『探偵は胸を揉む:エピローグ - アオイのクッキーと相棒の誓い』
⚠︎お知らせ
本編は、前々シリーズ『探偵は胸を揉む:偽りの依頼人』の最終回であり、新シリーズ『探偵は胸を揉む:巨乳探偵、虚飾のオーディション』への導入部です。未読の方は、必ず前々作品をお読みの上、お進みください。
山荘に引きこもっていた俺、久我奏太の元を、アオイが訪れた。彼女の目は、以前の怯えを消し去り、強い意志を宿していた。その手には、手作りの温かいクッキー。
アオイの言葉は、俺の胸の奥深くにある凍りついた湖に、一滴の温かい水が落ちたかのように、じんわりと心に沁み込んでいった。彼女は、俺の能力(呪い)を光として受け入れ、自らの裸体を差し出すという、究極の試練を俺に与えた。俺は、その体の「呪い」ではなく、彼女の心の「光」を信じ、理性で能力を抑え込むという、ほんの少しの希望を選んだ。
アオイは微笑み、山を降りていった。俺は、彼女がくれた温かいクッキーを手に、孤独な道は終わりだと確信した。
俺はクッキーを一口かじり、ペンを走らせた。その甘さと温かさが、俺の心を溶かしていくようだった。
「ユウキ、お前が残した謎は、まだ終わってない。お前の次の“依頼”は、何だ?」
クッキーをかじったその瞬間、喉の奥で、鉄錆を噛んだような強烈な苦味が弾けた。
「…なんだ、これ…」
甘いはずのクッキーの味が、焼けるような激しい苦味へと変わる。体内の全ての粘膜が拒絶反応を起こし、腹の底から、冷たい吐き気に襲われる。全身を激しい痙攣が走り、視界はノイズにまみれた白へと急速にぼやけていく。
「毒だ…!」
俺の意識が途切れる直前、脳裏に、アオイの最後の言葉と、ユウキのメッセージが、走馬灯のようにフラッシュバックした。
(ユウキが本当に望んでいたのは、友人たちの自立ではなかった……! 彼が消したかったのは、久我奏太という「真実を暴く光」そのものだったのか……!)
俺は、椅子から滑り落ちるように床に崩れ落ちた。冷たい木の床の感触だけが、唯一の現実だ。
バンッ!!!
玄関のドアが、蹴破られるような勢いで開け放たれた。ヒンジが軋む鈍い音は、俺の鼓膜を割る。
「久我さん!それを飲み込むな!」
息を切らし、肩で呼吸をしながら立っていたのは、包帯の巻かれた左肩を抑えたユウキだった。その顔には、血の気を失ったような焦燥が浮かんでいる。
ユウキは俺に駆け寄り、背中を叩いて無理やりクッキーを吐き出させた。俺は床に這いつくばり、激しく嘔吐する。吐瀉物からは、焦げた小麦粉と、異様に酸っぱいバターのような、形容しがたい悪臭が立ち込めていた。
「ユウキくん……これ、毒じゃ……ないのか?」
俺が床で呻きながら尋ねると、ユウキは心底呆れたように力なく首を振った。
「違います、久我さん。これは毒ではありません。これは……アオイの料理です。彼女は心から感謝して作りましたが、その純粋な感謝が純粋な化学テロとして発動しただけです。危なかったですね、久我さん。アオイの料理は、僕の計画外でした」
俺は絶句した。死よりも恐ろしい「鉄錆の苦味」は、アオイの「料理の呪い」によるものだった。俺が命懸けで「光」と信じたアオイの心は、偽りではなかった。
久我の敗北とユウキの優越性
ユウキは俺に手を差し伸べ、立ち上がらせた。その目は、焦燥から一転し、狂信的な作家の顔に戻っている。
「久我さん。全ては、あなたという最高の探偵の能力を、世に出すためのプロデュースです。僕が山荘に来たこと、自殺をほのめかしたこと、タケルやリナの感情を利用したことも、あなたの能力が、単なる変態の妄言ではないと証明するための舞台装置でした」
ユウキは、静かに自分の企みを全て白状した。彼は久我の狂信的なファンとして、その「呪い」の能力が世に認められるための、極めて歪んだ「デビュー戦」を仕掛けていたのだ。
「そして、最後にアオイの心(光)を信じ、能力(呪い)を拒否したこと。それが、あなたの人間的な限界であり、最も美しい美徳です。あなたは、能力の奴隷ではなく、それを制御できる人間になった」
俺は、ユウキの冷徹な意図を理解した。この男は、俺の能力を心から認め、俺という「探偵」の最高の読者として、その力を世界という次の舞台で使わせたがっているのだ。
「久我さん。あなたと僕の能力。二つ揃って初めて真実は完璧になる。ほら、リナの胸のサイズで、僕が証明した通りでしょう?」
俺は混乱した。サイコメトリーでカップ数を把握したのは理解できる。だが、ユウキがなぜ俺の誤りを訂正できたのか?
「じゃあ、お前はどうなんだ? お前はリナの胸に触れていない。なぜ、俺がDカップだと断言したのを、お前はEカップだと断言できた? 単にブラを見ただけなのか?」
俺の問いに、ユウキは悪戯っぽい、少年のような笑みを浮かべた。
「いいえ、久我さん。そんな変態的な能力、僕が持っているわけないでしょう。それに、僕の推理は、あなたの『呪い』とは違うんです」
ユウキは、俺の瞳の奥を覗き込むように、囁くような声で言った。
「あのね、久我さん。僕とリナは恋人ですよ? 普通に彼女のカップ数ぐらい知ってますよ」
彼は、さも当たり前のように肩をすくめた。そして、咳払いの後、俺に向かって言った。
「ただし、『リナの中では、です』。彼女が自分のサイズだと意識しているのはDカップ。そして、あなたの能力が触覚で読み取ったのは、その主観的な真実、すなわちDカップだった。だからあなたは、あの軽蔑された後で、わざわざ『Dカップ』だと断定した」
俺は目を見開いた。サイコメトリーは、「記憶」と「意識」という主観に依存する。リナは自分をDカップだと信じている。だから俺はDだと断定した。
ユウキは、俺の表情の変化から、全てを読み取った。
「ですが、久我さん。残念ながら、あなたの能力は、リナの『現在の肉体的な事実』を捉えられていない」
ユウキは、俺の能力を逆手に取り、自分の優位性を確立した。
「なぜなら、最近サイズが変わったんですよ。僕が、揉んでて大きくなったから……みたいで」
ユウキはそう言い、一瞬だけ目を細めた。その表情には、恋人との親密な時間を楽しむ男の、露骨な自負と、優越感が混ざっていた。
「リナは気づいていない。ですが、あなたの『主観的なDカップ』とは違い、僕の『客観的な観察』は、彼女の体が、もはやDではきついことを知っています。僕は毎日触っているからわかる。Dではもはやブラの形が歪むほど、実質Eになっている」
ユウキは、俺の能力の限界を突いた。
「だから、僕の推理は、あなたがDカップだと断定した瞬間、彼女のブラが『窮屈な状態』にあるという『物理的な矛盾』を察知した。そして、その物理的な矛盾を生み出した原因、すなわち『サイズの増大』という事実を導き出したんです。おそらく近いうちにEカップのブラを買うことになりますね」
ユウキは、俺の能力とは対極にある、純粋な「論理と観察」の探偵であることを、最後の最後まで証明してみせた。
「ほら、僕の方が、一枚上手でしょう? あなたは『心』を読み、僕は『現実』を読みます。この二つの能力が揃えば、どんな事件の真実も、完璧に暴ける。僕たち、最高の相棒になれますよ」
ユウキは、口元に手を当て、ニチャァと、実に楽しそうに笑った。
相棒の誓いと、次なる舞台
「久我さん。僕の推理(光)と、あなたの能力(呪い)。二人で一つです。あなたがこの能力を『光』として使えるようになる唯一の方法は、僕という『物語の仕掛け人』の隣で、事件を解決し続けることです」
彼は一枚のパンフレットを取り出し、その表紙を久我に示した。それは、『仮面舞踏会の悲劇』と題された人気劇団の公演案内。
「最高の素材が揃う、孤島の劇場での事件。演劇界の重鎮、藤堂監督の視察を控えた閉ざされた公演です。僕の推理だけでは、その舞台の裏にある『虚飾という名の愛憎の呪い』には触れられない。久我さん。どうか、あなたの能力で、この舞台の真実を暴いてください」
俺はユウキの手を力強く握り返した。この男の隣なら、この能力を「光」として使えるようになる。そう確信した。
「ああ、受けて立つ。だが、条件がある」
「何です?」ユウキは真面目な顔で問う。
「二度とアオイの料理は喰わん。これこそが、俺の命懸けの誓いだ」
ユウキは、腹を抱えて笑った。
「安心してください。それが、僕たち『探偵コンビ』の最初の誓いです。さあ、相棒。次の舞台は、あなたという最高の探偵のデビュー戦ですよ。あなたは、これから始まる事件の、巨乳探偵、虚飾のオーディションの主役です」
ユウキの悪魔的な誘い文句に、俺は顔を赤らめながらも、「光」としての第一歩を踏み出した。山荘の冷たい雨は止んでいた。俺は、ユウキの強引な誘いに逆らうことを諦め、その日のうちに最低限の荷物をまとめた。彼は、自分の呪いが新たな人間の情念に触れることに、抗い難い倦怠感を覚えたが、同時に、ユウキの用意した舞台への強い予感に胸を躍らせてもいた。
翌日。久我は孤島行きの船に乗り込んでいた。




