嗤う仮面
ワンダーズは、どこかへ飛び去ろうとする仮面の女、そしてその後に続くグルテを追いかける。
コゴエザリア、ドグリーンの死者達を前にした今、もはや連戦疲れなど気にしていられない。
あんな危険なやつらを放っておくのは、目の前の爆弾を見て見ぬふりするのと同じような事だ。
「皆!風にのるぞ!」
追い風が吹き、粉砕男が先導して皆を導く。その風はワンダーズの勢いを加速させる味方か、地獄へ導こうとする不可視の悪魔か…。
Fは飛行したまま、隣のクラナを抱き寄せ、共に飛行する。これまでにない程危険な戦いが待ち受けている事を察しているのだろう。
ここでグルテが手を出してきた。
「皆さん頑張りますねぇ…」
彼は手元に赤い光を集め…光の中から、重々しいショットガンを取り出した。
風を裂くように、弾が吐き散らされる!
すかさず葵が緑の弾丸を発射し、仲間にぶつかろうとする弾を残らず破壊して対応する。
グルテは微笑んだまま、舌打ちをした。
(やはり、瘴気界で仕留めるより他なさそうですね。幸い、やつらはこちらに夢中。このまま誘導していけば、簡単に瘴気界へ突入するでしょ…)
思考の中で、グルテは口を止めた。
首元に、何かヒンヤリとしたものを感じたのだ。
「…何をなさるのですか?」
突然の恐怖が押し寄せる。
先程まで共に飛んでいた女が、突然グルテの首を掴んだのだ。
そして…ゆっくりと、捻じ曲げ始めた。
「なっ…。えっ!?何を…!?なさるのですか…!!?」
ワンダーズも、動きを止めていた。
あまりに突然の事に、何が起きているのか根本的に理解できなかった。
「…や、やめろー!!!」
れなが飛び出した。
理由など関係ない。助けなければ、と…。
が、その頃にはもう遅く…。
機械と人肌が断裂する生々しい音が、青空にこだました。
オイルと鮮血…本来隣り合うはずのないような物質が、横並びに落ちていく。
…グルテの首が、引きちぎられていた。
女は彼の生首を見せびらかすようにワンダーズへ突き出すと…そのまま、ゴミのように投げる。
落ちていく胴体に生首がぶつかり、遥か下へと落ちていった…。
そして…また飛び去る。
「…おい!!待てよクソ野郎!!」
どこまでも理解できない仮面の女の行動。
未知への苛立ちか、ラオンが飛び込んでいく。
「待てラオン!!」
粉砕男が彼女を止める。ハッ、と目を見開くラオン。
思わず突っ込むところだった。
(畜生。私は…さっきの戦いで何も学んでねえのか。馬鹿が…落ち着け)
深呼吸するラオン。落ち着いた様子に、粉砕男は一先ず安堵する。
が。あの女の前ではもはや安堵という言葉すらも禁忌となるようだった…。
「…ね、ねえ。何か…気分悪くない?」
ドクロが不調を訴える。その顔は青ざめ、僅かに息があがっている。
彼女だけではない。クラナもまた、青ざめている。
「…うっ…アタシ、風邪引いてたかな…?」
いや、風邪などではない。
明らかにここに来てから、全員の体が重くなり始めたのだ。
力に溢れた粉砕男もダラリと腕を下げ、骨男であるテリーですらも、何かがおかしい事に気づく。
「…おい、魔力が…」
魔力が、エネルギーが、身体から抜けていく。
そして、嫌なものが全身を包み込む。
無数の虫が全身を這っているようだ。不快感、悪寒、恐怖…。
意識が、遠のく。
「ち、ちくしょー…」
れなの呻きが、虚しく空に散る。
…視界が暗黒に閉ざされた直後。
正確には直後ではない。かなりの時間が経っていた。
「…ん」
石造りの壁、天井が、視界を通る。
カビ臭く、湿気で濡れた臭みが、鼻を通る。
自分の吐息とは思えぬ、痺れるような瘴気が、口から吐き出される。
れなは、独房にいた。
粗末なベッドの上で、横たわっていた。
「え、ここは…」
「目覚めたか…」
冷たい声が、鉄格子越しにれなを叩く。
見ると…そこには、腕を組んだ人間達がこちらを覗いていた。
一人、二人どころではない。十人以上はいる。珍しい物を見るように、しかし悪意に満ちた笑みを見せながら。
「あいつが噂のアンドロイドか…本物なのか?」
「無様なやつ…。後でぶっ壊してやろうぜ?」
コソコソと話してるようだが、全て丸聞こえだ。何か本格的に腹立たしい事を言われる前に、れなは彼らに近づき、怒鳴る。
「おい!なんだお前ら!ここはどこだ!?」
とりあえず思いつく限りの疑問を投げかける。ついでに鉄格子をへし折ろうと掴みかかるが…。
「うぐっ!」
鈍痛が手の平を貫く。
鉄格子に、何か得体の知れない魔力が蛇のように絡みついているようだ。その魔力は、あの仮面の女の魔力と酷似している。
「無駄だ馬鹿が。お前はどうやってもその檻からは出れねえんだよ」
特徴のない短髪の男が、鉄格子を叩く。どうやら人間には効果のない魔力らしい。
この様子だと、他のメンバーもどこかに、同じように収容されているだろう。
が、あの女の姿が脳裏に横切る度に、恐怖が走る…。下手な動きはできなそうだ。
とは言え、このまま囚われてるのも、それこそやつらの思うツボ。意を決して、地面に穴でも掘って逃げ出そうと考えたが…。
「出ろ、クズ」
一人の人間が、扉を開いた。
どうやらどこかへ連れて行くようだ。
「…どうにでもなれ、馬鹿!」
れなは叫んだ。
こういう時こそ、ポジティブな調子を保つべき。明るさが彼女のモットーなのだから。
その施設は、異様だった。
西洋の城を思わせる構造の、白く、清潔な廊下が続く。天井にはやたら色とりどりなステンドグラスが幾つも張られている。
そして、所々の壁には影絵のような壁画が刻まれている。白黒で、多くの情報が閉ざされた絵であるにも関わらず、剣や槍で殺し合いを行なってる絵である事は分かった。
「なぁんて悪趣味な施設なんだ!もっとさ、トイレットペーパーとかその辺に置いたら、可愛い雰囲気になるのに!!ガハハハハ!!!」
「黙れゴミクズが!!」
隣の男がれなの足を蹴りつけ、横頬を殴りつけてくる。
勿論れなにはこんなもの通用しない。
「は?バーカ、こんなん効かないよ!バーカ、バーカ、バーカ」
思いつく限りの悪口を連呼しようとするれな。
男はすぐに挑発に乗り、ナイフを取り出した。
「死ね!!」
ナイフを振り下ろそうとした男だが、他の人間達に止められる。
たったこれだけの煽りでここまで怒り散らすとは、単純極まりない。頭の悪さはれな以上かもしれなかった。
「クソアンドロイドが。人間様に楯突くんじゃねえぞ、ゴミが。おら、とっとと歩けウスノロ」
人間達に背中を押され、適当に歩いていくれな。流れに乗るしかなさそうだ。
しばらく廊下が続き…やがて、広い場所に出た。
「…!」
より一層、異様さが増した。
そこは、紫や赤を主体とした毒々しい色合いの部屋。円状に広がった、天井の高い空間だ。
拷問器具や、天井から吊られたロープ、血の匂いがする壺に、壁に突き刺さった剣や矢。
れなも思わず息を呑んだ。
ふと、部屋の隅を見ると…そこには。
「皆!」
同じように立たされた仲間達の姿があった。
ラオン、れみ、葵、ドクロにテリー、粉砕男。
一応、無事なようだった。
れなの姿を見てラオンが紫の髪を振り乱しながら叫ぶ。
「れな!!テメェは大丈夫か!?」
「うん、今のところは大丈夫」
落ち着いて頷くれな。
そして、気付く。
「…あれ、Fとクラナは!?」
二人の姿だけが、見当たらない。
「そいつらならここだ」
声は、天井の方から聞こえてきた。
顔を上げると…天井付近の鉄製の足場に、幾つかの影があった。
紫のライトが僅かに照らされており、見づらいながらも、何とか見慣れた顔が見える。
顔を強張らせるFと、怯えた様子のクラナが、縄で縛られていた。その周囲には下卑た笑みの人間達が。
「訳あって、こいつらだけは離させてもらうわ」
一人の女が手すりに手をかけ、体を傾けた余裕溢れる体勢でこちらを見下ろしていた。
その手にはボタンが握られている。
「それは…」
葵が小さく呟くと、女は一際はっきりとした笑みを見せ…ボタンを押す。
「ぐああっ…!」
「うっ…」
F、クラナが顔を歪ませる。
あの縄が、二人に何かをしているようだ。
縄は少しずつ黒ずんでいき、やがて、表面から青い液体が滲み出て、床へと落ちていく。
何をしているのかは分からない。
だが…間違いなく、二人は危険な状況にある。れなは拳を握った。
「くっ…何してんだよ!!」
女はポケットから煙草とライターを取り出した。
「何って…。こいつらの内に秘められた魔力を採取してるのよ。私達人間の肉体を強化する薬を作る為にね。安心しなさい、少し休めば魔力は回復するはずだから。まあその度に搾り取ってやるけどね」
女は煙草を一吸いし、白い煙を空に吹く。
「ざけんな!!」
仲間を苦しめ、文字通り搾取し続けるなど、断じて許さない。
もう下手な行動でもいい。
れなは直ぐ様飛行しようとしたが…。
「おっと。バリア解いて」
女が謎の指示を出すと、何かスイッチのような音が聞こえてきた。
途端に、れなの身体に重圧がのしかかる。
彼女だけではない。他のメンバーも膝を曲げ、明らかに息を荒くしている。
「ぐがっ…な、何よこれ…」
ドクロがうつ伏せに倒れ、血管の浮かび上がる手を床につく。
女は愉快そうに、また説明した。
「私達がいるこの場所は瘴気界って言うのよ。淀みと瘴気が大気に混じり合う、超危険地帯。でも、アタシ達が作ったこの施設では不可視のバリアを身に張ることができる。バリアさえあれば瘴気の影響を受けないんだけど、勿論解く事もできるって訳。あんたらのバリアを解いて、瘴気で直接体を蝕んでるんだよ」
この場所そのものが、やつらの攻撃手段だった。しかも、ある程度の瘴気であれば耐えられるものの、この場所の瘴気は何やら尋常ではない。
更に、ワンダーズを威圧する事が起きた。
ステージ中央に、紫のスポットライトが点灯、そこにいる人物を照らし出す。
現れたのは…仮面の女だった。
「くっ…あ、あいつ…」
テリーの骨の体が震え、音を立てる。が、重力が強まったような重圧に、身動きがとれない。
女はその場から動かず、ただこちらを見つめているだけだった。襲ってくる気配もない。
完全に楽しんでいる様子だった。あれだけ痛めつけておいて、このまま瘴気で殺す気なのだろうか。
「畜生…来いよアホ!こっち来て戦え!」
れなが声を震わせながら叫ぶ。
「良かろう、じゃあこいつの相手させてやろう」
天井から、人間の一人の声が降りてきた。
降りてきたのは声だけではない。
天井の一部が、機械音と共に開き…何か大きなものが落ちてきた。
それは、紫色のモンスターだった!
丸みを帯びつつも所々凸凹した岩のような物体に、筋肉質な手足、そして顔をつけた奇抜な姿のモンスターだ。
このモンスターは…アゴン。
れなたちも戦闘経験がある敵だった。
このモンスターは本来闇の世界に生息している強豪。もしこいつを人間の手で捕らえたのなら、見上げた技術と言えるが…どうせ捕まえたのはあの仮面の女、それか、今は無きグルテだろう。
「ア、アゴン…厄介なのが来やがった…」
地を這うラオンが、横目でアゴンを睨む。しかしその瞳には苦しみが隠せない。
アゴンは足を振り上げ…ラオンを踏み潰そうとしてくる!
「グガアアアッ!!」
咆哮と共に、床の僅かな汚れが宙を舞う。ラオンは何とか転がってかわしたが、酷く不格好な回避となってしまった。
ここで葵がハンドガンを向け、震える指で引き金を引き、アゴンの背中へ弾丸を撃ち込む。
背中を撃たれ、よろめくアゴン。この瘴気の中でも葵の射撃の狙いは正確だったが、この図体のモンスターをこれだけで倒す事はできない。
エネルギー弾を撃ち出そうと意識を集中する葵だが、アゴンは飛びかかり、葵に拳を振り下ろそうとしてくる!
「くっ!」
葵は重い体を懸命に動かし、かわそうとする。
が、間一髪、粉砕男が葵の前に聳え立ち、拳を手の平で止めてみせる。
耐え抜く粉砕男、拳を押し付けるアゴン。
…この時、粉砕男は気づいた。
(…こいつも、苦しげだな…)
アゴンは怒りに満ちた形相を寄せてくるが、所々に汗が滲み、牙を震わせている。
拳の勢いも心なしか弱々しい。元々の体型故にパワーは相当なものであるが、それでも勢いが足りていないような気がする。
(まさか、アゴンも瘴気バリアを解かれてるのか…?なぜ…)
ふと視界をずらし、周囲に目をやる。
周りの人間達は…ショーでも見るような微笑みを見せていた。よく見なくても悪意を感じさせるような、そんな笑み…。
そう、アゴンは彼らの味方などではない。
命を懸けたショーを楽しむ為に用意した遊び道具の一つなのだ。
粉砕男は一層力を込め、アゴンを押し抜く。一瞬自由が戻り、身体の髄まで力を流し直す。
ワンダーズ1、筋肉に恵まれてるだけの事はある。その動きは、他のメンバーよりも比較的軽快に見えた。
「おおー、あの粉砕男とかいう馬鹿がアゴンを押しのけたぞ!」
「やれ!殺しちまえ!!殺せ殺せ!」
勿論、殺す気など毛頭ない。
粉砕男は無理やりにでも体を動かし、何とかアゴンを気絶に追い込もうと接近する。
瘴気の中でも動き回る彼に、他のメンバーも徐々に立ち上がり始める。
テリーが先に立ち、手を頭上に掲げた。
「これ使え…!」
彼の頭上に、白く、大きな骨の棒が形成された。それを粉砕男のもとへと飛ばし、取らせる。
重い棒だが、破壊力は高そうだ。彼は渾身の力でそれを掲げ、アゴンの頭を狙う!
衝突音が、不気味な空間に妙な生気を与えた。
どよめきが走る。
骨の棒はアゴンの頭にめり込み…そのまま気を失わせた。
巨体が倒れ、どよめきは歓声に繋がる。
「おおー!!!勝ったぞー!!!」
いつから、人間達を楽しませる道化に成り下がったのだろう。しかもこんな事をしている間にも、Fとクラナからは青い液体として魔力が絞られ続けている。
粉砕男は膝をつき、息を荒げる。消耗はいよいよ限界に差し掛かっていた。
れみが床に爪をたて、膝を震わせながら立ち上がる。頭の中のコンピューターが、必死に思考を巡らせていた。
この瘴気では飛行はできない。ならば、あの高さまで脚力一つで跳ね上がる、原始的な手段に頼るしかない。
「お?今度はガキが動き出したぞ?」
人間達の言葉になど耳を貸さず、彼女は周囲を見渡す。
目についたのは、気絶したアゴン…。
(申し訳ないけど、アゴンを踏み台にすれば届くかも…)
もはやもたついていられない。
彼女は重い足で駆け出し、アゴンの頭上へ足を乗せようと軽く床を蹴る!
…しかし、やはり人間達は黙っていなかった。
「おーっと?そうはさせねえよクソバカが」
一人が光線銃を取り出し…アゴン目掛けて光線を発射した。
それは、人間が片手で持てる銃から放たれて良いようなものではなかった。
大型のモンスターが放つような緑の破壊光線が、アゴンを瞬時に飲み込む。
「っ!?!?」
あまりの威力に、ワンダーズは遅れて悲鳴をあげた。その光線は、これだけの威力であるにも関わらず、壁に当たるなりすぐに消えてしまう。
施設自体が、特殊な何かでカバーされているようだった。
れみの目の前を光線が通過した後…アゴンは、跡形もなく消えていた。
人間達は声を揃えて笑い声を上げた。もうFとクラナを助け出す術が無くしたと思っているのだろう。
…実際そうだった。
「うぐっ!?」
れみは背中を丸める。瘴気が更に強まったらしい。
ますます強まる重力、そしてFとクラナも、意識が朦朧とし始める。
誰もまともに動けない。誰も反撃できない…。
今まで多くの強敵と戦ってきたと言うのに、よりによって、こんな人間達に…。
仮面の女は、笑っていた。
声も、表情もないはずのその顔が、笑っていた。




