コトワリヲミツメル
「ぎゃはははは!!!めっちゃおもろいこのシーン!!!!ガハハハハ」
暗く、広い空間を照らし出す大型スクリーン。
赤い椅子の柔らかい感触が、体重を受け止めてくれる。
屋内だというのに澄み切った空気。
そして、その空気に洗浄された口を楽しませるポップコーンにジュース。
れなは、スクリーンに映し出されるコメディ映画を見て大爆笑していた。
「るっせえぞ!!映画館では静かにしろ!!」
すぐ隣のラオンが、左手にポップコーンを抱えたままナイフを突き出す。
彼らの後ろの席からは、テリーが覗き込み、その横には、怒り心頭のドクロ。兄妹揃って怒鳴り声をあげる。
『あんたらが一番うるさいっ!!』
…そんな彼らも、怒鳴り声をあげた時点で迷惑客の仲間入りだ。
端の席では、葵、粉砕男、れみが並んで目を細めている。
横がうるさすぎて、全く映画の内容が伝わらない。
「高いお金払ってんのに。撃ち抜いてやろうかしら」
ライフルを取り出す葵。それを慌てて止める粉砕男。
ワンダーズは、映画を満喫していた。
「この野郎、こうなったら、れな!!アタシと勝負しろ!!」
「無理やりな展開だなぁ!?ま、戦いはいつでも大歓迎だけど?」
スクリーン前でれなとラオンがそれぞれ飛行。とうとう視界妨害まで行う始末。
粉砕男が、右手で葵を押さえ込みつつ、一声かけようとする。
そこで、れみが考えていた事は…。
(あれ?なんで映画なんて見てるんだっけ?)
その時。
スクリーンの光が消えた。
「皆様、おそろいですね」
入口から、誰かが入って来る。
白いドレスを着た幼い少女だ。
金色の輪を頭上に浮かべ、背中からは白い羽。
天使のような風貌のその少女を見た瞬間に…れなは思い出した。
自分達が、ここへ来る前、どうなったかを。
死んだのだ。
正確には、殺された。
『…!』
れなだけではない。全員が、同時に息を呑んだ。
少女は彼らの心を読んだかのように、上品に笑ってみせた。
「こちらへ」
背を向ける少女。
全員の手元から、ポップコーンも、ジュースも消えていた。
自分達は、彼女の管理下にある。根拠もないのに、確信した。
階段を下り、スクリーン会場から離れていく。
余程映画が面白かったのか、れなは名残惜しそうに何度も後ろを振り返る。その度に、れみが困ったように姉の背中を押していく。
会場から抜けると、その先に広がっていたのは、赤い椅子と机がいくつも並ぶ空間だった。
受付、天井に貼り付けられたポスターも確認できる。
空間の中央には大きなテーブルが設置されており、そこにあの少女がいた。
無言でこちらを見つめてくる。
その金色の瞳は、どこか無機質であり、そしてなのに有機的…こんな矛盾した表現が似合うような、理解が及ばぬ不思議なもの。
その少女もだが、何よりもワンダーズの目を引いたものがある。それは…。
「闇姫っ!?」
れなが身を乗り出す。
闇姫が、そこに座っていた。
その周囲には、闇姫軍の精鋭達…デビルマルマン、バッディー、ダイガル、ガンデルまで。
思い思いに過ごしてる事が多い彼らだが、その時だけは、何やら神妙な面持ちで、揃って短い足に両手を置いていた。
彼らは誰一人として話す事なく、ワンダーズの面々に顔を向けた。
少女に促され、ワンダーズも椅子に腰掛ける。
…五秒程、沈黙。
「さて。皆様。どうしてここにいるか、お分かりですね?」
少女は余裕に溢れている。
ここにいるメンバーは、いずれも強大な力を持ち合わせている。特に闇姫達など、宇宙をも破壊しかねない。そんな彼らに一切の恐れも抱かず、それどころか場をまとめる責任者としての自覚さえあるようだ。
そして…彼女の異様性を察したメンバーは、誰も口を出さない。ただ、否定することなく、どんな事を言われても受け入れるつもりでいた。
れなですら、余計な一言は出さなかった。
が…やはり、疑問は尽きない。
テリーが手を挙げた。
「教えてくれ。ここは…死後の世界か?」
あの時、自分達はリューガに殺された。ならば、ここは死後の世界であると見て間違いなさそうだが…。
死神である彼とドクロの脳に、こんな死世界の情報など無かった。
死後の世界とは、生命に対する一種の救済。
あらゆる物になる事ができ、あらゆる事が可能になる。
…が、今自分達がいるこの場は、重力がある。
生前と何ら変わり無い肉体。
ここは、どこなのだろう。
「死後の世界と言えばそうですし、しかし生前の世界でもあります」
「なら、それぞれの世界の境目か?」
「いいえ。それは違います。あなたがたの認識次第で姿を変えますが、常に定まり続け、その中に無秩序をも成す、真の意味での万能世界。まあ、私達からしてみれば、…万能ではありませんがね。世界の向こうに更なる世界があり、糸で繋がれているのです。その糸も存在さえしないのですが」
「分かるように言ってくれ…。君は何者なんだ?」
少女とテリーが、言葉を交差する。
少女は、困ったように眉をひそめて答え続ける。
「我々は…不思議人。そして私は傍観者。本来世界に干渉しない事になっているのですが、今こうして、あなたがたの前に立つ事となりました。…私個人の気まぐれでも、世界の意思でもなく」
…れなとラオンが目を回している。
それを見かけたように、闇姫がテーブルを軽く叩く。
「つまり、テメェは何者でもないっつー事か」
「え?闇姫様、今の話理解できたんですか?今の話を!?え!?」
デビルマルマンが思わず闇姫のツインテールを掴んで興味津々に聴き込んでくる。
闇姫は傍観者を睨んだまま、淡々と答えた。
「適当だ。私もこいつが何なのか分からねえ」
「ふふ。適当ですか。でも適当という言葉ほど、理に叶ってるのですよ。思考を捨てた時、寝てる時の夢を理解できるのですから。思考するべく、思考を捨てる。世界とは矛盾、矛盾とは適切を意味します」
「いちいち分からん話をするな!」
れながついに大声を上げた。
「つーかクソ闇姫!なんでここにいるんだよ。まさか、テメェもリューガに…」
れなは、言葉こそ喧嘩腰だが、その目は真剣そのもの。
周囲の四人が、鋭い目でれなを睨む。
それ以上は言わせない、とばかりに。
しかし、その配慮が逆に闇姫のプライドを揺さぶる。
ため息をつき、闇姫はテーブルに肘をついた。
「負けた。それに、殺された」
隠す事なく、答えた。
天下の闇姫が敗北を自ら認めるなど…。
葵が、意味もなくため息をつきかえす。
その音は環境音のように、空間に溶け込んだ。
闇姫は語る。
「リューガにやられ、血まみれになりながらも意識を保とうとしたが、結局死んでこのザマだ。だが…私が死ぬ直前、…こいつが現れた」
親指で自身の背後を指さす。
『うわっ!?』
闇姫とダイガル以外の全員が、一斉に声をあげた。
闇姫の背後に、いつの間にか…瞬きの間に、一人の男が現れたのだ。
その格好はまさしく異様。
全身に、何かの図形のような装飾品をとりつけており、スーツのような服装をしている。
大きな帽子を被ってるが、その帽子にも同じような装飾品が垂れ下がっている。
右目は黒一色に染まり、左目は真っ赤に輝いている。
背丈は…かなり高かった。粉砕男ほどではないにしても、彼に迫るくらいの身長。それが余計に、一同を驚かせた。
「突然失礼いたしました。ワタクシの名は『理。以後、以後お見知りおきを 」
流れるような動作で、礼儀という言葉を形にしたようなお辞儀をする、見るからに上品なその男、理。
闇姫は前を向いたまま、先程の話を継続する。
「こいつが現れて、リューガを倒す方法を教えてやる、とほざきやがった。その為には…そのまま死に身を差し出せ、と。そして、死ぬ直前、信頼できる仲間たちに向かってテレパシーを放ち、死を共にしろ、と」
闇姫は深くは語らなかったが、大体は悟れた。
その時、彼女は本当に追いやられていたのだ。
簡単に他人を信用しない彼女。だが死する瞬間、何かにすがりたくなるのは皆と同じなのだろう。
初対面であろう、しかも得体の知れないこの男の言う事を聞き、潔く[死んだ]のだ。
そして…。
精鋭の中でも最も年配のダイガルが話を引き継いだ。青いダイヤの体が、怪しく煌めく。
「俺達は闇姫様のご命令であれば、どんな事にでも従う。だから、死んでくれ、とのご命令が来たから死んだ。心臓に魔力波を撃ち込んでな」
「いやあ、痛かったよ。まあ、残していった部下達が優秀だから、心置きなく死ねたけどね。それに闇姫様が一緒だと思えば、別に何にも怖くなかったよ」
ガンデルが椅子に寄りかかり、呑気に笑う。
あまりにも、話している内容と振る舞いが釣り合わない。
死ぬように命令した?そして、死んだ…?
「お前ら、アタシらが思ってる以上にイカれてみてえだな」
ラオンの言葉は聞いただけでは皮肉にしか聞こえない。が、その中には僅かながら、闇姫達の覚悟に対する敬意も混じっていた。
それに気づいたのは、恐らく傍観者のみ。
彼女はこの場にいる全ての人物の心を、手中に握っている。
理は…ただ何も考えず、それを聞いていた。
何の感情も抱かない。ただの、言葉として。
「…で」
ドクロが、闇姫を真似るようにテーブルに肘をつき、こう言った。
「なんで、死ぬ必要があったの?」
理に目を向ける一同。
不思議人が何なのか。その疑問を問い続けても、恐らく答えは出ない。
少なくとも、納得いく答えは。
理は全員の視線を確認するように、その赤い目をギョロリと動かす。
「…分かるように、説明致します。具体的に理解しようとすれば、あなたがたの思考が恐らく耐えきれません。あえて抽象的に語らせて頂きます。理屈や仕組みは一切、気にしないように」
ラオンの言葉以上の皮肉。
なのに…皮肉に聞こえない。
むしろ、彼と傍観者の存在そのものが、その言葉を納得いくものに仕立て上げているようだった。
「皆さんの魂を、一つにします。そして、我ら不思議人の力を与え、リューガに勝てるようにします」
ここでようやく、協力者である事が分かった。だが闇姫は強く出る。
「都合の良すぎる話だな。くたばったというのに生き返れて、しかもリューガのクソ野郎をぶち殺す力を無条件で得られるってか。しかもこんな急展開。疑わざるを得ねえ」
「ふふ、急展開…」
傍観者が、口に手を添えて笑う。
何故、笑ったのか?
いや…気にしていられない。
理は、柔らかな笑みを見せたまま続ける。
「単に魂を合わせるだけでは成り立ちません。皆様の住む世界では、器たる肉体、つまり一つとなった魂を行使する代表者が必要です。その代表者を迅速に決めてください」
突然、急かしてくる。
迅速に、と。
簡単な話が…全員の力を、一人に与えるという事だ。
この中で一番信頼ができる存在を、代表者とする。その代表者が力を得て、蘇生し、リューガを倒す。
簡単な話なのに、何か無数の数式をいっぺんに見せられているような気分だった。
…代表者。
やつを、リューガを倒す最後の希望。責任重大だ。
下手に決める事はできない…。
れなは、頭が弱いなりに考えた。
怪力に、頭も良い粉砕男が真っ先に浮かぶ。
「粉砕おと…」
いや、そんな簡単に決めて良いものか?
…葵はどうだろう。
銃の力はやはり凄い。弾丸でリューガを貫通し、再生も追いつかないダメージを負わせられるかもしれない。
なら、ラオンの機動力…あの切れ味で、リューガの魔術をも切り裂くだろう。
…ドクロとテリーなら、どちらにすべきだろうか?
多くの魔術を使えるドクロ、骨であるが故に非常識的な戦いも可能とするテリー。
…姉として、妹に託すべきだろうか?
妹の力…れみを信じて。
倫理など気にしている場合ではない事は分かってる。ましてや姉妹の間柄など。
…決められなかった。
仲間達を等しく信用してるし、彼らの勝利を誰よりも望んでいる自信だってある。
だからこそ、万が一。
万が一…ダメだった時。
責任を負わせてしまうのが、怖かったのだ。
もし負ければ…本当の意味で世界は終わる。
その責任が、一気に押し寄せてくる。
負けても、そして勝っても。
その先はどうなるのか、分からない。
(…勝てるのかな)
ついに、心の底ではっきりとした弱音がでてしまった。
「私が代表者になる。ただし、ワンダーズは別個に代表者を決めやがれ」
顔を上げる。
闇姫が…あっさりと決断を出していた。
「デビル、バッディー、ガンデル、ダイガル。力をアタシに貸しやがれ。拒否権は無い」
「きょ、拒否だなんて…」
バッディーが目を輝かせ、四本のうち二本の腕で目を覆う。
ガンデルとデビルマルマンも、嬉し泣きを始めていた。
…こんな簡単に、決めていいものなのか?
敵ながらも、流石にれなは闇姫を心配した。生まれて初めて、彼女に考え直させようとしたかもしれない。
「ね、ねえ。闇姫。もう少し考えたら…」
横頬に衝撃が走る。
…闇姫はいつの間にか立ち上がり、れなを殴り倒していた。
「馬鹿野郎。何だその面は。テメェ、何迷ってやがる」
ムクリと立ち上がるれな。
何度も闇姫と戦ってるはずなのに、その拳は何故だか全く避けられなかった。
闇姫は、冷ややかな目線でれなを見下すと…人差し指を突き立てる。
その指の先が示すのは…れなではない。
れなの後ろのワンダーズの仲間達だ。
「…っ!」
皆…同じ顔をしていた。
れなを真っ直ぐに、あまりにも真っ直ぐに…見つめている。
…自分?
「理由は簡単だ」
粉砕男が、皆を代表して両手を広げる。
「お前が、かつてリューガを倒した。だから、今度もまた倒せる。…お前を信じてるからだ」
「…それだけ?」
皆は、返事をする事も、頷く事もない。
目線だけで、言葉を紡いでいた。
何を考えてるか、何を伝えようとしてるのか、鮮明に分かる。
ラオンは、熱意。
粉砕男は、期待。
ドクロは、友愛。
テリーは、確信。
葵は、信頼。
れみは…。
「お姉ちゃん。私達の力…使って」
尊敬。
「では、始めましょう」
不思議世界の決戦。
ワンダーワールドの幕が開く。




