敵討ち
「泣かせるねえ。こいつの敵討ちか」
れなは、死んだ。
正確には、殺された。
仲間の死に、ワンダーズの怒りが燃えていた。
…燃えていた、どころではない。もはや自分自身の心を砕かんばかりの、激しい感情が、一同の瞳を震わせていた。
彼らは先ほどまで、事務所にいた。
だが、感じてしまった。
大気の中に潜む邪悪な力…リューガの魔力が、僅かに揺らめいた事に。
それ以上に、その魔力に立ち向かうもう一つの勇ましい力…れなの力が荒れ狂い、そして果てた事に。
「クソリューガ…」
ラオンは、これでもかと目を釣り上げていた。
地を砕かんばかりに足を踏み込み、握り潰さんばかりにナイフを持ち、歯を震わせている。
右腕はまだ無いが、その姿は、五体満足の状態以上に、修羅じみた怒りと闘気が放たれてる。
その横の葵も、消耗を感じさせない冷たい表情で、リューガにライフルを向けている。
「…テメェ。二度と生き返らないようにしてやる」
そう発したのは、テリーだ。
破壊されたはずの頭蓋骨が、戻っている。
だが、無数のヒビが刻み込まれていた。明らかに、早急に再生した事が伺える。
兄の体を支えるドクロは、赤い目から涙を流していた。
粉砕男はそんな彼らの様子を見つめていた。
この中では一番落ち着いていたが…彼も同じ怒りを抱えている。その声には、いつもの優しげな気配が微塵もない。
「…皆。怒りに我を忘れるな。だが同時に…怒りを忘れるな」
リューガは、自分一人に向けられる無数の怒りの矛を、何て事のないような顔で見渡した。
店に陳列されてる菓子でも見るかのようだ。
「ふーん。皆キレてんじゃん」
片足で、れなの無残な遺体を踏みつける。
「そういえば、俺の可愛い子供達がいねえな。まさか怖気づいたのか?うっわ…笑えるな。こんなゴミ一つ片付けただけで」
「黙れ!!!!!!殺してやる!!!!!」
ワンダーズの頭上を飛び越えるように、小さな影が現れた!
…れみだ。
涙が空中に舞い散り、歯を剥き出しにするように口を開き、唾液すら飛び散っている。
拳が、足が、姉を失った怒りのあまり、軋みそうな程に力が込められていた。
地面に着地すると同時に、地響きが起きた。
リューガの懐に飛び込んだれみは、その腹部へ拳を叩きつける!
痛快な程の勢いで血を吹くリューガ。
れみは直ぐ様、リューガの顔の前に飛び出し、目を貫いた。
「お姉ちゃんを返せ…!!お姉ちゃんを返せえええ!!!くそっ!!!ぶち殺してやる!!クソ野郎!!クズのゴミカス野郎!!!!」
リューガの首に手をやり、指を食い込ませ、出血させる。
あまりの勢いに、仲間達も一瞬戸惑う。
だが、れみのおかげで、抑え込んでいた怒りがとうとう…。
『がああああああ!!!!!!』
全員が咆哮をあげ、リューガへと向かう!!!
敵討ちだ。
粉砕男がリューガの顔面へ拳を打ち込み、葵が背中へ発砲する。
ラオンはリューガの腕を何度も切り裂き、テリーとドクロは魔力の全てを持ってして、骨を生成してはリューガへぶつける。
れみは変わらず…とてつもない打撃の嵐を仕掛けていた。
地盤が緩む…建物が揺れ動き、やがて倒壊する。
「れなを!!れなをよくも!!!」
ラオンはナイフだけでなく、足をリューガの後頭部へ叩きつける!!
その一撃でクレーターが生じる。平和な街が、荒野と化していく。
人々は既に避難したか…リューガに殺されている。
そう、何の関係もない人々も、無残に殺された。
「貴様は…死んでも分からないだろうな!!」
粉砕男の巨体が滑り込むように動き、リューガを殴り飛ばす。
全身から血を垂れ流しながら、リューガは空中へと吹き飛ばされる。
惨たらしさに反して、神聖に輝く太陽光の下、葵が正確に狙いを定め、ライフルにエネルギーを込めた。
緑色の巨大な光に包まれた弾丸を、何度も連発する。
「あんたほど腹立つやつ…初めてだわ…!」
全員が、空中から降り注ぐ血の雨を浴びていた。
ドクロが片手から黒い光弾を放っていく。
あまりに凄まじい物量だった。怒りで魔力が増量しているのだ。
「お兄ちゃんもれなも、みんなも傷つけて…本当に、本当に許せない…」
テリーがドクロの後ろから飛び出し、両腕を刃に変形させる。
その刃はリューガの胸部、そして頭部と、生命において逃れようのない生命線を貫く。
普通であればこれで殺せるはずだ。普通であれば…。
「くっ…!やはり、こんなもんじゃ駄目か!!」
リューガは、血塗れの顔で、嫌な笑みを見せた。
その顔を、テリーは横から思い切り蹴り飛ばす。硬い骨の足から放たれる打撃は、これまでの攻撃とはまた違った、暴力の波と呼ぶべきものだった。
空中で吹き飛ばされるリューガ。それに先回りするように、れみが飛び出す!
「お姉ちゃんを!!」
高速で飛んでくる彼の顔面へ、膝蹴りを仕掛ける。れみの緑の服が、原型すら残さないほどに、血濡れた。
「返…せっ!!!!!」
大粒の涙が、宙に飛び交う。
そこに映る、赤い景色。
小さな戦士が身を汚しながら、愛する姉の敵を痛めつける、悲しい光景。
彼女は両手を白く発光させた。
エネルギーを込めた、最大の打撃だ。
無言で、それをリューガの後頭部へ叩きつけた。
大地が揺れる。
周囲一帯の大気が吹き飛ばされんばかりの衝撃。リューガは、地面に叩き落された。
「…やっては、ないな」
粉砕男が、リューガが落ちたクレーターを睨みつける。
葵はライフルの弾を装填、ドクロは両手から魔力弾を生成し、いつでも撃てるように構えている。
ふと、粉砕男の隣に、れみが降りてくる。
…あの猛攻、そして表情。
粉砕男は、れみの理性が狂ってしまったのかと、心配していた。
彼女はアンドロイドといえど、まだ子供。
彼女にこの状況は、あまりにも…辛すぎる。
だが。
「…ごめん」
俯いたれみが、意味もなく、何かに謝る。
それを見て、粉砕男は安心した。
れみの目に、優しい涙が浮かんでいたのだ。
姉を失った事だけではない。
相手がいくら外道だろうと、ここまで、心ない打撃を何発も仕掛けたのは、生まれて初めてだから。
その罪悪感が、彼女の心を突いていた。
…しかし。
「ぐあっ!!!」
粉砕男が、凄まじい声をあげた。
…血が垂れ落ちる。
ボロボロなコンクリートを濡らすその血は、リューガのものではない。
粉砕男の血だ…。
「汚れちまったじゃねーかよ〜」
…白煙の中から、リューガの影が現れた。
何の攻撃を繰り出したのか、分からない。
だが、何かが粉砕男を射抜いたのだ。
「流石、れなの愉快な仲間達。ここまで汚されたのは久々だぜ。やっぱ人間のゴミ兵士を相手するより、お前らと遊んだ方が楽しいな?まあ、お前らもゴミだけどな」
煙の中から現れたリューガは…。
血も傷も、何もかもが修復された、完全に元通りの状態だった。
「…」
どうすれば倒せるんだよ。
そう叫びたくなる。
だが、叫べない。仲間達の不安を倍増させてしまう。
…同じ事を、誰もが思っていた。
ドクロと葵が息を呑み、それぞれの攻撃を放つ!!
銃弾、そして魔弾。リューガの背後から猛スピードで襲いかかる。
…だが、それらは途中で、パッ、と消えてしまう。
「え…はっ?」
場違いなまでに困惑した声をあげたのは、ドクロでも葵でもなく、ラオンだった。
「…くそ!!!」
ラオンは地面を蹴り、体をひねり、ナイフを振りかぶる。片腕が無い分、体の片側に遠心力を集中させるように。
…だが、ラオンの手元から、何かの感覚が消える。
「…あっ!?」
ナイフが、消えていた。
手だけは、空を握りしめたまま。落とした訳ではない。確かに、消えていた。
状況が分からぬまま、ラオンはまともな攻撃の準備もできていないまま、リューガに距離を詰めてしまう。
リューガの裏拳打ちが、ラオンの胸元に叩きつけられた。
「がはっ」
その一撃で…ラオンは吹き飛ぶどころか、上半身が吹き飛ばされた。
地面に叩きつけられるラオン。腕だけでなく、体まで両断されてしまった。
「…何が…起きたのか知らねえが…!!」
激痛の中、こちらに向かってくるリューガに、ラオンは怒鳴りつける。痛みを活力に変えて。
「アタシらは、テメェなんかに負けねえ…!!負けねえぞ!!!」
リューガの足が、ラオンの視界を覆った。
一同は、唖然とした。
ラオンの頭部が…踏み潰された。
「…テメェエエェェ!!!!」
粉砕男が、彼らしからぬ荒げた声を発する。大きな体が、怒りを纏いながらリューガへと迫る。その足音は地響きのようだった。
「いい加減にしろ…俺の仲間を、何人殺せば気が済む!!!ふざけるなぁ!!!」
拳がリューガに叩き込まれる寸前…。
粉砕男の全身を、またもや何かが貫いた。
理解不能の攻撃だ。
「…っ、ワンダーズは…無敵だ…!」
彼の顔にも、リューガの拳が叩きつけられた。
「…っ!!うあああああ!!!」
次に飛び出したのは、ドクロ。
粉砕男の死が、彼女の理性のタガを外してしまったのだ。更に涙を流しながら、走り向かう彼女の姿は、見ていられない。
そんな彼女の手に、テリーが己の手を伸ばす。
「…一緒に、いくぞ」
その声は、静かだった。
ドクロは、その手を握り返す。強く、強く…。
兄妹は、二人同時にリューガへ向かっていく。その手には、最後の抵抗である魔弾が生成されていた。
「仲良しごっこ、寒いんだよ」
二人の足元から、無数の棘が飛び出した。
…真下から串刺しにされる兄妹。
「最期まで一緒だな?良かったな?」
…動かなくなる二人。魔弾が消えていく。
リューガの首元に、何かがぶつかる。
血が噴き出すも、彼は何でもないように軽く首を押さえ、瞬時に再生する。
目を向けると…葵が、ライフルを向けていた。
涙が溢れ、口が開きっぱなし。その手は震え、銃身も揺れているにもかかわらず、その弾はリューガを正確に射抜く。
仲間の仇を討つ。その確固たる意思が、葵を動かしていた。
「…あの時と同じ顔してやがるな。おもしろ」
リューガは指を鳴らす。
葵の腕が、瞬時に引きちぎれた。
「っ…」
次に襲い来るのは、胸元を貫く見えない重圧。静かに、葵は倒れた。
何も言えなかった。いつも冷静な彼女が。
惨たらしく、何もかもを終わらせられた。
…残るれみも、また。
「…」
膝を突き、両手が落ちる。
リューガは、ワンダーズの遺体を、自身の周囲に均等に、綺麗に並べていた。
雑に殺してるのではない。
遺体が、リューガを囲み、それぞれの損傷が分かりやすい状態にされていた。
リューガは首を傾け、得意げに笑う。
「ワンダーズ展覧会の完成だな?」
れみは、最早何も言えなかった。
目の前に敵などいないかのように、仰向けに倒れ込む。
「あー、壊れたか。つまんねえ」
壊れた玩具に、もう用はない。
元から大した用もないが、何だかムカつく。
リューガの思想など、そんなものだ。
涙を流すれみに、リューガは足を叩き込む。
静寂の街で、何かが潰れる音が響き渡った。
「なんか、呆気なかったな」
歴戦の戦士を軽く片付けたリューガ。
彼らの最後の抵抗を見ても、特に何も感じるものはなかった。
ただゴミが向かってきて、それを殺しただけ。その程度だ。
「じゃ、次はどこ行こうかなー」
両手を後頭部に回し、歩み去ろうとするリューガ。
…だが、戦いはまだ終わってなかった。
「…ん。なんだ、お前」
リューガの前に、建物の影から現れた、その人物。
その人物は、ふらつく足取りで一歩、一歩と歩み寄る。
殺意はない。あるいは、感じられない。
「なんだ?逃げ遅れた野郎か」
ポケットに手を突っ込み、首を鳴らすリューガの目の前に現れたその人物。
…それは、れなとれみの主人…博士だった。




