第7話:ユウキの介入と操作された情動
第7話:ユウキの介入と操作された情動
探偵の理性への強制帰還
激しい足音と共に、ドアが乱暴に開け放たれた。湯気の立つティーカップの破片が散らばる部屋に、ユウキが大きなため息と共に現れる。
「あーあ、長いと思ったら、やっぱり始まってたか。最高の情動の衝突のシーンでしたが、少しばかり情動の浪費ですね」
ユウキは、久我と伊織、そして乱れた姿の和子の三者それぞれの過熱した情動を一瞥し、意図的に大きな声で場を冷やした。
「ユウキ! ノックをしろと言っただろ! ふざけるな!」
久我は飛び上がり、乱れたシャツの襟元を掴み直して激しく怒鳴った。彼の顔は、情動の過剰な接触による呪いの苦痛と、羞恥で歪んでいる。
ユウキは、久我の動揺と苦痛を鋭く見抜いていた。
「いやぁ、久我先生。最高の情動の研究は結構ですが、あなたの『呪い』を無駄に浪費しないでいただきたい。その場限りの性的な情動は、真実という名の『芸術』にはノイズでしかありません。先生の精神がこれ以上蝕まれる前に、理性を取り戻してください。」
ユウキは、久我の「探偵としての理性」を刺激し、この状況をプロフェッショナルな義務感で断ち切った。
久我は伊織から身体を離し、乱れた服を整えながら、ユウキに問い詰めた。
「ところで、君の言った、黒岩刑事の重大な指示とは何だ?」
ユウキは一瞬、久我の目に鋭い視線を向けた後、冷淡に答える。
「あれは嘘ですよ。二人きりで話が長いから、大声で叫びました。まさか、探偵と被疑者、そしてその母親で、三つ巴の情動に陥っていたとは、私も驚きですが。さあ、伊織さんの情動解析に移りましょう」
ユウキの冷酷な操作に、久我は屈辱的な怒りを覚えた。
伊織はユウキの登場により、久我との接触を阻まれたことに、激しい苛立ちと嫌悪感を露わにし、久我にだけ聞こえるよう囁いた。
「久我センセッ。ユウキさん、ホント邪魔よね。あの人、頭が良すぎるわ。まるで、私のこの蘇った記憶シナリオの裏側を覗き込もうとしているみたい。あの人なしで捜査できないかしら? 一緒にいて不快なの」
ユウキは久我の耳元の囁きを聞き逃さなかった。久我の目を見つめ、伊織に聞こえるよう、冷笑を浮かべて言う。
「私を嫌いになっても構いませんよ、伊織さん。私の役割は、先生の才能を最大限に引き出す『黒子の悪魔』ですから。それに、あなたのその美しい情動が、偽りでないことも、私は見届ける義務があります。さあ、情動の芸術の続きを始めましょう」
妻と共犯者の別れ
和子は、乱れたシャツのまま、床に砕けたティーカップの破片を見つめていた。彼女の顔には、嫉妬と羞恥、そして久我への抑えきれない情動が混ざり合っている。
久我が部屋を出ようとドアに手をかけたとき、和子は久我の背中に向かって、震える声で呼びかけた。
「久我さん……」
久我は振り返らず、ただ立ち止まる。
「また、来てくださいね。この家の、私の『理性』が、すぐに溶けてしまう前に。」
その言葉には、久我を再び誘う、甘く危険な情動が込められていた。久我は何も答えず、ユウキと共に部屋を出た。
玄関先では、黒岩と相田が待っていた。
「久我先生、大丈夫でしたか? 私、まさか先生が……」相田は、乱れた服の久我を見て、言葉を詰まらせる。
ユウキは、相田の肩に手を置き、にやりと笑う。
「相田刑事。久我先生は、情動の深淵を覗き込みすぎて、少々、精神的に『煮詰まった』だけです。あれだけ美しい女性二人に迫られたら、誰だって理性は限界を超えますよ」
相田は冷や汗を流しながら、久我にだけ聞こえるように言った。
「先生、いくらなんでも捜査中です。しかし、羨ましいな。」
偽装証拠の発見:狂気の共犯者のナビゲート
2-6. 伊織の告白と久我の誤認
藤本=連続殺人犯説は、久我の最初のサイコメトリーによる「揺るぎない確信」と、過去の類似事件との状況的な符合によって、捜査の主軸となっていた。久我の「呪い」は物に触れられないため、彼の役割は、伊織という「情動のアンテナ」を介した座標特定に特化していた。
「久我先生。次なる舞台は、藤本と美沙の情動が最も強く結びついた場所です。伊織さんは、私たちが求める証拠の場所を、情動で思い出しているようです」
ユウキは、久我の興奮と使命感を煽るように促した。
久我は、伊織の切実な顔を見ながら、ふと疑問を口にした。
「伊織さん。君は事件のショックで記憶を失ったはずだ。それなのに、藤本が証拠品を隠した場所を、なぜ正確に覚えているんだ? 君は事件に関わっていないはずだ」
伊織は、一瞬の戸惑いの後、顔を上げ、久我の目を真っ直ぐ見つめた。
「久我センセッ……あなたに触れてもらって、思い出してきたのよ。殺された瞬間までは真っ白だったのに、その後のことは、鮮明に……」
彼女は目を伏せ、悲痛な声で告白を始めた。
「……実は、姉が殺された夜、藤本さんは私に会いに来ました。彼はパニック状態で、震えていました。そして、『美沙を裏切り者から守るために、これを隠さなければならない』と……私に、凶器の一部を隠す手伝いを頼んだんです。」
伊織の言葉は途切れ途切れだったが、その情動は切実に見えた。
「私は当時、藤本さんのことを兄のように慕っていたから、彼が言う通りにしたんです。それが、河川敷のナイフの場所と、アトリエの場所です。私は、藤本さんの秘密の共犯者だったんです。」
伊織の告白は、衝撃的でありながら、藤本の狂気と伊織への異常な依存を示す、説得力のある動機として響いた。
久我の脳裏には、先ほど見た藤本の「殺意と隠蔽のヴィジョン」が鮮明に残っている。伊織の告白は、そのヴィジョンと完全に符合した。
久我は、伊織の抱える罪の意識と、藤本への情動の複雑さに、さらに藤本=犯人という確信を強めた。
「……分かった。君の告白は重い。だが、真実を明らかにする責務は、君の情動を解放することにも繋がるはずだ。ユウキ、黒岩刑事、相田刑事。彼女の証言に基づき、直ちに証拠品の捜索を開始する」
伊織は、久我の確信に満ちた言葉を聞き、かすかに冷たい笑みを浮かべた。彼女は、久我という最高の探偵の「情動のアンテナ」を、自らが望む「結論の座標」へと、完璧に設定し直すことに成功したのだ。




