『霊障マタニティ・ブルー:ベビーザらス出禁危機とパパの暴走』
霊障マタニティ・ブルー:ベビーザらス出禁危機とパパの暴走
1. 鑑定という名の「蛮行」
「いいかユウキくん、赤ん坊の口に直接触れるものだ。一切の妥協は許されん……!」
久我の目は、未確認物体を追うハンターのように血走っていた。彼は今、ベビー用品店の哺乳瓶コーナーで、最先端のシリコン製乳首を手に取っている。普通の父親なら「柔らかそうだな」と眺める程度だが、最強のサイコメトラー・久我は違った。
「……まずは、この弾力だ。サヤカさんのそれと比較して、我が子が違和感を抱かないか確かめる必要がある。……フンッ!!」
久我は周囲の目を一切気にせず、哺乳瓶の乳首部分を「揉み揉み」としつこく弄り始めた。その指の動きは、長年の除霊で培われた「魂を震わせる愛撫」そのもの。無機質なシリコンが、久我の指技によって妙に艶かしい動きを見せ、卑猥な粘り気すら帯びていく。
「……ふむ。悪くないが、返しが弱いな。やはり、記憶の中の感触だけでは精密な比較ができん。……サヤカさん。申し訳ないが、今ここで確認させてくれ。このシリコンが君の硬度、および反発係数と一致するかどうかを」
「あら……! まあ、久我様ったら。こんな公共の場で鑑定だなんて。でも、大切なわたくしたちの赤子のためですものね。……分かりましたわ、どうぞ?」
サヤカは頬を上気させ、あろうことかその場でブラウスのボタンに指をかけた。
「ちょ、ちょっと待てぇーーい!!」
ユウキの絶叫が店内に響くが、夫婦の暴走は止まらない。
「黙れユウキくん! 0.1ミリの誤差が、赤ん坊の『霊的拒絶』を招くんだ! サヤカさん、まずは右から頼む。指先で弾力を測定し、その後に俺が直接吸って吸引圧の差異を――」
「はい、久我様。……うふふ、少し恥ずかしいですけれど……さあ、脱ぎますわね。どうぞ、心ゆくまで……」
2. 確保:現行犯と「聖母」の遺恨
サヤカが確信犯的に肩をはだけさせ、「聖なる実物」を露わにしようとしたその瞬間。
「……次は、吸合力のテストだ。――シュボッ!!」
「ああっ、久我さん!?」
ユウキの制止も虚しく、久我は勢いよく哺乳瓶を自らの口に含んだ。
「……チッチッチッ。……ほう、空気の抜け方は完璧だ。だが、俺の精気を吸い取るあの超能力ベビーの吸引圧に、このバルブが耐えられるか……? ――ゴボォッ!!」
久我が全力で吸引し、真空状態で頬をコケさせていると、背後から冷徹な声が響いた。
「……お客様。一体、何をしてらっしゃるんですか?」
そこには、笑顔が完全に凍りついたベテラン店員と、無線で警備員を呼ぼうとしている若手店員が立っていた。
「……あふ?(あ、いや)」
口に哺乳瓶を咥え、もう片方の手を「脱ぎかけの妻」の胸元へ伸ばしかけていた久我。その姿は、不審者という概念を通り越して、現代社会に現れた新種の怪異であった。
「あら……。店員さん、邪魔をしないでくださる? 今、大事な『検品』の最中なんですけれど。わたくしの本物と、このシリコンの差を埋めなければならないのですわ」
サヤカは、服を直しながらも不満げに口を尖らせた。その目は、獲物を逃した肉食獣のような鋭さを孕んでいる。
「久我さん、終わりましたね。僕は今から赤の他人のふりをして、スマホで『最短の保釈手続き』を検索します」
ユウキは即座に三歩下がり、絶望の表情で端末を操作し始めた。
3. 連行:署内での「除霊鑑定」
「……だから! これは商売道具の再現度テストだと言っているだろう!」
店舗のバックヤード。
久我は、机の上に置かれた「彼が揉みしだいた哺乳瓶(微かな霊気付き)」を前に、必死の弁明を続けていた。
「いいか、俺の妻は最強の除霊師なんだ! その腹の中にいるのは、産まれる前から特級呪物を圧縮消滅させるバケモノだぞ! 普通のシリコンじゃ、一口で粉砕されるんだよ! だから本物の硬度を基準にするのは当然だろう!」
「はいはい、奥様が最強ね。……で、こっちの『おしゃぶり』を指に嵌めて、呪文を唱えながら高速で揉んでいたのはどう説明するんですか?」
「それは、おしゃぶりに『対魔結界』を付与できるか試して……」
「……久我さん、もう黙ってください」
ユウキが死んだ目で間に入った。
「この人は、極度のマタニティ・ハイならぬ『パパ・パニック』なんです。脳の回路が育児と除霊でショートしてるんです。あと、この店内の商品はすべて僕が買い取りますから、穏便に……」
4. 出禁と「聖なる誓い」
結局、ユウキが「迷惑料」として棚一つ分の商品を一括購入することで、警察沙汰だけは免れた。しかし、店の入り口には『当面の間、指の動きが不審な男性、および露出の激しい妊婦の入店をお断りします』という、名指しに近い張り紙が出されることになった。
「……クソッ。現代社会は、熱心な父親に対して冷たすぎる……」
両手に大量の(不必要な)おしゃぶりを抱えた久我が、肩を落として歩く。
「元気を出してください、久我様。店員さんに止められてしまったのは残念ですけれど……わたくしには伝わりましたわ。……あなたの、あの熱い『揉み』への情熱……」
サヤカは久我の腕にしなだれかかり、耳元で妖しく囁いた。
「あんな偽物のシリコンで練習しなくても、お家に帰ったら……本番でたっぷり吸わせて差し上げますわ。うふふ、うふふふふ!」
「サヤカさん……! ああ、そうだな。店の商品がダメなら、俺がイチから作る。最強の霊子鋼を削り出して、君の弾力を完全再現した、世界一頑丈な哺乳瓶をな……!」
「……方向性がどんどん間違っていく……というか、もう家でやってくれ……」
ユウキの深い深い溜息が、夕暮れの街に空虚に消えていった。




