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探偵は胸を揉む  作者: リチャード裕輝
探偵は胸を揉む~宵闇の傷痕:巨乳探偵の罪と情動の劇薬

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第11話:廃倉庫への急行と久我の焦燥

第11話: 廃倉庫への急行と久我の焦燥


久我は、着崩れたシャツと乱れた髪のまま、大理石の冷たい階段を駆け下りた。


その背に、焦ったサヤカの悲痛な声が飛ぶ。


サヤカ:「久我様!お待ちください!その格好では…!」


久我は振り返らずに階段の下、エントランスホールへと向かうが、サヤカは久我の首筋に手を伸ばし、ネクタイを乱暴に結びつけた。その指先は震えていたが、その瞳は、久我の無事を祈る、メイドとしてではなく一人の女性としての情動に満ちていた。


サヤカ:「無事に帰ってきたら、今度はゆっくり過ごしましょうね。ご無事で。久我様が、あの『呪い』に飲まれませんように」


その時、ホールの奥から、優雅なバスローブ姿のリナが、静かに現れた。彼女はサヤカの横に立ち、久我の焦燥を冷たい視線で見つめる。


リナ:「ごめんなさいね、先生。せっかくサヤカが久我先生の『呪い』を癒やそうとしてくれたのに、残念だったわ。でも、ユウキくんは楽しそうよ。早く行ってあげて」


久我はサヤカの優しさにも、リナの皮肉にも応える余裕がなく、ただ強く頷くことしかできなかった。


エントランスホールには、既にユウキが待機していた。リナと過ごしていたはずのユウキも、その顔は真剣そのものだった。しかし、その真剣さの裏には、抑えきれない興奮の炎が瞳の奥で燃えている。


「久我さん。黒岩刑事からの緊急連絡、私も確認しました。相田刑事の事故と伊織さんの行方。これは、我々のシナリオを超えた、最高の予期せぬ展開ですよ!」


ユウキは興奮を隠せない様子で言うが、久我の心は罪悪感に満ちていた。


「シナリオだと? ユウキくん、これは現実だ! 相田刑事が重症をおったんだぞ! しかも、全て僕の『確信』が招いた最悪の結末だ!」


「違います、久我さん。これは、真実の深部へ向かうための必然的な幕開けです」 ユウキは久我を促し、エントランスの外へ。夜の冷気が、久我の乱れたシャツの隙間から、熱を持った肌を刺した。


そこには、ユウキ専属の執事、セバスチャンが運転する、漆黒の高級セダン『ロールス・ロイス・ファントム』が静かに待機していた。


セバスチャンは、久我の乱れた服装を一瞥したが、顔色一つ変えず、恭しく後部座席のドアを開けた。 「久我様。お急ぎと伺っております」


久我はセダンの冷たい本革シートに身体を押し込んだ。その一瞬で、サヤカの温もりが消え去り、現実の冷酷さが肌を伝った。 「セバスチャン! 車じゃ間に合わない! 藤本の潜伏する廃倉庫までどれくらいかかる!?」


運転席のセバスチャンが冷静に答える。 「最速で飛ばしても1時間はかかります。道路状況が悪すぎます」 「くそっ……! 1時間もあれば、全てが終わってしまう……!」 久我はダッシュボードを叩いた。


その時、後部座席の隣で端末を操作していたユウキが、端末の画面を消し、不敵な笑みを浮かべて顔を上げた。 「久我先生。私の『情動の芸術』を完成させるのに、渋滞などという俗世の事情で遅刻するなどありえませんよ」


ユウキは携帯電話を取り出し、久我に背を向けたま、短く指示を出した。 「……ああ、私だ。屋上のヘリを回してください。フライトプラン? そんなものは後で金で解決しますから。今すぐに」


久我が驚愕に目を見開く。 「ヘリだと……? ここは都心だぞ、違法だろ!」 「非常時ですよ。それに、私の家の屋上には、こういう時のために自家用ヘリが待機してあるんです。さあ、セバスチャン、近くの着陸ポイントへ!」


漆黒のセダンは凄まじいエンジン音と共に急旋回し、豪邸に隣接する高層ビル屋上のヘリポートへ滑り込んだ。そこでは、既に爆音と共にローターを回す最新鋭の民間ヘリコプターが待機していた。


久我とユウキが乗り込むと、機体は重力を無視するかのように急上昇し、夜の東京の空を切り裂いて一直線に山奥へと向かった。


「所要時間は20分。これなら、クライマックスに間に合うでしょう」 ヘッドセット越しにユウキの声が聞こえる。久我は眼下に流れる宝石のような夜景を見つめながら、ただ祈るしかなかった。


(頼む、黒岩刑事、相田刑事……そして伊織さん。生きていてくれ……!)


久我は後部座席で荒い息をついた。


(待て。なぜ相田刑事は、伊織の行動を制止しなかった? 警察官として、復讐を許すなど、絶対にありえない。


彼女は職務に忠実な人間だった。だとすれば、伊織の巧妙な誘導に乗せられ、騙されたのか。


――いや、だが。


もし、あの相田刑事が、自らの正義を曲げてでも、伊織を助けたかったのだとすれば――。


久我は、自身の論理では計り知れない、人間的な「情」という非合理な要素が、この事態を招いた決定的な『何か』ではないかと、一瞬、背筋が凍るのを感じた。


しかし、すぐに彼はその思考を振り払った。相田刑事は、そのような感傷で法を曲げる人間ではない。彼の「確信」は、この直感的な焦燥感こそが、伊織の用意周到な欺瞞を見抜く最後の劇薬だと告げていた。


今は、伊織の命が最優先だ。僕の誤りが、彼女の命を奪うことだけは避けなければならない。)


久我の脳裏に、伊織の冷たい満足感を浮かべた顔がちらつくが、すぐにサイコメトリーで読み取った藤本の憎悪のヴィジョンによって打ち消される。久我の絶対的な断定は、依然として彼の理性を支配していた。


ヘリコプターは、都市の光を背に、闇に包まれた工業地帯へと一直線に向かう。

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