表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
探偵は胸を揉む  作者: リチャード裕輝
探偵は胸を揉む~宵闇の傷痕:巨乳探偵の罪と情動の劇薬

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/128

第20話:深淵の戴冠、祈りの残響

第20話:深淵の戴冠、祈りの残響

水浸しの床にペンダントが落ちたカランという乾いた音が、意識の淵に沈んでいたユウキを、奇跡的に現実に引き戻した。


それは単なる硬質な金属音ではなかった。ユウキには、それがまるで「……あの子を、光へ」という、美沙が最期に振り絞った、透明で切実な祈りの声のように聞こえたのだ。彼女が死の間際まで胸に抱き続けた、妹を闇から連れ戻してほしいという無垢な願い。その純粋な思念が、ペンダントを通じてユウキの右手に確かな熱を宿した。


ユウキは激痛に耐えながら、血と泥に汚れた指先を伸ばし、その十字架を拾い上げる。久我の精神攻撃によってカゲが激しく痙攣し、その絶対的な自我が瓦解し始めている今、これこそがカゲを完全に無力化し、伊織を救出する最後にして最大の好機だった。


ユウキは震える足で立ち上がり、美沙の慈愛を宿したペンダントを力強く掲げた。


「そうはさせませんよ、カゲ! まだあなたの役割は終わっていない……美沙さんの想いは、今、僕が預かった!」


ユウキは、ペンダントに込められた美沙の献身的な情動を、自らの強い意志の情動に重ね合わせた。かつて伊織に施した催眠術の暗示に、彼女を「守護」する美沙の温かな念を上乗せし、カゲの脳裏へ叩きつける。


「美沙さんの願いを……その命の輝きを忘れたのか! 伊織に戻るんだ!」


ペンダントから放たれる、強烈にして清廉な「封印の波動」。それは、久我のサイコメトリーによる精神核の破壊と、ユウキの導く救済の暗示という二重の衝撃となり、逃げ場のないカゲを襲った。


「いや……いやあああ! お姉ちゃん……? あったかい……やめて、消えたくない! 許してええ!」


カゲは悲鳴を上げて怯み、その動きが完全に止まる。カゲの瞳から冷酷な支配者の光が剥がれ落ち、そこには涙とパニックに満ちた、年相応に怯える伊織の姿が戻った。


狂気の瓦解と、血塗られた新生


カゲの冷酷な光が消え去った瞬間、伊織の意識は、まるで深い水底から無理やり引き上げられたかのように、激しい頭痛と吐き気に襲われながら現実へと引き戻された。


伊織の瞳が焦点を結んだとき、まず視界に飛び込んできたのは、自身の身体に纏わりつく、ねっとりとした冷たく不快な感触だった。服は無残に裂かれ、身体は泥と血、そして言いようのない体液で汚れ、全身を襲う寒さと、露わになった肌への視線から、彼女は自分が裸同然の、著しく屈辱的な状態にあることを瞬時に理解した。


次いで、視線は周囲へと向けられた。冷たい床には、血が濃い水溜まりとなって広がり、その中に三人の人間が横たわっている。藤本は身体を深く切り刻まれ、絶望的な形相で意識を失ったまま横たわり、その姿はカゲが与えた究極の支配の痕跡を物語っていた。動かない黒岩と高木が負った傷の深さ、広がる血の面積が、ここで行われた暴力の異常さを雄弁に示していた。


伊織の脳裏には、断片的な映像が鮮明な悪夢のようにフラッシュバックした。自分が藤本の上に跨り、狂気的な笑みを浮かべて刃物を突き立てようとした感覚。それはまるで、自分が悪魔になって、愛する藤本や周囲の人々を冒涜し、弄んだかのような、おぞましい罪の記録だった。


「いや……違う……私が、こんなことを……?」


伊織の精神は、この耐え難い現実と、自分の中に潜んでいた「カゲ」が犯した罪、そしてその狂気に一瞬でも悦びを感じてしまった肉体の記憶を直視できず、一瞬で耐え切れなくなった。彼女の喉から、理性をかなぐり捨てた本能的な絶叫が噴き出す。


「ああああああああああああ!!」


その絶叫は、後悔、悲嘆、そして耐え難い自己嫌悪の全てを叩き込んだ、痛切な悲鳴だった。伊織は反射的に両手で自身の裂けた服をかき集め、肌を隠そうとするが、身体は激しく震え、恐怖と恥辱に身を硬くする。彼女の頭には、ただ一つの情動だけが満ちていた。「逃げなければ。ここから、この地獄から、全てから。」


伊織は、倒れた久我やユウキに目もくれず、血の海と水溜まりを蹴りながら、よろめく足取りで廃倉庫のシャッターを潜り抜けた。豪雨の夜闇だけが、彼女の罪と絶望を包み込むことを許された唯一の場所だった。


真実の代償:新たなる深淵


ユウキは、力が尽きたように床に崩れ落ちたが、その顔には微かな笑みが浮かんでいた。


「久我さん……やりましたよ。真実を解き明かした。最高の、最悪のミステリーだ。あなたの勝利を、この目で見ることができた……」


ユウキは、久我が真実を知り、カゲを打ち負かしたのだと信じていた。だが、久我の様子は、ユウキの期待とは全く異なっていた。


久我は、ユウキの呼びかけに反応することなく、虚ろな眼差しでカゲのいた場所を凝視し続けていた。その表情は、先ほどの激しい罪悪感や怒りとは異なり、冷たく、一切の情動を排した無機質な静寂に包まれていた。


「……久我さん? どうしたんですか。何か、変だ……」


ユウキは、その場の血の匂いよりも、久我から発せられる「情動の異常な歪み」に気づき、身の毛がよだつのを感じた。久我の瞳には、カゲから吸収した「愛と支配」の猛毒が深く刻み込まれており、久我奏太の理性は、その狂気の重みに耐えきれず、新たなる支配者としての変質を見せ始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ