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探偵は胸を揉む  作者: リチャード裕輝
探偵は胸を揉む:『霊感(パイ)コメトリー・オブ・ザ・デッド』

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第11話:亡者からの着信、あるいは混線の詐欺師

第11話:亡者からの着信、あるいは混線の詐欺師


ミオが光となって消え、温い余韻だけが残されたラブホテル『Hotel Re:Birth』203号室。 久我とユウキは、まだ互いの背中を抱き合ったまま、静寂の中にいた。


「……なぁ、離れよ。なんか……色々誤解される」

「誤解ではありませんよ。実際に抱き合ってましたから」


そんな、しんみりとした空気を切り裂くように、枕元の固定電話(内線)がけたたましく鳴り響いた。


「……ふぁ!? な、なんだよ、フロントからの催促か?」


「延長しませんか」


「ユウキくん、どさくさに紛れて何を言ってるんだ!?」


久我は慌ててユウキから離れ、受話器を取ろうとした。その時、背後の扉が音もなく開き、サヤカが部屋に入ってきた。


「……お待ちなさい、久我様。その電話に出てはいけません」 サヤカの瞳は、メイド幽霊を射抜いた時以上の「絶対零度」を保っている。


「サヤカさん!? いつからそこに……」 「この部屋には、ミオという個体とは別に、『回線に巣食う古い怨念』が居着いています。ホテルで男たちが失神していた真の理由は、この電話です。受話器を耳に当てた者の魂を、回線経由で直接引きずり出す……極めて悪質な個体です」


「……久我さん、名誉挽回のチャンスです」


ユウキが全裸にシーツを巻き直しながら、真剣な眼差しで久我を見つめる。


「受話器越しに、その怨念を受け止めてください。僕が、隣で支えますから」


「……分かったよ。除霊師として、ケリをつけてやる」


久我は覚悟を決め、受話器を取った。同時に、除霊のために右手を電話機本体に添える。


「……もしもし。久我だ」


『……ぁ……が……く……が……くん……。……ゆる……さない……』


受話器から漏れるのは、氷を啜るような女の啜り泣き。ミオとは違う、重くどろりとした霊圧が、受話器から久我の腕を伝ってくる。


「……この執念、俺の右手のサイコメトリーで正体を暴いてやる!」 久我が右手に力を込めると、電話のコードが蛇のようにうねり、黒い液体が滴り落ちた。


霊『……ぁたしを……はらませて……にげた……。……おまえ……おなじ……においがする……』


「……はらませて逃げた? 心当たりはねぇが……その悲しみ、俺が受け止めて――……あ、ふぁ!?」


久我は絶望に顔を歪めた。


「……そうだった! 俺の能力、『直接触れた時の質感』で除霊するやつだった……! 電話越しじゃ、胸どころか肩も触れねぇ! 何もできねぇじゃん!!」


「……プッ、ククッ……」


横でユウキが口元を抑えて肩を震わせる。


「久我さん、またですか。電話越しにセクハラ除霊を試みようとして失敗するなんて、最高に無様ですね」


「笑うな! サヤカさん、代わってくれ! あんたの圧倒的正妻霊圧なら、電話越しに消せるだろ!」


「承知いたしました。不衛生な回線ごと、私が清掃――」


サヤカが受話器を奪おうとした、その瞬間。


久我の右手がカッと熱を帯びた。暴走したサイコメトリーが、霊の「執着」に関連する外部の電話回線を強引に引き寄せてしまったのだ。


『……あ、もしもし? 俺、俺だよ! ああ……やっと繋がった……!』


突如、内線に割り込んできたのは、ひどく狼狽うろたえた男の、生々しい肉声だった。


「……は? 俺って誰だよ。……田中(仮)か?」


『そう、田中だよ! 悪い、急に。実は、本当にヤバいことになっちゃって……。女性を妊娠させちゃって、示談金が必要なんだよ! 三百万、今すぐ用意してくれないか!?』


久我は驚愕した。「田中ぁ!? 同級生の田中か?お前、あの奥手だった田中が……! 待て、お前そんな声だったっけ?」


ユウキが横から冷めた声でツッコむ。「……久我さん、ピュアすぎませんか? 彼の名字、田中じゃなくて佐藤かもしれませんよ」


「えっ!? あ、もしもし田中? お前、佐藤じゃなかったっけ?」


『……えっ? ああ、そう! 名字変えたんだよ、色々あってさ! それより金だ! 一生のお願いだぁ!』


必死に畳みかける「佐藤(自称田中)」の声に、女の霊の声がガッツリと重なった。


霊『……ぁたしを……はらませて……にげられると……おもったの……?』


詐欺師『……え? 示談の話? そうだよ! だから今、必死に友人に金を用意させてるんだよ!』


霊『……しだん……? ゆるさない……。おまえの……はらわたを……くらいつくして……』


詐欺師『はらわた? 腹が減ってるのか? 贅沢言うなよ! 三百万入ったら、腹一杯美味しいもん食わせてやるからさ! だから落ち着けよ!』


久我「待て佐藤! 会話が成立してる!? 霊の呪いと、お前のその雑な詐欺設定が、示談金の交渉でガッチリ噛み合ってるんだけど!?」


ユウキはついに堪えきれず、サヤカの背後に隠れて爆笑している。


「ハハッ! 面白すぎます……! 詐欺師の嘘が、霊の怨念と奇跡のお見合いを……! 久我さんの右手が、最悪の縁結びをしてしまいましたね!」


霊『……ゆるさない……。いまから……おまえのところに……あいにいくからな……』


詐欺師『ああ、来いよ! 待ってるぜ! 金、ちゃんと用意して待ってろよな!』


霊『……いく……。こどもも……いっしょに……いくからな……』


詐欺師『子供も!? ……分かったよ、まとめて面倒見てやるから、早く場所教えろよ!』


久我「佐藤! 行っちゃダメだ! 相手、妊婦じゃなくて本物の幽霊だぞ!!」


『……あ? 久我、何言って……。え、てか、誰だお前!? さっきから女の声が……。うわ、なにこれ、公衆電話のボックスの周り、バスタオル一枚の女が……逆さまに……ギャァァー!!』


ブツッ。


冷たい電子音と共に、回線は切れた。


「……終わりましたね。自業自得です」 サヤカが冷静に、受話器をフックに戻した。


静まり返るラブホテルの一室。 久我は、自分の熱を持ったままの右手をじっと見つめた。


詐欺師が霊に連れて行かれた。それは確かに自業自得なのかもしれない。 だが、自分の右手が引き合わせた結末は、除霊師として果たして正解だったのだろうか。


「……なぁ。俺、ただ右手のせいでややこしくしただけじゃないのか。結局、誰も救えてない気がするんだけど」


久我の呟きに、ユウキは笑うのをやめ、少しだけ穏やかな表情で答えた。


「……。結果として、被害者は増えませんでした。それも一つの、除霊の形ですよ。帰りましょう、久我さん」


朝日が差し込むラブホテルの前。 サヤカの運転する車に乗り込みながら、久我は言いようのない複雑な思いを抱えたまま、遠ざかる『Hotel Re:Birth』のネオンを眺めていた。


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