『一億円の指(ゴッドハンド)』:その4 国家転覆救護後編
『一億円の指』:その4 国家転覆救護後編
第十六章:総理の疑念 ―― スペックという名の最終決戦
支持率120%という「神の領域」に到達した神崎内閣。リンを救い、特級胸部救護士として官邸に出入りし始めた久我奏太。しかし、神崎総理の目には、不安と疑念の色が深く宿っていた。
「……やはり、ユウキくんの親友とはいえ、どこの馬の骨ともわからん男に、私の愛する娘と妻を任せきりにはできん。あれはただの不潔な揉み師だ」
総理は官邸の執務室に久我奏太を呼び出し、重厚なデスク越しに、値踏みするように睨みつけた。
「久我くん。君は……その、普段は定職に就いているのかね? 見たところフリーターのようだが」
(ふふふ、どうせ……何も持たざる若者が、この『特権』に縋っているだけだろう?)
久我は困ったように頭を掻き、控えめに答えた。
「ああ、一応いろいろやってます。ミステリー作家を本業に、探偵と神主も兼業していまして」
総理の眉がピクリと動いた。
(ミステリー作家だと? どうせネットの片隅で変な妄想でも書いているんだろう……)
総理はデスクの下でこっそりタブレットを取り出し、久我の名前で検索をかけた。その瞬間、総理の指が止まる。
「……っ!? 君、あの、累計発行部数100万部の金字塔、『歪んだ庭』の作者なのか!?」
(あれ、マジで面白いんだよな。昨夜も次の展開が気になって徹夜で読んじゃったよ……いかんいかん!)
総理は動揺を隠すように激しく咳払いをした。
「だ、だが、神主だと? 公教育や政治に関わる者が特定の宗教に……そんなものは政教分離の原則に反するからな! 憲法違反だぞ!」
「何言ってるのパパ! 久我さんはあの有名な『乳神神社』の神主よ!由緒正しき歴史ある神社なんだから」
ドアを蹴破ってシズコ夫人が乱入する。
「そうよ。あなた。私もリンもあそこで救護を受ければ胸が大きくなる、美肌になると聞いて、もう予約済みよ。久我さんが官邸にいるなんて、宝くじに当たったようなものだわ。楽しみだわ!」
リンまでが加勢し、総理を包囲する。
「くっ……(乳神神社だと!? 妻も娘も、何をそんなに期待しているんだ! それにその名前……何が歴史あるだ!絶対にエロい意味しか含まれていないだろうが!)」
第十七章:学歴という名の最終決戦
総理は最後のカードを切った。自分はエリート中のエリート、私学の雄早稲田大学出身という揺るぎない自負がある。
「ふん、多才なのはわかった。作家としての印税も、神主としての家柄もな。だが、どうせ教養の土台はないんだろう。あ、ちょうど私の大学の同窓会だよりが来た。……私は早稲田なんだがね。君は大学……いや、せめて高校は出ているのかね?」
久我はさらに申し訳なさそうに、小声で答えた。
「……京都大学です」
「…………俺の、第一志望……ッ!!」
神崎総理は膝から崩れ落ちそうになった。作家としての才能、神職としての伝統、そして自分が受験戦争で敗れた最高峰の学歴。
だが、ふと顔を上げれば、久我は光の加減で驚くほど端正な顔立ちに見え、娘のリンは完全に蕩けたような、恋する乙女の目で久我を見つめている。
総理の心に、ふと「負け」の二文字がよぎった。同時に、一人の父親としての親心が芽生え始める。
(……まあ、作家で、神主で、京大卒。スペックとしては申し分ない。取り憑かれやすい娘のために除霊をし命を助けてくれたのだ……。こいつなら、娘の将来を任せられる……娘が良いというのなら、もしかしたらもはや婿として……許してやっても、いいのかもしれない……)
総理の眉が、少しだけ緩んだ。 「……まあ、娘のためにここまで尽くしてくれるなら……君のことも……認め……」
しかしその直後。久我は無邪気にリンの腕を取り、やはり「公務」と称して平然とした顔で彼女の胸に手を伸ばした。
「ちょっ……久我くん!? 今、何を――ッ!?」 総理の目が、眼窩から飛び出さんばかりに見開かれる。 リンはうっとりとした、今まで父親には一度も見せたことのない声を漏らしながら、久我にしがみついた。
「あぅ……久我さん……ダメぇ……でも、そこ、すごく……っ!」
久我は一点の曇りもない京大卒の知性溢れる顔で、一心不乱に胸を揉み続けている。 総理の怒りは頂点に達し、血管が爆発しそうになった。
(いかん、いかん! この男……スペックが高すぎる! 加えてこの『揉み』の技術! このままでは娘が、私の可愛いリンが完全に奪われる!!)
背後では黒沢官房長官がニヤリと笑い、ワイングラスを揺らしながら冷然とその光景を見守っていた。
「総理、これが特級胸部救護士の力です。スペックと快楽の暴力。もはや人類には止められませんね……」
第十八章:情実人事の闇と崩壊の序曲
この「家庭内の完全敗北」による混乱を、冷徹に利用したのが黒沢だった。彼はあえてこのタイミングで、以前から握っていた「新資格乱造の証拠」を、敵対するマスコミ各社へ一斉にバラ撒いた。
「ふん、神崎総理。私物化した国家資格に、得体の知れない高学歴ニート(作家兼神主)の情実採用……。これで神崎内閣も終わりです。リークは完了しました」
翌朝、日本中の新聞に、かつてない衝撃の見出しが躍った。
『総理、娘の快楽のために京大卒作家を私物化!』
『歪んだ官邸:特級胸部救護士という名の情実人事、内閣機密費から報酬か』
『京大卒・乳神神社・100万部作家……完璧すぎる救護士の正体』
一度は国民から、支持率120%を到達した神崎内閣だが、その反動で激しい怒りを燃え上がらせた。
「俺たちの血税を、娘の揉み代に使っていたのか!」 「特級胸部救護士なんて、ただのセクハラ資格じゃないか!」
支持率は一晩で、120%から一桁台へと垂直落下。神崎内閣は崩壊の瀬戸際に立たされた。
パトカーのサイレンが官邸を囲む中、ユウキは悠然とワインを飲み干し、絶叫する久我の横で淡々とタブレットを操作していた。
「久我さん、おめでとうございます。これであなたは、日本で最も有名で、最も憎まれ、そして最も『替えのきかない』指を持つ男になりました。さあ、総辞職の前に、最後の一揉み……行きますか?」
「ヤダァァァァァァァ! 作家としても神主としても、もう人生おしまいだよぉぉぉぉ!!」
官邸のバルコニーでは、支持率ほぼゼロの王となった神崎総理が、今日もパイプ椅子に腰掛け、夕日に向かって泣き叫ぶ久我の背中を、虚ろな目で見つめていた。




