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探偵は胸を揉む  作者: リチャード裕輝
探偵は胸を揉む:『霊感(パイ)コメトリー・オブ・ザ・デッド』

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『死神サイコメトリー:世界を救う右手』第二章

『死神サイコメトリー:世界を救う右手』


第二章:細胞の調律、死に抗う決断


大学からの帰り道、あやなはひどく怯えていた。 無理もない。見ず知らずの男に……いや、同じ講義で見かけたことがあると記憶していた「先輩」に、突然胸を強く揉みしだかれ、挙句の果てに「あと三日で死ぬ」と宣告されたのだ。だが、久我の瞳に宿る、自分以上に絶望したような「誠実な哀しみ」が、彼女をかろうじて繋ぎ止めていた。


「……ここが、私の家です」


案内されたのは、古いが手入れの行き届いた小ぢんまりとした一軒家だった。


「あら、おかえりなさい。あら……? そちらの方は、彼氏さん?」


玄関で出迎えた母親は、年相応の穏やかな笑みを浮かべていた。外を覆う銀色の不気味な光など、ただの珍しい気象現象だと信じ切っている、無垢な日常の象徴。


「……ううん、大学の、先輩の久我さん」


あやなは力なく微笑み、母親の視線を避けるように久我を二階の自室へと促した。階段を上がる際、久我はふと玄関の鏡に映る自分の姿を見た。


(……俺、まだ大学生に見えるかな)


実際には、彼はもうとっくにキャンパスを謳歌する年齢を過ぎている。指輪の呪いに染まった右手と、数々の修羅場を潜り抜けてきた男の目。それらは、到底学生のそれではない。だが、あやながそう信じてくれるのなら、今はその嘘に縋るしかない。自嘲気味な思考を振り払い、彼はあやなの部屋の扉を潜った。


あやなの部屋は、甘い柔軟剤の香りと、使い込まれた参考書のインクの匂いが混じり合っていた。棚には小さなぬいぐるみが並び、脱ぎ捨てられたパジャマが椅子に掛けられている。つい数時間前まで、そこには「明日」が当然の権利として存在していた。


「……本当に、私、死ぬんですか」


部屋の扉を閉めた瞬間、あやなの糸が切れた。ベッドに座り込み、肩を震わせる。


「信じたくない。でも、あの指輪に数字が見えた瞬間、心臓が凍るみたいに冷たくなったの……。まるで、誰かが私の命を削る音が聞こえるみたいで……」


久我は、黒い指輪を嵌めた右手をじっと見つめ、覚悟を決めて口を開いた。


「除霊……というか、細胞の『調律』が必要だ。ユウキくんの理屈によれば、人間の感情や生命力は、心臓に近い胸部の『微細な細胞振動マイクロ・バイブレーション』に集約される。君の命の周波数は今、外の銀色の光に干渉されて、激しく乱れているんだ」


久我はあやなの前に膝をつき、彼女の目を見つめた。


「俺の右手で、その乱れたリズムを直接書き換える。……心臓のすぐ傍で、君の魂の震えを正常に戻せば、あの数字を止められるかもしれない。……頼む、俺を信じてくれ。先輩としてではなく……君の命を守る一人の男として」


「……わかったわ」


あやなは震える手でブラウスのボタンを一つずつ外していった。露わになった白い肩、そして薄桃色の下着に包まれた、先ほどその掌で重みを確かめたばかりの柔らかな膨らみ。


夕闇が差し込む密室。久我の右手が、吸い付くようなあやなの肌に触れる。


「ん……っ……」


あやなが熱い吐息を漏らし、久我の理性が一瞬激しく揺らぐ。だが、指輪を通じて流れ込んできたのは、情欲を遥かに凌駕する「彼女の人生そのもの」だった。


サイコメトリーが視せる、生々しい記憶の奔流。 ――公園の砂場。迷子になって泣いていた時、見知らぬおじさんがくれた真っ赤な風船。その温かさを、彼女は二十歳になった今でも守り神のように大切に覚えている。 ――昨日の夜。得体の知れない不安に押し潰されそうで、真夜中にこっそりカップ麺を啜り、そんな自分に自己嫌悪して、毛布の中で丸まっていた孤独。


「……あやな。君は、こんなに一生懸命生きてきたんだな」


久我の声が、慈しむように震える。


「風船のおじさんへの感謝も、昨夜の自分への落胆も……全部、君の大切な鼓動の一部だ。大丈夫だ、俺が絶対に君を死なせない。この鼓動を、誰にも止めさせない」


「……久我さん……」


あやなの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。彼女はただ守られるだけの存在ではなかった。彼女は自らの手を久我の手に重ね、それを自分の左胸――心臓が最も激しく脈打つ場所へと、折れそうなほど強く押し当てた。


「……やって、久我さん。これが私の運命だっていうなら、ただ怯えて待つなんて嫌。私の命、全部あなたに預けるわ。……私を、書き換えて」


それは、死という絶対的な暴力に対する、彼女の明確な決断だった。 久我は掌に全神経を集中させ、指先から自身の生命エネルギーを流し込むようにして、その柔らかな胸を「調律」し始めた。


掌の中で、彼女の乳房が形を変え、生き物のように熱を帯びていく。 だが、どれほど心を尽くしてリズムを整えても、久我の網膜に映る赤い数字は、非情な速度で時を刻み続けていた。


久我はまだ気づいていなかった。彼女の胸の奥底から、自分の手を通じて伝わってくる奇妙な「重低音」に。それは彼女一人のものではなく、足元の地面、この家、そしてこの街全体から響いてくるような、不気味な破滅の予兆。この街そのものが、あやなと共に死に向かっているかのような共鳴だった。


【Remaining:68:12:05】


残酷なカウントダウンは、二人の必死な願いを嘲笑うように、一秒、また一秒と、確実に「無」へと向かっていた。

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