第3話:放課後の便所飯、あるいは時空を越えた餅つき
小説:『霊感コメトリー・オブ・ザ・デッド』
第3話:放課後の便所飯、あるいは時空を越えた餅つき
夜の小学校。静まり返った廊下に、久我の悲痛な叫びが響く。
「ユウキくん、無理だって! 相手は『トイレの花子さん』だぞ!? 倫理的にも法的にも、僕の人生が社会的死を迎える!」
「久我さん、何を躊躇しているんですか。相手は幽霊、つまり死後数十年が経過したエネルギー体です。法律の適用外ですよ。さあ、一揉み(ひとしごと)してきてください」
ユウキに容赦なく背中を蹴られ、久我は三番目の個室の扉を開けた。そこには、おかっぱ頭の少女がうずくまっていた。
「……出られないの。ずっと、ここから……」
少女の独り言を聞き、久我は胸を痛めた。
「そうか……空襲か何かで、トイレに閉じ込められたまま亡くなったのか。可哀想に……。よし、僕がその未練(核)、受け止めてやる!」
久我は覚悟を決め、少女の胸元へと右手を伸ばした。「し、失礼します! これは鎮魂の儀式だ!!」
ムニュッ。
「…………あ。これ、アウトやな(確信)」
久我の手のひらに伝わったのは、かすかな「膨らみかけ」の感触。そのあまりのリアリティに、久我は前科三犯くらいの絶望を味わった。
だが、異変はその直後に起きた。
グニャリ……と視界が歪み、少女の姿が急速に「老けて」いく。おかっぱ頭は白髪になり、瑞々しかった肌は深いシワに刻まれ、膨らみかけだったはずの胸は――
デロォォォン。
重力に逆らわず、へそのあたりまで急降下した。
「えっ……えええええ!? おばあちゃん!!? どこの時空をスライドしたらそうなるの!?」
久我の右手の中にあるのは、もはや膨らみではなく、完熟しきって乾燥した「干し餅」のような、驚異的な伸びを見せる「皮膚」だった。
「ふふふ……驚かせてごめんなさいね。私、生きてます。老人ホームで寝てたら、なんだか昔のトイレの夢を見ちゃって、生霊としてここに来ちゃったみたい」
「生霊!? 幽霊よりタチが悪いよ! 魂が現役じゃないか!!」
さらに個室の隅には、食べかけのコッペパンが転がっていた。
「おばあちゃん、なんでトイレでパン食べてるの。シュールすぎるよ」
「昔ね、ここで隠れて食べてたのよ。いわゆる『便所飯』ね。教室に戻ると、みんな笑うの。『あんたの席は、トイレでしょ』って……」
その言葉に、久我の動きが止まった。 「……え?」 「だから私、ずっとここにいたの。ここだけが私の場所だったのよ。でもね、一番残ったのは、主人に先立たれてからなの。……あんなに毎日、私の胸や肩、腰を揉んでくれた優しいおじいさんだったのに。彼がいなくなってから、また独りぼっち……誰も私に触れてくれない。私の体も心も、あの頃みたいにカチカチに固まっちゃって……」
おばあちゃんの目から、透き通った涙が溢れ出す。
「久しぶりだわ……誰かにこうして、温もりを貰えるなんて。おじいさんが亡くなってから、ずっと……この冷たい個室に、魂が閉じ込められたままだったの……」
あまりに惨く、切ない告白に、久我の目からも熱いものが溢れた。
「おばあちゃん……。……教室に、お前の席がないなんて言った奴らは、僕が全員除霊してやる。……よし、わかった。その頑固なコリ、おじいさんの代わりに僕が全部、冥土の土産(まだ生きてるけど)に揉み出してやる!」
久我は心を無にし、おばあちゃんの深く垂れ下がった乳を、両手で交互にすくい上げるように全力で揉み込んだ。それはもはや性愛ではなく、魂の洗濯、あるいは失われた夫婦の時間を埋めるための、高速かつ神聖な「餅つき」だった。
「はぁっ! 届け、おじいさんの分まで! 居場所はここだ! 排出ッ!!」
「ああ……あああ……。ありがとう、探偵さん。なんだか、おじいさんの大きな手が戻ってきたみたい……。ありがとう……」
おばあちゃんの生霊は、満足げな笑みを浮かべて透き通っていく。本体の老人ホームに戻るのだ。
「生きててよかったんだな、おばあちゃん……」
久我が感動に浸っていると、背後から冷徹な声がした。
「久我さん。感動しているところ申し訳ないですが、今の『おばあちゃんの乳を全力で練り上げる探偵』の動画、バッチリ撮れました。次の『シルバー向け除霊サービス』のPVに使いますね」
ユウキがスマホを掲げて立っていた。
「やめろよ!! 悪魔か!! ターゲット層がニッチすぎるだろ!! せめて余韻を揉み消すな!!」
翌朝、近所の老人ホームでは、一人の老婆が「長年悩んでいた肩こりと便秘が治り、おじいさんの夢を見た」と、ツヤツヤの顔でコッペパンを頬張っていたという。




