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探偵は胸を揉む  作者: リチャード裕輝
探偵は胸を揉む:『霊感(パイ)コメトリー・オブ・ザ・デッド』

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第7話:恋するポルターガイスト、あるいは想いは身体を通して届く

第7話:恋するポルターガイスト、あるいは想いは身体を通して届く


夜の学生アパート。外灯の薄い光が、窓際の花瓶をかすかに照らしていた。 静寂が支配する室内で、依頼人・千尋ちひろは膝を抱え、泣きそうに瞳を震わせている。


「最近……寝てると、誰かが勝手に部屋に入ってきて、キスしてきて……。それに……胸も、触られてるみたいで……」


久我奏太は深刻な面持ちで、必死に探偵としての理性を保ちながら頷いた。


「……下、そっちも、ですか?」


千尋は真っ赤になって俯き、細い指先でシーツをぎゅっと掴んだ。


「……濡れちゃって……嫌なのに……怖いのに……身体が、勝手に熱くなって……変な声が漏れちゃうんです。自分が自分じゃないみたいで……」


気まずい空気が漂う。久我の脳裏には、いつものインカムにいる男の顔が浮かんだ。


『生霊でしょうね。誰かの想いが強すぎて、肉体から抜け出してしまった。愛が暴走したケースです』

インカムから、 ユウキの声が響く。だが、その声はいつもより不機嫌そうだ。


『……くっ、このシュノーケル男の霊、しつこいですね。私の背中に張り付いて離れない。久我さん、そちらは任せましたよ。一緒に添い寝してあげてください笑。私はこの“視線”を撒くのに時間がかかりそうです』


(別に一緒に寝るつもりは毛頭ないが、ユウキくんに任されたからには……仕方ないよな!)


久我は、今夜は「寝守り警護」として彼女の隣に布団を並べた。 すると、千尋が震える手で、おずおずと怯えた子猫のように久我の袖を引いた。


「久我さん……怖いので、手を繋いでて良いですか……?」


「えっ!? あ、あぁ……もちろんですよ!」

久我の心臓は、今度こそ爆発した。暗闇の中、千尋の柔らかく温かい手が、久我のゴツゴツとした手を包み込む。


(……きた。ついにきたぞ! 守るべき女性と手を繋いで一夜を明かす。これぞハードボイルド探偵の真骨頂!)


久我は鼻の下を伸ばし、一生このまま朝が来なければいいとさえ願っていた。


深夜。繋いだ手から伝わる千尋の体温に、久我がうとうとし始めたその時だった。 部屋の空気が一変した。窓は閉まっているはずなのに、床を這うような不気味な冷気が久我の肌を撫でる。 暗闇の中、久我の布団の上がモゾモゾと不自然に波打った。ついに「それ」が現れたのだ。 だが、暗闇で執念に目が眩んでいたのか、生霊は何を勘違いしたのか、千尋ではなく久我の布団へと潜り込んできた。


「……んっ!? う、うわぁああ!?」


見えない強引な指が、久我の胸板を執拗に弄り、さらにはパジャマの隙間から股間へとダイレクトに伸びてくる。


「(ひっ、気持ち良い……! いや、ダメだ! 僕は男だぞ! 相手は男の生霊だぞ!)」


久我は悶絶し、快感と恐怖の狭間で身悶えしながらも、必死に叫んだ。


「ここを触るな!!! 対象が違うだろ!!!」


霊は一瞬動きを止め、ハッとしたように久我の顔を至近距離で覗き込んだ。


『……ア、千尋サンジャナイ。お兄サン、ゴメンナサイ……』


消え入りそうな謝罪が聞こえたかと思うと、霊は慌てて隣の布団――千尋の方へと飛び移った。


「やぁっ……! あぁ……んんっ……!」


千尋が短い悲鳴を上げる。繋いでいた手が離れ、彼女の身体が浮き上がった。 霊の見えない指が、彼女の襟元から強引に入り込み、豊満な膨らみを深く、ねっとりと揉みしだき始めた。 柔らかな胸の肉が、指の形に深く窪み、押し潰されて形を変えていく。


「んんっ……そこ……触っちゃ……っ、あぁ……!」


千尋の白い首筋に汗が滲む。苦しそうな、しかし抑えきれない甘い吐息が漏れる。


久我は鼻血を抑え、覚悟を決めて叫んだ。 「千尋さんを苦しめるな!!! ……胸に触って“心を読む”のは俺の仕事だ!!!」


『最悪の宣言ですよねそれ!!!?』


インカムからユウキの鋭いツッコミが飛ぶが、久我は止まらない。久我は右手を千尋の熱を帯びた胸元へ沈めた。


もにゅ。


その瞬間、久我の右手に爆発的な情報の濁流が流れ込む。 千尋の肉体には、男の生霊が重なり、融合していた。久我のサイコメトリーは、「千尋の心の奥底で疼く秘めた快感」と「取り憑いた男のドロドロした独占欲」、その両方を同時に暴き出した。


(……伝わってくる)


講義室の窓際で、彼女を盗み見るように俯いていた青年の姿が、記憶の奥で揺れた。生霊の正体は、同じ大学の青年。自信のなさゆえに魂だけを飛ばしていた。そして千尋もまた、心の奥底では彼を求めていた。


「おい青年! 君、千尋さんのことが本当に好きなんだな! ……千尋さん、君だって彼のことが気になってたんだろ? こんな形で触れ合うんじゃなくて、ちゃんと向き合え!」


久我の熱いエールを受け、青年は光となって自分の肉体へと帰っていった。


「久我さん……ありがとうございます……!」

衣服を乱したまま、千尋が感極まった表情で久我に再び飛びついた。


「久我さん。すごいです。感謝です……!」

ギュッと抱きしめられ、久我の腕の中に柔らかい感触と甘い香りが広がる。久我はニコニコと鼻の下を伸ばし、人生最高の瞬間を噛み締めた。


だが、その瞬間だった。


バタンッ!


「遅れました。助手のユウキです」

月光を背負い、圧倒的なオーラを放ちながらユウキが入室してきた。 ユウキが爽やかに微笑んだ瞬間——


千尋は、一瞬だけ久我を見た。

だが次の瞬間、その視線は吸い寄せられるようにユウキへと移った。


「…………!(ドキッ)」


彼女は久我を置き去りにして立ち上がり、あろうことかユウキの胸元へと駆け寄って抱きついたのだ。


「ユウキ……さん……! あなたが、久我さんを呼んでくれたんですよね?」


「ええ。彼なら救ってくれると信じていましたから」 ユウキがキラキラと後光を放ちながら答える。千尋の顔は久我の時よりも赤く染まっていた。


「ユウキさん……! ユウキさんが久我さんを呼んでくれたおかげで、私救われました……! ユウキさんにお礼、いっぱいたくさんしたいです……!」


久我は、空っぽになった腕を差し出したまま、絶望に凍りついた。


「……ふぁっ!? お、お礼を言われる相手も、抱きつく相手も、完全にすり替わったぁああ!! さっきまで僕と手を繋いでたよね!? 抱きしめてたよね!?」


「魅力差ですね」

背後から現れたサヤカが、冷徹なトドメを刺した。


ユウキに抱きつきながら、千尋は久我の存在を思い出したかのように視線だけを向けた。


「……あれ? 久我さん、まだいたんですか?」


「えっ、いや……僕、今まさに君を救って……!」


「もう帰ってもらっていいですよ? 私、今からユウキさんと――忙しいんです♡」


久我、即死。


ユウキの胸に頬をすり寄せる千尋に、久我は震えながら食い下がった。


「ま、待って! 僕たち、さっきまで手を繋いで……!」


「え? あれ久我さんだったんですか?」


久我、二度死。


「てっきりユウキさんが守ってくれてるのかと……。久我さんの手、その……ゴツくて可愛くないので」


「そうそう。人違いで感動してた自分が恥ずかしいです」


久我、致命傷。


千尋はユウキの腕を取り、「次は二人きりでお礼させてくださいね♡」と夜の廊下へ消えていった。 ユウキが振り返り、慈悲深い神のような声で告げる。


「久我さん。あなたは立派でした。……さあ、一人で寝てください」


寝られるか。


久我の握った拳から、ゆっくりと希望が零れ落ちていった。


数日後:事務所


ユウキがスマホを掲げる。


「久我さん、千尋さんからメッセージです」


『彼に告白されました。でも、お断りしました。「あの夜、久我さんを紹介してくれた世界で一番かっこいい人に出会ってしまったから、貴方とは付き合えない」って……。ユウキさん、今夜も空いてますか?』


久我は机を叩き割りながら絶叫した。


「お前かぁあああああ!!!! 両想いだった二人の純愛を、一瞬で更地にしてんじゃねえええ!!!」


ユウキは優雅に紅茶を啜る。


「人気者は、罪深いなぁ♪」


「地獄に落ちろォ!! 変態シュノーケル男に一生見守られてろ!!」


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