表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
探偵は胸を揉む  作者: リチャード裕輝
探偵は胸を揉む~宵闇の傷痕:巨乳探偵の罪と情動の劇薬

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/127

第16話:狂気のプロデュース

第16話:狂気のプロデュース


宣戦布告の残響が消えぬうちに、ユウキの身体が弾かれた。 その動作には一切の無駄がない。柔術の基本に忠実ながら、予備動作を完全に排した一歩。それが地を這うような低い体勢からの掌底となり、カゲの顔面を正確に捉えようと襲いかかった。


カゲは辛うじて顔を逸らすが、ユウキの掌は彼女の耳元を通過しただけで皮膚を熱く焼いた。その一撃の速度と重さに、カゲの狂気の瞳に一瞬だけ驚愕の光が走る。


「伊織さんと違って、美しくないですね、カゲ。……いいですか。久我さんは、僕の物語を誰よりも熱狂的に体現してくれた、至高の存在なんだ。あなたのような野蛮な暴力で、僕の『推し』の尊い光を汚すことは、この僕が許しませんよ」

ユウキの言葉は挑発的だが、その眼差しは冷徹な観測者のそれだった。


技術と狂気の衝突


カゲは血塗れのナイフを握り直し、低い唸り声とともに突きを繰り出した。しかし、ユウキの動きはさらに洗練されていた。彼は合気道の流れるような体さばきで刃先をわずかにかわし、同時にカゲのナイフを持つ手首を絡め取る。


ユウキの指がカゲの橈骨とうこつ尺骨しゃっこつの僅かな隙に入り込み、寸分の狂いもない締め技を仕掛けた。「ガキッ!」硬い音が響き、カゲの手首から力が抜け、ナイフは宙を舞う。ナイフは倉庫の隅の鉄骨に当たって、甲高い警告音を立てた。


だが、カゲの身体能力は常軌を逸していた。彼女は悲鳴を上げずに、関節の限界を超えて手首を無理やり引き抜き、ユウキの完璧な技を力技で破壊した。ユウキが体勢を立て直す間もなく、予期せぬ角度から腰の入った強烈な回し蹴りが繰り出される。


ユウキはガードする暇なく、その衝撃を脇腹で受け、鉄骨の壁に凄まじい音と共に叩きつけられた。


「邪魔よ! 全員死ねば、藤本サァンも久我センセッも永遠に私のものなのに!」 カゲは獣のように喉を鳴らした。


矜持と痛覚の欠如


ユウキは、肺から空気をすべて吐き出させられた衝撃に呻きながらも、すぐに壁を蹴って体勢を立て直す。廃倉庫の空間には、濃い血の匂いと、金属と肉体の激しい衝突音が響き渡っていた。


ユウキの体術は「技術の美しさが全て」という矜持に基づいていた。彼の目的はカゲの「確保」であり、「殺す」ことではないという微妙な抑制が、彼の攻撃には常に含まれていた。打撃は急所を外され、関節技は破壊寸前で留まる。


対するカゲは、反射神経と俊敏性こそユウキを凌駕しないが、狂気と痛覚の欠如という絶対的な盾を持っていた。ユウキの正確で致命的な関節技は、カゲの「痛み」を無視した野獣のような反動によって、次々と無効化されていく。


演出家の終焉


ユウキは、カゲの動作を先読みし、再び素早く懐に潜り込む。彼はカゲの腕を内側から捕らえ、流れるような合気道の四方投げの要領で関節を決め、カゲの体勢を完全に宙に浮かせた。


カゲは宙吊りになり、もはや脱出不能な体勢――その瞬間、カゲはユウキの胸ポケットから放たれる十字架ペンダントの「思念」を、獣の第六感で本能的に感じ取った。


「ああっ、ダメ……」 純粋な恐怖と怯えに満ちた詩織の叫びが、伊織自身の声としてカゲの口から漏れた。カゲは強烈に動揺し、組み技の中の動きが一瞬凍りつくように鈍った。


「この隙だ!」 ユウキは勝利を確信した。このペンダントの力がカゲを制御できる。彼は確保のための「とどめ」としてペンダントを取り出そうと、無意識に手をポケットに動かした。


「……ねえ、ずっと言いたかったんだけどさ」


動きが止まったはずのカゲの口角が、不気味に釣り上がった。


「私、ユウキ、あなたのこと大っ嫌いよ。 捜査中も、気取ったツラして隣にいて……ずっと邪魔だったわ」


ユウキの思考が一瞬、白濁する。


「私の久我センセッを、あなたの安っぽい台本でプロデュースしようなんて。横取りしないでくれるかしら? センセッを汚していいのも、壊していいのも、この世界で私だけなのよ」


「……っ!?」


ユウキがペンダントへ手を伸ばそうとしたその一秒の永遠。これが、演出家としての致命的な油断となった。


カゲは、自らの関節を外す異様な音を立てながら体勢を崩し、その異常な角度から体重と狂気のすべてを乗せた渾身の踵蹴りを、ユウキの鳩尾みぞおちへと叩き込んだ。


「グァッ!!」

ユウキの口から血の混じった呻き声が漏れる。彼は内臓を潰されるような激しい衝撃を受け、呻き声すら上げられずに激しく宙に吹き飛ばされた。


(ああ……これは……僕の書いた結末じゃ……)


泥水に叩きつけられた衝撃で、身体の自由が完全に奪われる。 霞む視界の先、カゲがゆっくりと背を向けた。その先には、血反吐を吐き、這いつくばる久我がいる。


(まずい……このままじゃ、久我さんも……藤本みたいに……)


バラバラに引き裂かれた藤本の残像が、久我の未来に重なる。 自分が愛し、磨き上げてきた至高の存在。その光が、自分の失態のせいで無残な肉塊に変えられようとしている。


ユウキは指先を動かそうとしたが、喉から溢れるのは血の泡だけだった。


(逃げろ……久我さん……)


祈りは届かない。 久我の処刑を最前列で眺めるしかないという、演出家としての、そしてファンとしての完全な絶望。 ユウキの瞳から光が消え、その意識は逃れようのない漆黒の闇へと沈んでいった。  



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ