信じられない事は起きる
信じられない事は起きる。
この世界は不思議なのだから。
かつて、あまりにも多くの悪逆を繰り返した存在…リューガ。
殺生はなるべくして避けるワンダーズですらも手を下さざるを得なくなった程の存在だ。
死闘に死闘を重ねた末、ようやく彼は討たれ、永遠にこの世から追放されたはずだった。
地獄の業火で焼かれていたであろうリューガ。
彼がこの世に再び生を許される日が来るなど、世界の誰もが思わなかったし、望まなかった。
が、その日は来た。
人間の悪意の集合体。
最凶、最悪の存在が…今、ワンダーズの目の前にいる。
これは悪夢か。
それとも幻覚か。
あまりの衝撃に、誰もが口を聞けなくなった。
そんな彼らを見下ろすリューガの顔は…早速、邪悪だった。
「アホ面どもが」
唯一、比較的冷静さを保っていたのは闇姫だ。
とはいえ、彼女も冷や汗を浮かべている。
「…おい、クソリューガ」
「何だ、クソ闇姫」
闇姫は、ステージに登りだす。
一歩一歩歩みを進めていき…そして、リューガの目の前へ。
この顔、この態度。
懐かしい。そして、憎たらしい。
リューガには、見境がない。
[悪]である闇姫にすらも、自分なりの[悪]を見せつけ、彼女とその部下達を苦しめた。
闇姫もまた、リューガを憎む者の一人。彼に殺された部下もいるし、闇姫個人としてもリューガの事は気に食わない。
というより、今すぐにでも殺してやりたい程に、憎たらしい。
「リューガ…殺すぞ」
闇姫は、拳を突き出す。
リューガは…それを右手だけで受け止めた。
軽く押し返し、闇姫の体が浮く。
華麗に着地する闇姫。
リューガを殴った手を軽く振るい、舌打ちを一つ。
「やっぱ、簡単に殺せねえ」
残虐性だけではない。実力も、とてつもない。
これほどまでにタチの悪い存在も珍しい。
リューガは両手をゆっくりとあげ、足を交差させる。さながら、ステージに立つ一大スターのような愉悦さ。だが彼を彩るスポットライトは、不快なる悪意だ。
「また会えて嬉しいぜぇ?お前らも嬉しいんだろ?俺に会えた事が」
「誰が嬉しいか…!この野郎!」
そう叫ぶのはれみ。リューガは目だけを彼女に向け、流れるように言う。
「…姉無しじゃ、何もできねえくせに。イキリ雑魚が」
「うっ」
黙りこむれみ。
そんな彼女を身に寄せるのは、れなだ。
「アタシの妹を侮辱すんな!テメェみたいなクズに、れみの何が分かる!?」
「…なるほど、馬鹿の姉は馬鹿。何も変わらねえな」
リューガは笑みを歪ませる。
「テメェら正義の連中は、皆で力を合わせりゃどんな敵にも勝てる!とか謳うよな?それ、つまり一人じゃ何にもできない、価値のない無能だって言ってるようなもんなんだよ」
拳を震わせるれな。
リューガは一瞬目を細めると…両手を叩いて高笑い。
「ハハハハハ!!!はい、俺の勝ち!」
回りながらステージの中央へと移動すると、彼は改めて話しだした。
「さぁて。そろそろ説明するか。俺、ファン・マリス・リューガがなぜ復活したのか。答えは単純だ」
リューガは人差し指をたてる。
「人間どもの悪意だよ」
人間どもの悪意。
人間という生き物は、理性があるが為に悪意を振りまく。
悪意を撒かずにいられない人間など存在しない。
が、欲望に忠実になりすぎない限り、自制心を持つ限り、悪意というのは最小限に抑え込める。
だが、今の人間は、あまりにも自制心がない。
毎日毎日、世界の何処かで己の欲望のままに行動を起こす者がいる。
盗み、殺人、いわば犯罪の類だけでは留まらない。
罪の意識もない悪戯に、機嫌一つで引き起こされる八つ当たり、針のように鋭い陰口、挙げ句、苛立ちに流されるままに物を軽く蹴飛ばす。
大小問わず、悪意が溢れている。
悪意は、昔と比べて年々増加しつつある。
人間達がツケを払う時が来たのだ。
リューガの復活という形で。
「感動の再会だが、まあ復活の理由は単純だよ。お前らが守り続けてきた人間達がやらかし続けて、俺という忌まわれし存在が蘇った。お前らが、[守り続けてきた]人間達がな」
意味もなく頭を下げるリューガ。
本当に、人を煽るのが上手いやつだった。
ワンダーズ、そして闇姫までもが顔を強張らせている中、二階からそれを見下ろすFとクラナは、また別の驚愕を見せていた。
「…あれが…親父」
リューガの子。
その刻印は、これまで二人を幾度となく苦しめてきた。リューガの子というだけで命を狙われ、リューガの子というだけで人々から唾を吐きつけられた事もあった。
何故こんな目に?何故ここまでの事を?
疑問が絶えなかった。
…ようやく、少し分かった気がする。
「…これが、本当に俺達の親父の…魔力か…?」
邪悪すぎる力が、ウェーブのように一同に覆いかぶさる。中でもFとクラナは、リューガの血を引いている以上、その力をより鮮明に感じられるらしい。
仮面の女だった時の所業。
これほどの邪悪さを持っているならば、あの所業も納得できる。
そう、納得できてしまった。
自分たちを生み出した存在が、そういった存在であると。
「…くそっ」
それだけ。Fは呟いていた。
いつの間にかリューガは、目だけをFの方に向けていた。
「おやぁ」
体はワンダーズに向けたまま、リューガはFとクラナに意識を向けていた。
「そこにいるのは、もしや…俺の可愛い子供達か」
リューガの足が、浮き上がる。二人の方に向かおうとしているのだ。
クラナが息を呑む。
幼い彼女にとって、親とは本来心を寄り添わせる存在のはず。しかし、今の彼女がリューガに対して抱えているのは…紛れもない恐怖そのもの。
あんな惨劇を目の前で展開されたのだから、当然だろう。むしろ、そんな存在が親であるからこそ、恐怖は余計に増幅していた。
もしこれが、何の関係もない赤の他人であれば…少しは和らいでいたのかもしれない。
リューガは、二人のいる高さまで飛んできた。
クラナを庇うように手を伸ばすF…。彼の形相と、リューガの笑みは、真逆の意を感じさせる。
絞り出すように、父の名を言う。
「リューガ…」
「おい」
リューガが、一気に距離を詰めてきた。
…凍りつく。
「『親父』だろうが」
「…リューガっ」
Fは、屈しなかった。
ワンダーズから、リューガは今までにない悪党であると聞いていたが、今、この瞬間でようやくそれを理解できた気がする。
顔を近づけられた瞬間、リューガの邪悪さが一気に突き出されてきた。
その悪意は…物理的に表すならば、剣のように鋭く、壁のように範囲が広い。
それなのに、対象を包み込む、液体のような柔軟性がある。
温度は、全身の身の毛がよだつような低温。不快感が脳を瞬時に支配し、思考の幅を狭め、そして肉体にすら影響を及ぼす。
相手を確実に沈めこむ、悪魔のようなオーラ。いや、悪魔以上かもしれない…。
それでも、Fの心は屈しない。
彼はリューガを、親父と呼ばなかった。
リューガは首を横に振る。
彼は心の中でこう言っただろう。
[可愛くねえ]と。
…だが。
「…お父…さん」
クラナが、呟く。
幼い子供が、親を呼ぶ。当たり前の事なのに、Fにはそれが、何かの引き金になってしまったように感じられた。
「危ないっ!!!!」
下の階から叫んだのは、れなだった。
次の瞬間。
クラナ目掛けて、飛んできた。
リューガの握り拳が。
「ぐぎゃああああああ!!!!!!」
少女とは思えぬ悲鳴が響く。
苦痛により、本能が呼び覚ましたその声。
リューガの子…その本能が。




