婚活パーティーと、条件外例外の亡霊
婚活パーティーと、条件外例外の亡霊
プロローグ:潜入命令
事務所の蛍光灯は、今日も微妙にチカついていた。
完全に切れることもなく、正常に安定することもない。ただ、一定の間隔で唸り、室内に薄い不快感を漂わせている。
この光の下で、ろくな話を聞いた記憶が久我奏太にはなかった。
「久我さん。次の現場ですが」
ユウキが、いつもの無機質な声で切り出す。感情を削ぎ落とした口調は、報告にも命令にも聞こえる。
「少し、毛色が違います」
「その言い方の時点で嫌な予感しかしないんだが」
久我がそう返すより早く、タブレットが差し出された。
画面に映る、場違いなほど明るい文字列。
《婚活パーティー/30代限定》
「……は?」
久我は、心底嫌そうな顔をした。
「霊絡みの失踪案件です。ここ半年、この会場で“カップル成立後に消える”事例が三件」
「……心霊スポットが、少子化対策に進出したってこと?」
「もっと悪質です」
ユウキは淡々と続ける。
「被害者は全員、“未練の薄い霊”に接触していた形跡があります」
久我は、嫌な予感を確信に変えた。
「つまり……」
「成仏し損ねた恋愛感情が、生きている人間に紛れ込んでいる」
久我は、天井を仰ぐ。
神社の拝殿よりも、この蛍光灯の方がよほど呪われて見えた。
「で、俺が潜入、と」
「はい」
「俺、一人?」
「ええ。霊は“条件を見る目”を嫌います。調査員や神職だと即バレします。久我さんは良い意味で単純なので」
久我は深く息を吐いた。
「……地獄だな」
「ええ。ただし」
画面が切り替わる。
《参加者プロフィール(登録用)》
最終学歴:京都の大学
職業:会社員
「……おい」
「問題ありません。
“京都大学卒・小説家兼探偵・神主”という情報は、すべて私が書き換えました」
久我は眉をひそめる。
「それ、人生まで改竄されてないか?」
「婚活では“京都の大学・会社員”くらいが一番無難です」
そして、ユウキは付け足す。
「今回の霊、かなり“可愛い”という報告が」
久我、沈黙。
「……完全に罠だろ、それ」
蛍光灯が、チカ、と一度だけ強く瞬いた。
⸻
第1章:非モテ代表、入場する
会場は、都内のホテル中規模ホールだった。
白いクロス、間接照明、清潔すぎる笑顔。
「幸せ」を演出するために削ぎ落とされたものが、逆に息苦しい。
久我は受付で名札を受け取る。
《久我 奏太(30)》
《最終学歴:京都の大学》
《職業:会社員》
全部、嘘ではない。
だが、真実でもない。
(……俺、霊より浮いてないか)
周囲の男たちは、年収・役職・コミュ力を鎧のように装備している。
誰もが「選ばれる前提」の顔をしている。
開始の合図。
ローテーション式着席。
一人目。
「ご趣味は?」
「……寝ることです」
空気が、死ぬ。
二人目。
「将来設計は?」
「……未定です」
さらに死ぬ。
三人目。
「理想の家庭像は?」
「……生き延びることですかね」
完全に死ぬ。
(霊いなくても地獄だな、これ)
⸻
第2章:霊の女の子、登場
四人目。
「……隣、いいですか?」
声をかけてきたのは、白いワンピースの女性だった。
笑顔が柔らかく、目が合った瞬間だけ、胸の奥が妙に静かになる。
「あ、はい……どうぞ」
久我は反射的に椅子を引く。
「久我さん、ですよね。プロフィール、見ました」
来た。条件チェック。
「……学歴とか、ですか?」
彼女は首を振る。
「いえ。“特技:空気を読むのが苦手”って書いてあって」
久我、固まる。
「正直でいいな、って思って」
「……そこ褒められるの、初めてです」
彼女はくすっと笑った。
「私も、読むの苦手なんです。ここ、みんな上手すぎて」
久我は周囲を見る。
確かに、全員“相手を測る目”をしている。
「……なんか、面接みたいですよね」
「ですよね」
即答だった。
「好きになる前に、“選ぶ顔”してるの、変だなって思って」
その瞬間。
久我の指先が、机に触れ――霊反応。
(……この人……いる)
だが、重くない。
嫌な未練じゃない。
「……どんな人、探してるんですか?」
久我が恐る恐る聞くと、彼女は少し考えてから言った。
「一緒にいて、自分を説明しなくていい人、かな」
久我は思わず笑ってしまう。
「それ、ここで言う条件じゃないですよ」
「ですよね。でも……それ以外、全部どうでもよくなっちゃって」
沈黙。
気まずくない沈黙。
司会の声が響く。
「次のお相手へ移動してください」
「あ……」
彼女は立ち上がり、少しだけ名残惜しそうに言う。
「また、話せたらいいですね」
「……はい」
彼女が去ったあと、久我は自分の胸に手を当てる。
(……なんだ今の……)
背後から、ユウキの低い声。
「久我さん。今の方、会場のデータに存在しません」
久我は目を見開く。
「……え?」
「ですが――あなたの心拍数は、正常です」
久我は、彼女が消えた方向を見る。
「……じゃあ、俺……霊に、普通にときめいたってことか?」
ユウキは小さく頷く。
「ええ。しかも、かなり健全に」
久我は頭を抱えた。
「最悪だ……この婚活、地獄すぎる……」
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第3章:サクラ扱いされる男
休憩時間。
久我はドリンクコーナーで紙コップを握りしめていた。
(……視線、増えてないか)
男たちの目が、妙に刺さる。
「なあ。さっきの子、誰?」
スーツ姿の男が二人立っていた。
「あんな可愛い子、どう見てもサクラだろ。条件聞かねぇ、愛想いい、一人に張り付く。非モテ代表に夢見させる用の“安心枠”だよ」
久我の胸が、きゅっと縮む。
「違います。あの人は……」
「サクラ独占すんなよ。空気悪くなるから。……ずるいわ」
去り際、ぽつりと落とされる。
さらに女性スタッフが近づいてくる。
「久我様。他の方から“進行に偏りが出ている”との声が。あの方とは、これ以上深く関わらないようお願いします」
「……あの方、サクラなんですか?」
「いいえ。ただ……“場の意図”と合わない方です」
残された久我の背後で、ユウキの声。
「見事ですね。完全に“異物”扱いです。条件亡霊の場では、比較しない人間が一番危険なんです」
その瞬間。
「久我さん」
白いワンピースの彼女が立っていた。
「……みんな、怖い顔してますね」
「ここ、そういう場所なんです」
彼女は首を傾げる。
「変なの。“幸せ探し”なのに」
久我の指先が、また微かに震える。霊反応。
だが――彼女だけは、ここにいて自然だった。
「浮いてる人、嫌いじゃないです」
その言葉に、久我の胸が理由もなく温かくなる。
背後で、ユウキが小さく呟いた。
「……ああ。これは、選ばれますね」
「何がだよ」
「この会場で、“唯一、条件に当てはまらない存在”が」
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第4章:条件外例外の告白
パーティションで区切られた休憩スペース。
「……さっきは、ごめんなさい。私と話してると、久我さん、困る立場になりますよね」
「……なってます。でも、それでも話したいって思ったのは、久しぶりで」
彼女は少し驚き、小さく笑った。
「私、大好きな人がいて。……でも、なくなっちゃったんです」
その言葉は、淡々と落ちた。
「会えなくなって。でも、新しい人を探さなきゃで。変ですよね。好きな人がいるのに、婚活してるなんて」
「……変じゃないです。生きてたら、“次”を探せって言われますから」
「優しいですね。……でも、私、ここで誰とも成立しないんです。何回参加しても、最後まで残って、誰にも選ばれなくて」
久我の喉が詰まる。
「条件のせいじゃないんです。私が、“次の人”を、ちゃんと探してないから」
「次か….」
遠くで、司会の声が響く。
「まもなく、カップリング発表です」
彼女は立ち上がる。
「久我さん。もし私がここからいなくなっても。今日のこと、忘れないでください」
「……待って」
「大丈夫。もう、ちゃんと話せたから」
彼女が去ったあと、ユウキが静かに言った。
「確定ですね。彼女、“次”を探しに来てません。“終わり”を、探しに来たんです」
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第5章:逆転のカップリングと消失
照明が落ち、カップリング発表が始まる。
名前が次々と呼ばれ、会場に湿った拍手が響く。
久我は会場の端で彼女の姿を探す。
――いない。
(いなくなるって、こういうことか……)
「本日は、以上となります。成立しなかった方も、次のご縁が――」
解散の空気が流れ始めた、その時。
「あ、失礼いたしました! 事務局より一点訂正です!」
司会が慌ててマイクを握り直す。
「集計に誤りがありました。本日最後のカップルです。
番号17番、久我様! と、23番の女性!」
ざわっ、と会場がどよめく。
「え?」「久我ってあいつか……」「やっぱりサクラかよ」
久我は呆然とした。
目の前に、いつの間にか彼女が立っていた。
困ったように、でも嬉しそうに微笑んで。
「……成立、しちゃいましたね」
「……のようですね」
二人は形式通り前に呼ばれる。
だが久我は、背後に立つユウキの視線を感じた。
「久我さん、霊力を。彼女、今この瞬間も消えかけています」
久我は目を見開く。
視える。
彼女の輪郭が、陽炎のように揺らいでいる。
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第6章:能力発動、真実の開示
カップル成立者用の控室。
「……ごめんなさい。私、本当は成立するつもりなかったんです」
「……分かってます。あなた、“次”を選んでない」
久我は、ゆっくり近づく。
「あなたの未練、死別にしては軽すぎる。“終わらせ方”が綺麗すぎるんだ」
「……触れます」
久我はそっと、彼女の胸に手を置いた。
能力、完全起動。
サイコメトリーが、彼女の核を暴く。
流れ込む記憶。
病室でも事故現場でもない。
自分の遺影を前に、泣き崩れる「彼」の姿。
「……っ!」
彼女が息を呑む。
「嘘っ......私……私が、死んでたの……?」
「好きな人は死んでない。あなたが死んで、相手が生き残った。だから、あなたの中に残っていたのは“置いていかれた彼”の悲しい感情のコピーだったんだ」
久我は霊力を注ぎ込む。
存在を固定し、記憶を体に引き戻す。
「肯定されなかった部位に触れ、存在を再定義する。……生きろ」
彼女の頬に血色が戻り、確かな鼓動が始まった。
「……聞こえます。心臓の音。……あれ?私、生きてます?」
ユウキが答える。
「正確には――生き直しています」
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第7章:居座る亡霊(最終オチ)
数日後。事務所。
ソファには、生き返った彼女が普通にお茶を飲んでいた。
「……なあ。望さん、好きな人のとこ、行かなくていいのか?」
久我がデスクで頭を抱えながら言うと、ソファでくつろいでいた彼女――望は、小首をかしげて笑った。
「行こうとは思ったんですけど。久我さんの事務所、落ち着くなって」
久我、頭を抱える。
「おかしいだろ」
「ですよね。でも、久我さんに触られた瞬間に分かったんです。死んだ私を想ってる彼と、生き返った今の私は、もう同じじゃないって」
一拍置いて、続ける。
「それに、久我さんは私を『取り戻した』だけで、『選ばなかった』じゃないですか」
久我、反論できない。
「だから今は、私をちゃんと人として扱った人のそばにいたいなって。居座ります」
「却下」
即座にサヤカが口を挟む。
二人の視線がぶつかる。
サヤカは久我の腕を絡め取り、牽制するように言った。
「付き合うなとは言わないけど、この人、縁を切る才能が致命的にないのよね」
ユウキがドア口で一言。
「久我さん。また、女が一人増えましたね。報告書タイトルは『条件外例外による存在再定義事案』にしておきます」
「難しく言うな!……あーもう、婚活パーティー、二度と行かん!!」
蛍光灯が、今日も静かに唸っている。
条件外例外は、成仏しない。




