『霊障マタニティ・ブルー:記憶なき「責任」と聖母の微笑み』第1話
『霊障マタニティ・ブルー:記憶なき「責任」と聖母の微笑み』
1. 異変:最強の除霊師、ダウン
「……ウッ……プ……」
事務所に、サヤカのらしくない呻き声が響いた。
最強の除霊師として、悪霊を素手で引き裂いてきた彼女が、今は机に突っ伏して顔を青白くさせている。
「どうしたサヤカさん、昨日の深酒が畳み掛けてきたか? それとも、特級呪物の毒でも喰らったか?」
久我が呑気にコーヒーを啜っていると、傍らで資料を整理していたユウキが、鋭い目つきでサヤカを観察し始めた。
「……久我さん、これ、ただの体調不良じゃないですよ。僕、一応これでも医学部の端くれですから分かります。……サヤカさん、失礼します」
ユウキは手際よくサヤカの脈をとり、その瞳孔と霊的波動を確認した。
「……間違いない。……これ、『妊娠』ですよ」
2. 鑑定:霊力による「動かぬ証拠」
「「はぁぁぁぁぁ!?」」
久我とサヤカの声が重なった。
「な、ななな何を言ってるのよユウキ様! 私は……私は、その、清らかな……!」
「いいえ、サヤカさんの霊力回路が、内側の『新しい命』を守るために完全にシフトしています。……しかも、この胎児から漏れ出している波長。……これ、100%久我さんの霊力ですよ」
久我は、手に持っていたマグカップを床に落とした。
サイコメトリーを使うまでもない。サヤカの腹部から溢れ出すそのエネルギーは、久我自身の指先から放たれる「あの特異な除霊圧」そのものだったのだ。
3. 久我の誤解:空白の記憶、最悪の(?)結論
「……俺の子、だと……?」
久我は、ガタガタと膝を震わせながら、己の右手をじっと見つめた。
「待てよ……。俺、童貞なはずだよな……? ずっと、その誇りを守ってきたはずだ。……でも、あの日……」
久我の脳裏に、数週間前のホテル《Moon Palace》での記憶が断片的に蘇る。
「……まさか、夢と現実の区別がつかないほど眠ってて、俺……サヤカさんに『やっちゃった』のか……!? 記憶がない……。あんなに綺麗なサヤカさんと、そんな……大人の階段を……。クソッ、なんで記憶がないんだ! 人生最大のイベントだったはずなのに、残念すぎる!!」
久我は頭を抱え、床に転がって悶絶した。
実際は、眠っている間に霊力が衝突しただけの『霊的受胎』なのだが、久我の脳内では完全に「肉体的な既成事実」へと書き換えられていた。
4. 原因の判明:夢幻の受胎
混乱する二人の前で、ユウキが冷静に鑑定結果を読み上げる。
【サイコメトリー:夢幻の受胎】
発生原因: ホテルでの激闘時、夢の世界での濃厚な霊的交わり。久我の「底なしの精気」とサヤカの「純粋な法力」、そしてサキュバスの「異界の触媒」が、満月の下で化学反応を起こした。
胎児の状態: 霊的エネルギー体だが、サヤカの肉体を通じて急速に実体化中。
特徴: 物理的な「未経験」を維持したまま、魂レベルで直結した「純粋な久我の結晶」。
「……夢の中の出来事が、現実の肉体をジャックしたというのか。なんという、ガバガバな設定だ……」
5. 責任の取り方:正妻の勝利
「……サヤカさん」
久我は、決然とした表情で立ち上がり、サヤカの前に膝をついた。
「俺は、最低の男だ。大事な初めての記憶を失くしただけでなく、君の清らかな体を汚してしまった……。……でも、男に二言はない」
久我は、サヤカの震える手を(無意識に触診モードで)優しく握りしめた。
「責任、取ります。 君と、そのお腹の子は、俺が一生、揉んで……いや、守り抜く」
「……久我様……っ」
サヤカは、顔をこれ以上ないほど真っ赤に染め、目には感激の涙を浮かべた。
※彼女もまた、自分が処女であることは自覚しつつも、久我が『責任を取る』と言い放ったその瞬間に、すべての理屈をゴミ箱に捨てたのだ。
「……はい! 嬉しいですわ! ……もう、久我様を絶対に逃がしませんからね!」
6. ユウキの独り言:観客席からの景色
抱き合う二人。幸せの絶頂。
だが、その背後でユウキだけが、タブレットのデータを二度見して首を傾げていた。
「……いや、おかしいな。身体検査のデータだと、久我さんもサヤカさんも、まだ解剖学的にも『未使用』のままなんだけど……。……まあいいか。あのお二人が幸せそうなら、僕が口を挟むのは野暮だな」
ユウキは、静かに事務所のドアを閉めた。
「……お幸せに。僕は、コンビニで一人用のおつまみでも買ってきますから……。強く生きよう……」
外では、二人の門出を祝うように、穏やかな月光が事務所を照らし始めていた。




