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探偵は胸を揉む  作者: リチャード裕輝
探偵は胸を揉む:『霊感(パイ)コメトリー・オブ・ザ・デッド』

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『死神サイコメトリー:世界を救う右手』第五章

第五章:切なき逃避行、世界の正解


残り24時間を切っていた。


世界は静かに、だが確実に壊れ始めていた。空を覆う銀色のオーロラは地上にまでその触手を伸ばし、街の灯りは一つ、また一つと因果の彼方へ消えていく。

久我とあやなは、ユウキに渡された「脈動する石」の導きを信じ、富士山行きの二人にとって、最終の特急列車へと乗り込んだ。ガタン、ゴトンと揺れる車内は、逃避行というにはあまりに寂しく、冷たい。


「最期が、久我さんで良かった……。たとえ、あの山の頂上で終わるとしても」


あやなが久我の肩に頭を預ける。その体温は、昨日よりも少しだけ低く感じられた。久我は震えるあやなの細い肩を抱き寄せ、こぼれそうになる涙を必死に堪えた。

その時、断罪のような激しい衝撃が車両を襲った。


「おっと……!」


急停車にバランスを崩した久我は、目の前にいた若手OLに強くぶつかってしまう。その拍子に、彼の右手が吸い寄せられるように、彼女のふくよかな胸元へと深く沈み込んだ。


「……っ!? な、何するんですか!?」


女性の悲鳴。だが、久我は謝ることも、手を引くこともできなかった。掌から流れ込んできたのは、一人分の情報ではない。数億という絶望が共鳴したような濁流ノイズ。そして網膜に焼き付いたのは、血を吐くような赤色の刻印だった。


【Remaining:20:54:12】


「っ!? 同じだ……」


掌に残る肉感的な余韻とは裏腹に、心音に刻まれていたのは、あやなと全く同じ、残酷なまでに同期した「死」の周波数だった。


(……本当に、これは彼女だけの『寿命』なのか? 嘘だ、そんなはずがない!)


確認しなければならない。だが、久我の能力――死の予兆を視る力は、女性の胸を直接調律マッサージすることでしか発動しない。久我はあやなを連れ、電車を降り、バスを乗り継ぎ、酸素の薄い境界線――富士五合目へと辿り着いた。


標高2305メートル。銀色の霧が立ち込め、視界が白濁する山上の駅。そこは、もはや現世とは思えないほど静まり返っていた。久我はあやなの手を一度離し、血走った目で周囲を徘徊する。


一人目。ベンチで高山病に怯え震えている上品な老婦人。


「お婆さん、失礼します……!」


混乱に乗じ、久我は背後から彼女の胸元に右手を差し入れ、その萎びた拍動を鷲掴みにした。


【Remaining:12:51:05】


「……あら……ふふ、これは……随分と……元気ね……」


老婦人は驚くどころか、困惑と混乱の入り混じった表情で頬を染めた。


「ここも、同じか……!」


二人目。人混みの中で子供を抱き、空を見上げて泣き叫んでいる若い母親。久我はもはや自分を軽蔑する余裕もなく、狂ったように彼女の胸へ手を伸ばし、その心音を読み取った。


【Remaining:12:46:58】


「……あっ……でも……何だか落ち着いたわ……ありがとう」


母親は混乱の中で目を細め、かすかに息を吐きながら安堵の声を漏らした。


「全人類だ……! 老いも若きも、誰を触ってもあと一日しかない……!!」


久我は五合目の冷たいアスファルトに膝をつき、絶叫した。あやなを救おうとしていた七十二時間は、彼女の寿命ではなく、この地球に生きるすべての命のタイムリミットだったのだ。


その時だった。広場の巨大モニターがノイズと共に切り替わった。


『緊急速報。……観測史上最大の巨大隕石、地球へ接近中。衝突まで、あと12時間。繰り返す、人類滅亡まで、あと半日――』


観光客たちが地獄のような声を上げる中、久我は自分の掌に刻まれた数字を見た。


【Remaining:12:12:00】


「……ようやく、正解に辿り着きましたね」


霧の中から、いつものように涼しい顔をしたユウキが現れた。彼は、狂乱し逃げ惑う人々をあたかも透明人間であるかのように完全に無視し、久我の前で立ち止まった。


「ユウキくん……! 君は、全部知っていたんだな!?」


「ええ。それは個人の寿命ではありません。隕石衝突。地球という一つの生命体の『死』ですよ、久我さん。あなたが視ているのは、地球の心停止までのカウントダウンです」


「……っ、そんな……!」


「絶望しないでください。あなたが、あやなさんの胸を必死に調律し続けていた間に、僕はあなたの右手を介して『準備』を整えておきました」


ユウキは眼鏡の奥の瞳を細め、銀色のオーロラが渦巻く空の彼方を指差した。


「あなたの右手の共鳴レゾナンスは、今や全人類の生命波長を束ね、全銀河に届くほど強烈なビーコンとなっています。……呼んじゃいましょう。あなたならできるはずだ。……その右手の『感触』を覚えているのでしょう? あの銀色の影の主を」


「……あいつ、か……」


久我の脳裏に、かつて一度だけ触れた、人間離れした美しさと冷たさを持つ銀髪の少女――エリスの記憶が、指先の震えと共に蘇る。


「久我さん、責任取ってくださいね。あなたが始めた『純愛』が、今や地球を救う唯一のスイッチなんです」


久我は、右手の指輪『デス・レゾネーター』が放つ不気味な熱を感じながら、あやなの手を強く引き寄せた。もはや逃げ場はない。


「行こう、あやな。日本で一番高い場所へ」


その瞬間、掌の数字が微かに揺らいだ。


【Remaining:12:11:59 → 12:09:02】


「……?」


秒針が、不自然に跳んだ。


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