闇姫VSリューガ
ステージを抜け、施設の廊下を駆け抜けるれなたち。
リューガから逃れるのに必死だったれなは…ラオンを抱えてる右手に生じてる違和感を思い出し始めた。
そして、違和感に気づいた時、それは激痛となって体を蝕む。
「くっ…いってえ…」
膝を折るれな。ラオン、そして左手の葵が滑り落ち、力ないマネキンのように床に落ちる。
二人は、床を押すように立ち上がる。
「…れな。ありがとよ。だが…アタシはまだまだ動け…うっ!」
強がるラオンだが、彼女も右腕を千切られているのだ。オイルの流出こそ止まっていたが、外気の断面が触れ合い、その度に電流のような痛みが走る。
葵はどこも欠損していないが、一方、内部へのダメージが大きいらしい。黙り込みながら、ヨタヨタと、立つのさえやっとな事が一目で分かる頼りない足取りで前進する。目眩が激しいのだろう。
ドクロは…肩に担いだテリーへ何度も目を向けた。首を失ったテリー…本当に、彼は大丈夫なのだろうか。
(ドクロ、そんなに心配すんな。俺は、お前への愛がある限り不滅だ…。お前が生きてる限りは、俺も生き続けるぜえ)
胴体から放たれてるであろう魔力にのり、死神特有のテレパシーがドクロに送信される。いつも通りの口調…無理はしていなそうだ。
「この馬鹿兄…」
ニッ、と、ドクロは歯を出して笑った。
粉砕男は、Fと並んで歩いていた。
二人とも足を引きずっているが、まだ動く事はできるようだった。時々、先を急ぐように速度を上げている。
それでも、やはり動作はぎこちない。特にFはクラナを抱えてる事もあって、全体的に不自由そうな挙動を見せていた。
彼らは高い自己再生能力も持ち合わせてるが、相手はあのリューガ…。彼の攻撃に、再生を阻害する魔力が含まれていたのだろう。どこまでも抜かりのない相手だった。
無数の絵画が並ぶ、やたらと長い廊下を進んでいく。
血まみれの足を描いた物、無数の人物に暴力を振るわれる男性を描いた物、女性の首吊り死体を滅多刺しにする人物が描かれた物…どれも、リューガの趣味だろう。
どこを見ても、やつを思い出す。なるべく目をそらしながら、彼らはただ前へと進む。
しばらく進み、曲がり角に辿り着く。
「やっと来たか…」
聞き覚えのある声が、曲がり角から聞こえてくる。
粉砕男は…黙って覗き込む。
そこには…紫の球体から、翼と手足を生やしたような生き物…デビルマルマンが立っていた。
その後ろには、ダイヤモンドを模したような形状のダイガル、黒い球体から四本の腕を生やしたバッディー。そして蛙型怪人のガンデル。
昔から対峙し続けてきた、闇姫軍の精鋭達が出迎えてくれた。
長年の敵だが、その見慣れた姿に、不覚にも安心感を覚えてしまった。
バッディーが前に出る。心なしか、その四本腕も脱力しているように見えた。
「これは、お前らに協力しろ、という闇姫様のご命令だ。…勘違いするなよ。俺達は仲間じゃねえ。リューガのクソ野郎を消した後は、お前ら一人一人の顔面を叩き割ってやる」
憎らしそうに声を震わせるバッディー。軍の精鋭戦士としてのプライドが、彼の拳一つ一つを震わせる。
次に発言したのはダイガル。軍の中でも年配であり、落ち着きある彼の声は、至って平常な、低い声だった。
「落ち着けバッディー。今ばかりは俺達も手を組むべきだ。闇姫様がリューガを抑えてる間に、ワンダーズを瘴気界の外へと導く。デビル、ガンデル。頼むぞ」
デビルマルマンとガンデルは頷きあい、目を閉じ、意識を集中…そして、すぐに正しい道を発見した。
「あっちだよ」
通路の奥を指さすガンデル。
ワンダーズは、重力に抗いながら、瘴気界を突き進んでいく。
そして。
…闇姫は。
「っ」
息を呑む、両戦士。
その音は、言葉では表しようのないもの。
様々な感情が入り混じり、それが、これから始まる殺し合いへの高ぶりという形で一つに集約されている…そんな意図が、込められていた。
先制攻撃をかけたのは、闇姫だった。
拳を構え、滑るように、瞬時にリューガへと向かっていく。
ただ動いただけで、周辺の壁がひび割れ…そして、あっという間に崩壊した。
拳は、リューガの顔面目掛けて放たれた。
拳と顔面が衝突し合う、僅か二センチ以内の距離でも、リューガは笑みを崩さなかった。
そして…彼は、体を軽く傾けるだけで、それをかわした。
かわすなり、リューガも回し蹴りを打ち込もうと、足を振り上げる!
「おせえぞ、クソノロマ」
闇姫は、真正面から足を受け止めた。
右手で、リューガの膝を指で軽く突く。
…直後、リューガの膝から、何か硬い物が曲がるような音が聞こえてきた。
リューガの足が、脱力する。骨をへし折ったのだ。
闇姫は間髪入れず、リューガの鳩尾に膝蹴りを仕掛け、体勢を崩させる。
血を吐くリューガ。その表情を確認する事さえせず、顎を殴り上げる。
リューガの視界に、瘴気界の空…白い霧と暗雲に包まれ、足元の地面と大差ない、殺風景な光景が飛び込んできた。
「ああ、良い空だなぁ」
血を垂らしながら、リューガは言う。まるで、戦いの場にいないかのような…自分の状況を理解していないかのような、そんな発言。
直ぐ様闇姫は彼の背後に回り込み…。
「黙れ」
彼の頭部に両手を置き、そのままへし折った!!
骨が外れ、人形のように首が捻れるリューガ。
普通の相手であれば、致命傷もいいところだ。
普通の相手であれば…。
「効かねえよバーカ」
彼は、首が折れた状態で、後ろ蹴りを仕掛けてきた!
勿論闇姫はこれを予測していた。素早く飛翔し、リューガの頭上に回り込む事で回避、彼の頭頂部目掛けて踵落としを仕掛けようとする。
しかし、彼は腕を軽く振るい、闇姫の足を払い除け、その足を掴む。
闇姫は持ち上げられ、地面へ叩きつけられる。瘴気の霧が大きく揺らめく。勢いに任せて、リューガは闇姫の背中を連続で踏みつける。
力強い拘束だった。ここから逃れるには、体の一点に力を集中させなくてはならない。
背中にのしかかる苦痛にも無言のまま、闇姫は両手に力を込め、見えない地面に叩きつけた!
リューガが足を振り上げていたまさにその瞬間、衝撃が地面に叩き込まれ、闇姫の体がリューガの手から流れるように抜け出した。
そのまま空中飛行に移る彼女。リューガは、また、戦闘の最中であるにも関わらず、肩の力を抜いた呑気な態度を見せた。
「相変わらずやるねえ」
リューガは手の平を広げ、空中の闇姫に狙いを定める。次に何をしてくるか、闇姫にはおおよそ予想がついていた。
そう。予想はついていたのだ。
…予想がつかない事を、してくるのだと。
「おらおら、楽しめ」
彼の手から、無数の光弾が放たれる!
その数、たった二秒の連射で、二百発。一発ずつ撃たれたのではなく、一度に複数の魔力が瞬時に凝縮されて放たれたような、とてつもない勢いだった。
その濁流のようなエネルギーの群れを、闇姫は表情一つ変えずに空中でかわしていく。どこに何があるかも分からない瘴気界を縦横無尽に飛び回り、光弾とリューガを観察する。
(この光弾、色がちげえな)
目の前に飛んできた光弾に目を向ける。基本的に、薄い虹色の光弾が発射されているのだが、目の前に来たそれだけは、赤一色だ。
宝石のような輝きが美しく、そして不吉だった。
闇姫も、手の平から紫の魔弾を放ち、赤い光弾を相殺する。すると…。
光弾が瞬時に消え、空中から炎が出現した!
「ふん」
冷たい表情のまま、炎をかわす。
間髪入れず、また異色の光弾が飛んでくる。今度は青く、冷たい魔力が含まれてる。
そこにも魔力を軽く放ち、相殺。すると、今度は氷の礫が撒き散らされる。
その礫一つ一つは、闇姫の両目、及び左目と、眼帯に覆われた右目を狙っているようだ。彼女は左目を赤く発光させ、魔力を放出する事でそれらを破壊する。
次々に飛び交う異色の魔弾。
緑は茨が、紫は毒液、白は光、茶色は土…あらゆる属性を使ってくる。
しかも、属性だけではない。黄色い光弾を破壊すると…その中から出てきたのは、アヒルの玩具だった。
間抜けな鳴き声をあげる玩具が、地上へ落ちていく。通常光弾をかわす闇姫の感覚に、一瞬戦意のない物の乱入で、僅かに揺らぎが生じた。
リューガなりの挑発…いや、舐めプ…とでも言うべきか。
それでも彼女は光弾同士の隙間を掻い潜り、少しずつ距離を詰めていく。
「ほーん、流石は最強の悪魔、闇姫様だね」
リューガの左手が僅かに浮く。次の段階へ移ろうとしていた。
…地面から何かが飛び出してくる。
それは、二本の鎖だった。
それも、巨人を巻き付けんばかりの巨大な鎖。小柄な闇姫にはあまりにもオーバーだ。
これが、光弾を上手く避けながら闇姫へ飛んでいく。
闇姫は全ての攻撃の軌道を読み取り、両の拳を突き出す。鎖に同時にぶつかる拳。
鎖はひび割れ、バラバラになる。
…すると、バラバラになった鎖が、一瞬にして変化した。
今度は鉄の鉛…銃弾だった。
それらは見えない力によって動かされ、闇姫に一斉に放たれる。彼女は空中で身を翻して回避するが…動いた先にも、何かがあった。
何も無いように見えるが、どうやら見えない壁があるようだった。魔力が感じられる。
…更に。
見えない壁がある、と脳が認識するより前に、彼女のすぐ下の地面から、無数の柱が生えてきた!
それらは先端が鋭く、闇姫の全身を串刺しにしようとしてくる。
予想を超えた柱の出現にも、彼女は対応した。その身を一回転させ、無駄一つない動作で回避する。
そして、回し蹴りで柱を破壊し、破片をリューガ目掛けて発射、同時に自身も破片と共に飛んでいく事で、少しでもリューガの視界をくらまそうとした。
リューガは…両目から青い光を放つ。
闇姫の周囲の破片から、火花が散り始め…突如、爆発した!
どこまでも予想外を重ねてくるリューガ。だが闇姫は、この攻撃すらも利用した。
爆風に乗る事で更に速度を上昇させ、自身の攻撃力を高めたのだ。
ついに、殴り合いの距離に持ち込ませる事に成功した。リューガのニヤけ面に、闇姫は拳を叩きつける。
リューガは殴られながらも全く怯まず、闇姫にも負けない速度と正確さで、次々に打撃を繰り出していく!
「格闘で私に勝てると思うな」
闇姫はそれらを受け流していく。蹴りを腕で防ぎ、拳は体を傾けて軽くかわし…。
リューガの打撃の凄まじさは、瘴気の霧すら晴らしていく程の勢いだった。霧の下から少しずつ顔を出していくのは…何も無い、暗黒の世界。
瘴気界が、たった二人の戦士の戦いで、姿を丸ごと変えようとしていた。
闇姫は、リューガの打撃の一瞬の隙を突き、彼の脇腹へ鞭のような蹴りを叩きつける。
それも一度ではない。闇姫の足が一瞬消えたかと思うと、リューガの身体が大きく傾き、バランスを崩す。
その一瞬の間に蹴りつけた回数…百回を上回った。あまりにも速すぎる蹴りによって生じた膨大な衝撃が、リューガ一人の体表へへばりつく。
「ぐふっ」
リューガは、吐血した。
衝撃が遅れて及んだのだ。
膝を突く彼の顎を、闇姫は更に蹴りつける。
顎を蹴られた勢いで舌が噛み切られた。リューガの視界が、再び真上へ向けられる。
「どこまでも隙見せやがって」
言葉こそ余裕だが、闇姫の表情は強張っている。それほど、リューガへの警戒は固かった。
今度は彼の顔面へ踵を叩き落とし、顔面を潰す。直ぐ様、足を地面につけると、腰を捻り、勢いをつけてリューガの心臓付近へ拳をぶつけた。
リューガは空中へと投げ出される。暗黒の空に、赤と青の鮮やかな衣装が、花火のように煌めく。
闇姫は素早く右手を振り上げ、闇の魔力を放出、瞬時に、十メートルほどもの赤黒い光弾が出現した。
「死ねクソ野郎」
冷たく言い放つと、直ぐ様それを投げ飛ばした!
光弾はリューガに衝突すると、赤黒い雷撃を周辺に放ち始める。そのあまりの威力に、瘴気界全てが揺れ動いていた。
光弾は無数の魔力を放出し、少しずつ分解され、小さくなっていく。破片となった魔力…赤黒い光の粒が、リューガの全身の皮膚を焼き払い、細胞の隅々まで闇の魔力が侵食していく。通常の生物であれば、全身が壊死するのに一秒もかからない。
リューガは一言も喋らない。赤い閃光が何度も放たれる為、その表情は確認できなかった。
それが、闇姫の心中深くに眠る、滅多に露わにする事のない不安を引きずり出した。
「…」
あくまで沈黙を貫き、彼女は更に手を向ける。
手の平に、再び闇の魔力が迸る。空中のリューガに狙いを定め、膨大な魔力を体の底から放出する。
「惑星破壊砲」
無機質なまでに感情のない声で、冷たく言い放つ。
一瞬、音が消えた。
瞬時に展開された、赤い破壊光線。
それは先程の光弾ごと、リューガを貫き、真っ直ぐに突き進み、瘴気界という空間そのものをも破る。
地球の空に立ち上る、光の柱。それは、瘴気界の外からでも容易に確認できる程の長さだった。
その柱が進む先…。
赤い爆発が、大気圏外に巻き起こった。
惑星を破壊する程の衝撃が地球のすぐそばで起きたにも関わらず、地球には何の影響も出なかった。闇姫がいつか支配せんとするその星を、傷つける訳にはいかないからだ。威力を調整しつつも、破壊力はとてつもなかった。
しばらく、闇姫は暗黒の空を見つめていた。
「…」
今、瘴気界の外がどうなってるのかは分からない。そして、やつがどうなったかも。
しかし、これももはや予想はついていた。
「相変わらず火力高いねえ」
闇姫の背後から、声が聞こえてきた。
「やはり掠り傷にも満たないか」
その一言と共に振り返ると同時に、闇姫は拳を突き出す。
それは、容易く受け止められる。
リューガが、そこに立っていた。
その顔は、所々から煙を噴き上げており、手足からも血が出てる。確かに、あの攻撃を受けたばかりだ。
なのに、まるで平気そうだった。攻撃とすら捉えていないかのような、余裕そのもの。
受け止めるなり、彼は闇姫へ回し蹴りを仕掛けた。闇姫は飛翔してそれをかわし、今度は手刀を振り下ろそうとするが…。
リューガはそれを、顔面で受け止めた。
額にめり込み、出血。リューガの顔は赤く染まり、悪魔のような笑みを彩る。いや、その邪気、そして存在そのものの異質ぶりは…悪魔以上だ。
「もう分かったよ。お前の力なんて、そんなもんだろうな」
邪悪な笑みと、視線が合う。
その時!
闇姫の両腕に、閃光が走る。
「ぐっ」
静かな声に反して、その光景は凄惨だった。
闇姫の両腕が…もぎ取られた。
地面に落ちる腕を見下ろす闇姫。歯を食いしばり、久々の激痛に全身の筋肉を強張らせている。
どんな攻撃が来たのかも分からない。
痛み、内容。何もかもが、長い間受ける事のない攻撃…。
「今度は足がいいか?」
背中を丸めて覗き込むリューガ。いつの間にか、彼のダメージは完全に回復していた。傷は跡形もなく消えており、綺麗な肌に戻っている。
リューガの足が、見えない地面に擦り付けられる。土と思われる黒い粒を靴裏に染み込ませると…その足を、闇姫の頭に乗せた。
頭皮に染み込ませるように、抉りこむように…。
リューガの右目が黄緑に、左目は赤く染まる。
「いつぞやのお返しだ…」
ある程度踏みつけると、彼女の胸元を蹴飛ばし、ひっくり返す。
闇姫の顔は…目を赤く光らせ、額に血管が浮き上がり、歯が折れんばかりに、咬筋を尖らせた、怒りの表情だった。
「みっともねえ顔だな?バイバイ、ゴミ」
あれだけの戦いの締め言葉とは思えぬ程、軽い声だった。
闇姫の顔に唾を吐き捨てると、リューガは踵を返し、飛び立つ。
黒い空に消えていくリューガの姿。彼が目指すは、人間界だろう。
自身を誕生せしめた人間達の悪意。それを更に堪能するべく、自分だけの狂気のサーカスを始めるつもりなのだ。
闇姫にとって、人間などどうでもいい。
滅ぶに値する生命体だ。このままリューガを放置して、人間どもをいくら殺させても、闇姫軍には何の影響もない。
しかし。
「…やりやがったな」
背中に伝わる、生温かい血の感触。それは外気に触れるなり、少しずつ、冷たさを帯びていく。
彼女は、全身から力を抜き、脳に精神を集中する。
「…やるか」
悪魔特有の生命力。そして魔力。
それらを駆使すれば…腕二本くらいは再生できるだろう。
が、リューガの攻撃の正体が分からなかった以上、切断面の状況や、そこに染み込んだ魔力の質も、朧げだ。未知要素が多いほど、この再生には手間がかかる。
しかし今はこれしかない。
ここで殺されたら、これまでリューガの餌食となった人々と同等になる。
プライドが、彼女の血に、意志を与えていた。
しかし…リューガは、切り落とすと同時に相当異質な魔力を塗りつけてきたらしい。
(…っ)
痛みが、断面だけでなく、体の内部にまで流れだす。
苦痛で意識を失いかけるなど、初めての事であった。
闇姫は…現実とプライドの狭間で、全身を強張らせていた。
生きねば、生きねばと繰り返し心の中で復唱し続け、再生に専念する。それだけが、今の彼女にできる事だった。




