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探偵は胸を揉む  作者: リチャード裕輝
探偵は胸を揉む:『霊感(パイ)コメトリー・オブ・ザ・デッド』

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第10話:ラブホテルの微熱、あるいは未練の抱擁

第10話:ラブホテルの微熱、あるいは未練の抱擁


深夜。

山奥の除霊を終えた帰り道、高級セダンの車窓から久我とユウキは国道沿いのネオンを眺めていた。

運転席では、完璧な所作でハンドルを握るメイド・サヤカが、バックミラー越しに鋭い視線を送っている。


「……急に、休憩ってどうです?」

ユウキが指さした先には、場末感溢れるラブホテル『Hotel Re:Birth』。


「いや待て。何その名前。蘇生系じゃん。絶対ろくな霊いないぞ」


「案の定、依頼来てます。最近――男だけが連続して失神して運び出される怪現象が起きていると。休息と仕事。両立こそ現代除霊師の最適解です」


「お前……今絶対ワクワクしてるだろ」


そう言って車を降り、スタスタ入ろうとするユウキの腕を、久我は慌てて掴んだ。


「待て待て待て!!! なんでお前が入る前提なんだよ!」


「なぜです? 一緒に休憩しましょうよ」


「だから3Pとか嫌なんだよ!!」


「えっ……私は、久我さんと2人がいいですけど……? 女の幽霊がいたら……指導は少しお手伝いしますけど」


「その“指導”が一番危ねぇんだよ!!!」


そのやり取りを冷ややかに見ていたサヤカが、絶対零度の声で告げる。


「……久我様。メイド喫茶での醜態に続き、今度はラブホテルですか。不衛生極まりありませんが、坊ちゃまがそう仰るなら仕方ありません。……私は外で結界を維持し、監視します。久我様、誘惑には負けないように。万が一、坊ちゃまの柔肌に不浄なものが触れれば、貴方の右手ごと『切除』いたしますので」


「フラグしか立ってねぇ……!」


久我はため息をつきながら、しぶしぶホテルの自動ドアをくぐった。



ロビー


自動ドアが、ぎこちない音を立てて開いた。


ロビーは無人。

受付カウンターには、ベルだけがぽつんと置かれている。


チン、とユウキが鳴らす。


……返事はない。


代わりに、天井のスピーカーがノイズ混じりに囁いた。


『……いらっしゃいませ……お二人様……』


久我「うわっ、今の絶対生身じゃないだろ」


ユウキ「ええ。声帯が二重ですね。重なってます」


久我「何そのホラー診断」


カウンター奥の鏡に、一瞬だけ“誰か”の影。

瞬きの間に、消える。


久我「……なぁ、もう帰らない?」


ユウキ「来ましたね。今の“帰りたい”は、完全にフラグです」


久我「立てるな!! フラグを立てるな!!!」


床に落ちているのは、折れたハイヒールと、男物の靴。

無造作に並べられ、まるで――脱ぎ捨てられた遺留品。


久我「……なぁ、これ……」


ユウキ「はい。運び出された“男だけ”の残り香ですね」


久我「言い方!! 言い方が怖い!!」


奥の廊下のランプが、じわりと赤く点灯する。


『……203号室……どうぞ……』


久我「誘導が丁寧すぎて逆に怖いんだけど!!」


ユウキは静かに笑う。


「大丈夫ですよ、久我さん。……死ぬ時は一緒です」


久我「やめろ!!! なんでそういう優しさなんだよ!!!」



◆ 203号室 深夜1時12分


部屋は妙に蒸し暑く、湿った空気が肌にまとわりつく。

湯気のような白い霧が、薄く床を這っていた。


入った瞬間、甘い香りが鼻をつく。

香水でも、シャンプーでもない――どこか懐かしい匂い。


久我「……誰か、さっきまでいたよな」


ユウキ「ええ。温度が残っています。……しかも、待っていた温度です」


久我「なにそれ怖い」


ベッドの上には、きちんと畳まれたバスタオル。

使われた形跡はないのに、ほんのり湿っている。


久我「……おい」


ユウキ「ええ」


カーテンが、誰も触れていないのに揺れる。


浴室の方から、かすかな水音。


ぽたり。

ぽたり。


「……来るな。これは絶対に来るやつだ」


久我が腰を下ろした瞬間――


「こんばんは……迷い込んできたの?」


柔らかな声と共に、浴室の扉が開く。

濡れた黒髪の少女が、バスタオル1枚の姿で現れた。


白い肌。儚げな瞳。

だが、背後には淡い青の霊気がたゆたっている。


「……ミオ、です」


その名を口にした瞬間、久我の胸に微かな痛みが走った。

床に落ちているスマホ。画面には、送信されないままのメッセージ。


《好き。今日こそ言う》


日付は、数年前のまま止まっている。


(……ああ。待ってたんだな)


「怖がらなくていいよ……久我くん」


ミオは涙を浮かべ、そっと久我の頬に触れた。

その指先が、やけに冷たくて、やけに優しい。


「制服のまま……ここで……ずっと……」


久我の喉が鳴る。


(……この人を救えるなら、なんだっていい)


久我は吸い寄せられるように――ミオの唇へ触れた。


甘く、震える、永遠に残るキス。


だが次の瞬間、唇を通して凍える感覚が身体の奥へと侵食する。


「くっ……魂を……吸ってるのか……!」


ミオの瞳に、狂おしい光が宿る。


「ごめんね……もっと一緒にいたかったから……

 だから、久我くんも私と死んで……」


完全にミオの術中。久我は本心で、少しだけ――その結末を望んでしまった。


(……ここで終わるのも、悪くないかも)



「――離れろ!!!」


ユウキが久我の腕を掴み、力任せに引き剥がす。同時に霊符が宙を舞い、ミオとの間に結界が張られる。


「彼は渡さない。……あなたの未練は、彼を道連れにするものじゃない!」


ミオは涙をこぼす。その涙の粒は、光の欠片になって消える。


「……ユウキくん。素敵……あなたも一緒に……導いて……?」


ミオは二人の手を取り、胸元へ添えた。


「……私を成仏させて。二人の力じゃないと、もう……帰れないの」


久我とユウキは視線を交わし、無言で頷いた。


久我の右手が、ミオの心臓に重なる。ユウキの温かな左手が、その上に重なる。


一つの想いを、三つの鼓動で包む――


ミオの身体が柔らかな光に満たされていく。


「ありがとう……恋を知った私、幸せだったよ……」


最後にミオは、二人にそっとキスを落とした。

唇ではなく、心に届く「別れのキス」。


薄れていく姿の中で、彼女は笑った。


「ねぇ久我くん。恋って、すごいね。死んでも、生きられるんだよ──」


光の花びらが舞い、ミオは静かに空へ、帰っていった。


久我は呟く。


「……届いてたよ。全部。」


ユウキは穏やかに笑う。


「ええ。きっと、笑ってます」


(恋は、霊魂すら救う)



余韻


ミオが消えたあと、部屋の空気だけが、取り残されたように揺れていた。


ベッドのシーツに、小さな水滴。涙か、霧か、それとも――


久我はそれを、指でなぞる。


もう、冷たい。


久我「……ほんとに、いなくなったんだな」


ユウキは答えず、ただ天井を見上げていた。その瞳は、少しだけ潤んでいる。


久我「……お前、泣いてる?」


ユウキ「いいえ。……ただ、羨ましかっただけです」


久我「何が」


ユウキ「想いを、ちゃんと伝えられて」


一瞬の沈黙。


静かすぎる部屋。甘い香りと蒸気だけが、まだ漂っている。


久我とユウキの腕は、まだ互いの背中を抱いた形のまま。


……ミオが真ん中にいた痕跡。


久我「…………」


ユウキ「…………」


久我「……なぁ、離れよ。なんか……色々誤解される」


ユウキ「誤解ではありませんよ。実際に抱き合ってましたから」


久我「正論が一番刺さるんだよ!!」


勢いよく離れようとした久我、しかし足がふらつき、またユウキの胸に倒れこむ。


バシンッ(素肌と素肌の音)


久我「ぅわあああ!! 今のは事故!!」


ユウキ、さりげなく支えながら囁く。


「大丈夫ですよ。僕は……嫌じゃないですから」


久我「やめてそういうセリフ言わないで!? 僕の精神が保たない!!!」


それでも――

胸の鼓動がまだ速いのは、

さっきまで“誰か”を本気で抱きしめていた証。


そのぬくもりだけが、久我とユウキを繋ぎ止める。


久我、ぽつりと呟く。


「……ミオ、ちゃんと成仏できたかな」


ユウキは少しだけ微笑んだ。


「最後のあの笑顔を、僕たちは感じたでしょう? なら、大丈夫ですよ」


久我は目を閉じた。

彼女の残り香が、まだ頬に。


そして気づく。


――ミオがいなくなっても、腕の中には誰かが残っている。


久我「……ってかいつまでくっついてるんだよ。離れろよ」


ユウキ「はい。久我さんが離すまで」


久我「やめろって!! なんで僕が主体みたいになってるんだ!!」


言い争いながらも、腕はなかなか離れなかった。

互いに裸のまま――しばらく、温もりを共有していた。



サヤカ乱入


その時、音もなく扉が開いた。


「……お楽しみ中でしたか」


そこには、銀のトレイに載せたキンキンに冷えたタオルと消毒液を持ったサヤカが立っていた。

その瞳は、氷点下。感情ゼロ。殺意だけが澄んでいる。


久我「(絶叫)サヤカさん!? 違うんだ、これは事故で、不可抗力で……!」


サヤカ「……。なるほど。除霊にかこつけて、坊ちゃまと裸で抱き合い、生命エネルギーの交換……。不潔です。病原菌です。公害です。久我様、軽蔑いたします」


ユウキ「(久我の肩を抱き寄せたまま、堂々と)サヤカさん。何を驚いているんですか。……愛し合っていて何が悪い。男同士だからと、差別でもするつもりですか?」


久我「お前が燃料投下してどうするんだよ!!! 違うだろ! 今のは除霊だろ!?」


サヤカ「パシャリ(スマホのシャッター音)。……旦那様に報告します。

『坊ちゃまは、真実の愛をラブホテルで見つけられました。お相手は例の不潔な男性です。現在、素肌密着中。衛生危険度S』と」


久我「やめろぉぉぉ!!! それだけは勘弁してくれ!!」


サヤカ「……では久我様。責任を取って、今夜からお屋敷で私の『特別消毒再教育フルコース』を受けていただきます。まずは煮沸。次に塩。最後に精神消毒。逃走は許可しません」


久我「怖い!! ワードが全部怖い!!」


サヤカは一歩踏み出す。その足音が、やけに重い。


サヤカ「坊ちゃま。トランクに予備の拘束具……いえ、毛布がございます。不潔な久我様を包んで運びます。抵抗した場合は、気絶させます」


久我「さらっと物騒なこと言うな!!」


サヤカの視線が、久我の右手に落ちる。


サヤカ「……ちなみに。最初に申し上げましたね。

坊ちゃまの柔肌に不浄なものが触れれば、右手ごと切除と」


久我「待って!? それまだ有効なの!?」


サヤカ「ええ。今もです」


久我「助けてユウキ!!」


ユウキ「……ご武運を」


久我「裏切るな!!!」



やがて、朝日が差し込む。


ミオが教えてくれたもの。

触れた温かさ。

奪われなかった命。


そして――


ラブホには、裸で抱き合う男を「捕獲」しようとするメイドが残った。


救われた魂は確かに存在したが、

久我の魂はこれから屋敷で削られることになる。


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