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最終章 人間たち

レニーの過去を知ったジン、その先に見た真実とは。

 受け止めきれないほどの現実を両手いっぱいに抱え、南の収容区まで歩く中、両手から溢れるそれは疑いからゆっくり形を変え、確かな事実として固まり切ってしまった。


 地面を掴む感覚が鈍ってきた頃、俺はアンナの家の前に突っ伏していた。



 決して正常ではない俺をアンナは優しく迎え入れ一人で使うには大き過ぎる毛布で俺を包んでくれた。



「何があったんですか?」



 少し離れたところから数十分俺を見つめていたアンナは流石にもう落ち着いただろうと毛布と一体化し一回り大きくなった俺に尋ねた。




 何があったのか?、散らかった頭の中を少しずつ片そうとするが一つ一つが大きすぎてどうやって処理すればいいかわからなかった。




 俺の兄貴であなたの愛した旦那はあの化け物と血が繋がっていて、こないだそいつを殺したのはレニーの実の父親でした、てか?




 散らかったそれらをただ眺め、目のつくままに脳内で言葉にしてみる、思わず苦笑してしまった、自分でも何を言っているのかわからない、アンナは狂った様にニヤつく俺が話し始めるのをじっと待った。



「何から話せば良いか_。」



 いきなり話し出すにはあまりに現実味に欠けた話で、覚悟はできているかと脅す様に呟く。



「ゆっくりで良いですよ。」



 覚悟はできていると優しく強くアンナは言った。


 俺は口を開きゆっくりでも着実に彼女を地獄へ招き入れた。




「そんな_。 レニーが?じゃあこの子は_。」




 信じられない、信じたくないと、さらに俺が口を開くのを願い今にも落ちてしまいそうに揺れる目で俺を見つめた。

 しかしそれ以上話すことはなくここまでで並べたことが俺の知る全てだった、おそらく泣き出したアンナを俺は見ることができなかった。



 体内の水分を全て出し切った様に泣き止んだアンナは、乾涸びた口をカサカサと動かし掠れた声で言った。



「今日は遅いですから、泊まって行ってください。」



 断る間もなくアンナは子を抱え寝室の中に体をしまい込んだ。


 正直言われなくても頼み込もうと考えていた、今日あのベンチで眠っていたら朝には自分が人間だったことも忘れていただろう。



 もう3人は入れそうな毛布を半分に畳み、ソファに寝転ぶ、こんな状況で眠ることなんて出来るのかと甚だ疑問だったが、その疑問すら途中で途切れるほど俺の思考は限界だった。


 このまま溶けて無くなってしまいそうな深い眠り、もはやそうなってくれと疲れ切った心が願った。





 何千年の眠りから覚めた気分だった、もはや朝は通り過ぎ、太陽が天辺に登り少し傾き始めた時間、起きて数十秒ここがどこかを思い出せずに天井と睨めっこをする。



 昨日のことを思い出した時には寝起きの清々しい気持ちはたっぷり充電した頭が丸々飲み込み代わりに忘れてしまいたかったことを痰のように吐き出した。



 窓から刺す光が人の形を床に映し出す。



“アンナか“



「悪いな、こんなに寝るとは__。」



 流石に迷惑だったかと申し訳なさそうにアンナを見る。



「__。」



 声にならないとはこういうことを言うんだろうな、度重なる出来事についに恐ろしい程の冷静さを取り戻してしまった。



 天井から伸びる一筋の影が人の形をしたモノに繋がり、ゆらゆらと小さく揺れる、それからはポタポタと命が一滴ずつ落ち床には水溜まりができていた。



 差し込む光の逆光で大きな影にしか見えなかった、部屋の明るさに目が慣れじんわりとそれが何かであることに気がついた。



 その何かは、ついこの間まで母として強く生きる目をしていた彼女だ、あの瞳は光を失い、もはや色すらわからない。



「アンナ_?」



 帰ってくるはずがないのを分かっていながらも声を掛ける、ぶら下がった物体に近づこうと一歩踏み出した。


 確かな触感がその歩みを阻む、わずかに柔らかく、しかしその奥には確かな硬さがある。


 俺は知っているこの感触をあそこで働いていた時、母子共々撃ち殺した死体を手で持つのが億劫で小さい方を足で蹴り飛ばした、あの時と同じだ。



 足元に移した視線はレニーがいつも天使だとしつこく言っていたあの子だ、生きていたことも忘れゴミの様に転がっている、俺はその子をまだ生きているかのように両手で抱えたが生命からは感じれるはずのない冷たさが手に伝わり、冷たい肉の塊を抱えたまま膝から崩れた。




 俺が知らぬ間に吐き出した呻き声を近所の住民が聞き警備隊が強引に家に入り込んだ、俺は事情を話す間もなく取り押さえられ、脳天の衝撃を感じ取った次の瞬間俺は元職場で目を覚ました。



 “収容所送り“



 罪を犯したトムコル人が受ける最大の刑罰だった、大方俺の罪はあの親子の殺害とでも言いたいのだろう、最もトムコル人の事件にラーアンの奴らが本気で調査なんてすることはない。



 今まで向こう側から見えていた景色がすぐ目の前に広がっている。



 俺の周りを取り囲む赤い瞳は今にも殺してやると言わんばかりにこちらを睨みつけている。



「おい、こいつ見たことあるぞ。」



 一人のピリカ人が狂気の混じった音を発した。



「前まで従業員だったやつだ、こいつ俺のばあちゃんを欠伸しながら撃ち殺してた。」



 仲間の遠吠えを聞いた獣たちは次々に吠え始める。



「俺は赤子を蹴り飛ばしたのを見たことがあるぞ!」



「俺は娘を撃ち殺された!」




 こいつらは何を騒いでいるんだ?そりゃそうだろ、お前らはピリカ人で化け物だ、お前らを殺すのは俺の仕事内容の一つだ。


 殺したからなんだ?仕方ないだろ?お前らは生きてちゃいけない存在なんだから。



「おい、黙ってないでなんか言えよ、なんであんな事をした_?」



 なんでだと?なんでもクソもあるか、俺は聞かれた意味がわからず常識を口に出した。




「お前らがピリカ人だからだ。」




 それを聞いた獣たちは怒り狂い俺に襲いかかってきた、腹を殴られ、歯が折れ、全身が痛みに締め付けられて胃の中のものが搾り出された。



 腫れた頬に触れる冷えたコンクリートが気持ちよくさえ思えた、俺を一通りボコした化け物は狭い牢屋の中で俺を孤立させようと必死になって俺から距離をとる。



 不思議でならなかった、なぜ俺は殴られた?こいつらは何にこんなに怒っている?俺が仕事中に欠伸をしたからか?なぜ俺がピリカ人にこんなになるまで殴られなきゃいけない、湧き出た疑問を吐き出さずにはいられず心底不思議そうに聞いた。



「お前らはなんなんだ、なんで俺を殴る?俺は仕事をしただけだ、ただ生きるために金を稼いだだけでなんで殴られなきゃいけない!?」



 チラチラと様子を伺っていた奴らは俺の声を聞いてさらに理性を失った。



「何を言ってるんだお前は、そんなに殴って欲しいのか?なあ!じゃあ殺してやるよ!」



 確かな殺意を感じた、こいつは本当に殺す気だ、この体にさっきと同じ打撃を受けたら死ぬに決まってる、殺される、本能が叫んだ“死にたくない。“



「悪かった!悪かったよ!やめてくれ!死にたくない!」



 俺のプライドはもう折れた歯と一緒にどっかに吹っ飛ばされていた、俺の中には死にたくない、生きていたい、それしかもう浮かんでこない、復讐なんて言葉は浮かぶ暇すらなかった。



「死にたくない?そうだよな死にたくないよな_。みんなそうだったろうよ、ダニエルも!マーティンも!俺の兄貴も!死にたい奴なんて一人もいなかった!」



 怒りに満ちていたはずの声が少しずつ震え赤い瞳からは静かに液体が流れた。


 泣いている?なんで?こいつらは化け物なんだろ?人を騙し、殺し、俺らの先祖を絶滅寸前まで追いやった化け物、そんな奴らが涙を流している?



「なぜ泣いているんだ_?」



 単純に本当にただ疑問だった、だってそうだろ、俺は犬が泣いている所を見たことがない、昔見た絵本だって化け物が涙を流す話は聞いたことが無かった。



 なぜそんなことを聞くのかわからないと言ったように、彼は言った。



「悲しいからだ、仲間が家族が死んで、殺されて!悲しくて悔しくて許せないからだ、お前らは心が無いのか?大切な人が死んだ時涙を流すことさえないのか_?」



 心がない?それはお前らの方じゃ無いのか?悲しい?化け物にも心がある?仲間?家族?こいつらにそんな概念が存在するのか?


 それじゃあ、俺と同じじゃないか、兄貴が殺されて、化け物に復讐を誓った俺と、さっき俺を殴ったのはそれと同じ理由だって言うのか?



「じゃあなんだ。お前らは人間だとでも言うのか?化け物じゃなくて_。」



 生まれてこの方想像したこともないことをこいつら本人に尋ねた。



「化け物はお前らだろう_?」



 この瞬間レニーの声が脳裏によぎった。



『あいつらには俺らが化け物に見えるんだろうな_。』



 幼い頃からピリカ人は化け物だと教わった、親も教師も、じいちゃんもばあちゃんも、みんなそう言った、だから大人になった俺も、関わってきた子供たちにそう教えた、化け物だと、悪魔だと。


 こいつらに心があって、仲間がいて、家族がいて_、こいつらが人間なら_。


 なんで、もっと早く教えてくれなかったんだよ、なんでこんなに殺すまで気づかせてくれなかった、知らなかったんだ、こいつらが生きた人間だなんて、最初から知ってたら、俺は人を殺したりなんてしなかった。


 俺は化け物になんてならなかった。




 _違う、こいつらは俺を騙そうとしている、もう麻痺し切った 俺自身が最後の防衛作戦を企てる、計画なんてない、思いの儘に叫ぶだけだ。



「違う!違う違う!お前らだ!化け物はお前らだ!皆んなそう言った!母さんだって!先生だって!世界の常識だ!間違っているわけがない!」


「家族を殺された?俺だってそうだ!お前らに化け物に殺された!お前らの本性は知ってる、騙して、殺して!それがお前らだ!お前らが化け物なのは教科書に載ってる揺るぎない事実だ!」



 呼吸をするのを忘れていた、切れた息がコンクリートに跳ね返る、獣たちはもう会話をしても意味はないと拳に殺意を握り締めてこちらに近づく。



 ほらな、化け物だ、よってたかって人を殴り殺す正真正銘の化け物じゃないか。



 死の恐怖よりも自分は間違っていなかったと言う安堵の方が俺の心を安らかなものに変えた、それを証明して死ねるなら死さえも受け入れられる安らかさに。



「やめないか!!」



 集団の奥から獣たちの間を潜り大きな声が牢屋中に谺する。



 金縛りを受けたように固まった奴らの中から一人の男が出てきた。



「もうやめよう、ここでこいつを殺してなんになる?俺も妻を殺した奴を刺し殺した、でも妻は帰ってこなかった_、こいつを殺して得るのは一瞬の達成感と罰により今度こそ受けることになる鉛玉だぞ。」



 奴らの拳から殺意がするりと抜け、その殺意を名残惜しそうに皆が地面を見つめた。


 どんな走馬灯が見えるのだろうと、期待さえしていたところで再生は停止された、助けられた?ピリカ人に?こいつが俺を助けたのか_。



 もう開くことはないと思っていた瞼を動かす、おそらくそいつの足が見えた、まるで靴を履いているように分厚い皮に覆われた足、顔が見たかった訳ではないが視線を上に移す。



「許した訳じゃない、だが、すまなかった。」



 優しい声、赤い瞳、白い肌、こいつは__。



 明確に思い出す前に俺は襲いかかった、投げ倒し馬乗りになる、頭を吹っ飛ばす勢いで殴ろうとした時周りにいた奴らに止められ、身動きが取れないように押さえつけられる。


 そんなこと構わないと俺は暴れ狂い叫ぶ。



「お前だ!お前が殺した!兄貴を!よくも、殺してやる!お前だけは絶対殺す!!」



 俺の打撃はあまり効いていなかったと言う具合にむくりと立ち上がったそいつは俺を見て言った。



「そうか、お前、あの時居た奴か、あいつはお前の大切な奴だったのか。」



 もう吹っ切れた言わんばかりに思い出を語るそいつが俺は許せなかった。



「俺の兄貴だった!こんな俺の一番大切な人だ!お前に殺される3ヶ月前に娘が生まれたばかりだった!お前に奪われた!忌まわしいピリカ人に!」



 そう言った自分に自分で問う、ピリカ人が忌まわしいならレニーはどうなる、あいつも半分はピリカ人だ、あいつも忌まわしい存在だったのか?、だからアンナは死んだのか?忌まわしい血を呪って、あいつとの子が化け物に見えて殺したのか_。


 正解が見つからず迷路の行き止まりで立ち尽くす。



「すまなかった。」



 なんだ、誰が誰に言った?


 理解が追いつかなかった、こいつか?レニーを殺したこいつが俺に謝ったのか?事を処理し切る前にさらに男は喋り出した。



「俺も知らなかったんだよ、お前らが人間だって、俺には妻を殺したバケモンにしか見えなかったんだ、すまない。」



 震える瞳から流れる涙は、今まさに俺が流している涙と変わりはなかった。



 同じだった、俺も、こいつも、レニーも、分解しちまえば皆んな同じだ、血の色も、涙の味も、心の中も。



「あんたに伝えなきゃいけないことがある_。」



 伝えるべきではないのかもしれない、それでも、きっと知らないといけないんだ、俺もこいつも、自分の犯した罪の正体を



「あんた息子がいただろ_。」



 生気の無い俺の声に静かに耳を傾け、俺の質問に不思議そうに答える。



「なんでお前が知ってる_。」



 じっくりと男の顔を見た、色こそ違うが、兄貴によく似ていた、下がった眉毛に、吊り上がった目尻そして何より、この世にある不幸全部見てきたとでも言わんばかりの曇った瞳。



「レニー_。」



 男はその名前にひどく動揺した。



「なんで、知ってるのか!今どこにいる、どうしてる!生きていたのか。」



 男の瞳が微かに希望で光る。



「俺の兄貴だった、ついこないだ殺されたよ自分が撃ち殺した女の旦那に_、確かあの日は娘が生まれて3ヶ月の記念日だったなぁ_。」



 思い出のように震える声で俺は語った、男を責めたい訳じゃない、俺は思い出を語ったんだ、そう言い聞かせた。



 俺の発する言葉一文字一文字が男の目から光を奪った、光だけでは飽き足らず生きる希望すらも抜き取ったように見えた。



「何を_?あれがレニーだったのか、俺は息子をあの子を殺したのか_。」



 口だけがぱくぱくと動き出す、視線さえも動かず瞬きもしない、最初期に開発された、喋れるロボットのようだった。



「大きくなったなぁ父さんわかんなかったよ、娘ができたのか。」



 目の前に我が子が見えてるかのように喋った。



 溢れ出す涙を見て俺は無意識に男の背を撫でた、ひたすらに、悲しみを分け合い、憎しみを分け合い、手を取り共に泣いた。


 同じ人間の死を種を隔てて嘆いた。


 きっとまだ俺は男を許してはいなかった、あそこにいた全員も俺を許しては居なかっただろう、それでも、もう俺たちは泣くことしかできなかった、赤子のように涙に暮れるしか戦わない道はなかったんだ。







 あれから15年と6ヶ月、世界は大きく変わった、ラーアン人の中に生まれたピリカ人保護団体が声をあげ、生き残ったピリカ人は収容所から解放され、人権を取り戻した。


 収容区でしか生きることを許されなかったトムコル人も解放され、3人の違う人種の王が国を取り仕切った、王らは三つの人種に力の差はなく皆平等であると発表した。



 レニーの父は俺と出会って10年後に病気を患い労働能力がないとして射殺対象に入った。


 俺は最後までレニーの妻が血を呪い子と心中したことを言えなかった、それが優しさなのかはわからないが俺なりの罪滅ぼしだったのかもしれない。



 収容所が取り壊され、人種間の力の差がなくなっても人類の多くは変わらなかった、道を歩けば俺と違う色の人間に石を投げられることもあれば、助けてもらうこともあった。



 俺を化け物という奴もいれば恩人という奴もいる、もちろんただの人間だって言う奴もいる。


 俺の目にはそいつら全員が同じ人間に見えた、考え方も、色も、歴史も、皆んな違う、でもそれが人間ってやつなんだ。



 俺らは知らないといけない、人間は化け物にも、天使にも、ただの人間にも、何にでもなってしまうって事を、何にでも変えてしまえるってことを。



 俺らは同じ物質で出来ているってことを_。

最後までご愛顧頂きありがとうございました。


この物語に登場する人物名、団体名は実際の人物、団体とは全く関係がありません。


しかしこの物語はフィクションでしょうか。

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