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探偵は胸を揉む  作者: リチャード裕輝
探偵は胸を揉む:『霊感(パイ)コメトリー・オブ・ザ・デッド』

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『憑依先、間違えました』

『憑依先、間違えました』


事務所の片隅で、ユウキは真っ青な顔で戦慄していた。 久我の背後には、ヘドロのような粘着質な負のオーラを放つ「何か」が、親の仇のようにべったりと張り付いている。


「久我さん……やっぱり、その背中の……『俺、女の胸、揉みてぇんだよぉ……』って四六時中耳元で囁き続けてるやつ、一刻も早く除霊したほうがいいですよ。事務所の空気が物理的に生臭いです」


久我は、ズズズと熱い茶を啜り、窓の外の虚空を見つめて静かに言った。


「ユウキくん。俺はこいつの声を初めて聴いた時、魂が震えるのを感じた」


「え、正気ですか? ただの煩悩の塊ですよ?」


「モテない男が抱く、揉みたいという切実な願望……。それは生存本能の根源であり、宇宙の真理だ」


久我の眼光が、かつてないほど哲学的かつ真剣に光る。


「俺もまた、非モテという名の底なし沼を独り歩む者。この同志を、冷たい霊界に追い返すことなどできまい。……おい、霊よ。俺に憑依しろ。俺の指先を貸してやる。あらゆる法的責任と社会的抹殺のリスクは、この俺が引き受ける」


(久我さんは超鈍感なだけで、サヤカさんやアオイさんから猛烈に惚れられてるのに……。本気で自分を『選ばれざる弱者』だと思い込んで、霊に共鳴してるのが一番のホラーだよ!)


エコー:『マジで……? あんた、聖人かよ……。地獄で仏、現世で変態。契約成立だぁ……』


第一、第二の刺客:理不尽な現実


ユウキは頭を抱えた。


「分かりましたよ! 責任を持って、こいつを満足させて成仏させられる『器』の持ち主を連れてきますから!」


ユウキが街中で必死の勧誘(という名の土下座に近い交渉)で連れてきた一人目の女性。 久我が右手を精密機械、あるいは外科医のような手つきで構えた瞬間、女性が「ひっ!」と短い悲鳴を上げて身を引いた。


「ちょ、ちょっと待ってください! 触らないで! 無理です!」


「……拒否か。差し支えなければ理由を」


「今日、給料三ヶ月分を叩いて買った、おろしたての最高級シルクブラをつけてきたんです! 誰の手垢もつけさせたくない、私だけの聖域なんです!」


久我は0.1秒で右手を下ろした。


「新品か。それは尊重されるべき不可侵領域だ。納車直後の新車に、素手でベタベタと指紋をつけるような無粋な真似は、俺の美学に反する」 霊:(おい! そこで納得すんなよ! 執念を見せろよ! 俺の欲望を美学で塗りつぶすな!)


「次です、次行きますよ!」


次に現れたのは、モデル級の美女。久我が一歩近づき、空間の湿度を計測するように指を動かすと、


「ストップ。絶対に無理」


「……何だ。貴様も新品か」


「違います。揉まれると豊胸がバレちゃうので! 入れたばっかりで、まだ形が安定してないんです! 私の3桁万円のシリコンが、あなたの指圧で変形したらどうしてくれるんですか!」


久我は深く、深く、深く頷いた。


「理解した。それは多額の投資によって維持されている造形美、いわば『動く芸術品』だ。メンテナンスに支障が出る行為は非合理的。回避すべき事案だ」


霊:(バレてもいいよ! 俺はシリコンだろうが何だろうが、その心意気を揉みたいんだよぉぉぉ!)


三人目の依頼人:残酷な階級社会


「今度こそ……今度こそお願いしますよ!」


三度目の正直。おずおずと現れた女性は、久我の無機質な視線に怯えながら言った。


「すみません、私、宗教上の理由で……厳格な教義により、結婚するまでは決して異性に触れられてはいけないのです……」


「そうか。教義は絶対だ。神との契約を破らせ、貴様の来世を汚させるわけにはいかない」


久我が一歩引いた、その直後だった。


「……あ、でも(隣にいるイケメン)ユウキさんなら、むしろ揉んでください! ユウキさんなら、なんだか浄化される気がします!」


「え、いいんですか?(チラッと久我を見る)」


ユウキは困り顔をしながらも、慣れた手つきで「失礼します」とそっと手を添える。


「……はぁ、ありがとうございます! ユウキさんなら徳が積めそうです! 私、救われました!」


感謝されながら徳を積む(揉む)ユウキと、虚空を見つめ、石像のように硬直する久我。


霊:(格差……! 霊界より、地獄の業火より残酷な格差を見た……! もう一度死にたい、死んでるけど、魂の原子レベルまで消滅したい……!)


ラストチャンス:サヤカの決断


夜の事務所。霊はすっかり意気消沈し、半透明の鼻水を垂らしながらシクシクと泣いている。 久我は少し考え、隣で優雅にコーヒーを淹れていたサヤカを見た。


「サヤカさん。このままでは同志が未練を残し、この世に留まり続ける。……君の、その、Eカップの黄金比と評される胸を、揉ませてくれ」


ユウキ「(終わった。不敬罪で事務所が血の海になる……)」


だが、サヤカはカップを置く手を止め、瞳の奥にどす黒い愛の炎を灯して妖しく微笑んだ。


(久我さんのため、そしてこの不浄な霊をさっさと満足させて消滅させ、二人きりになるためなら……)


「……致し方ありませんわね。これも久我さんのサポート、いわば業務の一環。さあ、存分に、むさぼりなさいな」


「感謝する」


久我は迷いなく右手を伸ばした。


一瞬の“ガチ”と、冷徹な真実


(……あ) 柔らかい。驚くほど、吸い付くように柔らかい。 久我は確信した。これはサヤカだ。この計算され尽くした弾力、内部から溢れる生命の波動。 久我は目を閉じ、指先の神経を一箇所に集中させ、まるでピアノの旋律を奏でるように動かした。


「密度、表面張力、内部温度……すべてがパーフェクトな個体だ。サヤカさん、君の母性は、もはや全宇宙を包摂するビッグバンそのものだな」


サヤカは顔を真っ赤にし、艶っぽい吐息を漏らしている。 ユウキが涙ぐむ。


「久我さん……ついに。まさかの感動回じゃないですか。……もう二人結婚しろよ!」


霊も、聖歌を聞いたかのような悟りを開いた声で言った。


『生まれ変わったら、僕は……僕は、こんな優しい手に包まれる……人間になりたい……。ありがとう……あばよ……』


だが。 久我の指先が、0.1ミリの違和感を捉えた。


「……ん? 拍動がない。というか、接合部の縫い目の強度が、通常の皮膚組織ではありえない数値だ」


「……サヨコやん」


久我の愛用人形「サヨコ」が、サヤカの膝の上に絶妙な角度で配置されていた。


久我は淡々とサヨコの胸の弾力を、物理学的な検分として再確認した。


「俺のダッチワイフ、サヨコ。……サヤカさん、これをどうしたんだ。以前より、その、質感が著しく向上しているが」


サヤカは、勝利者の微笑みで言い放った。


「ええ。かなり使い込まれて、胸もシワクチャ、あちこちガバガ……いえ、緩くなっていましたから。私が責任を持って、胸の硬さから肌のキメ、毛穴の密度まで、私自身の生体データを完全にトレースさせて改修しましたの。 触り心地、温度、吸い付き……今の彼女は、物理学的に私そのものですわ」


久我も霊もフリーズした。


「……え? これ、人形なの……? 人間と、サヤカさんと遜色ない……というか、サヤカさんのクローン……?」


二段オチ:サヨコの覚醒


次の瞬間、成仏しかけていた霊の姿が、シュルシュルとサヨコの内部へ吸い込まれていった。 代わりに、久我の手元にある人形サヨコの目が、ピクリと動いた。 「……クガ……サン……」 サヨコの口が、サヤカの声そっくりに、ギギギ……と不自然に、しかし艶かしく動く。


「……霊、そっちに引っ越したな。完全に定着したぞ」


サヨコ(中身・霊)が、久我の手に頬ずりしながら、恥じらうように言った。


『……すみません……。女性に拒否され続けて……。揉む側より、久我さんに揉まれる側になりたくなったんです。ここなら……公認で、ずっと一緒にいられますよね……?』


ユウキが床に座り込み、虚空を指差した。


「今日……実質的に誰も触れてないのに、今までで一番ややこしくて、一番ホラーな結末じゃないですか!! つーかサヤカさん、自分のスペアを作るな!!」


エンド


久我は、人形(霊入り・サヤカ仕様)の頭を優しく撫でた。


「願望は……斜め上の形で叶ったな。いいだろう、今日からお前は家族だ。サヨコ2.0と命名する」


人形の霊は、頬のLED(サヤカが増設したと思われる)をピンク色に発光させた。


『……はい。変態的な満足ですが……悪くないです……。クガさん、もっと優しくメンテナンスしてください……』


サヤカは、生命の宿った「自分のコピー」を愛おしそうに、そして獲物を狙う蜘蛛のような不気味な微笑みを浮かべて抱き締め直し、一言。


「サヨコさんはこれで、本当の意味で私の分身になったわ。久我さんの夜のお供としても、私の監視の目としても……完璧ですわね」


久我は、いつもの無表情で今後の業務計画を口にした。


「よし。霊が定着したのなら有効活用しよう。昼は事務所の受付2号として、不審者を呪い殺す仕事を与えよう。そして夜は……」


「夜は……?」


と、ユウキが恐る恐る尋ねる。


「僕の技術研鑽の相手だ。ユウキくん、次の依頼だ。この人形用の『勝負ブラジャー』を買いに行くぞ。新品の、最高級のやつをな」


「もう、一人で勝手にパンティも一緒に買ってこいよおおおお!!」


ユウキの絶叫が夜空に消え、事務所には「サヨコ」と「サヤカ」の、二重奏のような不気味な笑い声だけが響き渡った。


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