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血染めの火蓋

コゴエザリア。


かつて戦争に見舞われ、そして雪を染める程に多くの血を流した帝国。

そしてそのコゴエザリアに攻撃を仕掛けたのが、ドグリーン。


互いの血に血で返し、そして血で大戦を終わらせた二つの国。


それらが、長年の先人の知恵と努力により、今では…。


「ありがとう、ドグリーン王。丁度幸福茶が飲みたかったんだよ」


コゴエザリアの宮殿。

青く、長い髪のコゴエザリア王、そして緑の短髪に整ったチョビ髭、小太りなドグリーン王が、テーブルを囲って互いに午後を楽しんでいた。

ドグリーン王は優雅な手つきでポットを使い、茶をカップに注ぐ。


「コゴエザリア王、今日も良い顔ですな。また国民から称えられたのでしょう?以前訪れたレタコワ島の復興に貢献された事、早くも話題となってますよ」

カップが置かれる。温かな湯気を見つめたまま、コゴエザリア王は照れくさそうに笑う。

「いやあ、やはり称えられるのはいつでも気持ちのいいものだよ。まあ…私は王であり、国を導く立場。このくらいの称賛、当然の事なのだろうがね」

「はは、やはり他者からの評価が多いほど…人間とは輝くのでしょうね」

まさに、権力者の会話だった。




この部屋の周囲には厳格な兵士達が並べられ、警備は完璧。

二大王が、日々追われる業務の数々から逃れ、互いの身を休め、そして交流を深める時間。兵士達に課せられた責任は重大だ。国のリーダー…国の核と呼ぶべき存在を、守らねばならないのだから。

が、彼らは、自分の役割の重要さを理解していなかった。

「あーあ…二人ともいつまで長話してるんだ…」

一人の兵士のあくびを引き金に、その場の兵士達の肩の力が抜けていく。槍を持つ手も緩み、怠慢が滲む。

王たちの会話は確かに長い。それに兵士達は姿勢を崩す事を許されない。その分、肉体にも精神にもかかる重圧は大きい。

だから、誰も見ていない時にこうして身体をほぐす必要がある。人間とはじっとしているのが苦手なのだ。


「失礼するよ、皆さん」

緩んだ空間に差し込めたのは…厳格な声。

兵士達が一斉に姿勢を正す。激しい音が空間を殴り、耳障りな音が瞬時に暴れ、瞬時に静まる。

「っ!」

一人の兵士が何かを言いかけた。恐らく言い訳だろう。今の自分達の姿に、言い訳が通用する訳が無いと潔く諦め、沈黙のまま壁に背をつけた。


…現れたのは、顔の左半分が機械化された異様な大男だった。

彼は両手を背中で組み、兵士達を一通り見据える。


青い鎧、青い槍。

胸元には小型通信機、靴裏には僅かにガスを吹かす事で一瞬浮力を得る小型ブーストがつけられている。

男は思った。

(あまり変わらんな)



「…あ、あの。どちら様でしょうか」

一人の兵士が、目線を変えぬまま問う。視線は向かい側に立っている兵士に向けられている。

男は、その目線すらも見据えていた。

今始めたばかりの姿勢、今整え始めたばかりの目線。いくら偽装しようと、先程の怠慢の片鱗が顔を出している。

「…君達。日頃姿勢を正さないとね?」

微笑んだまま、彼は兵士達の前に立つ。大柄な体格が、視界を支配する。


「こんな時に…すぐに対処できないからね」





コゴエザリア王が、初めに気づいた。


銃声に。

「えっ!?」

テーブルに乗っていた手が、乱暴な勢いで叩きつけられる。

「い、今のは…?」

ドグリーン王はかろうじて冷静。ポッドを置く手つきはあくまで平静。


恐る恐る、扉に目をやる。

ゆっくりと開く扉…その奥から、何食わぬ顔で姿を現したのは…一人の大男。


左手には銃が握られている。自身の犯行を隠す気すらない。

「な、何だお前は!?どうやってここまで来た!?」

立ち上がるコゴエザリア王。


「クズ兵士達は相手になりませんでしたよ。侵入者を防ぐパスポート装着も百年前と根っこの構造が同じ。ここまであっさり侵入できるとは、予想外でした」

淡々と語り、淡々と歩み、淡々と…銃を向ける。


弾丸が、両王の頭部を撃ち抜いた。


紅茶が倒れ…赤と混じる。

男は表情を変えぬまま、慣れた手つきで銃を腰元のホルスターに収納。そして、片手を振り上げ、何かを合図した。


直後、扉から二人の怪人が姿を現した。

その姿は…白一色の人型のシルエットという、塗装前の人形じみた容姿をしている。

いや、本当に人形らしい。手足には球体関節が見えており、その動作もぎこちない。

「やりなさい、人形達」

「了解デス、グルテ様」

大男…グルテの指示で、人形達は二大王の遺体に接近した。

今尚広がる血の上。彼らはその血に人差し指を突きだす。

指が、少しずつ赤く染まっていく。その赤は染みのように全身へと広がっていき、白い体が赤くなっていく…。

赤く、赤く染まる人形達。やがて頭頂部から爪先まで、全てが赤一色に染まると…。


彼らの無機質な身体が、突然生物的に波打ち始めた。

「ふふふ…」

グルテは不気味に笑う。人形達の変化を、ただまっすぐ見守っていた。


人形達の体の構造が、皮膚が、色が…変異した。


それは…たった今殺されたばかりの、コゴエザリア王とドグリーン王を完全に模した姿だった。

グルテは変異した彼らに近づき、その手、足、身体に顔…そして服装の髄まで隅々まで確認する。

「完璧な擬態…作戦は既に成功したようなものですね」

グルテは、その人形…今日から新たなコゴエザリア王、ドグリーン王となった者達に、指示を出した。あたかも、グルテ自身も王であるかのように。

「ではお二人とも!…思う存分、滅茶苦茶に…。コゴエザリア、ドグリーンを滅ぼしますよ?」

無言のまま頷く、二大王。




「へ、陛下!?何か大きな音がしましたが!!」

突然乱入する慌ただしい声。


見ると…一人のコゴエザリア兵士が、息を切らして扉を開いていた。

そして、目の前の光景に唖然とする。



床の血の池に伏せる二大王。

そして、二人を見下ろすのは…二大王。


「…え?へ、陛下が…なんで…!?」

あまりの情報過多に、兵士は槍を落とした。グルテが笑う。


…偽ドグリーン王が、駆け出した。

すぐに動けない兵士の背後に回り込み、手刀を突き出す。


それは、瞬時に兵士の首を突き刺した。

鎧が意味をなさず、鮮血に濡れる。瞬時に意識を奪われた哀れな兵士は、うつぶせに倒れ込む。

その血は、両王の血と混ざり合おうとしていた。


偽物の王達は、勢いに乗って駆け抜ける。



回廊を走る王の姿に、兵士達は皆同じ反応を見せていた。

それまで交わしていた談笑、指示を瞬時に抑え、真面目な兵を装おうとするが、品もなく走り出す王の姿への困惑で、肩の力が抜けてしまう。

偽コゴエザリア王は、ある部屋で足を止める。

そこは、城の中でも特に多くの兵士達が集う訓練部屋だった。

広い空間で、今まさに組手試合に勤しんでいた兵士達が動きを止め、敬礼する。しかしながら誰一人として口を開かない。


ここらで、コゴエザリア王の姿を被った人形は、ここらで上手い口の利き方がようやく分かってきたらしい。人形は兵士達にこう言った。


「ドグリーン王とは決別した!直ちに戦闘準備をせよ!」

は?と兵士達が顔を見合わせる。


先程までテーブルを挟み、笑いあっていたあの仲睦まじい二大王が、突然の決別?

兵士達は当然、追いつけない。国に長年奉公してきた身だからこそ、状況が分からない。

そんな彼らを情報で惑わすのは、困難だ。それは人形の指導者たるグルテも理解していた。


が、大人数を狂わせる方法を、グルテは知っていた。そしてそのグルテの配下である、この人形達も。


偽コゴエザリア王の背後から、一つの影が現れる。



それは…グルテ。

彼は無言のまま、偽コゴエザリア王の頭部に銃を突きつけ…引き金をひく。

とっさに、偽コゴエザリア王は頭を下げてそれを回避。

勿論、これは芝居だ。目の前の兵士達をまとめて騙すための。

その芝居の末に放たれた弾丸は…一人の兵士に直撃した。

グルテの改造銃から放たれたその弾丸は、コゴエザリア国の鎧などいとも容易く貫通した。撃たれた兵士は胸から血を吹き、過剰な痛みに意識を失う。


「ぎゃあああああ!!!」

兵士達が悲鳴を上げる。偽コゴエザリア王は、あたかも恐怖に怯える被害者であるかのように膝を崩し、グルテから離れだす。

そして…グルテが、この芝居を決定づける一言を口にした。

「私はドグリーン王の命で動いています。彼が長年コゴエザリア陛下と仲良くしておられたのは、コゴエザリアを乗っ取る為の下準備だったのですよ」

グルテは二発目を発砲。今度は兵士ではなく、壁に命中した。

勿論外したのではない。これ以上、コゴエザリアの[武力]を減らす訳にはいかないのだ。


これから起こす…戦争を、より激しくする為に。

両勢力を平等にする為に。



グルテはその場から走り出した。

ドグリーンとコゴエザリアの戦いを、より彩る為に。

血雪の戦いが、現代に蘇ろうとしていた。




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