『呪いの保険金ロード』後編
『呪いの保険金ロード』後編
――保険金地獄と聖裁の行方
5. クライマックス:本音のブロードキャスト
パニックになった佐藤は、久我を隅へ連れ出し、小声で囁いた。
「おい、山本先生! 話が違うじゃないか。彼女が死んだら、君が『心不全』って死亡診断書を改竄してくれる約束だろ! さっきトイレで、返事の代わりに、コンコンしたのは、『了解した』っていう合図じゃなかったのか!?」
久我は口角を吊り上げると、佐藤の肩に手を置き、サイコメトリーの出力を「音声変換」して会場全体にブロードキャストした。
「なあ、王子様。彼女がこんなに怯えてるのに、ずいぶん余裕だな?」
久我の力が干渉し、佐藤の「本音」が大音量で会場中に漏れ出す。
佐藤(本音): 「え? ああ、だって……死ぬほど怖がってくれた方が、保険金請求の時に『精神衰弱による不慮の事故』って説明しやすいからね。安心してよ、美咲、君の死体は僕が最高額の現金に変えて、大切に銀行に預けてあげるから。……あ、ついでにパニックで会場が壊れても、『施設賠償責任保険』に加入済みだから、備品代もガッポリ戻ってくるよ。完璧だろ?(キラッ)」
会場は一瞬で静まり返り、参列者からは悲鳴が漏れた。
6. 除霊(憑依):妻によるバックドロップ
「さて、お姉さん。今のクズ発言、聞きましたよね? 直接やって、どうぞ」 久我が指を鳴らすと、幽霊が美咲の体にスッと憑依した。 美咲の顔半分が煙を上げ、形相が夜叉へと変わる。
「私の保険金で! ランボルギーニを! 買うなと言ったはずよおおおお!!」
ドレスがびりびりにはだけ、Eカップが零れんばかりの美咲(中身は前妻)が、佐藤の胴体に腕を回し、鮮やかなブリッジを描いた。 ドォォォォン!! プロレスラー顔負けの垂直落下式バックドロップ。佐藤は床に深く埋まった。
7. 地獄の心霊渋滞
「ふぅ、大仕事だったな。徳を積むのも楽じゃない」
披露宴会場を半壊させ、新郎・佐藤を床のタイルの一部に変えた久我は、返り血のついたシルバータイを無造作に緩めると、隣の葬儀会場へと向かった。
背後には、精神的ショックで久我に依存しきった半裸のウェディングドレス美女・美咲と、彼女に憑依したまま「不凍液の味がする」と虚空を睨む前妻の怨霊を引き連れている。
「どうも、山本(の身代わり)が焼香に来ましたよ。さあ、泣け、喜べ!」
親族が絶句する中、久我は焼香の灰を指先で弄りながら、亡き山本先生の遺影に「あなたの代わりに一肌脱いできましたから(物理的に)」と不敵な笑みを向け、嵐のように去っていった。
(……でも、あれ?死んでるのが山本で、山本として来てるのが俺で、じゃあ俺は今、誰なんだ?)
久我自身も、自分が山本なのか、山本の身代わりなのか、それとも単に山本という名前に取り憑かれただけの何かなのか、分からなくなっていた。
(まあ何でも良いや、いずれにせよこれでユウキくんに言われた通りの用事を完璧にこなしたはずだ)
久我は答えを探すのをやめ、そのまま嵐のように会場を後にした。
8.事務所の静寂:死神の帰還
夕暮れ時。事務所のドアを蹴破るようにして戻った久我は、デスクに踏んぞり返ると、慣れた手つきで電卓を叩き始めた。
「よし、香典の一万円を回収して、飯も酒もたらふく飲んで、乳揉んで、新婦の慰謝料からのキックバックも……」
「なあ、美咲さん、もっと僕が揉んだみたいに肩を強く揉んで。怨霊、君はあっちで冷房の代わりを」
「はい、久我先生ぇ……(うっとり)」
「アツい……アイス……ハーゲンダッツ……」
事務所内は、ドレス姿の美女が男の肩を揉み、その隣で顔の溶けた霊が冷気を放つという、地獄の優先席のような光景が広がっていた。そこへ、血相を変えたユウキが飛び込んでくる。
「久我さん! 恩師の葬儀、行ってくれたんですよね!? 山本先生、最後は安らかでしたか!?」
「ああ。……山本先生(の代理)として、式を盛り上げてやったよ。最後は新郎を垂直落下させてバタバタだったがな。感謝しろよ、ユウキくん」
「……? 垂直落下? 葬式で……?」
ユウキが困惑に目を見開いたその時、事務所の奥から、カツン、カツンと冷徹な足音が響いた。
9.終幕:サヤカの「聖裁」
事務員のサヤカが、手にしたバインダーをパチンと閉じ、眼鏡の奥の瞳を凍てつく零度まで下げて立っていた。
「……久我様。往診ご苦労様。非常に『中身の詰まった』一日だったようですね」
「ええ、サヤカさん。見てくれ、この美咲さんを。新しい事務員候補として……」
「黙れ、クズ」
サヤカの言葉に、肩を揉んでいた美咲と怨霊が蛇に睨まれた蛙のように硬直する。サヤカは音もなく久我の背後に回り込むと、その白く細い指先を久我の頸動脈にそっと這わせた。
「山本先生に成り代わって披露宴に乱入し、新婦のドレスを裂いて『触診』と称してセクハラ三昧。さらに隣の葬儀には、その半裸の女と化け物を連れて、血まみれのネクタイで焼香……。先ほどから、山本家と佐藤家、両方の弁護士から事務所の電話が鳴り止まないの。……ねえ、これどういうことかしら?」
「あ、いや、これはサイコメトリーの副作用で……」
「その『山本先生』の話、後で詳しく聞かせてもらえるかしら? あなたの首の血管も、私の特製医療用ペンチで“直接”触診してあげたいの……。大丈夫、死んでも私が『即死』と診断書を書いてあげるから」
サヤカの指が、久我の喉仏をミシミシと圧迫する。
久我のサイコメトリーは、この10分後、ユウキが親族からの「葬儀に変態が出た」という苦情電話で泡を吹いて倒れ、自分自身がサヤカによって事務所の地下に「永久保証保険」の対象として埋められる未来を、ハイビジョン画質で予見していた。
「ひっ……! 僕も助けて、前妻(怨霊)さん! 保険金なら払うからぁ!!」
久我の悲鳴が、真っ赤な夕焼けに虚しく吸い込まれていった。
10.真終幕:山本後日談:不運な男の「最善手」
翌朝。 病院の個室で、本物の山本医師は、後頭部に「全治二週間(自作自演)」の湿布を貼られたまま、虚空を見つめていた。
「……命があるだけ、ヨシとするか。あのまま会場に行っていたら、私の医師免許は別の意味で死んでいた」
昨夜、彼は極限状態にいた。新郎・佐藤から弱みを握られ、「新婦の死を心不全と偽装しろ」という、悪魔の契約を迫られていたのだ。トイレで「人生終わった」と震えていた矢先、謎の男(久我)に後頭部をブチ抜かれ、シルバータイを強奪された。
だが、スマホを開いた彼の目に飛び込んできたのは、予想外の「地獄の終わり」だった。
【佐藤家より:感謝の土下座】
《佐藤家代理人より:昨日は大変お世話になりました。先生のおかげで、佐藤の保険金殺人は未遂に終わり、彼は現在、前妻の霊に首を絞められながら警察で供述しております。脅迫の証拠も全て押収されました。謝礼(口止め料含む)については別途ご相談を》
「……佐藤くんが、警察と霊の両方に連行された? 助かった……のか、私は?」
【病院事務からの「致命的な朗報」】
そこへ、病院の事務から内線が入る。
「山本先生! 今朝からワイドショーが“ゴッドハンド山本”特集で持ち切りです! 『新婦のドレスを裂いて心臓を揉み、毒を中和した野性の名医』として、取材依頼が殺到しています!」
「……は?」
看護師が差し出したタブレットには、【衝撃!愛の蘇生術はマシュマロの感触】という最低の見出し。 そこには、新婦の胸元をムギュムギュしながら、獲物を狙うハイエナのような目でニヤつく偽山本(久我)の顔写真がデカデカと載っていた。
【山本の決断:光速の逃亡】
山本は静かにタブレットを伏せると、震える手でナースコールを押した。
「……よし。今日から私は、アマゾン川流域へ『素手で心臓を揉む部族』のフィールドワークに旅立つ。いや、もう海外研修でいい。今すぐだ。あと、マスコミにはこう伝えてくれ」
一拍置いて、彼はプロの「全てを諦めた聖者」のような笑顔で言った。
「記憶にございません。……ただ、あの男(久我)に殴られた瞬間、私の守護霊が『お前の身代わりは用意した。逃げろ』と囁いた気がしたんです」
こうして山本は、
「診断書改竄」という医師免許剥奪の危機を、
「披露宴乱入事件」という公然わいせつの疑いを、
「変態ゴッドハンド」という不名誉極まりない称号を、
すべて「知らない間に伝説(変態)になった影武者」に押し付けることで、奇跡的に回避した。




