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危うげな女たちの彩模様  作者: 石原裕
第一章 復讐する女

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第1話 柏木吾郎と紗友里の出逢い 

 柏木吾郎が初めて紗友里に逢ったのはバー「圭」のカウンターであった。「圭」は四条花見小路に在る小料理屋「むらさわ」の一階に店を出すバーで、「むらさわ」で飲食した客達が女っ気を求めて流れる二次会で、階下へ降りれば、他所へ出向かずとも、直ぐに酒と女に出逢える仕掛けだった。

 吾郎は医者になって五年目の二十九歳で、彼はK大学医学部の整形外科を卒業すると同時に母校の医局に入った。吾郎には三歳年下の婚約者が居るが、二人の肉体関係は既に熟れていた。彼女は教授の娘で挙式までには未だ半年足らずの期間が在った。

 

 その夜、吾郎は八時半ごろまで医局で仕事をして「圭」に着いたのは九時を少し回っていた。丁度、宵の口からの客が退けたところで、十人ほどが座れるカウンターは半ば近くが空いていた。彼は入って直ぐのカウンターに座った。其処は入口に近く、客の出入りの度に扉が開け閉てして落ち着かず、客のあまり坐らない席だった。

「先生、どうぞ此方へ」

吾郎を認めて、ママは真中の席へ誘った。

「いや、ちょっと一杯の心算で寄っただけだから、此処で良いよ」

実際、その日、吾郎には、学会へ提出する論文の文献を読む仕事が未だ残っていた。

「まあ、良いじゃありませんか・・・」

「どうせまた客が来るだろうから此処に居るよ。ビールを貰おうか」

「はい、おビールですね」

ママは奥に注文を通し、栓を抜いたビールを受け取ってから吾郎の前に来た。

「それにしても随分お久し振りね、ほぼ一ケ月振りよ」

「うん、このところ学会への準備で忙しかったんだ」

「何処かに良い娘でも出来たんじゃありませんか?」

「いやいや、そんなんじゃ無いよ」

「そうそう、うちにも良い娘が入ったんですよ」

そう言うとママはカウンターの奥へ向かって声を懸けた。

「紗友里ちゃん・・・紗友里ちゃん・・・」

その日、紗友里は白いブラウスに縞のカーディガンを着ていた。

「先生、初めてでしょう?」

「そうだな」

「今度入った紗友里ちゃん。こちら柏木先生よ」

吾郎が見上げると紗友里は軽く頭を下げた。

背丈はママとあまり違わないからそう大柄ではない。顔は面長で整っているが、一重の目蓋とヘアピンがどこか投げ遣りな感じを与えた。

「何か召し上がりますか?」

「サザエの壺焼きでも貰おうか」

「承知しました」

ママは注文を調理場へ通してから、紗友里に「お注ぎして」と言ってカウンターの奥へ移って行った。

 吾郎はお通しに出たイカの真砂和えに箸をつけながら、紗友里を見ていた。

紗友里は思い出したように時たまビールを注いだが、後は何も言わず、ただ吾郎の前に突っ立っているだけだった。

二十五、六歳か、それとも七、八歳かな?・・・

吾郎は女の年齢を考えたが、自信は無かった。ビールを注ぐ時は二十三、四歳に見えたが、黙っている時にはもう少し歳高に見えた。

サザエの壺焼きが出て来て、カウンターの上に置かれてから、彼は初めて紗友里に声を懸けた。

「君は此処へ来る前は何処かに居たの?」

「ええ」

「何処?」

「それは、ちょっと・・・」

紗友里の声は抑揚が無く、答は不要領だった。

「此処は気に入っているの?」

紗友里は答えずに首だけを傾げた。あまり喋りたくない様子だった。

こんな客商売の店には不似合いの無愛想な女だな・・・

吾郎はそう思ったが、妙に心に引っ掛かるものが在った。放って置くと何をしでかすか解らないような不安定な処が見受けられたのである。

この予感は当たった。


 それから五日ほど経って「圭」へ行ってみると、紗友里の姿は無かった。

「この前の、ちょっと変わった娘はどうしたの?」

ママが来ると、吾郎は直ぐに訊ねた。

「二日前に辞めました」

「辞めた?で、何処かへ移ったの?」

「やはりバーのようです」

「それにしても、早いもんだな・・・然し、彼女は水商売には向かんと思うよ」

吾郎は紗友里の無表情な顔を想い出した。

「兎に角、変わった女だった」

「先生のことを訊いていましたよ」

「俺のことを?」

「何処に勤めているのか、って」

「へえ~、何故だろう?」

「先生、誘ったんじゃないんですか?」

「冗談じゃ無い。三十分ほど向かい合っていただけだよ」

「あの娘は止した方が良いわ」

「そんな気持は全く無いよ。第一、もうこの店には居ないじゃないか」

「それもそうね」

そのまま吾郎は紗友里のことを忘れた。


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