第三話:ミステリー作家への挑戦状
第三話:ミステリー作家への挑戦状
夜になり、俺が簡単な夕食を用意し、それを囲む彼らは、表面的には楽しそうに会話を続けている。その賑わいも、重苦しい雨音と、彼らの間に流れる複雑な感情のせいで、どこか張り付いた虚飾のように感じられた。
ユウキは、部屋の中を、隅々まで観察していた。 まるでベテランの鑑識官が現場検証をするように、俺の隠遁生活の手がかりを探っている。その視線は、書棚に並ぶ古い本の背表紙、使い込まれた暖炉へと向けられた。
「随分と古い本ばかりですね」ユウキは愉快そうに口を開いた。「まるで、古典ミステリの館みたいだ」
その中で、ユウキが突然、グラスを静かに置いて、俺に向き直った。
「久我さん、あなた、小説家なんですよね?」
俺は内心で息を飲んだ。なぜ、初対面の若者にそれがわかる?
ユウキは、俺の驚きを愉しむように続けた。「もちろん、推測ですよ。この古びた山荘で、外界と隔絶され、大量の古い本に囲まれている。それだけなら研究者かもしれない。しかし、久我さんは、さきほど『俺の部屋と書斎には絶対入るな』と、書斎を特段に警戒されました。そして、この応接室の空気には、微かに万年筆とインクの匂いが混じっている。研究者が万年筆で論文の推敲をするでしょうか?」
ユウキは、さらに俺の書棚をちらりと見て、悪戯っぽく笑った。
「加えて、僕らが玄関で雨宿りしている間に、風で飛んできたAmazonの明細書を失敬しましてね。送り主は大手オンライン書店。そして購入履歴のタイトルは、『小説家として売れるには』や『ミステリーの売れ筋テンプレ』といった本が、ずらりと並んでいましたよ。違いますか?」
ユウキの推理は完璧だった。俺は、自身の職業を隠そうとすらしていなかったのだ。
「ユウキくん。君の方がミステリー作家になれそうだ。観察眼に脱帽だ」
俺は苦笑を浮かべ、敗北を認めた。
「その通り。主にミステリーを書いています」
だが、ユウキの目は、獲物を見つけたかのように輝いた。
「もしかして……『歪んだ庭』を書かれた、久我 奏太さんですか?」
その言葉を聞いた瞬間、俺の全身から血の気が引いた。
『歪んだ庭』。それは、俺が自身の「呪い」の能力と、その孤独を、半ば告白のようにして書き上げた、最初で唯一の作品だ。
「……ああ、そうだ」
絞り出すように答えた俺に、ユウキは熱烈な共感と尊敬の眼差しを向けた。
「やっぱり! 僕、何度も読みました」ユウキは前のめりになった。「あの作品、人間の心の奥底にあるトラウマと悪意が、まるで顕微鏡で覗いたようにリアルに描かれていて、戦慄を覚えました。でも、最後に必ず、主人公がほんの少しの希望の光を見つけ出す。僕は、久我さんの小説が、人の魂の中にある、微かな救済を描いているんだって、信じているんです」
ユウキは言葉を切り、恐ろしいほどの洞察力で俺の心の奥底を射抜いた。
「特に、主人公が真実に辿り着くための、あの「手段」。常人には理解されず、社会から蔑まれ、それでも彼が行使せざるを得ない、あまりにも痛々しい孤独な力。あれは、ただの創作とは思えませんでした。まるで、作者自身の魂の叫びのように聞こえたんです」
俺は背筋が凍るのを感じながら、同時に胸が熱くなるのを感じていた。この若者は、俺の小説のテーマ性だけでなく、その根幹にある俺自身の「呪い」の存在に、限りなく近く辿り着いていた。そして彼は、それを変質的な力としてではなく、孤独な探偵の「光」として見ていた。誰にも理解されず、軽蔑され続けた自分の「業」を、この青年は肯定している。その事実に、俺は警戒心を抱きながらも、拭い難い喜びを感じていた。
「久我さん」
ユウキは、静かに、そして楽しそうに付け加えた。
「僕、あなたのファンです。だから、もし何か面白いことが起きたら、ぜひ拝見させてくださいね」
この聡明で、恐ろしいほどの洞察力を持つユウキこそが、この閉鎖空間で起こるであろう事件の仕掛け人かもしれない。その言葉は、俺の「呪い」を試すかのような、恐ろしい挑戦状のように響いた。俺の静かな隠遁生活は、このミステリーマニアの訪問によって、決定的に崩壊しようとしていた。




