金色に輝く魔核めがけて、渾身の力で鉄の棒を振り下ろした。
シャーン…!
澄んだ音が響き、金色スライムは溶けた。
「やったー!……あ?」
歓喜の声をあげかけたタツヤの動きが止まる。
彦坂とユウも駆け寄って、スライムが溶けたあとを見て、同じように固まった。
食われたはずのマンドラゴラがそこにいた。
名前:食べてもいいマンドラゴラ
状態:役目を果たしたので満足げだ
鑑定をしてみたものの、困惑は深まるばかりだ。
パンパカパーン!!
どこからともなくファンファーレが鳴り響いた。
あまりに場違いな音に、もう訳がわからない。
『おめでとうございます!初の探査率100%です!』
「誰なんだよ!!」
タツヤの叫びに応える声はなかった。
謎しかないまま三人はダンジョンを出た。
そこでさらに驚かされた。
ダンジョン入り口に、
『初100%到達者
彦坂直哉
正木タツヤ
金村裕士 』
と書かれたプレートが埋め込まれていたのだ。
さすがに色々と、ギルドも騒然とした。
マンドラゴラが恐らくボスのレア化のキーであり、同時に弱体アイテムだったのだろう、と推測された。
しかし、あのプレートに関しては、全く不可解だった。
もちろんギルドが関与したのではない。
だいたい、三人が出てくるわずかの間に名前を刻んだ金属プレートを用意できるはずもない。
世界中のダンジョンの中には、踏破100%で報酬があるところもあるが、極稀だ。
ほとんどは別に何もない。
彦坂もマップ埋めをしてきて初めての体験だ。
だがまぁ、誰が何のためにダンジョンを作ったのかとか、調べるのは彦坂の仕事ではないので、ギルドから解放されたあとは普通に家に帰った。
もちろんマンドラゴラもついてきた。
彦坂たちのプレートの件は、またたく間に冒険者たちの間に広まり、100%達成を目指す者が一次的に増えたが、同じような例は聞かなかった。
そしてマップ埋めブームも自然に収束していった。
カランコロンとドアベルが鳴る。
「こんにちはー!」
店の中に元気よく入ってきたのはタツヤとユウ。
「いらっしゃい」
カウンターの向こうで彦坂が迎える。
二人もあれから、彦坂の喫茶店に時々訪れるようになった。
パーティも何度か組んでいる。
「おう、元気かー?」
カウンターに座り、端のほうでガラスの器に収まったマンドラゴラをつつくと、小さく手を上げて応えるようになった。
タツヤ曰くはハイタッチらしい。
「彦坂さん!次の連休、潜りませんか?」
次の冒険の計画が始まった。




