傍観者の導き
「信じられない。本当に、リューガが」
あまりに非現実的な事態。
それを改めて脳に突きつけられたドクロの声は、感情がこもっていなかった。
あれから瘴気界を抜け、ワンダーズ、そして闇姫軍の精鋭戦士…ダイガル、バッディー、デビルマルマン、ガンデルの四人は、リビングで互いの顔色をうかがいあっていた。
まさか、闇姫軍の連中と並ぶ事になるなんて。
その状況もまた、長らく対立しあってきた両勢力にとって、非現実的なものだった。
「…闇姫が抑えてくれているんだよな。リューガを」
テーブルの上で両手を組み合わせる粉砕男に、デビルマルマンは羽を床に休めながら言った。
「抑えるどころじゃねえ。ぶち殺してくださるさ」
…そう言いながらも、彼はもう気づいていた。
驚異的な魔力技術を持つ彼には、遥か遠方から伝わる邪悪な力が大気を侵食しているのが手に取るように分かる。
間違いなく、リューガの魔力だ。
そして闇姫の魔力は…その中に埋もれてしまっている。
「…」
デビルマルマンが、丸い体を更に縮こませた。
…皆、言いたい事はあまりにも多い。
だが、相手はあの最強最悪の敵…リューガ。姿が見えていないこの状況ですら、もたつく暇を与えてくれない相手だ。
それほどまでに、彼は恐ろしい。
直ぐ様、ソファーに寄りかかり、まだ体に残る痛みに呻いていた葵が声をあげた。
「…やつを倒さないと。…かつてと同じく、…殺すのよ…」
「それがいい」
言いにくそうな葵の声に、フォローを入れるかのごとく返答したのはダイガル。ここでは敵も味方も関係ないと理解しているようだ。年配者ならではの判断力だった。
ちらりと部屋の隅を見る。
べッドの上に寝かされているのは、右腕を失ったラオン、頭が無いテリー。
ベッドに寄りかかっているのは、魔力を抜かれたF、クラナ。
そのうち、クラナは眠っている。
彼女は睡眠を通す事で、体を癒す。幼い彼女には、肉体的にも精神的にも、睡眠療法が一番だ。
れみとドクロも、体の節々が痛みながらも、まだ動きやすい状態だった。それでも、まだ、というだけであり、時々壁に手をつき、息を切らしてる。
皆の為に飲み物を運ぶ二人を見る粉砕男は、眉を八の字に寄せていた。彼も動こうとしたのだが、リューガとの戦いで体の所々の骨が折られている。人工生命である彼は骨の修復も人間とは比較にならない速さだが、あいにく、休息は必要だ。
ガンデルが、ポケットに忍ばせていた小型モニターに、現状をメモとして入力している。入力音が、やけに大きく反響している。
「…しかし、君達。かつてあの男と戦って、勝った事があるんだったよね?」
彼はモニターの電源を一度落とし、周囲を一望。彼の声は、この中で唯一、呑気な感情が見え隠れしていた。
れみがそれに答える。
「えっと…確か、お姉ちゃんがリューガと戦ってて、アタシが一度リューガとタイマン張って…それで…あれ?」
不思議だ。
あれだけの存在を倒したというのに。
…れなが倒した、という記憶しか残っていない。
あの騒がしく、天真爛漫なれな。
リューガを倒すなどという偉業を成し遂げたのなら、しつこいくらいに周りに言いふらすだろう。戦闘狂気質なので、その戦いの詳細もいちいち語ってくるに違いない。
…しかし、本当に、誰の記憶にも、朧げだった。
「…どうやって倒したんだっけ?」
れみは迷う事なく、記憶の欠落を口にした。
周りにいたワンダーズの顔から、忘れているのは自分だけではないと悟ったのだ。
「まあ、れなが倒したってのは確かなんだね。で、そのれなはどこだい」
そう、この場にはれながいなかった。
一瞬、一同は、あの瘴気界に置き去りにしてしまったのではないかと身を震わせた。
「皆ごめーーん!!!」
重い空気を取っ払う、あまりにも明るすぎる声。
直後、窓が割れ、そこから黄色い髪を振り乱すれなが現れた。
その両手には…大量の菓子類が抱えられている。
「皆の為に色々買ってきたよー!!早く元気にならないといけないからね!」
菓子をテーブルに叩きつけるれな。
ダイガルが机に腕を置き、冷ややかに言った。
「病人がいるのだぞ。少しは静かにしろ」
悪の組織の精鋭とは思えない、ごもっともな言葉。れなは恥ずかしそうに笑うと、ポケットに入れていた大好物のシシャモを食べ始めた。
ちなみに包装も何もなしで、生で入れていた。
彼女の底抜けの明るさがあれば、リューガにも勝ててしまいそうだ…。
が、残念ながら今は冗談を言ってる場合ではない。
「ね、ねえ、お姉ちゃん」
れみがれなのツインテールを摘んでこちらに意識を向けさせる。
「確かあの時の戦いって、お姉ちゃんがリューガにトドメ刺したんだよね?」
「…。そうだけど?」
一瞬、間を置いた。
あの戦い…リューガへのトドメは、れなが初めて意図的に殺生に出た一件。呑気な態度のまま返答する事はできなかった。
れみは生唾を呑み、単刀直入に疑問を投げかける。
「…あいつ、どうやって倒したっけ?」
「…」
れなは、自身の両手をちらりと見た。
「…どうだっけ?」
本人すらも、記憶に無かった。
やっぱり、と互いを見やるワンダーズ一同。
大きな反応をされた事で、れなはやや居づらそうに頭を掻く。
だが、予想はしていた。
もしここで簡単に撃破方法が分かる程甘い世の中であれば、皆、こんな傷は負っていなかっただろう。
「おい。過去に倒した方法が分かっても、今もそれが通じるとは分かんねえだろ」
湿っぽく、居づらい雰囲気になった部屋の空気に苛つくように、バッディーが荒い声をあげた。
確かに、ここで過去の事を考えていても仕方ない。
とにかく、新たな方法でも何でも、リューガを倒す方法を考えるべきだ。やつを一刻も早く倒す。その為に、今最も適切で、かつ早急な方法を見極め、探る事が第一だ。
現にれなは、バッディーの単純な言葉一つで救われたのか、再び呑気な様子を取り戻した。
「そーだよねー!…って、あっ!」
なにやら大げさな素振りで、彼女はスカートのポケットをまさぐりだす。
「コンビニに忘れ物しちまった!ごめん皆!ちょっと戻るね!」
仮にも敵がいる部屋だ。そんな中で発せられたれなの声、そしてその言葉は…異様なほどに明るかった。
れなは踵を返し、玄関へと走り去っていく。
「…?」
違和感に気づきやすいデビルマルマンが体を傾けてれなを見る。
しかし、あと一歩のところでその何かに気づかず、彼はれなを見過ごしていた。
闇姫軍に歯向かうようなアホな女だ、どうせリューガへの恐怖を誤魔化す為に、無理にでも笑い、笑わせようとしているのだろう。
…そうに違いない、と、彼は考えたのだが。
目眩の中でも、細かい観察を怠らない葵が、ある事に気づく。
「…あの子、右腕壊れてなかったっけ?」
…れなの右腕。
コードやパイプがむき出し、人間で言えば腕が千切れかけている見るに堪えないような状態だったはずなのだが、今の今まで目の前にいたれなの右腕は、元の綺麗な肌に戻っていた。
あの時、確かにリューガに腕をやられたはずだ。あのダメージは、完全に治癒するには長い時間が必要なはずだった。
「もしかして…博士に頼んだのかな」
れみが予感を巡らせる。
彼女らを点検してくれる博士。彼くらいしか、あのダメージを短期間で直せるような人物はいない。
後ろで、粉砕男がれみに続くように言う。
「彼女の事だ。きっとリューガを倒すために俺達の中でも一際燃えているんだろう。…でも、何なんだろうな、さっきの違和感」
それだけではない。
いくら博士が技術があるとしても、あの腕を治すには最低でも一日以上はかかる。
なのに、たった今見た彼女の腕は、あまりにも綺麗に整っていた。
損傷の痕跡すらない。
れなたちアンドロイドは、ある程度の人工皮膚も肉体に張り巡らされている。大きな損傷を負えば、自己修復するまではほんの僅かに損傷の跡が残るはずなのだ。
「…アタシ、博士の所に行ってくる!」
れみは、たまらず駆け出した。
姉の後を追うのではない。あくまで博士のいる研究所だ。
…れなは頭が回らない癖して、隠し事が上手い。何かを聞いても、かなり上手く誤魔化してくるのだ。
しかし、彼女は昔から、何かがあると、何となく研究所で無駄な時間を過ごす癖があるという分かりやすいサインがある。
ならば、研究所にいる博士のもとにも訪れている可能性が高い。
「あ、き、気を付けてな…」
粉砕男の声が、少しばかり寂しげにこだました。
…その頃、れなはと言うと。
「…で、ここからどうすればいいの?」
テクニカルシティの一部、何の特徴もない場所。ただ、数件の民家が立っているだけの場所…。
そこの塀に寄り掛かり、すぐ横に立つ、[傍観者]の姿を、目の当たりにしていた。
「…この世界でまともに話し合うのは初めてかもしれませんね。改めまして、お久しぶりです、れなさん」
白い髪、白いドレス。背中からは羽、頭上には黄金の輪。
天使のような幼い少女が、そこにいた。




