表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
探偵は胸を揉む  作者: リチャード裕輝
探偵は胸を揉む:『霊感(パイ)コメトリー・オブ・ザ・デッド』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

75/126

第14話:山奥の微熱、あるいは最も美しい罠

第14話:山奥の微熱、あるいは最も美しい罠


「久我さん。悪霊に取り憑かれた少女の除霊依頼です。彼女の母親から依頼されました。右手、お願いします」


「だから言い方!! せめて“神聖な儀式”感を出してよ!!」


霧が立ち込める山奥の洋館が、彼らを待ち受けていた――深い霧に包まれた山奥。


ポツンと佇む古びた洋館に、久我たちはいた。 目の前には、一人の美少女「愛鈴(あいりーん)」。しかし、青白い肌に落ち窪んだ目、歪んだ口元。整った顔立ちなのに、思わず一歩引いてしまうほどの“不気味な表情”。そして、その喉から漏れるのは、地獄の底を這いずるようなガラガラの濁声だった。


「……遠くから来たんだろう? 疲れているはずだ……。奥で休んでいけ。温かいコーヒーでも淹れてやろう……」


「フン、その手には乗らないぞ。悪霊め。コーヒーに何を混ぜる気だ? 丁重に断らせてもらう!」


久我は珍しく、除霊師らしい毅然とした態度で言い放った。


「……さあ、久我さん、除霊を」


「言い方!! もう少しこう、神聖さとか――」


ぶつぶつ言いながらも、久我は覚悟を決めて彼女の胸元へと右手を伸ばした。


もにゅ。


「え……?」


指先から伝わってきたのは、邪悪さの欠片もない、拍子抜けするほど穏やかで、あたたかい感触だった。


(……あれ?祓えない。霊の反応が……ない?)


その代わりに、じんわりと胸に広がってくる感覚がある。


(……優しい。怖がりで、気を遣いすぎて……ああ、なんだこの子……めちゃくちゃいい子じゃないか……)


と、同時に――少女の周囲にどす黒い霊気が渦巻き、彼女の不気味だったはずの表情が魔法のように一変したのだ。 険しい瞳は潤んだ大きな瞳へ。歪んでいた口元は、愛らしい微笑へ。声は鈴を転がすような、甘く澄んだ声に変わった。


「きゃっ! この変態、いきなり何すんのよ! 胸触ったわね!」


「エッチ! 死んじゃえ! 今すぐ取って食ってやるわよ、このド変態!」


頬を赤らめて怒鳴る彼女の姿は、あまりにも……あまりにも可愛すぎた。


「……食われたい」


久我は呆然と呟いた。


「この子になら、もういっそ食われて本望だよユウキ! こんなに可愛い子を、どうして除霊なんてできるんだ!」


「久我さん。惑わされないでください。再度サイコメトリーを。今、彼女の深層で力が動きました」


ユウキの言葉に促され、久我は震える手でもう一度、彼女の深層意識へとダイブした。 今度は指先から、突き刺さるような鋭い痛みが伝わってくる。


『……やめて。痛いの。……苦しいのよ……助けて……っ!!』


少女の可愛い皮を被った内側で、邪悪な霊的エネルギーが、彼女の魂をギリギリと締め上げている。久我が力を込めれば、悪霊は消滅するだろう。


(……痛い?待て……今のは……反応がある。効いてる……? どういうことだ……)


だが――


久我は、その顔を見つめて、喉を鳴らした。


「……」


頬を赤らめ、涙を浮かべて、必死に耐えているその表情が――


ただどうしようもなく、可愛かった。


「……やっぱり、無理だ」


「ごめん……できない。こんな可愛い子を、僕には傷つけるなんて……」


久我は、指先を離した。


久我が手を引くと、少女の顔から生気が消え、再びあのガラガラ声が戻ってきた。


「……終わったのか?」


「また出たな悪霊め! 引っ込んでいろ!」


久我は嫌悪感を露わにして怒鳴りつけた。しかし、少女は困惑したように顔を歪める。


「……何言ってるんだ」


「とぼけるな! 貴様が本体を乗っ取っている悪霊だろう!」


「私を……悪霊だと? だからか、どうにもさっきから会話が噛み合わなかったわけだ。……私が、愛鈴あいりんだぞ」


久我は嘲笑した。


「お前みたいな不気味な顔と、そのガラガラの声が悪霊でないはずがないだろう!」


「……だから、私はこういう顔の人なの。生まれつき、こういう声の人なの……っ!」


少女の悲痛な叫びに、久我の心臓がドクリと跳ねた。


(……待て。だからか。だから、サイコメトリーをした時、この『ガラガラ声』の時の質感はあんなに純粋で良い子だったのか? ……だとすれば、あの可愛い声の、愛くるしい反応をしていたあいつの方が、邪悪の塊だったのか……!?衝撃的(インパルス)だ)


久我が己の過ちに気づき、顔を血の気が引いたように青ざめさせた。 しかし、時すでに遅い。少女――愛鈴は、もはや久我に期待することをやめた。


「……悪霊と対峙してくれたようだが、どうやら無理だったようだな」


少女は力なく笑い、自嘲気味に呟いた。


「……難しいものだ。だがな、悪霊に取り憑かれて、から……なぜかお父さんは優しくなったし、男たちは、以前よりもずっと私に優しく、モテるようになったんだよ」


彼女は久我の目を見据え、氷のように冷たい微笑を浮かべた。


「放っておいてくれ。もう、このままでもいいのかもしれない。……私の中にいる化け物よりも、私を『食い物』として見るお前たち男の方が、よっぽど恐ろしい悪魔なんだから」


静寂が部屋を支配した。 久我は何も言い返せず、ただ立ち尽くした。


霧の向こうで、愛鈴はもうこちらを見ていない。

最初から期待などしていなかったかのように、静かに踵を返す。


その背中に、久我は一歩も踏み出せなかった。


拳を握りしめ、歯を食いしばり、それでも何も言えずに。


――その時。


ユウキが、ほとんど独り言のように、低く呟いた。


「……救えないのは、霊だけじゃないですね」


久我の胸に、その言葉が冷たい刃のように突き刺さる。


(……ああ、そうか)


救えなかったのは、悪霊だけじゃない。

少女も。

そして――自分自身も。


霧が、すべてを飲み込んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ